おせっかい宣言

第43回 ベランダ

2017.12.28更新

  何年か前、高層住宅で生まれ育つと、子どもには、高さの感覚が育ちにくくなり、高いところは危険なところ、という感覚が薄い、"高所平気症"になったりする、とテレビで言っていたけれど、冗談じゃない、と思ったものである。そういうことは、あるかもしれないけど、それは子どもの安全確保のために大人がすべきことを考える上では、それほど重要なことじゃない。子どもが高所が平気だろうが、怖がっていようが、子どもの安全確保は親の責任だから、なんとか、子どもが安全なように住まう努力をするしかないからだ。

 そのあとも、高いマンションに住んでいる子どもの転落事故が心配されるため、ベランダに物を置いて居住空間にしてはいけない、とか、踏み台になるようなものを置くベランダの使い方が問題、とか、これまた、報道されていたが、こちらも冗談じゃない、本質的な議論じゃない、と思っていた。踏み台がなければ良い、とか、ベランダが部屋の一部として使われているとか、これまた、子どもの安全の観点からすれば、親がすべきことの議論としてはずれている。先日はとうとう、子どもの転落事故を防ぐために、手すりのメーカーに子どもが登りにくい手すりの作成を依頼している、などということがニュースになっていた。本当に、そういうことをやっている場合なのか。話がさらにずれていくような気がする。

 高層住宅、いや、二階以上の「落ちたら危ない」高さに幼い子どもと住まう時の安全策は一つしかあるまい。

「幼い子どもがいる家では、全てのベランダや窓に、柵をつけるかネットをつける」

ということしか、ないと思う。ようするに大人の側が子どもの安全のために、子どもがいる家、子どもが来る家の、「全てのベランダと窓に柵かネットをつける」ことこそが高所に住まう安全対策で、そちらのほうがグローバルスタンダードではないのだろうか? 少なくとも私が子育てをしてきたブラジルではそうだった。

 もう二十年近く前になってしまうのだが、私はブラジルで幼い子どもを育てた。貧富の格差が激しく、政治が問題だらけで、治安が悪い・・・と、ブラジルに関するネガティブなニュースには事欠かない。しかし、この「2階以上ある建物に幼い子どもと住むこと」については、ブラジル中に合意があったように見えた。

 ブラジルには10年住み、いろいろな家を経験した。最後に住んでいたところはマンションの8階だった。その部屋にはベランダはなかった。しかし、たくさんの窓がある。幼い子どもがいるのだから、と、入居前に、全ての窓には、柵が付けられた。ブラジルで使われているポルトガル語で「grade:グラージ」と言った。子ども小さいの? じゃあ、つけなきゃね、グラージ・・・という感じで当たり前のように窓に柵が付けられる。この柵をつけると、素敵なマンションの洒落た窓が、まるで牢獄の窓のように見える。美的感覚としてどうなのか、と思うが、子どもの安全のためにはそれ以外ない、ということで、ためらいはない。

 グラージは子どものいるアパートには、ほぼ、取り付けてある。ベランダがある家で、柵をつけられないようなものならば、しっかりとした素材のネットがベランダの手すりから上までとりつけられる。こちらは「Rede(ヘジ)」と言われていた。ブラジルではハンモックのことを「ヘジ」と呼んでいたが、このようなネットというか網というか、そういうものも「ヘジ」と呼ばれていた。

 ブラジルの親が子どもを放りっぱなしにしているのではない。大人の目が子どもに届くようにすることにかけては、ブラジルの人の方が日本の人よりずっとしっかりしている。ブラジルの幼い子どもは常に大人の目があるところにいる。しかしそれでもなお、ブラジルの親たちは「子どもはいつどこで何をするかわからないものであるから、高層階の全ての窓にはグラージをベランダにはヘジをつける」ことを常識としていた。

 子どもたちの父親はブラジル人の医者だったが、子どもが遊びに行く、というと、その家にきちんとヘジとグラージがあるかどうか、確認に行くくらいの徹底ぶりだった。大人の目があるとはいえ、「まさか」の事故を減らす姿勢としての大人の態度は好ましいものだと思っていた。

 ブラジル在住時、時折、日本に一時帰国すると、日本の団地やマンションに、全くこのようなグラージもヘジもないということに、改めて驚いていた。自分が育った国であるが、ブラジルの感覚に慣れてしまっていて「なんで、日本の親は、こんなにベランダや窓がある部屋で子どもと安心して暮らせるのか」と思ってしまった。日本の友人にその質問をぶつけたことがあるが、友人は「え? ブラジルには柵なんかつけちゃうの? 日本の子どもはおとなしいから、そういうの必要ないんじゃない?」と私からすれば、全く話が通じていないとしか思えないような返事が返ってきた。

 日本に住むために帰国した時は、息子たちは8歳と10歳だったが、住むことになった部屋は11階であり、気が気ではなかった。周りの日本の人は、「小学校2年と4年でしょう? もうちゃんと話がわかるんだから大丈夫よ」と、窓に柵がなくベランダに網の付いていない集合住宅に不満そうな私を、「過保護な親だ」という目で見るばかりだった。私もまあ、彼らは幼児ではないのだし、ベランダでふざけたりしないこと、窓から乗り出しすぎないこと、とにかく、落ちないように気をつけなければならないことを、諄々と言い聞かせた。幸い彼らはベランダや窓で問題を起こしはしなかったが、あとできくところによると、身軽な長男はベランダ伝いに窓からはいったこともあったとか? 真偽の程は本人には確認していないし、確認したくもない、気が遠くなりそうな恐ろしいことだ。そういうことを、することもあるのだ、子どもは。

 とにかくティーンエイジャー以下の子どもがいる家では全てのベランダと窓には柵をつけるかネットをつける、ということが、いかに日本の子どもがおとなしかろうが、日本の親がしっかりしていようが、子どもの安全確保に必要である、と今も思っている。おせっかいのように見えて、こちらに関してはブラジルのやり方の方が、真っ当であろう、と。
 

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三砂ちづる(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。
1981年、京都薬科大学卒業。
1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。
著書に『オニババ化する女たち』『月の小屋』『不機嫌な夫婦』『女を生きる覚悟』など多数。最新刊は『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)。

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