プロに論語

『論語』には豊富な引き出しがあり、さまざまな場面に応用することができます。いわく、『論語』とは石油資源のようなもの。それを可能にするのは、『論語』の主人公たる孔子(紀元前552-紀元前479)が、多芸多才なマルチタレントだったからです。
 このたび、「プロに『論語』」と題してさまざまな道のプロの方々と『論語』を語らう連載を始めたのは、多くの引き出しを持つ『論語』を、「資源」として少しでも有効活用するためです。

 連載初回にご登場いただくのは、俳優・お笑いタレント・小説家・作詞家・ラッパーなどとしてマルチな才能を発揮するいとうせいこうさん。孔子の多芸多才ぶりを引き出すのにふさわしい方です。そんないとうさんと、まずは「音楽」をテーマに、『論語』について語らいます。
 孔子が手がけた「音楽」とは、現代のそれとはかなり違う意味合いを持っていたのでした。

(構成:萱原正嗣)

第4回 音楽と論語 いとうせいこうさん(2)

2016.03.15更新

無意識を解放する「樂」の力

いとうここまでの話をざっと整理すると、「樂」は今の音楽とはだいぶ意味合いが違っていて、「樂」というのは、無意識と意識の世界があるうちの、無意識の強大な力を汲み出すためのもの、と言えるんでしょうか。大雑把すぎるまとめかもしれませんが。

安田まさにそのとおりです。言ってみれば、無意識の強大な力を抑えようとしたのが「禮」で、それを解放しようとしたのが「樂」です。今でも音楽は程度の差こそあれ、無意識に働きかけていますよね。

いとうたしかに現代でもそうですね。無意識を完全に解放したら人はおかしくなってしまいますけど、ものすごい力を持っているのは間違いない。だから能でも狂女ものとかがあるわけじゃないですか。狂ったものはコントロールを失ってしまいがちですけど、そのすごさはみんな知っているわけですよね。

安田そうです。孔子も、本当は中庸の人が一番いいといっていますが、そのバランスが取れている人はなかなかいません。それならば、まともすぎる人よりも「狂」の方がいいといっています。

いとうでも、孔子が「詩に興り、禮に立ち、樂に成る」と言ったように、無意識の力を習得して人格が完成するというのであれば、そこにはもうひとつ大きな志向性が必要になるんじゃないでしょうか。それがなければ、ただ狂って踊って楽しかったで終わるか、あるいは物事を破滅に向かわせるか、そうなってしまいます。そうだとすると、「樂」を操る術は相当深くて難しいものだと思います。

安田おっしゃるとおりで、誰にでもできることではありません。


世阿弥と芭蕉が目指したもの

いとうそれと、「樂に成る」の「成る」は本来の字としては「誠」なんだという説明が先ほど(前回)ありましたが、「誠」が新渡戸稲造の言うように「超自然力」なのだとすると、「樂」だけじゃなくて「誠」も、現代の意味合いとはだいぶ違うということですよね。

安田そうです。「誠」の本来の字義に近いものとしては、たとえば松尾芭蕉の「風雅の誠」がありますね。「誠」は「成る」ですから、対象と一体化することを指します。芭蕉は『三冊子』の中で、「松の事は松に習へ。竹の事は竹に習へ」という言葉を残しています。さらに、この「習へ」というのは「物に入(い)る」ことだと言ってます。松に入り、松と一体化して松の俳句を詠むということなんです。

 孔子の「樂」の習得の仕方も、そのようであったということが『史記』の「孔子世家」に書かれています。これは、孔子が「師襄子」という名人から琴を「學」んだときの話です。他の人なら、もう充分というところまで弾けるようになっても、孔子はやめようとしない。師匠である師襄子は「次に行っていいよ(以て益むべし)」と言うのですが、孔子は「その数を得ず」といって、なかなか先に行こうとしないんです。この「その数を得ず」というのはどういうことなのかは、よくはわからないのですが、「曲全体の流れがわからない」というような意味でしょうか。

 で、やっと「その数」を得たのですが、それでも先に進もうとしない。師匠は先に進むようにいうのですが、今度は「その志を得ざるなり」と孔子は言います。「志」というのは、この曲がどこに行こうとしているか、という意味です。やっと、「その志」を得た孔子ですが、今度は「その人と爲りを得ざるなり」、すなわち「これをつくった人(作曲家)がまだ見えない」といいます。

 が、しばらくすると孔子の顔つきも、その様子も変わってくる。そして「この曲をつくったのは周王朝を立ち上げた『文王』に違いない」と言うと、それを聞いた師襄子も驚いて孔子に席を譲って、孔子を拝しながら「私も、自分の師匠からそう伝え聞いている」と言うんです。

いとう参った。あなたの方がすごい、ということになっちゃったわけですね。

安田そう。しかも、これがただ頭でわかったのではない。孔子は、周の文王その人に変容してしまったわけです。ベートーヴェンを弾きながらベートーヴェンになっちゃうような。そして、これこそが「樂」の最大の効能のひとつで、伝説の王、周の文王になってしまうんです。

いとういわゆる、フランス現代思想でドゥルーズとかが言う「生成」が起きちゃったようなものなんですか? 対象そのものと同一化してしまうような現象が。

安田そうです。先ほど(前回)紹介した「桑林の舞」で雨が降るのは、天と人との一体化、「天人相感」が起きるからです。天も人も、そのままでは混沌としている。それに秩序、すなわち「文(あや)」を与えたのが「天文」であり、「人文」です。この「文」を糊代として天と人とは交感し得る。人が、「桑林の舞」によって、その「文」、人文を整えることによって、乱れた天文も整い、雨が降るべきときには雨が降る。「桑林の舞」というのは、人文を整えることができる、とても強力な舞だったようです。

 で、実は能の舞も同じなのです。能の舞というのはよく見てみると「陽」の動きと、「陰」の動きとを繰り返しています。前に出る「サシコミ(陽)」のあとには、後ろに下がる「ヒラキ(陰)」があり、「左(陽)」のあとには「右(陰)」がある。このように「陰陽」を繰り返すことで、自分のなかの「陰陽」が自然に整ってきます。そして、自分の人文に天の「陰陽」である天文が感応する。だから能も雨乞いなどに使われたりしたのでしょうね。

いとう「生成」ですから、一体化というよりも「対象との分別をなくす」ということなんですね。

安田はい。でも、とはいえ、物理的に松に入ることはできないし、心が完全に松に入りきってしまったら句はつくれませんから、松に入った自分と句をつくる自分が共存しているわけです。最初はこれが全然わからなかったのですが、世阿弥の「離見の見」を知ったときに「ああ、これだ!」と思いました。世阿弥は、客席と、そして自分の後方に「演じている自分を見る自分」を作れといいます。能の主人公であるシテは、鏡の間で面をつけた自分の顔を見て、それと一体化して舞台に出ます。その「一体化した自分」と、それを「観察する自分」が両方が必要なのですが、しかしそれは、「50%+50%」では絶対ダメで、「100%+100%」の状態になってはじめて、「離見の見」の境地に到れるわけです。

いとうそれはすごい話を聞きました。分割の思想ではなくて、もう一個の自分をつくってしまう。松そのものの自分をつくり、元の自分がそれを句に詠むと。それは、フランス現代思想で考えられていた「生成」の概念ともちょっと違うかもしれませんね。「生成」は「同一化」、「一つになる」ことを重視していますから。「1+1」が一体化して「1」になるのも、結局は理性に縛られているのかもしれませんね。「1」が簡単に「2」、あるいは「複数」になり、しかもその「2」は同じものなんだというのが、「樂」であり「松に入る」ことであり「離見の見」であるということなんですね。

安田「樂」もそうだからこそ、「詩」と「禮」の後の最後に学ぶべきこととされていたんでしょうね。


紙がない時代の「詩」の役割

いとう「樂」との対比で、「詩」と「禮」についても伺いたいんですが......。現代の感覚だと、「詩」や「禮」を勉強すると言われると、学者みたいな人をイメージしますが、「樂」はどう見ても身体的なプレイヤーですよね。ミュージシャンなりダンサーなりアーティストなり。翻って考えると、「詩」や「禮」も身体的な要素があるということなんでしょうか?

安田はい。「詩」にもいくつかの性格があって、まずひとつには、基本的に詩には「歌」が伴います。

いとうなるほどそうか、口に出さなきゃいけないわけですね。

安田それも歌うだけでなく、どうも演じられていたようです。「イントロ」で紹介した聞一多は、詩経を使った詩劇を書いていて、僕も一度それを試演したことがあります。
 またもうひとつ、当時ほんの一部の人の間だけで流通していた「文字」を覚えるという役割も詩は果たしました。当時は、為政者ですら文字を知りませんでした。しかし、土地によって言葉がまったく違う中国において、外交は文字によってなされていて、それを使えるということは外交に携わる孔子の弟子たちにとっては、絶対必要なことでした。彼らは詩を覚えながら、文字も覚えたのです。

 現代人にとって、文字は当たり前すぎるほど当たり前のものですが、しかし文字が一般的ではなかった当時、文字は「言葉を定着させる」という、まさしく呪術的な意味がありました。それまでは言葉はいちど口にすると消えていくものでしたが、消えずに定着させる呪術的なツールが文字であり、そしてそれを知ることも、「詩」を学ぶことの大きな意味でした。

いとう文字を定着させていた、そのメディアは何だったのですか。

安田ふつうは木を細く切ったものや竹です。大事なものは青銅器に鋳込みました。
「詩」という文字字体が、言葉を定着させるという意味があります。いまの「詩」という字は、右側が「寺」ですが、もともとは上の部分が「止」で、昔の「寺」はこんな字をしていました。

 上の「止」は足がどこかに止まっている形で、下の「寸」は手でそれを捕まえている様を象っています。つまり、「寺」という字はもともと、「動かないようにじっと捕まえる」ことを意味していました。「待」という字の左側の「ぎょうにんべん」は「十字路」のことで、「十字路」に「じっと動かず」にいるから「待つ」という意味になりますし、人にぴったりとくっつく(寺)と「侍」になります。

 そして、「詩」というのは、口に出す前に心の中で一度、ぐっと「止め」、それから言葉を出すのが本義です。

いとう「止める」のは物質的な意味合いですか? それとも記憶や印象に「とどめる」ということも含みますか?

安田両方の意味合いがあると思います。消えていってしまう言葉を、木や竹、あるいは青銅器などのメディアに書いたり刻んたりして、ここに止めるということにものすごく大きな意味があったんじゃないかと思います。今でも、名前を間違って書くと怒る人がいますよね。それと同じように、「言葉を止める」ために文字を「刻む」ことには呪術的な意味がありました。
 また、記憶も本来は呪術的なものです。現代では「記憶術」というと、試験対策のようなものに堕してしまっていますが、イスラム神秘主義などでは『聖書(旧約聖書)』の中の文字ひとつひとつに秘密の意味を付して、その記憶を秘術化しています。カバラの伝統に従って『聖書』を読むと、『聖書』の世界が自分自身の中に立体化されるんです。実は能の謡の中にもそういうものはありますし、おそらくは『詩経』などの五経の中にもあった。記憶というのは、世界や時間、すなわち大宇宙を自分という小宇宙の中に取り込み、自分と宇宙とを一体化させるための秘術でした。霧散する言葉をここに留め、そして記憶によって宇宙をおのれの身体の中に取り込む、そのような呪術的な装置が「詩」であったということができると思います。

いとういやあ、面白い。

安田でね、それだけで終わりじゃなくて(笑)、「詩」にはもうひとつ重要な意味がありました。それは「聖なるもの」、「霊的なもの」を呼び出す役割です。これでは『イーリアス』などの古代ギリシャの叙事詩にもありますし、また日本の詩も『万葉集』や『古今和歌集』の頃までは同じような役割がありました。日本の場合は具体的には「枕詞」によって導き出します。「枕詞」によって引き出される言葉は必ず「聖なるもの」、「霊的なもの」です。『詩経』の中にもそういう用法がたくさん紹介されていて、こちらは「興(きょう)」と呼ばれます。

いとうそのためのものなんですね。要するに「前触れを起こす」ってことですよね。「たらちね」と言っておいて、「母」を呼び起こすみたいな。

安田そうです。「母」のような聖なるものは軽々しく言ってはダメなんです。
いとう なるほど、簡単に「母」って言っちゃいけないから、「たらちね」って言うんだ。みんな出るぞ出るぞって「前触れ」を喚起させる。

安田そうそう(笑)。で、次第に、「たらちね」だけで「母」を表すようにもなったりね。ただ、「枕詞」の面白いのは、一対一対応になっていないものも多いということです。これは、そのものを呼び出すというよりも、そのもの「であること」、すなわち物の怪の「モノ」と同じで、そのものの霊質である「モノ」を呼び出すことです。
 また、「枕詞」って、たとえば「あしびきの山」の「あしびき」は、山登りをすると足を引くくらいに大変だから「足引きだ」なんていわれていますが、古代音などから考えると「足」ではなく「葦」だったらしいし、「びき」の「き」も「引き」の「き」とは違うようなんです。じゃあ、なんなのかというと、それは今となってはわからないらしいのですが、どうも祭祀儀礼的な関係、たとえば山で葦を抜くような祭祀儀礼があったとかそんなのが「あしびきの」の由来だったようなのです。「あしびきの」という枕詞の中に、祭祀儀礼そのものが封じ封じ込められていて、「あしびきの」と読むと、その儀礼が立ち上がってくる。そして、それに引かれるようにして山の神霊が現れる。
 これは『詩経』の中の枕詞的なものである「興」も同じで、そういう神霊を呼び出す言葉の使い方を身につけることも、孔子の時代の「詩」を学ぶことだったようです。だからこそ、これが「樂」の一部でもあるんです。


「禮」によってもたらされるもの

いとうなるほど。ところで「詩」の次に学ぶ「禮(礼)」は、具体的にはどういうことなんでしょうか。

安田学の最終段階の「樂」が対象との「分別をなくす」ことに対し、「分別をつくる」のが「禮」です。「樂」でとことん自由になる前に、まずは一度「型」に入ることを学ぼうということです。
「禮」といっても、いまの礼儀作法の「礼」とはだいぶ違います。「詩」もそうですが、「禮」も「詩」や「樂」と同じように神霊をここに呼び出したり、人を変容させたりする力があるものです。ただ、「樂」の方は、非常に名人芸的なところがあって誰にでもできるというものではない。それをある手順に則って行えば、誰でもできるようにしちゃえというのが「禮(礼)」です。古典芸能の「型」に似ています。まずは型である「禮」を学び、それからさらに修行をして名人芸である「樂」を手に入れる。まずは「分別」である型と学び、そこから始めて「分別のない」自由の境地に入る。「型に入って、型を出る」、これは、古典芸能の稽古にとても似ています。
 孔子学団における、この「禮」の習得方法を述べたのが『論語』の冒頭、最初の一文です。僕がこれに気づいたのは能の稽古を始めてからですし、それに気づいたことによって『論語』のすごさや身体性にも気づきました。紹介しますね。

 子曰。學而時習之。不亦説乎。有朋自遠方來。不亦樂乎。人不知而不慍。不亦君子乎。
(書き下し)子曰く、学びて時に之を習う。亦説(よろこ)ばしからずや。朋有り(ともあり)、遠方より来る。亦楽しからずや。人知らずして慍(いきど)おらず、亦君子ならずや。

 これは三つの句によって成っていますが、最初の一句についてお話しますね。
 この句は学校などでは「勉強して、ときどき復習をする。なんと悦ばしいことであろうか」なんて習って、冗談じゃないと思うでしょ(笑)。ところが本当は全然、違う意味なのです。
 まず最初の文字は「學」です。イントロでもお話したように、「學」というのは、机に向かって学習することではなく、「禮」の型を身体的に教わること、学ぶことを意味します。イントロの話とも重複しますが、もう一度お話すると「學」という字は昔の字形ではこういう形をしています。



 上にある二つの「 」は「手」で、下の「 」は「子ども」です。真ん中の「冖」は学校で、手と手の間にある「」は現代の漢字では「爻」、「カフ」という音です。これは「効(ならう)」に通じて何かをマネすることを意味します。「カフ」が「こう(効)」という音になったり、「ガク(学)」という音になったりします。この字は、子どもを学校に入れて、手取り足取り何かをマネさせることを意味します。日本語の「まなぶ」も「まねぶ」、すなわち「まねる」です。
 ちなみに「 」の下に子どもを置き、右側に鞭を持つ手(攵)を置くと「敎(教)」になります。この「学」は鞭でびしばし打たれるようなか学びだったようです。

いとう厳しい意味だったんですね。

安田はい。そして、「學」の次の「而」の字も重要です。

いとう日本語の読み方としては「而(しこうして)」ですよね。

安田そう、そう。高校の授業では「置き字ですから無視しましょう」なんていわれちゃう。でも、これもかなり怪しい字で、神に憑依された雨乞いの巫女の逆立った髪の毛を指すとか、あるいは呪術師のヒゲだとか、いろいろ言われていますが、みんな怪しいでしょ。

いとうそうなんだ。これも呪術的な言葉なんですね。「而(しこうして)」って、論理の言葉のイメージがものすごく強いですが。

安田ですよね。確かに時間の経過を表す語ではあるんだけれども、僕はその時間の経過を「呪術的時間」と呼んでいます。いとうさんは音楽をされているから分かると思うんですけど、どれだけ練習しても全然上達しないときがありますよね。

いとうありますね。

安田でも、それでも練習を続けて、で、「もういいや」と止めちゃって、少し経つと突然できるようになっているときがある。表面では何の変化も起きていないんですけど、内側では何かが動いている、それを「呪術的な時間」と呼んでいます。

いとうその感覚、めちゃくちゃよくわかります。

安田その呪術的な時間の流れを指すのが「而」の字です。鞭でびしばし打たれて、それでも全然上達しなくて、師匠からも厳しいことも言われて、苦しくて苦しくて、「もうこんなしんどいことはやめようか」と思っても、それでも稽古を続ける。そういう時間を経てあるときふっと上達する。それは見えない内側に「呪術的な時間」が流れているからで、それを示すのが「而」です。大切な字でしょ。「置き字」だなんて無視できない。

いとうまったくです。

安田さて、次の「時」という字です。この字の右側は、さっきお話した「詩」と同じく「寺」です。しっかりと掴まえるという意味。流れ行く時の、ある一瞬をグッと捕まえる、それが「時」です。誰が掴まえるかというと師匠と、そして無意識の自分です。毎日、鞭で打たれつつ、ダメだ、ダメだと怒鳴られる。意識の自分は「俺なんかにできるはずがない。全然ダメだ」と思っている。しかし、そんなある日、師匠から「明日の儀礼に出勤せよ」と命じられる。本人はダメだと思っているのに、です。でも、このとき師匠はその弟子の機が熟したのを知っているんです。これより早かったら本番で失敗してしまい自信をなくす。これより遅かったら、やる気をなくしてしまう。弟子の技や内面が熟した瞬間と、師匠の指示とか完全に一致する。まさに「啐啄の機」です。それが「時」です。

いとう吸啄は同時でなければならない。

安田はい。そして儀礼の本番。祭祀儀礼ですから、彼のすることは舞のような行為です。それが「習」です。「習」という字は「羽」に「白」ですよね。「白」は「てへん」をくっつけると「拍手」の「拍」、パタパタです。羽をパタパタとはばたく、それが「習」です。鳥が空中を飛ぶように彼は自由に舞う。その舞、すなわち儀礼を滞りなく勤められるほどの稽古は積んでいる。眠っていてもできるほどに、です。意識ではダメだと思っていても、無意識ではできる。

いとうこれってさっきの、孔子に憑依した文王の話と同じってことですよね。

安田そうですそうです。

いとう自分の中に入ったから、文王が引き出されてくる。

安田はい。ですから、それが「説(悦)ぶ」になるんです。孔子の時代は「説」も「悦」もなくて、右側の「兌」がその意味を表しますが、この字の下の「兄」は「祝」、巫祝とか祝詞とかいうようにもともとは神事を司る人。「兌」は、その人の頭部に神気が下るさまで、文王が憑依する。そういう意味では、「禮」にも「樂」とほとんど同じようなすごい力はあるんですが、これのイマイチなところは、師匠の厳しい稽古を伴わなければならないということなんです。そこから自由になって、無意識的なものも自在に操れるようになるのが「樂」の奥義なんです。

いとうなるほど、そこまで厳しい稽古をしてできるようになるのはある意味当たり前だと。でも、それが「樂」を習う前提なわけですね。「樂」は大変ですね。名人の域に達してからでないと「樂」を手掛けられないということですもんね。

安田そうそう、「樂」という漢字の金文を紹介しておきましょう。

 この字を白川静氏は「手鈴の形」とし、「古代のシャーマンは鈴を鳴らせて神をよび、神を楽しませ、また病を療した」と書きます。上の両側の「幺」がでんでん太鼓のバチのようなもので、真ん中の「白」は鈴だということですが、同じ白川氏の辞書で「白」を引くとこれは髑髏であり、「偉大な指導者や強敵の首は、髑髏として保管された」とあります。となると、これは人の頭蓋骨に人の皮を張った打楽器なのではないかと思うんです。なかむらとうよう氏の回顧展で、人の頭蓋骨の打楽器が出ていましたし、チベットにもそのような楽器はあります。古代には敵の英雄のしゃれこうべで打楽器を作り、それを打つことによって、その霊を呼び出し、その強力が霊力をもらうという呪術があったんじゃないでしょうか。そして、それが「樂」のもとだった。

いとうなんにせよ、呼び出すことが大事なんですね。過去の英雄の霊とか天と一体化するとか、一人の人間より大きなものを呼び出すことを目指しているということなんですね。

     

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安田登(やすだ・のぼる)

1956年千葉県銚子市生まれ。高校時代、麻雀とポーカーをきっかけに甲骨文字と中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師をしていた25歳のときに能に出会い、鏑木岑男師に弟子入り。能楽師のワキ方として活躍するかたわら、『論語』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を東京(広尾)を中心に全国各地で開催する。また、公認ロルファー(米国のボディワーク、ロルフィングの専門家)として各種ワークショップも開催している。著書に『能に学ぶ「和」の呼吸法』(祥伝社)、『身体感覚で「論語」を読みなおす。』(春秋社)、『異界を旅する能ワキという存在』(ちくま文庫)『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」』(実業之日本社)、『あわいの力「心の時代」の次を生きる』『イナンナの冥界下り』(ミシマ社)など多数。

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