声に出して読みづらいロシア人

主旨

「ロシア人の名前は何であんなに長ったらしいのか?」と、よく言われます。時にはもっと単刀直入に、「なんであんなに滑稽なのか?」とすら言われたこともある。
確かに、ロシア人といえば、「ドストエフスキー」「ムソルグスキー」「ゴルバチョフ」など、ゴツイというか愛想がないというか、そんな名前ばかり。
ですが、「グジェ」とか「ドヴァ」とか、「ルグスキー」なんて不可思議な文字列は、ロシア人の名前でも呼ばない限り、一生声に出すことはないはず。
だったらせっかくなので、読みづらいけど、大声で唱えてみよう。気分が晴れたり晴れなかったりするかもしれません。
本連載では、そんな怪しげな響きのロシア人名を厳選して紹介するとともに、その人物のプロフィールを解説。ロシア人の名前の仕組みについてもわかる。役には立たないが。

第23回 ディアギレフ

2011.06.08更新

Серге́й Па́влович Дя́гилев

前回お話ししたシャガールがパリに亡命したように、ロシア人とパリの結びつきは思いのほか強かったりします。
私の大学時代の恩師は、ロシア学者のクセにサバティカル(研究休暇)でパリに行ったくらいです。まぁ、これはほぼ遊びだったんじゃないかと、今は思いますが・・・・・・。

そんなロシアとフランスの結びつきの象徴とも言える一大ブームが、20世紀初頭のパリで起こりました。
それが「バレエ・リュス」、直訳すると「ロシア・バレエ」。

才能あふれるロシアの芸術家たちがパリを中心にバレエ興行を行い、一大センセーションを巻き起こした、というものです。
後にはフランスを始めとした各国の芸術家たちが参加。
このバレエ・リュスに関わった芸術家の名前を挙げると、舞踏家のニジンスキーやバランシン、作曲家としてドビュッシー、サティ、ラヴェル、ストラヴィンスキー、プロコフィエフ、舞台美術を手がけたのはピカソ、マティス、ルオー、ローランサンというのだから、なんだか奇跡のような興行だったことがわかります。

興行というからには仕掛け人がいるわけで、その人物こそが、セルゲイ・ディアギレフです。
よりロシア語っぽい表記をすれば、「セルゲイ・パーヴロヴィチ・ジャーギレフ」。

この人物の名前を知ったとき、私は思わず「うわ、悪そう」と思ったものです。
だって「ジャーギレフ」ですよ、なんか昔話の敵役みたいな名前じゃないですか。
興行師として、ドビュッシーやらピカソやらをピシピシとムチで打っている光景が思い浮かんだものでした。
「もっと働くんジャー」
みたいに。

まぁ実際はそんなこともなく、ロシア中部のセーリシシという田舎町の裕福な地方貴族の子として生まれた彼は、ある意味、何不自由なく芸術家としての道を歩んでいきました。
ただ、音楽家になろうとしたが果たせず、代わりに芸術の目利きとして数々のイベントを成功させる、という方面で才能を発揮。
その彼の集大成がこの「バレエ・リュス」だったわけです。

まぁそれでも、名前の「悪そう」イメージは消えず。
しかもより正確に発音しようとすると「ヂャーギレフ」となります(dyagilev)。
あ、こうなるとちょっとかわいいか。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

松 樟太郎(まつ・くすたろう)

「四面楚歌」をモットーとする編集者。
1975年、ザ・ピーナッツ解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出るも、その後は特にロシアとは縁のない仕事と日常を送る。そのためロシアに関する知識が間違ってたらすいません。そろばん3級。
KYOTO的では、「マックスコーヒー1人旅Y」を連載。全国のファンに惜しまれつつ最終号を迎えた。

KYOTO的
マックスコーヒー

バックナンバー