おせっかい宣言

第36回 感情のタメ、時のおもり

2017.05.22更新

 電子メールが普及するようになった頃の素直な驚きについては、以前に書いたことがある。今の若い人には想像もつかないことと思うが、この世の中にインターネットもメールももちろんLINEもFacebookも存在しなかったのは、そんなに昔のことではない。1990年代に入って、アカデミックな世界だけでメールが通用するようになり、私はその頃、地球の裏、ブラジルに住んでいたから、日本の大学関係者とローマ字でメールを交換するようになったことに心底驚いていた。それから一般にメールもネットも普及するようになって、日本語で瞬時に世界中のあちこちと連絡が取れるようになるまで、そんなに時間はかからなかった。

 私自身は30歳を過ぎてからメールとインターネットの世界にさらされるようになったような年代なので、それまでのことも、もちろんよく覚えている。今の若い人には想像できないだろうと書いたが、私自身もよく思い出すことができないくらい、感情のやり取り、他人への連絡の仕方は今とは違ったのだ。何が一番変わったのか、というと、今、目の前にいない人に、今、自分が対面していない人に、自分の気持ちをパーソナルに文章で伝える手段が登場した、ということである。

 「声」で伝える手段はあった。電話は、「メール、ネット」と比べるとずいぶん昔から私たちの生活の場に存在していた。「電話」というものは、ベルさんが発明して以降、順調に人類社会に普及していって、1960年代には、自宅に黒いダイヤル電話がある家も珍しくなくなっていたのである。その頃、家に電話を引く、というのは大変なことだった。電電公社(当時)に申し込んで電話の権利を買うのだが、ずいぶん長く待たねばならず、かなり待たされた挙句、当時ではかなりの額である10万近いお金を払わなければならなかったように記憶している。電話の権利を買うことは、大変だったから、買えることになると、それはそれはありがたいことのように思っていたのだが、知らない間に、その電話の権利は事実上、「0円」になっていたことについて、片付かない思いをしている人たちは結構な数いることも知っているが、それを今更申し立ててもどうにもならない事も知っている。そのような事実を覚えているからこそ、未だに大手通信会社のなさることに全幅の信頼をおけないでいる、初老の5、60代は少なくないのではあるまいか。

 それはともかく。「電話」というものは、ずっと前から存在していて、目の前にいない人とも言葉をかわすことはできた。国際電話、ということだって、できた。しかし。まず第一に電話代というのは、ものすごく高かった。市内通話は別としても、国内の遠いところへの電話料金は、高価で、海外に電話をかける、など数分ですぐに何千円もかかってしまうのだから、かけられる、とはいえ、「無事についています」とか「お金送って」とか「子どもが生まれた」とか1分以内で要件を伝えるだけに必死にならなければいけなくて、いつでも使えるようなものではなかったし、海外にいる人と「話したいだけ話す」などというのはただの夢物語であった。SkypeとかLINEとかのように無料で海外にいる人と話せる、などという世界がくるなど、考えることもできなかった。

 長くは話せないにせよ、瞬時に「声」で相手とつながる、という手段は、だから、メールとネットの時代に先んじて、ずいぶん前からあったわけだが、そこは所詮「声」であり、「会話」であり、その場で終わってしまうものだった。文章のように、後に残らない。その場で消えてしまう。後から何度も読み返したり、返事を待ったり、ということはない。その場の声のやり取りは、そこで終わりである。文章で瞬時に相手にパーソナルな気持ちを伝える手段を私たちは持っていなかった。ファックスと電報はあったが、パーソナルな気持ちを簡単に伝える手段、とは、程遠かった。ファックスは、何より、多くの場合、不特定多数のいるところにオープンな形で届けられてしまうから、プライベートなことを書くことはためらわれる。今を去ること数十年前、それなりに名前の知られた弁護士の方と「不倫」していた女性が、わざとその方の事務所のファックスにマジックで大きく「大好き」とか「愛してる」とか、他人が見れば赤面しかできないことを送り続けた話を聞いたが、そのような嫌がらせにしか使えない程度に、ファックスは「公的」な通信方法であったのだ。電報にいたっては、これまた値段も高いから、「死亡」、「出生」通知くらいしか使わなかった。

 だから、長い間、文字を発明して以降、人類は「手紙」に頼っていた。自らのパーソナルで、重くて、どうしても伝えなければならない言葉は、相手に何度も繰り返し読まれるようになる自らの感情表出は、「手紙」でのみ可能だった。書こう、と決意し、便箋を取り出し、ペンをとって、居住まいを正して、思いを綴る。うまく書けないから、書いた便箋を破り捨てる。また、書く。読み直す。また、破る。やっとの思いで書き上げる。封筒の表書きを書く。便箋を折って封筒に入れる。そこまでのプロセスだけで、十分に長い。表出されなければならない感情は、そのプロセスの中で、時には十分に時には不十分であってもそれなりに醸成されていき、自らの内で省察する時間は否応無しに与えられた。どういうことかというと、「こういうこと書いていいのだろうか」、「こう言うことをこの人に伝えてしまっていいのだろうか」、ということを考えずにはいられなかったし、その文章が相手のもとに残ることも、もちろん考えなければならなかった。封をした後も、切手も貼らねばならず、その手紙をポストまで持っていかねばならず、海外の辺鄙で郵便事情の悪いところにいれば、どこから出せば届くのか、誰に託せば届くのか、も考えなければならなかった。感情はいくつもの、ためらいと、不安と、期待と、とまどいによって生み出される「タメ」のようなものを乗り越えさせられていったし、投函までにかかる時間は、「おもり」となって、私たちに投函を躊躇する余裕を与え続けた。

 相手に手紙が届くまで、国内なら3〜4日、海外なら何週間もかかってしまう。相手がすぐに返事を書いてくれても、その倍。普通、相手はすぐには返事をくれないから、返事、というものは月単位で待たねばならないものであった。その間に、だから、自分が手紙で表出した感情は、さらにゆっくりと醸成されていったし、相手の返事はすぐには期待できなくて、ただ、待つものであった。大切な相手から届いた返事は、丁寧に手紙の束、として、保管され、多くの人にとって、「宝物」として生涯手元に置かれ、お棺に入れてもらったりするものとなったりした。

 感情のタメ、と、時のおもり。メールやSNSで失ったのは、これ、である。瞬時に相手に感情をあらわした文章を送ることができる。その時の激しい感情は、その場で相手に送られる。送ってしまってから、ああ、あんな事言わねば良かった、とか、後悔できない。その時にはすでにその文章は相手のものである。そしてさらにまずい事に、文章だから、「声」のようにすぐには消えない。何度も繰り返し読まれてしまう。あれは違いました、などという訂正も出来ず、タメのないまま放出された感情は取り返しがつかない。それに、何より、相手の反応がリアルタイムで届かないことが、不安といらだちを生む。手紙のやり取りをしている恋人同士は、手紙をお互いに待つ間に、相手の気持ちがすぐに変わる、などということは想定しなかったものなのだが、今はすぐに返事がないことが「心変わり」を予想させる。時のおもり、が、感情を支えてくれない。こんな時代をどうやって生き延びたら良いのか、人類はまだよくわかっていないような気がする。

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三砂ちづる(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。
1981年、京都薬科大学卒業。
1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。
著書に『オニババ化する女たち』『月の小屋』『不機嫌な夫婦』『女を生きる覚悟』など多数。最新刊は『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)。

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