声に出して読みづらいロシア人

主旨

「ロシア人の名前は何であんなに長ったらしいのか?」と、よく言われます。時にはもっと単刀直入に、「なんであんなに滑稽なのか?」とすら言われたこともある。
確かに、ロシア人といえば、「ドストエフスキー」「ムソルグスキー」「ゴルバチョフ」など、ゴツイというか愛想がないというか、そんな名前ばかり。
ですが、「グジェ」とか「ドヴァ」とか、「ルグスキー」なんて不可思議な文字列は、ロシア人の名前でも呼ばない限り、一生声に出すことはないはず。
だったらせっかくなので、読みづらいけど、大声で唱えてみよう。気分が晴れたり晴れなかったりするかもしれません。
本連載では、そんな怪しげな響きのロシア人名を厳選して紹介するとともに、その人物のプロフィールを解説。ロシア人の名前の仕組みについてもわかる。役には立たないが。

第28回 スメルジャコフ

2011.11.18更新

Павел Фёдорович Смердяков

第2回に続いて、またもドストエフスキーの作中人物の名前を挙げてしまいます。
いや、彼の小説の登場人物って、なんか怪しくて長い名前が多いんですよ。
ドストエフスキー自身もいろんな暗喩効果を狙って、自覚的にそうしていたフシがあるそうです。
それがロシア文学食わず嫌いをどれだけ増やしているかを考えると、先生、なかなか罪な人です。

で、このスメルジャコフさん、『カラマーゾフの兄弟』に出てくる登場人物で、ある意味影の主人公。
本書の主人公であるカラマーゾフ3兄弟の家の使用人なのですが、3兄弟の父フョードルの隠し子だという噂がまことしやかに流れており、そうだとすると主人公の異母兄弟ということになります。

その名前の響きどおり悪役、というか「トリックスター」といった役柄なのですが、なかなかに深遠な、味わい深い人物です。
このスメルジャコフと次兄イワンとの心理戦こそが本書の一番の読みどころだと、私は勝手に思っています。
やはりこの人に惹かれた村上春樹氏も、『スメルジャコフ対織田信長家臣団』なんていう本を出してるくらいです(内容とはあんまり関係ないんですが)。

ところで、ロシア人の名前には、「父称」というものがあって、名前と苗字の間にお父さんの名前がちょっと変化して入ります。
レフ・ニコラエヴィチ・トルストイなら、「ニコライさんの息子のレフ君」ってわけです。

で、このスメルジャコフですが、本名をパーヴェル・フョードロヴィチ・スメルジャコフといって、「父親が誰だかわからない」はずなのにしれっと「フョードルさんの息子」となっていたりします。
このあたりのブラックユーモアは、ある意味ドストエフスキーの真骨頂でもあります。

そしてこの人、父称だけでなく苗字もなかなかすごくて、その由来はなんと「嫌なにおいがする」。
なんか戦前の『カラマーゾフの兄弟』の翻訳のなかでは彼のことを「臭い子太郎」としていたものすらあるとか。
いや、意訳しなくていいから。
深遠なるカラマーゾフの世界が台無しだ!

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松 樟太郎(まつ・くすたろう)

「四面楚歌」をモットーとする編集者。
1975年、ザ・ピーナッツ解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出るも、その後は特にロシアとは縁のない仕事と日常を送る。そのためロシアに関する知識が間違ってたらすいません。そろばん3級。
KYOTO的では、「マックスコーヒー1人旅Y」を連載。全国のファンに惜しまれつつ最終号を迎えた。

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