プロに論語

『論語』には豊富な引き出しがあり、さまざまな場面に応用することができます。いわく、『論語』とは石油資源のようなもの。それを可能にするのは、『論語』の主人公たる孔子(紀元前552-紀元前479)が、多芸多才なマルチタレントだったからです。
 このたび、「プロに『論語』」と題してさまざまな道のプロの方々と『論語』を語らう連載を始めたのは、多くの引き出しを持つ『論語』を、「資源」として少しでも有効活用するためです。

 連載初回にご登場いただくのは、俳優・お笑いタレント・小説家・作詞家・ラッパーなどとしてマルチな才能を発揮するいとうせいこうさん。孔子の多芸多才ぶりを引き出すのにふさわしい方です。そんないとうさんと、まずは「音楽」をテーマに、『論語』について語らいます。
 孔子が手がけた「音楽」とは、現代のそれとはかなり違う意味合いを持っていたのでした。

(構成:萱原正嗣)

第6回 音楽と論語 いとうせいこうさん(4)

2016.03.17更新

『論語』の中の不思議すぎる章

安田話を少し戻しつつ、そのあとに僕の妄想全開で、話を広げていってもいいでしょうか。

いとうもうどんどん行きましょう(笑)

安田「樂」が気になるようになったきっかけは、『論語』の中のすごく不思議な章なのです。

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大師摯(たいしし)は齊に適く。亞飯干(あはんかん)は楚に適く。
三飯繚(さんぱんりょう)は蔡に適く。四飯缺(しはんけつ)は秦に適く。
鼓方叔(こほうしゅく)は河に入る。
播冫武(はんとうぶ)は漢に入る。
少師陽・撃磬襄(げきけいじょう)は海に入る。
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「中国まるごと百科事典の無料地図」上に論語の地名に赤丸をつけた。


 これなんですけど、いろんな人がいろんなところに行きました、という話がわざわざ書かれているんです。総勢8人が、中国全土に散って行ったという話。最後の2人は海に入っちゃいますし。

いとう外国に行ったのか海底を目指したのか、どっちかわかんないですね。

安田そうなんです。 なぜ、こんな章がわざわざ『論語』の中にあるのか、不思議でしょ。

いとうこの8人はみんな弟子なんですか?

安田たぶん、違うんじゃないかとは思うのですが、よくはわかっていないんです。

いとう個人の名前じゃない?

安田おそらく個人の名前だと思うのですが、たとえば、この「大師摯」の「大師」というのは役職の名前で、音楽の長官という意味です。「摯(し)」が人名です。次の「亞飯干(あはんかん)」。まず「亞飯」の「亞」というのは「次」という意味で、「飯」がご飯ですから二度目の食事という意味なのですが、それが一日のうちの二度目の食事なのか、あるいは一回の食事の二度目に料理が出るときなのかは諸説あってよくわかりませんが、そのときに演奏する人が亞飯の干(かん)さん。

いとうそんなことが決まってるんだ(笑)。じゃあ、「三飯」「四飯」というのは......。

安田三杯目、四杯目(笑)。

いとうどんどん食べますね(笑)。

安田しかも、その都度、音楽の演奏を伴っていた。

いとう当然、その食事というのはある種の祝祭というか儀礼というか、「禮」が決まっている・・・。

安田そうです。食事というのは、古代中国ではとても特別なことで、前にもお話した包丁の語源になった「包丁(ほうてい)」という料理人が牛を割くさまが桑林の楽であったということが『荘子』に書いてあったり、また『論語』の中にも「樂」と同じように料理の話がたくさん出てきたりと「食事」と「禮」や「樂」との関係は深いんです。殷(商)王朝の建国にもっとも貢献したのは伊尹(いいん)という料理人だったりもしますし。

 ただ、ここに登場する人たちはみな楽師です。「鼓方叔(こほうしゅく)」には楽器を表す「鼓」という字が入っていますし、「播鼗武」の「鼗(とう)」の字も、下に「鼓」の字が入っていることから分かるように、楽器のことです。海に入った一人、「少師陽」の「少師」は、音楽の次官みたいな役職です。もう一人の「撃磬襄(げきけいじょう)」の「磬」も楽器です。前にお話した孔子が琴を習ったのは、この人の子孫ではないかという人もいます。

いとうこの、いろんな人があちこち行っちゃう話は、いつの時代のことなんですか? 当然、孔子が生きていた春秋時代(紀元前8世紀~紀元前5世紀ごろ)より前の話ですよね。

安田それもよくはわかっていないのですが、おそらく「殷(商)」王朝の末、紀元前1,000年くらいのことではないかといわれいます(殷と周と魯は地図の上に青丸で囲っておきました)。

いとうつまり、孔子が生きていた時代よりも500年ぐらい前の話なわけですね。

安田そうです。殷を討伐するのを決めたのが、楽師が亡命したことがきっかけになったり、あるいは亡命するときに楽器を持って行ったりと、樂は一国の存亡にも関わる重大事だったんです。
 そんな樂に携われる人たちが楽師の名前と、彼らが行ったところがただ羅列されているこの章は、『論語』の中でとても異質です。むろん何の教訓もないし、思想も見えない。なぜ、こんな話が『論語』に含まれているのかよくわからない。でも、僕はこの章にはとても重要な意味があるんじゃないかと思うのです。孔子の後半生は、諸国を放浪したことが知られています。その放浪の旅は、自分の政策を評価してくれる国を探したと思われていますが、それもあるかもしれないけれども、諸国放浪の旅にはもうひとつの目的、すなわちバラバラにされた「樂」を訪ね歩き、それを統合し、殷の時代の「樂」の再現という大プロジェクトを企図していたんじゃないかと思うのです。そして、そのためのガイドブック的な性格を持っていたのがこの章。


エンブレム(紋章)としての「樂」の行方

安田最初のほう(第1回)でお話ししましたけれど、「殷」の時代の「樂」は、国を滅ぼしたり、人を死に至らしめたりする力がありました。「殷」を滅ぼした「周」は、その楽師たちを受け入れたわけですが、あまりにもその力が強力すぎてヤバいので、周の時代に一度それを解体して各地に分散させたんじゃないかと・・・。

いとうあまりに危険すぎると。

安田はい。それは豊臣秀吉や徳川家康が行った政策に似ていると思うんです。織田信長あたりから、騎馬や弓、剣の戦いから鉄砲への戦いに戦術が変わってきますでしょう。武器としての殺傷能力が全然違いますから。で、秀吉も家康も鉄砲の力で勝ち上がってきた。本来ならば、天下を取ったあとは、その武器開発を推し進めるはずなのですが、江戸時代の武士のイメージといえば刀です。これは秀吉の刀狩あたりから始まると思うのですが、より強力な武器を開発するのではなく、むしろ強力すぎる武器を破棄する方向を選んだ。それこそが天下を保つ方策だと考えたんです。周の時代の誰か、おそらく周公旦だと思うのですが、彼もはやり強力すぎる武器である殷の「樂」はこのまま進化させるのは危険だと考えた。でも、完全に破棄するのはもったいないので、一度解体して、分散させようと思った。その分散を示すのがさっきの章ではないかと思っているんです。

いとう面白い。

安田孔子の時代あたりまでは、まだ「樂」のパワーが残っていて、孔子はその解体された「樂」を求めるために諸国放浪をしたんじゃないかと思ったのです。たとえば「斉(齊:せい)」の国へ行って「韶(しょう)」という「樂」を聞いたら、三カ月間、肉の味がわからなくなったと書いています。これは「それほど感動した」とか言われているのですが、そんな甘い話ではなく、実際に味覚を奪ってしまう「樂」があったんじゃないか。ただ、残念ながら、孔子は完全な形で「樂」を採集することはできなかったはずで、それはさっきの章を見ると、鼓方叔は河に入ってしまうし、播鼗武(はんとうぶ)は漢、これもたぶん漢水という川ですね、ここに入ってしまうし、なんといっても最後の2人、「少師陽」と「撃磬襄」は海に入ってしまうんです。この海に入るって怪しいでしょ。

いとうで、その2人はどうなっちゃったんですか?

安田それはもう全然わからないんですが、歴史学者の網野文彦さんが言うように、日本海は中国大陸と日本列島をつなぐ内海だったとするならば、ひょっとしたら日本に入ってきた可能性もあるんじゃないかと思っています。もうこうなると妄想どころではない話になってくるのですが、でもね、たとえば山東半島の付け根の「齊」までくれば、もう海は目の前ですから、そこから海を渡って日本にやってきたとしてもおかしくはないでしょ。紀元前1000年ごろに「殷」が滅亡した後で、「樂」を携えた楽師が日本に入ってきた可能性は十分にあると思っているんですね。

いとう当時の日本は縄文時代晩期ぐらいですか?

安田当時既に水田稲作が始まっていたという説もありますが、通説としてはまだ縄文晩期ですね。

いとうそのころの日本列島はいろんな部族が入り乱れていたでしょうから、日本語っていうよりは踊れば分かる、倍音出せばわかるっていう感じでしょうね。

安田まさにおそらくそうで、マルセル・グラネというフランスの中国学者が、こんなことを書いています。ちなみに、マルセル・グラネの考えは、人気の白川静先生にも大きな影響を与えています。

宗族の神は、過去の記念である舞踏によって維持される。宗族の聖なる所有であり、舞踏は宗族にとって、音楽と身ぶりの紋章(エンブレム)のようなものである。
(『中国古代の舞踏と伝説』マルセル・グラネ、せりか書房、p267)

文字も何もない時代、舞は宗族の神を保存するもので、音楽と身ぶりを伴う舞踏は、宗族を示す紋章(エンブレム)だったのです。ですから、舞踏を伝えることは、部族のエンブレムを伝えることを意味していて、「樂」を携えた楽師が日本にやってきていたとしたら、殷のエンブレムを伝えているはずですし、さらにいえば「樂によってエンブレムを伝える」ということを伝えていたはずなんです。

いとうその話、面白いですね。2014年に出した『親愛なる』(河出書房新社)っていう本がありまして、これは1997年に、インターネットを個人が使えるようになって間もないころ、メール配信だけで発表した小説に少し手を入れて出版したものです。物語は入れ子構造になっているんですけど、近未来のソウルを舞台にした、人間本来の言語が封じられてしまっている世界を描いています。それを唯一破ることのできる女の人が登場しまして、その人はダンサーなんです。ダンスによって、時の権力が封じたはずの言葉を伝えてしまうから、政治的に危険視されて弾圧されようとしているわけですが、その女の人は危険を顧みず、みんなを自由にする踊りを始めてしまって、そのまま革命が起こるだろうということを想起させるシーンで終わるんですけど、それがまさにエンブレムとしての踊りですよね。

安田ああ、そのシーン、覚えています。あのダンスは「桑林の舞」でもありますし、真の暗闇を破った天宇受売命(あめのうずめのみこと)の舞踊でもありますね。

いとうエンブレムであり言語であり、「桑林の舞」でもある。そういうことですよね。


日本の芸能を担う「猿」の系譜

安田はい。それでですね、エンブレムとしての「樂」には、トーテムとしての動物が伴われることが多く、それが宗族の神として崇められます。日本に入ってきたかもしれない楽師の末裔というか、彼らのエンブレムのトーテムは音楽神の「夔(き)」じゃなかったかと思っています。「夔」は甲骨文や金文にとてもよく出てきます。「夔」が出てくる甲骨文2つと金文2つを挙げておきますね。

 左のものは最初期の甲骨文のひとつですが、ここには殷に統合された各部族のトーテムが刻まれているといわれています。上の蚤のようなは「羊」、下に山がありますね。その下が「虎」、さらに下のが「鳥」。左は「亥(ガイ)」でイノシシ、右側のが「夔」で、これは猿ではないかといわれています。
 甲骨文の2つ目になると、その右側ふたつの金文のものにかなり近い形になっています。
金文の「夔」というのは分解するとこういう形になっています。顔(目)があって、ちょっと出っ張った口があって、大きな耳があって立っています。顔の部分だけ見ると、かなり猿っぽいでしょ。
 で、頭の上には髪飾りがついていますし、尻尾もついている。髪飾りと尻尾とは人工的に付けたもののようです。『古事記』に書かれる天宇受売命(あめのうずめのみこと)のような姿です。足が強調されているのも特徴です。この足は「舞」という漢字の下の部分の字と同じです。ただし、一足。一本足で、舞を舞う神です。



いとう妖怪みたいですね。

安田はい、一本足の妖怪ですね。「夔」は、五経のひとつである『尚書(書経)』には、古代の伝説の王である「舜」が「夔」に対して「お前は樂を典(つかさど)れ」と命じ、「夔」が石の楽器を演奏すると、百獣はその音で舞うと書いてあります。この時点では、まだ一本足ということは明記されていません。これが幻想地理誌である『山海経(せんがいきょう)』になると、角なしの牛のような姿を一本足の妖怪として描かれます。「夔」が水に出入すると風雨が起こり、その光は日・月のごとく、その声は雷のごとし。その皮で鼓をつくって雷獣の骨でうつと、声が五百里に聞こえて天下をおどろかすと書かれています。

(山海経の「夔」)


安田で、その音楽神「夔」が、なんと日本の神社に祀られているんです。

いとうこの妖怪みたいな形をした「夔」が?

安田ええ。山梨県にある山梨岡神社というところです。以前に山梨県立博物館でこの神社の「夔」の展覧会があって、そこで「夔」の神像や由来記などが展示されました。このホームページにも出ています。

 これを発見したのが荻生徂徠(1663-1728)なんですが、すでにそのときには、なぜ山梨岡神社に「夔」が祀られていたかはわからなくなっていました。実はこれが「夔」ではない、なんていう人もいて、僕もこの絵は「夔」ではないんじゃないかとは思うのですが、それでも「夔」を奉ずる一族の人、すなわち猿をトーテムとする芸能集団が日本に渡って来た可能性というのを考えると面白いと思うのです。
というのは、日本で芸能の神様というと猿田彦ですよね。

いとう天孫降臨のときに神の先陣を切っていたのは猿田彦でしたね。

安田そうそう。で、その猿田彦はそのあと、天岩戸で活躍した、これまた芸能神である天宇受売命(あめのうずめのみこと)と結婚して、そこから「猨女君氏(さるめのきみうじ)」という姓を創ります。また、芸能の始原と深い関わりがある万葉歌人の柿本人麻呂(660ころ-720ころ)と関わりがある、というかその人自身じゃないかとさえ言う人もいる「柿本猨(さる)」という人物もいます。猿をトーテムとする「夔」の神が日本に「樂」を伝えて、それをエンブレムとして受け継いだ猿系の人たちが、音楽や芸能をつないでいったんじゃないかというのが僕の妄想なんです。

いとうたしかに、歌舞伎でも「猿若三座」って言いますよね。中村勘三郎家の中村座と市村座、森田座がそうですよね。

安田能も明治になるまでは「猿楽」と呼ばれていましたしね。で、ここからはさらに妄想全開の話になるのですが、能って今から650年ほど前、14世紀後半に観阿弥・世阿弥によって大成されてから、一度衰退するんです。それをもう一度盛り立てたのは豊臣秀吉です。秀吉は自分を主人公にした能をつくるぐらい能のことが好きですから。で、能って、今までドラスティックな変化が4回くらいあって、その第1回目が秀吉なんです。秀吉が能をガラッと変えたんですね。で、その秀吉は、「猿」と呼ばれていたでしょ(笑)

いとう顔が猿に似ていたと言われますよね。

安田そうそう。でもおそらくそれは後づけで、彼の幼名「日吉丸」に、その「猿」のヒントが隠されているように思います。「日吉」で思い浮かぶのは比叡山延暦寺の守護神「日吉大社」で、その系譜に「日枝神社」があります。どちらも祭神は「猿」ですから、たぶん秀吉はもともと猿系の部族だったんじゃないかと思うんです。ちなみに秀吉が大出世をしたきっかけはすべて築城に関連した働きです。となると秀吉は建築にも優れていたことになります。で、実は芸能民と建築民というのは古代においては同一だったということを、渡辺豊和さんが『芸能としての建築』の中で書かれていますし、観阿弥や世阿弥、あるいはその一族も舞台という装置を創った建築に優れた一族だったのではないかと思うんです。そんなあれこれから、「夔」の神、「猿」の部族が日本にやってきたんじゃないかと思うわけです。


「一本足」に秘められた意味

いとう僕も負けじと妄想を言うと、一本足で思いつくのは「カカシ(案山子)」ですよね。カカシって、「樂」の「でんでん太鼓」(第2回参照)じゃないですけど、鳥が逃げるようにカラカラ鳴らしてるのが多いですよね。

安田たしかにそうですね。

いとう仏像好きのみうらじゅんさんと、奈良の飛鳥地方に行ったことがあるんですね。そのとき田んぼのカカシを追いかけていたら、キトラ古墳に辿り着いちゃったことがありました。その話を舞踏家の田中泯さんにしたら、泯さんは「それは正しいんだ」とおっしゃって。「カカシみたいに一本足のものは、地獄の入り口に人を導くんだ。だから西洋でも、『オズの魔法使い』みたいなものは地底へ導き手なんだ」と。『オズの魔法使い』にもカカシが登場しますよね。

安田おお、なるほど!『古事記』にも、知恵者である久延毘古(くえびこ)という神が案山子として出てきますね。

いとうそのときは、僕はキトラ古墳が好きなものだから、カカシを辿ってキトラ古墳に辿り着いたと考えていましたけど、人間の側から考えたら、カカシを使ってキトラ古墳から神を呼び出していると見ることもできますよね。カカシが神を呼び出していると見れば、カカシは、神々を先導した猿田彦的な存在になるなと思いました。一本足のものっていうのは、神あるいは霊的なものと人間をつなぐような役割を果たしているのかもしれない。能にもたしか、片足で動く「反閇(へんばい)」っていう大事な動きがありましたよね。

安田はい。足を引きずるようにして舞う動きですね。序之舞の「序」の部分や、『道成寺』の「乱拍子」などは、次の足を出す前に一度足を揃えてから出すので、これを早回しにすると足を引きずるようにも見えます。これって武術の足遣いである「禹歩(うほ)」にも似ています。禹歩についての中国の注釈を見ると「相錯せず」と書かれていますから、まさに序や乱拍子の足遣いですね。そう考えると「夔」が片足なのも、どうも同じように怪しい。

いとうつい先日も、鎌倉期の珍しい仏像を、変わった収集家の方に見せてもらいました。それは蔵王権現なんですけど、やっぱり片足なんですよね。しかも、踊るように足を後ろに曲げてスキップしているような感じで。片足の系譜は、能からお神楽から蔵王権現からカカシから、全部つながってるんでしょうね。カカシ(案山子)も猿も、山のものですよね。

安田「夔」も山のものですし、「日吉大社」も「山王権現」でやっぱり山ですね。「夔」のいちばん古い字は紀元前1300年のものですから、3300年前から「夔」は片足で音楽神でした。

いとう片足が大事だとわかっていた人たちがいた可能性が大きいってことですよね。


「表」と「裏」と、両方あるから意味がある

いとう僕が古典芸能を好きになったきっかけは、今から30年以上前の学生のとき、岩手の花巻に伝わる民俗芸能の「早池峰神楽(はやちねかぐら)を見に行ったのがきっかけなんです。そのときに「式三番(しきさんば)」というお神楽をやっていて、夜も更けてきてみんなお酒がまわってきたら、その「裏」だっていうんで「裏三番(うらさんば)」ってのを始めたんですね。これは、それまでやっていた「表」の「式三番」をパロディ化したものなんですが、エッチな動きもあって、村の人たちも見て笑ってるんですよね。そのなかで強烈な印象に残っているのが、片足が跛(ちんば)でぴょんぴょん踊り始めて、それで村人がどっと笑い出したことなんです。この話、神楽の人とか能とか狂言の人に言っても、みんな知らないって言うんです。僕はたしかに見たからすごく気になっていて、今の早池峰神楽がどうかはわかりませんが、僕が見た1980年代までは、神楽のなかにも片足の芸能、笑いがありました。それも何かが伝わってきている可能性がありますよね。起源も分からず、でも片足だとおかしいっていう何かが。

安田いまおっしゃった、普通だと放送用語で引っかかっちゃう「跛(ちんば)」という言葉もすごく重要です。さきほどの「禹歩」は、伝説の聖王である禹の足遣いを真似したものといわれていますが、禹は跛行したといわれています。また、孔子は「君子」であることを大事にしますが、「君子」はもともと「尹子(いんし)」という言葉で、「せむしの男」という意味だという人もいます。つまり孔子は、「君子」になれるのは、身体的あるいは精神的に欠落を持つ者だけだと考えていました。前にお話した殷の建国に寄与した最大の功労者である料理人の名前も「伊尹」でしたから、彼も「せむし」だった可能性もありますし、孔子自身も背が異常に高かったか、低かったかで、頭の上も凹んでいたとか、また出身も卑賤の出だったとかで、いわゆる差別される身体、出自を持った人でした。だからこそ君子になれる。

いとうそれもすごい話ですね。

安田イエスが「貧しい人は幸いである」といいますでしょ。あの「貧しい」はギリシャ語では「プトーコス(πτωχός)」で、これも屈曲した身体を持った人、すなわち「せむしの人」、尹子=君子です。だからこそ幸いなんです。孔子は自分が卑賤の出であるということを悲観していない。笑っていますし、相手をも笑わせようとしています。片足でぴょんぴょん飛んで、それを笑うっていうのが大事な気がします。

いとうわーわーわーわー笑ってました。差別の笑いっていう感じもまったくなく。それまでの「表」のルールが外れたから笑い出すっていう感じに僕には聞こえました。あのときの感覚はすごく焼き付いてますね。

安田「差別」という言葉がない時代から、神楽は受け継がれているんでしょうから、その笑いも差別じゃないんでしょうね。自分たちの秩序を壊されてしまったことによる笑いでしょうか。

いとう「参りました」みたいな感じですよね。村人を笑わせてるから、片足の人の方が偉いですもんね。

安田芸能というのは、「見られて笑われる」存在から「見せて笑わせる」存在に変換するメタファーの装置のような役割があると思います。それができるのは、現代風にいえば差別される身体、出自を持つ人だからこそですね。
「式三番」と「裏三番」で「表」と「裏」ってありましたけど、能と狂言がまさにその関係です。能の完全なパロディの狂言って何曲かあるんです。今はあまりそういうことはないですが、昔はたぶん、能をやった後にパロディの狂言をやっていたはずです。

いとう怒っちゃうんですか?

安田能の人が嫌がることが多いようですね。せっかくまじめにやったものを笑われて台無しにされたってなりますから。

いとうでもやっぱり、「表」と「裏」の関係なんですよね。前半で話した「分節化」と「合一化」、分別をつくる「禮」と分別をなくす「樂」、平仄があってる気がします。

安田本当にそのとおりで、「平」と「仄」があることでオスとメスが成り立つ、番(つがい)が成り立つんですね。能と狂言という「番(つがい)」で「組」になって演じるから「番組」。「平」と「仄」の片方だけではダメで、両方が必要なのです。

いとうだいぶ真理に近づいてきちゃった感じがありますが。

安田そうですね。これ以上話すと大変なことになりそうです。

いとうというわけで、今回はこの辺までにしておきましょうか。



    

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安田登(やすだ・のぼる)

1956年千葉県銚子市生まれ。高校時代、麻雀とポーカーをきっかけに甲骨文字と中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師をしていた25歳のときに能に出会い、鏑木岑男師に弟子入り。能楽師のワキ方として活躍するかたわら、『論語』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を東京(広尾)を中心に全国各地で開催する。また、公認ロルファー(米国のボディワーク、ロルフィングの専門家)として各種ワークショップも開催している。著書に『能に学ぶ「和」の呼吸法』(祥伝社)、『身体感覚で「論語」を読みなおす。』(春秋社)、『異界を旅する能ワキという存在』(ちくま文庫)『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」』(実業之日本社)、『あわいの力「心の時代」の次を生きる』『イナンナの冥界下り』(ミシマ社)など多数。

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