おせっかい宣言

第39回 ソナム

2017.08.29更新

 幼い頃から、好きなものがある、と思う。例えば、外を走り回るのが好きだったり、本を読むのが好きだったり、絵を描くのが好きだったり。いったいそれはどこから来るのだろう。親が教えるわけでも、そういう環境にいるわけでもないのに、何かが、好き。個性、と片付けてしまうには、あまりにも激しい憧憬であったり、揺るぎない心であったりする。とても幼くても。

 生まれた家は、とりわけ信心深い家でもなかったし、両親も信仰している宗教がある人でもなかった。祖母が仏壇で拝んでいる姿以外は、祈っている姿も見たことがない。母はとてもプラクティカルな考え方をする人で、儀礼にも迷信にも関心を示さない。だから、宗教的な環境には、いなかった。しかし幼い頃から、私が心惹かれるものは「祈り」であり、憧れは、「祈りの生活」だった。本を読むのがとにかく好きだったが、本を読んだから、憧れたのでもない。従妹がカトリック系の幼稚園に行っていたので、カトリックの主の祈りや天使祝詞を覚えてきていて、それが羨ましくて、私も覚えた。お経も聖書も好きだった。そのうち、修道女、とか、尼、とかいう「職業」(本当は職業ではなく、生き方なのだと思うが)が存在することを知って、なんてすてきなの、と憧れた。

 しかしとても幼いから、憧れたものをどうすれば実現できるのかわからないし、人に説明することもできない。親に、尼になりたい、とか言ってもいいとか、そういうことも思いつかなかった程度の私である。ごく普通に小学校に通い始め、ちっとも学校などおもしろくなくて、不機嫌な小学生となり、中学校に入る頃には、恋の一つもして、男性に夢中になり始め、世俗的な生活にどっぷり染まって、幼い頃に祈りの生活があんなに憧れであったことは、時折思い出すものの、ほぼ忘れてしまい、凡庸だが幸せな世俗にまみれ、今に至る。
 
 チベット仏教の国、ブータンで生まれたソナムは、5歳の頃から出家したかった。尼になりたかったのだという。ブータンでは幼くして学校に行かないで僧侶になることも尼になることも、そんなに珍しいことではない。どの街にも寺があり、そこでは10歳にならない子どもたちが僧侶としての生活を送っている。彼らは生涯僧侶として生きる。だいたい、義務教育は、ないらしく、学校に行かないでお寺に入って学んでもいいのである。ダライ・ラマをはじめとする高僧は輪廻転生するのが前提のチベット仏教なのだから、幼い子どもが幼い頃から、祈りに特別な感情を持っても、全くおかしくない、と思われる国なのだ。

 それでもソナムの両親は幼い彼女が出家することを許さなかった。普通の学校に行け、と言われ、普通の学校に通い、両親はそのうちに幼い頃に尼になりたいなどといったことは忘れるだろうと思っていたという。男友達でもできれば、変わるだろうと思われていたらしい(そう、私のように)。

 高校時代には、声をかけてくる男の子もいたのよ、とソナムはいう。そりゃそうだろうな。ソナムはくるりとした黒い瞳が実に魅力的な、知的な美人で、とても健康そうな22歳の女性である。ずっと、ずっと尼になりたかったの。それ以外のことが私の気をひくことはなかったのよ。男の子たちにも、私は普通の女の子と違うの。普通の生活に何の興味もないの、私は尼になるんだから、ほおっておいて、とずっと言ってたの。高校を出るときにも、私は普通の大学に行かない、尼になるんだから、と両親に言ったけど、まだ、ダメ。両親には、大学で経営学を勉強しなさい、そのうち気が変わるから、と言われて、成績も良かったから普通に大学に入ってみたのよ。でもやっぱり忘れられない。19になってもう一度両親に、頼んだ。私の思いは変わらない、幼い頃からずっと変わらない、これが私の輪廻だから認めてほしい。私は尼になる。信心深い叔父にも協力してもらって、やっと尼寺に入ることを許してもらった。

 ソナムは、今、ブータンで初めてできたと言われる尼のための大学で勉強している。大学と言っても寺の付属の学校で、学ぶことも仏教そのものである。土色の僧衣に身を包み、頭を丸めたソナムは、祈りの生活に入った喜びを、まるで恋をしているかのように生き生きと語るのである。仏教のことを学べて、毎日祈りの中に生きられて、本当に幸せ。これが私が本当にしたかったことなのよ。ここから世界のことも学んでいるの。世界はまだ、宗教に関わる争いが多すぎるわね。女性がひどい扱いを受けているところも多いわ。どうか平和になるように、世界が平穏であるように、女性たちが生き生きと暮らせるように、私はここで毎日祈っているの。高校の時に私に声をかけてきた男の子は、まだ、ここに私に会いに来るわよ。私は、もう違う生活を選んだんだから、っていつも笑うんだけどね。

 遠い国なのに、なぜか日本人に本当にそっくりな人が多いブータンに、私が幼い頃から憧れていた祈りの生活を、忘れることなく憧れ続け、実現した若い女性がいるということ。清々しく、みずみずしく、なんとも言えない喜びが残った。

  ブータンに入る外国人は、すべて1日200数十ドルを必ず払わなければならない。このお金にホテル代と食事代、そしてガイドさんとドライバーと車のお金が含まれている。高いと思うだろうか。しかし、これだけのサービスがついているのなら、高くはないと思わせられるサービスが受けられる。知らない外国に行って、現地のガイドさんが行きたい所に連れて行ってくれて、トランスポートまで用意されている、というのはなかなかありがたいことなのである。

 逆に言えば、外国人は、勝手に自分たちだけでブータンを旅行できないし、お金を節約したヒッピー的な「貧乏旅行」や「長期滞在」はできないことになっているのだ。先代の国王ワンチュク4世の発案らしい。「ブータンはネパールのようになってはいけない、ヒッピーの外国人はネパールの若者に良い影響を与えなかった、と国王は思われたわけです」とガイドのペマさんは言う。

 "スローライフ"に関する著作のたくさんある辻信一さんのご紹介で、ブータンでの仕事は、敏腕の現地のガイド、ペマさんに同行してもらったのである。ソナムとの出会いも、ペマさんの計らいだ。辻さんが「哲学者」と呼ぶペマさんとの日々は本当に刺激的だった。ずっと一緒にブータンの日々を過ごしたのでお互いの家族のことなども話す。2年前に配偶者を亡くしたことを話すと、ペマさんは、私の顔をしっかり覗き込んで、「ブータンでは」、という。

 ブータンではね、配偶者を亡くしても、ほとんどみんな一年以内に再婚する。とてもfaithful(誠実な、というか、身持ちの堅い方でも)な人でも二年経ったら大体再婚しているよ。70歳以上の人? もちろんでしょ、人間、年がいけばいくほど、一人で寝てると、いろいろ危ないじゃない。夜中に気分が悪くなったら一人で寝ていると危ないよ。それに、具合が悪くならないにしても、夜中に背中がかゆくなったらどうするの。誰が掻いてくれるの。親も子どもも兄弟もそんなんことはしてくれないよ。人間は、一人で寝るものじゃないんだよ。

 日本の同世代の友人は「母が夜になると背中が痒いというので"孫の手"を買ってあげた」とか言ってたけど、そういうことじゃないんだなあ、とペマさんの話を聞きながら思う。チベット仏教を生きる人たちがいて、「国民総幸福」をビジョンとして提示する国王がいて、男と女が仲の良いブータン。さて、あらためてどのように生きていこうか。異文化に問われるのは、自らの来し方行く末、である。

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三砂ちづる(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。
1981年、京都薬科大学卒業。
1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。
著書に『オニババ化する女たち』『月の小屋』『不機嫌な夫婦』『女を生きる覚悟』など多数。最新刊は『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)。

女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言

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