声に出して読みづらいロシア人

主旨

「ロシア人の名前は何であんなに長ったらしいのか?」と、よく言われます。時にはもっと単刀直入に、「なんであんなに滑稽なのか?」とすら言われたこともある。
確かに、ロシア人といえば、「ドストエフスキー」「ムソルグスキー」「ゴルバチョフ」など、ゴツイというか愛想がないというか、そんな名前ばかり。
ですが、「グジェ」とか「ドヴァ」とか、「ルグスキー」なんて不可思議な文字列は、ロシア人の名前でも呼ばない限り、一生声に出すことはないはず。
だったらせっかくなので、読みづらいけど、大声で唱えてみよう。気分が晴れたり晴れなかったりするかもしれません。
本連載では、そんな怪しげな響きのロシア人名を厳選して紹介するとともに、その人物のプロフィールを解説。ロシア人の名前の仕組みについてもわかる。役には立たないが。

第25回 スヴャトスラフ・リヒテル

2011.08.12更新

Святослав Теофилович Рихтер

今回、ちょっと趣向を変えて、「苗字」(ロシア語でファミーリヤ)ではなく「名前」(イーミャ)を取り上げようかと思います。

ロシア人の名前というと、「ピョートル」とか「フョードル」とか「イワン」とか、どことなく珍妙な(失礼)響きを持っているものが多いのですが、こうしたものはほとんど、キリスト教関係の名前です。
つまり、元はヘブライ語、ギリシャ語、ラテン語の名前が多く、「ペトロ」がフランス語ではピエール、英語ではピーターとなるのに対して、ロシア語では「ピョートル」となったり、同様に「テオドロス」→「フョードル」、「ヨハネ」→「イワン」という感じです。

それに対して、圧倒的な読みづらさオーラを発揮しているのが、「古代スラヴ語起源の名前」。
こうした名前は「異教的」ということで、ロシアにキリスト教が広まるにつれ排除されていったのですが、今でも意外としぶとく生き残っています。
なかでも多いのが、古代スラヴ語で「栄光」という意味を持つ「スラフ」がつく名前。そんな名前を持つ有名人の代表が、スヴャトスラフ・リヒテルでしょう。20世紀ロシアを代表する名ピアニストです。

私が学生時代によく聞いていたベートーヴェンの三重奏曲のCDがあるのですが、その演奏者は、
・スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
・ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)
・ダヴィド・オイストラフ(ヴァイオリン)
というすさまじいもので、お互いの名前を呼び合うだけで演奏時間の半分くらい潰れるんじゃないかと、勝手に心配したものでした。

「やぁ、スヴャトスラフ。そろそろ始めようか」
「ああ。ムスティスラフも用意はいいか」
「オッケーだ、オイストラフ」
(※注 実際にはどの名前にも愛称があるので、わざわざフルネームは言いません。あと、オイストラフに至っては苗字です)

ちなみにリヒテルはその苗字からもわかるようにロシア系ではなく、ドイツ系のロシア人。
だからこそあえて、こんなスラヴチックな名前をつけたのかも、と勘ぐりたくなります。
音楽家の亡命が相次ぐなかソ連に留まり続け、西欧から「幻のピアニスト」などとなかば伝説視されもした「スラヴ的」な雰囲気と、この名前はとてもマッチしている気がします。

晩年は西欧への演奏旅行も許可されるようになりましたが、亡命などはせず、1997年、ソ連人ではなくロシア人として生涯を終えました。

すさまじく読みにくい「スヴャト」(「スヴァト」ではありません。「スヴィャト」です)は「聖なる」という意味。スヴャト(聖なる)スラフ(栄光)というめでたい名前です。

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松 樟太郎(まつ・くすたろう)

「四面楚歌」をモットーとする編集者。
1975年、ザ・ピーナッツ解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出るも、その後は特にロシアとは縁のない仕事と日常を送る。そのためロシアに関する知識が間違ってたらすいません。そろばん3級。
KYOTO的では、「マックスコーヒー1人旅Y」を連載。全国のファンに惜しまれつつ最終号を迎えた。

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