声に出して読みづらいロシア人

主旨

「ロシア人の名前は何であんなに長ったらしいのか?」と、よく言われます。時にはもっと単刀直入に、「なんであんなに滑稽なのか?」とすら言われたこともある。
確かに、ロシア人といえば、「ドストエフスキー」「ムソルグスキー」「ゴルバチョフ」など、ゴツイというか愛想がないというか、そんな名前ばかり。
ですが、「グジェ」とか「ドヴァ」とか、「ルグスキー」なんて不可思議な文字列は、ロシア人の名前でも呼ばない限り、一生声に出すことはないはず。
だったらせっかくなので、読みづらいけど、大声で唱えてみよう。気分が晴れたり晴れなかったりするかもしれません。
本連載では、そんな怪しげな響きのロシア人名を厳選して紹介するとともに、その人物のプロフィールを解説。ロシア人の名前の仕組みについてもわかる。役には立たないが。

第15回 ベレゾフスキーとホドルコフスキー

2010.10.01更新

Березовский и Ходорковский

名前だけを見て、
「どっちも敵っぽい名前だな」
と思った人、わりといい線行ってます(笑)。

まずは、ソ連時代は研究者だったボリス・アブラモヴィチ・ベレゾフスキー。
自動車販売事業で巨富を得て、石油会社に大手新聞社、国営航空会社(アエロフロート)、テレビ局などを立て続けに買収。
自らも政治家になってエリツィン政権を支えるとともに、そのエリツィン政権を最大限に利用しまくって莫大な富を手にしました。

一方、ソ連時代は共産党エリートだったミハイル・ボリソヴィチ・ホドルコフスキーは、エリツィン政権の企業国有化の仕組みを利用して二束三文で多くの企業を手に入れました。
最初は金融関係、後に石油会社を手に入れ、これまた巨額の富を手に。

こういった人々は新興財閥、ロシア語でオリガルヒと呼ばれ、特にエリツィン時代はこの世の春を謳歌。
その金遣いの荒さも相まって、「ニュー・ロシア人」と皮肉っぽく言われたりもしました。

その流れが変わったのがプーチン政権誕生後。
国家の統制を強化しようとするプーチンは、自分の意のままにならないオリガルヒを徹底的に弾圧し、脱税などの罪で次々摘発しました。

その結果、ベレゾフスキーはイギリスに亡命。
ホドルコフスキーはシベリアにて刑務所暮らしです。

彼らの「罪」が本当にあったのかは、神のみぞ知る、ってところでしょう。
でも、「ベレゾフスキー」「ホドルコフスキー」という名前だと、「なんかやってそう」と思わざるを得ません。
ちょっと悪い気分(なんだそりゃ)になりたいときは、「そちもワルよのう、ベレゾフスキー」などとつぶやいてみるのもいいかもしれません。

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松 樟太郎(まつ・くすたろう)

「四面楚歌」をモットーとする編集者。
1975年、ザ・ピーナッツ解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出るも、その後は特にロシアとは縁のない仕事と日常を送る。そのためロシアに関する知識が間違ってたらすいません。そろばん3級。
KYOTO的では、「マックスコーヒー1人旅Y」を連載。全国のファンに惜しまれつつ最終号を迎えた。

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