おせっかい宣言

第38回 追悼 フデ哉さん 

2017.07.28更新

 たった一人の言葉が、投げかけた問いを解決して、知らない世界に入っていくきっかけになり、長年の疑問がとけていくことがある。それは探究や研究をしている者にとって大きな喜びだ。本や文献からそういうことが見つかることもあって、それは時空を超えての喜びなのだが、実際に会える人から聞ければ、それはフィールドワークの醍醐味、となる。6月26日に亡くなった先斗町の名芸妓、フデ哉さんは、私にそういう言葉をくださった方だった。「月経血コントロール」という研究をしている時に、彼女はまさにキーとなる言葉をくれた方だった。

 女性は生理の時、今は、当たり前のように生理用ナプキンを使う。タンポンとか使っている人もいるかもしれないけれど、日本では圧倒的にナプキンを使っている人が多いと思う。いまどき本当に優れた商品が開発されていて、薄くて、もれなくて、表にひびかなくて、使い易い生理用品があふれていることは女性なら誰でも知っている。女性なら誰でも知っている、というのは、日本では普通、生理用品を買いに行くのは、ほとんどの場合女性だろうと思うからである。他の国ではそうじゃないのか、と言われるとそんなによく知っているわけじゃないけど、お隣の国、台湾は少なくとも、そうじゃないらしい。

 台湾人のボーイフレンドのいる若い友人がいる。しばらく台湾に住んでいて、台湾のボーイフレンドとつきあっているのだ。「本当に驚いたのは」と彼女は言う。「生理用品を買ってあげるから、今度の生理はいつか、おしえて」と言われたことだ、という。はあ、いったいどういうことですか。彼女はまったくわからなかったという。もちろんボーイフレンドとはそれなりに親密に仲良くしているわけだが、それにしても、なぜ、生理用品。それは自分で買うものである、と彼女はもちろん思っていた。

 台湾のボーイフレンド氏によると、仲の良いガールフレンドに男性が生理用品を買ってあげるのは台湾では普通のことで、女の子たちもみんなそれを期待しているのだという。なんというか、「愛のあかし」というか、仲の良いことの行動表明というか、そういうことらしい。「そういえば」、と友人はいう。「スーパーで生理用品を買おうとすると、けっこう若い男の子がいるんですよ。この人たちはいったい何してるのか、と思っていましたが。そういうことなんだ、彼女のために買っているんだ、とやっとわかりました」。

 友人はボーイフレンド氏に、いらない、いらない、自分で買うから、といったら、彼氏に、どうしてそんなこというの? 僕が買ってあげるのに、きみの体を気遣うのは当然のことでしょう。きみ、ところで、その格好、冷えるよ、女の人は体が冷えたらよくないんだよ、とかなんとか、まるでおばあちゃんに言われるようなことを言われるたのだという。まあ、冷えへの考慮はともかく、生理用品というのは、ボーイフレンドが彼女に買ってあげるものらしいのである。お隣の、台湾では。

 彼女とは逆に、台湾人の女の子と付き合っている日本人男性はもちろん、台湾人のガールフレンドに生理用品を買ってあげようなどという考えは、どう逆立ちしても頭に浮かぶまい。くだんの若い友人は日本人ボーイフレンドのいる台湾の女の子にその辺りをきいてみたらしいが、やっぱり「生理用品も買ってくれない」と実に不満そうであったのだという。インターナショナル・カップル、というのは増えているけれど難しいものである。

 女性が自分で買うにせよ、ボーイフレンドが買うにせよ、今はとてもよい生理用ナプキンが存在している。しかし、人類の歴史の中でこのような生理用ナプキンが存在しているのはそんなに長い時間ではなかったことは誰でも想像できるに違いない。現在、50代後半である私が少女の頃、すでに「アンネナプキン」は存在していた。今ほど優秀な吸収剤を使って、羽も付いているナプキンとは違ったが、それなりに便利なものはあった。母たちは「今はいいものがあるからねえ」と言っていた。今の50代の母の時代は、脱脂綿など使っていたと聞いていた。

 しかし、その前は? 脱脂綿など簡単に手に入らなかった頃は? だいたい、パンツというかパンティというかズロースというか、そういう、「お股に布がぴったり」しているようなタイプの下着をはき始めたのはそんなに昔ではない。女の人が、ほとんどきものを着て過ごしていた頃、つまりは、50代の私のおばあちゃんの世代にとって、下着というのは腰巻であって、パンツではなかった。そういう頃に、女性たちは生理の時、どうしていたのか。それは長年、私の疑問であった。

 今は亡き、岡山、三宅医院の院長であった産科医、三宅馨氏から、90年代半ばに「女性は昔、月経もコントロールできて、トイレで出していた」という言葉を聞いた時、心底びっくりしたが、直感で、これは、絶対そうであるにちがいない、それしかない、絶対にできたはずだ、と考えた。だから研究プロジェクトを立ち上げて、研究することになったが、なかなか上手くいかない。高齢女性に聞いてみても、なんだかよくわからないのである。

 運動科学総合研究所の高岡英夫所長に「そういうことは、伝統的な体の使い方をしている職業の人に聞いてみたら良いのではないか」という提案をいただいて、先斗町の芸者さん、フデ哉さんを紹介してもらったのである。当時60代だった彼女の言葉は明瞭だった。花街で生まれ育った彼女は生まれた時から芸妓になることになっていて、若い頃からきものしか着ていなかった。生理になっても、もちろんきものを着ている。そして、きものに、パンツ様の下着をつけると、トイレにも行きにくいけど、何より、「格好悪い」。第一線の芸妓さんとしてはきものを着て「格好悪い」ことなどしたくないから、西洋下着はつけず(最近の方はみんな着けておられるらしいが)、下着は腰巻だけだった。生理の時は、「生ずきの紙」という祇園界隈の紙屋さんで売っているとても質の良い「ちり紙」を丸めて使う。この紙は、いわゆる、今でいうティッシュみたいに使うが、毛羽立たなくて、丈夫で、美しい薄い和紙のような紙だ。

 生理の時は、これを丸めて、入り口に浅くつめる。タンポンのように奥に入れるのではなく、本当に入り口にちょっと置くような感じでつめる。この紙は、吸収体としてではなく、「ふた」というか、「マーカー」のように使われているのである。月経血がしみてくるとわかるから、トイレに行って、腹圧をかけると、この丸めた紙と月経血がどっと出る。和式トイレだと腹圧がかけやすいらしい。その後、こういう「マーカー」としての紙もいらない、という女性の話も聞き取ることになるが、フデ哉さんは、最初に、ナプキンを使っていなかった頃、だいたい月経をコントロールしてトイレで出していたことを話してくれた人であり、それが可能だ、と言ってくれた人であったのだ。

 ぴたっと止められる、というような話ではない。「出そうになる」のが意識できるようになると、トイレに行って、出せる。体調が良い時ほど、上手にできる。逆に、うまくできるかどうか、ということが、その月の自分の体調を知るきっかけにもなる。「月経血コントロール」はこの研究から15年ほど経って、多くの人に知られるような言葉となった。実際にやっている人はそう多くもないかもしれないが、これは「意識」の問題であり、やろうと思う人がいて、やってみる人が絶えない限り、継承されていく可能性のある身体技法である。貴重な知恵を伝授してくださったフデ哉さんに心から感謝している。フデ哉さん、たくさんの女性の意識を変えるような言葉を残してくださって、そして芸妓として美しい日本の伝統芸能を次の世代に伝えてくださって、本当にありがとうございました。どうか安らかに。

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三砂ちづる(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。
1981年、京都薬科大学卒業。
1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。
著書に『オニババ化する女たち』『月の小屋』『不機嫌な夫婦』『女を生きる覚悟』など多数。最新刊は『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)。

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