声に出して読みづらいロシア人

主旨

「ロシア人の名前は何であんなに長ったらしいのか?」と、よく言われます。時にはもっと単刀直入に、「なんであんなに滑稽なのか?」とすら言われたこともある。
確かに、ロシア人といえば、「ドストエフスキー」「ムソルグスキー」「ゴルバチョフ」など、ゴツイというか愛想がないというか、そんな名前ばかり。
ですが、「グジェ」とか「ドヴァ」とか、「ルグスキー」なんて不可思議な文字列は、ロシア人の名前でも呼ばない限り、一生声に出すことはないはず。
だったらせっかくなので、読みづらいけど、大声で唱えてみよう。気分が晴れたり晴れなかったりするかもしれません。
本連載では、そんな怪しげな響きのロシア人名を厳選して紹介するとともに、その人物のプロフィールを解説。ロシア人の名前の仕組みについてもわかる。役には立たないが。

第20回 カラシニコフ

2011.04.08更新

Михаил Тимофеевич Калашников

有名な「カラシニコフ銃」の開発者。
私はずっとこの人が、銃ではなく化学兵器(マスタードガス)の開発者だと勘違いしてました。
マスタード=カラシって日本語だろ。

ミハイル・チモフェーヴィチ・カラシニコフは、1919年、革命直後のソ連に農民の子として生まれました。
小さい頃から機械いじりが好きで、第2次大戦勃発後は徴兵され戦場に行ったのですが、そこで銃を自分で改造したりして注目を集めました。
その後本格的に武器エンジニアの道に進み、彼の設計した銃はコンペで1位を獲得。
ソ連軍に採用されることになります。
これがいわゆる「カラシニコフ銃」で、その武器としての性能と壊れにくさにより、旧共産圏を中心にまたたくまに広がったのです。

もっとも彼自身は根っからのエンジニア気質で、そんな栄誉に酔うこともなく、ごく普通のエンジニア人生を送っていたのでした。

そんな彼を、運命の変転が襲います。
まず、ソ連邦が崩壊。
そして、丈夫で性能のいいカラシニコフはテロリストにも愛用され、いつの間にか「テロリストの銃」というイメージがついてしまっていたのです。

そんななか、彼が取った行動は、ソ連時代にも入党しなかった共産党へ、今になって入党する、というものでした。
カラシニコフだけに、辛口な人生を歩んでいるなぁ、と思ったものでした(意味不明)。

カラーシュニカフ、という発音が原音に近いかと。より読みにくくなるのがポイントです。
『カラシニコフ自伝』(朝日新書)は名著なのでぜひ。

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松 樟太郎(まつ・くすたろう)

「四面楚歌」をモットーとする編集者。
1975年、ザ・ピーナッツ解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出るも、その後は特にロシアとは縁のない仕事と日常を送る。そのためロシアに関する知識が間違ってたらすいません。そろばん3級。
KYOTO的では、「マックスコーヒー1人旅Y」を連載。全国のファンに惜しまれつつ最終号を迎えた。

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