声に出して読みづらいロシア人

主旨

「ロシア人の名前は何であんなに長ったらしいのか?」と、よく言われます。時にはもっと単刀直入に、「なんであんなに滑稽なのか?」とすら言われたこともある。
確かに、ロシア人といえば、「ドストエフスキー」「ムソルグスキー」「ゴルバチョフ」など、ゴツイというか愛想がないというか、そんな名前ばかり。
ですが、「グジェ」とか「ドヴァ」とか、「ルグスキー」なんて不可思議な文字列は、ロシア人の名前でも呼ばない限り、一生声に出すことはないはず。
だったらせっかくなので、読みづらいけど、大声で唱えてみよう。気分が晴れたり晴れなかったりするかもしれません。
本連載では、そんな怪しげな響きのロシア人名を厳選して紹介するとともに、その人物のプロフィールを解説。ロシア人の名前の仕組みについてもわかる。役には立たないが。

第4回 サルトゥイコフ=シチェドリン

2009.10.02更新

Михаил Евграфович Салтыков-Щедрин

ミハイル・エヴグラフォヴィチ・サルトゥイコフ=シチェドリンは、19世紀を生きた帝政時代のロシアの作家。
ドストエフスキー、トルストイ、ツルゲーネフやらとほぼ同時代の人です。

この人の作品『ある市の歴史』を読んだことがあります。
なんとも長ったらしく、ナンセンスな話が延々と続くのだが、なんだか妙に読みふけってしまう不思議な作品。
読み終わったあと、「実はこれ、すごい作品じゃないか」と思ったものです。

で、それはいいのですが、この人の名前の長ったらしさはどうなのか。
「サルトゥイコフ=シチェドリン」まとめて一つで苗字です、念のため。
このような苗字、ロシア人にはしばしば見られ(リムスキー=コルサコフ、ネミローヴィチ=ダンチェンコなど)、ただでさえ複雑なロシア人名をさらに怪奇なものにしています。

しかもある意味、彼の名前は「ロシア語の見本市」。
「サルトゥイコフ」の「ゥイ」という音は、舌を奥に引っ込めながら「イ」と発音するというような、微妙な母音。
確かに「ゥイ」のように聞こえなくもありませんが、本来は全然別の音です。

さらに極悪なのが、「シチェドリン」の「シチェ」。英語表記にすると「shche」となるのですが、「sh」+「ch」ではなく、あくまで「shch」で一つの子音。
その証拠に、ロシア文字ではちゃんと一文字(щ)で表せます。

「シェ」と発音する際、舌を奥の方に引っ込めて、さらに少しだけ音をこもらせるようにすると、「シシェ」みたいな音になります。
これが「シチェ」の音。素直に聞くと「シシェドリン」と聞こえます。

私の知る限り、この二つの音は(ロシアの周辺国を除いて)どこの言語にも存在していません。
そんな貴重な音を一気に体感できるまたとないロシア人名が、この「サルトゥイコフ=シチェドリン」なのです。

ちなみに、『ある市の歴史』は当然のように絶版。

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松 樟太郎(まつ・くすたろう)

「四面楚歌」をモットーとする編集者。
1975年、ザ・ピーナッツ解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出るも、その後は特にロシアとは縁のない仕事と日常を送る。そのためロシアに関する知識が間違ってたらすいません。そろばん3級。
KYOTO的では、「マックスコーヒー1人旅Y」を連載。全国のファンに惜しまれつつ最終号を迎えた。

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