作家めし!

こんにちは。河野良武です。
大手広告代理店で、CMとコンテンツを作る仕事をしていることもあって、
昔から演劇や映画が大好きで、沢山の作品を見てきました。

この連載では、『河野良武の作家めし!』と題して、色んな作家の方々とご飯を食べながら、お話を聞いていきます。活躍する作家の人々はどこからテーマを得て、作品として結実させるまでにどんな努力をしているのか。物語の生まれる源泉に、迫っていきたいと思います。
What's Your テーマ!?

第1回 青木秀樹さん(劇作家)

2009.09.18更新

今回お話をうかがったのは、

劇団クロムモリブデン 主宰 
青木 秀樹さん

1963年生まれ。
大阪芸術大学映像学科卒業後、1989年に劇団クロムモリブデンを旗揚げ。以来、同劇団の主宰・作家・演出家を務める。毒の効いたブラックユーモアをふんだんに織り交ぜながらも、社会性のある重厚なテーマの戯曲が人気を集めている。また、照明や音響・音楽の効果的な演出にも定評がある。
2006年には、同劇団が本拠地を東京都杉並区に移転するにあわせ、東京へ転居。2007年現在、東京・大阪を中心に活動中。


『ジョーズ』に受けた衝撃

河野青木さんのお生まれはどちらなんですか?

青木奈良です。

河野奈良ですか。大阪とはやはり違う?

青木奈良は・・・・・・、田舎じゃないですか。

一同(笑)

青木やっぱり都会にあこがれましたね。中学、高校と天理教の学校で、田舎だし、宗教の学校だしっていうんで、そこから逃げ出したかった。

河野それではその頃から、作家を目指されたんですか?

青木僕は『ジョーズ』が直撃した世代なんですよ。初めてジョーズを見たのが小学6年生のとき。もう少し幼い小学3年生くらいのときに見ていたら、ただ怖いだけだったと思うんですけど、ある程度、映画も見慣れてきていたので、「演出」が見えたんですね。スピルバーグが『ジョーズ』を作るまでに、彼自身が見てあこがれてきただろう、ヒッチコックとか黒澤明とか、それらの影響が全部入ってるんだってことが、なんとなく伝わってきたんですよ。

河野へぇー。

青木ああ、観客を怖がらせるときはこうするのかとか、ジョーズを見て映画の面白さが全部伝わってきた。で、そこから本格的に映画を見るようになりました。その後はお決まりのコースです。音楽と映画にハマッて、大学に行ったら絶対に都会に出ようと決めました。それで大阪芸大に一浪して入学します。映画が好きだったから、当然映画の学科に入ったんですけど、大学2年か3年のときに、『蒲田行進曲』が出てきたんですよ。

河野ああ、つかこうへいブームか。

青木それを見て、おもしろいなと思ったけれど、まだ演劇にはハマらない。でも、友達が『蒲田行進曲』で芝居にはまっちゃって、劇団をつくるんですよ。僕は、「芝居なんかやるなよ、映像学科のくせに」と思って(笑)。しばらくは見に行かなかったんですけど、ある時、舞台の写真を見せられたんです。それにだまされましてね。メイクした俳優に照明が当たって、ものすごくカッコ良く見えた。友人がそういう舞台を作れるのがうらやましかった。それでそのときやっていた劇を見に行ったら、すごく感動した。竹内銃一郎さんの『あの大鴉、さえも』という劇です。そこから演劇って面白いな、と思い始めて、いろいろ見るようになりました。ちょうどそのころ演劇ブームで、一番影響を受けたのが「青い鳥」とか、宮沢章夫さんの「ラジカルガジベリビンバシステム」などですね。

河野みんな「東京に行って演劇をやりたい」って思った、そういう時代ですよね。

青木飴屋法水の「東京グランギニョル」なんかも話題でした。同じ学校(大阪芸大)には「(劇団)新感線」がありましたもんねぇ。

河野うんうん。

作家めし! 第一回
クロムモリブデン公演 『空耳タワー』より


演劇に向いているのは「体育会系」

青木それで、それまで演劇人でもない僕が始めるわけだから、「演劇っぽくないものをやろう」と思ったんです。ちょうど卒業して、ふらふらしている時期があって、そこから始めるんですが。

河野台本を書くのはそこからですか? 大学で映像を撮っていたときにも、本を書いていたのでは。

青木大学のゼミで、自分たちが役者になってお互い撮りあうというのをやってました。シナリオを書いたりもしていたんですが、演劇界でなにかやってやろうという気は全くなかった。けれど友達の劇団に、最初は役者で入ったんだけど、作家もやらざるを得ない状況になって。どうせやるなら演劇っぽくないやつのほうがいいだろうと。うちの大学には舞台芸術学科というのもあるのですが、「新感線」さんとか、そこから出た劇団は体育会系のノリが強かったような感じがしたんです。芸大っぽいというより東海大っぽい。

河野(笑)

青木でも長年芝居していて思うのが、演劇人には芸術肌で病的な人も多いんだけれど、そういう人たちって続けられないんですよ。芝居を続けるには、体力も、気持ちの上でも、体育会系じゃないと、無理。最初のころは、うちの劇団も病的な人とかが多かったのですが皆辞めちゃって。今は夏は海、冬はスキー、みたいな奴らばっかり。
「こんなにアーティスティック な芝居を俺がやってるとゆーのに、こいつらおしゃべりばっかりしやがって」と思ってるんですが、でも、そういういい意味で能天気なやつじゃないと続かないんですよね。

河野で、そこから20年、劇団が続くことになるわけですね。

青木そうですね。ようやく東京に出てきてから3年が経ちましたので・・・・・・。

河野ということは大阪時代は・・・・・・。

青木17年ですね。

河野長かったですね! なぜすぐに出てこなかったんですか?

青木最初はそれほど 東京に興味は無かったんですよ 大阪で実力のある劇団はそのまま東京でも成功してましたし、まあとりあえず大阪でボチボチとやってたんですが、そのうち東京に行きたいというメンバーが増えていって決意に至るわけなんです。
が、東京に行くぞと決めてから、また二、三年掛かってるんです。「HEPホール」っていう関西の劇団があこがれる劇場が梅田にありまして、東京に進出する前にそこでやっておこうとか言ってるうちに「劇団鹿殺し」が先に 東京に進出しちゃって。ぜったい俺たちのほうが先に行くはずと思ってたんですけどね。

河野こだわっちゃったんですね、HEPホールに。でも結果的には、よかったんじゃないですか。

青木地方劇団が東京に出てくるのって、ものすごい勇気がいるんですよ。だから本格的に進出する前に、拠点は大阪に置きつつ、東京公演を何回かやってみた。舞台ごとに東京に行って公演しては、次のホールを下見して帰るというのを、しばらく繰り返していました。1999年から2005年ごろのことですね。当時から何人かのお客さんが、舞台を見た感想をブログに書いてくれて、少しずつ評判が大きくなってきて、思い切って拠点を移しました。それ以来、もう3年経つんですから、早いもんですね。今のモリブデンは第3世代なんですよ。演劇を覚えるために、やみくもにいろいろやってきました。最初はパフォーマンスっぽい芝居をやってましたね。映画作りの影響で、衣装もファッションショー並みに作りこんだりとか、とにかくがんばった。今は「役者至上主義」で、とにかく役者を大切にする演劇にしようと考えてます。

河野モリブデンさんの公演を見ると、それは感じますね。とにかく役者さんのキャラクターがみんなすごい。

青木主役の誰かが目立つというのじゃなくて、みんなそれぞれが主役といいますか。もちろん、明確に一人の主人公がいるほうが見やすいってお客さんもいるんですけれど、それはストーリーにも関係しますしね。

作家めし! 第一回

犯罪に「びびっ」とくる

河野書くときのスタイルはどんな感じですか?

青木基本的には頭から書いていきます。でも、途中で面白いシーンを思いついたら、そこの部分を集中して書くこともありますよ。

河野劇の全体像というのは、書きながら見えてくる感じでしょうか。それとも最初からわかっている?

青木書き始めるまでに、全体の構成は考えますね。書きながら悩む人もいると思いますけど、僕の場合は、なんとなく最後まで書けそうになってから、書き始めます。

河野へぇー。

青木で、いつもノートを持ち歩くんですよ。ファミレスとかで、構成のことばっかり考える。で、家に帰って、夜中にパソコンを開いて、セリフを書き出すと。

河野構成から入るわけですね。

青木そうです。作品は、自分の中の暴力性をテーマにすることが多いですね。そうすると作品を見て、暴力的な人間だと思われることが多いんですけれど、実は僕ほど温厚な人間もいないんで安心してもらいたい。

一同(笑)

作家めし! 第一回

青木暴力性って誰にでもあるじゃないですか。犯罪とか暴力はいつの時代にもどの国にもあって、それとみんな戦ってるわけです。で、まさにそういう人間の内面の戦いは、昔よりも今のほうが、高まっていると思う。たとえば毎朝、満員電車に乗らねばならないサラリーマンは、隣の女の子に触ってみたいという欲望と戦わなければいけないわけじゃないですか。

河野ちょっとした偶然で、明日もしかしたらわれわれは捕まってるかもしれない、という。

青木潜在的に、みんなそういう不安がありますよね。僕が劇団をやっているのも、かっこいい言い方をすると、犯罪者にならないためにやってるようなものです。なぜ芝居をやってるのかと聞かれたら、「芝居をやってないと犯罪を犯しそうになるから、発散のために」というのが答えです。

河野ははは。青木さんの作品はたしかに、犯罪を題材にしたものが多いですね。どんな風にテーマを決めているんですか。

作家めし! 第一回

青木ニュースを見ていると、びびっと反応する事件があるんです。犯罪とか暴力について、自分なりにどう考えられるのかを表現したいんですね。ニュースで犯罪事件を見ると、普通の人は「どうしてこういう事件が起きるんだろう」っていう想像を誰でもするでしょう。僕はそれを、芝居で表現してみたいんです。

河野なるほどね。

青木たとえばちょっと前に、新潟で十数年、少女を監禁した事件がありましたよね。あれも僕、劇にしたんですよ。その後の被害者とか犯人がどうなったのか、不思議に思うじゃないですか。それを自分なりに想像して描いてみたんです。実際の事件そのままでは劇にならないので、ひねる必要がある。そこで犯罪者が刑を終えて出てきて、なぜか威張っている。監禁された少女も、えらそうにしているという設定にした。

河野最新作の、『空耳タワー』では、「振り込め詐欺」を扱ってましたね。

青木振り込め詐欺って、題材としてすごく面白いのに、今までそれをテーマにした演劇があまり無いんですよね。すべての人間のコミュニケーションは、だましだまされということを本質にしている。振り込め詐欺を描くことで、コミュニケーションのずれをテーマにした作品ができるな、と。

河野「新東京タワー」が作中に出てきますね。

作家めし! 第一回

『空耳タワー』ポスター

青木あれはですね、『オールウェイズ3丁目の夕日』って映画が流行って、「50年前は良かったな」みたいな空気がいっとき流れたでしょう。それで、当時の時代の象徴が東京タワーならば、もうじきできる新東京タワーを中心にして、今の時代の劇が作れるんじゃないかと思ったんですね。それで脚本を書く前に、建設現場に行ってみたんですが、30センチぐらいの高さしかできていなかった(笑)。いまの時代に、どんなテーマの演劇を書くべきなのか。日々ニュースなどを見ながら、探っていますけれど、テーマが降りてくるのを待つしかないんですね。

河野なるほど。今日は青木さんがどこから着想を得ているのか、知ることができました。次回の作品も楽しみにしています!

青木ありがとうございました。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

河野良武(かわの・よしたけ)

大手広告代理店で、5年間の大阪転勤を経て、この春帰京。

東京コピーライターズクラブ会員。
特に出版・映像・音楽コンテンツ関連での広告賞国内外受賞多数。
新しいコンテンツの作り方・磨き方・マーケティングを研究している。

バックナンバー