仕事場のデザイン

第4回 暗室

2013.07.25更新

 昔から写真が苦手だ。カメラを人に向けるのがどうも怖い。特に怖いのは女性で、それまで自然な雰囲気でイイ感じだった女性が、カメラを向けたとたん、いきなり般若のような顔になったり、目を見開いて口をすぼめ「ウフンっ、これが私のベストの顔よ♡」みたいな表情を作ったりする。どちらの顔も、僕には怖い。

 一方、カメラは好きである。新しいカメラが発売されると、使いもしないのに性能をチェックしたりしてしまう。また、現像も好きだった。最近はデジカメだから、現像といってもデジタルデータの操作になってしまったが、学生時代には現像といえば暗室だった。

 大学2年になったとき、僕は最初の引っ越しをした。3万の家賃で広さが10畳。おそろしくボロだったが、2階で見晴らしも良く、ちょっとした庭もあったし、なによりその間取りが良かった。もともと4畳半の部屋が2つあって、その壁の一部がぶち抜かれて一つの部屋になっている。ドアも二つ、流しも二つ、押し入れも二つあった。

 大学2年からは写真の授業がはじまる。大学の暗室を使うこともできたが、時間制限を気にしたり、使用許諾書だのをいちいち提出するのも嫌だった。父親がモノクロの写真現像機を持っていて、子供の頃にその原理は教わっていた。四畳半と水道さえあれば、家に暗室を作ることはできる。引っ越した家は、暗室をつくるにはもってこいだった。

 片方の部屋の窓に段ボールを張り、本来壁があった場所をカーテンで区切った。窓のカーテンも閉めると中はほとんど真っ暗になった。ただ、目が慣れると中の様子が若干わかる。印画紙は非常に敏感なのでその程度の光でも感光してしまう。それでも、夕方日が落ちたぐらいからは完全な暗闇になった。

 父親に頼んで写真現像機を貸してもらい、長野から東京まで風呂敷に包んで電車で運び、それを片方の押し入れの中に設置した。押し入れの天井にクリップで暗室用の赤色ランプを取り付ける。近所のゴミ捨て場にあったデスク机を拾ってきて、上にタッパーを2つ並べ、現像液と定着液を貯め、2つある流しの片方に水を張る。梁と梁の間に数本のロープを渡して洗濯バサミをぶら下げれば、立派な暗室の出来上がりだった。

 写真現像機にネガを挿入したら、電気を消す。暗闇の中で、印画紙を取り出し、現像機の台座の上へ置く。手元のスイッチを「入」にするとライトが照射される。印画紙を現像液に浸す。しばらくはなんの像も現れてこない。印画紙の端を割り箸ではさんでゆっくり揺らすと、白い紙の上にムラムラッと薄墨のようなモヤが広がり、そこからワッと像が浮かび上がってくる。この瞬間が楽しい。像がしっかり浮かびきったら定着液に浸し、流しに張った水で洗浄する。洗い終わったらロープの洗濯バサミに挟んで一丁上がりである。

 僕が好きだったのはフォトグラムという手法だ。印画紙の上に直接物を置いて写真を作る手法で、たとえば、水を貯めたビニール袋を置いて光を照射すると、光の屈折がダイレクトに印画紙に写って不思議な造形の写真ができあがる。暗室を作ってしばらくは、日が暮れるとフォトグラムを作り、日が昇ると寝て、日が暮れるとフォトグラムを作って過ごした。

 ところで、たいていの暗闇というのは、しばらくして目が慣れてくると、それなりに様子がわかる程度の光に包まれているものである。しかし完璧な暗闇では、どんなに目を凝らしても、いつまでたっても何も見えない。目を開けても閉じても何も変わらない。すると、自分の身体の輪郭がぼやけて、記憶の中の身体だけになっていく。これは微妙に怖いことだ。自分は本当にここにいるのだろうか。思わず声を出して、その存在を確認したくなる。

 そういう空間で、となりに誰かの存在を感じると、それが誰であっても、切実にホッとする。誰かがそこにいてくれるだけで、なんかあったかい感じになる。もしも、深い仲になりたい男女がいたら、自宅に暗室を作ることをおすすめしたい。下手な遊園地にいくよりも、はるかに高い確率で目的を達成できるはずである。大学でも、そういう目的で暗室を使った人間は数知れない。カップルで暗室を使っている場合、他の人は遠慮するのがマナーだ。

 残念ながら、僕の暗室はそのような目的で使われることはなかった。暗闇でのプレイには並々ならぬ興味があったが、相手がいなかったのである。代わりに、僕の暗室の存在を知った友人たち(もちろん男)が、続々と僕の暗室にやってくるようになった。

 最初は彼らのプリントを手伝ったりしていたが、夜中じゅうやっているから切りがない。そのうち、暗室は友人らの勝手で使ってもらうことにした。僕はもう一つの部屋でテレビなどを見ながら寝て、起きると友人たちは帰っているといった風だった。

 そんなことが続いたある日、印画紙を洗浄していた流しに異変が起きた。金属の流しがザリザリに錆びている。いつも水を張っている水位から下だけが錆びているから、おそらく洗浄した水が原因だ。

 たぶん、現像液か定着液に金属を腐らせる作用があって、流しの水が乾いていくときに、その成分の濃度が高まったのに違いない。でもまあ、そんなにひどい錆ではないし、ちゃんと最後に水で流すようにしておけば大丈夫だろう。そう考えて、あまり気に留めなかった。

 アパートの1階には、音楽大学に通っているらしき兄妹が住んでいた。とても穏やかな2人で、たまにつつましいピアノの音が聞こえてきたりした。兄妹というにはあまりに仲良しだったから、もうすこし別の関係だったのかもしれない。

 余談になるが、ある時、明け方に目が覚めると、僕の腹の上から火が出ていたことがある。蚊取線香の上に布団が乗っかって燃え上がったらしい。ボロい木造アパートだったから、とにかく火を部屋の外に出そうと、とっさに布団ごと下の庭に投げ捨てた。2人は驚いてすぐに起きてきた。早朝に燃えた布団が上から落ちてきたのである。怒ってもおかしくないところだったが、2人は「大丈夫ですか?」と、まず僕の心配してくれた。

 さて、そんな心優しい兄妹のお兄さんが、ある夜、僕の部屋へやってきた。

 「夜分申し訳ありません。いつもお世話になっております。...実は、私たち、夏休み中、海外に行っていて家を空けておりまして...帰ってきましたところ、あの......天井から変な臭いのベタベタした水が漏っておりまして......。」

 アレだ。絶対アレだ。
 錆びていたのは流しだけじゃなかった。少し前に、課題提出に遅れそうな友人たちが暗室を集中的に使ったところだった。あれが全部下の部屋に......。

「その水がですね......壁にしみこんで、あの、壁がなんだか変な色になっていたんですけれども...、それが、今日になってとうとう崩れてしまったんです。」

 壁まで溶かしたか...。
 しかし、何と言えばいいのだろう。「正直に言え」という心と、「シラを切れ」という心が、自分の中で衝突した。僕が神妙な顔をしたまま固まっているところへ、お兄さんはこう続けた。

 「あの、そちら様は大丈夫ですか? たぶん、配管が壊れていると思うんです。僕から大家さんに言って直してもらいます。申し訳ないのですが、それまでの間、水を少し控えめに使っていただけませんか?」

 神よ!
 ペラペラと嘘をつく自分からも、引っ越したばかりの家から追い出されることからも救われた。僕は「わかりました。」と答えた。あれほど心安らかにしらばっくれたことは後にも先にもない。

 それからしばらくして、配管が新品になったという通知が届き、僕は悪事を闇に葬って、暗室を閉じた。

第4回 今日の人生

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寄藤文平(よりふじ・ぶんぺい)

アートディレクター/イラストレーター
1973年、長野県生まれ。武蔵野美術大学中退。
広告のアートディレクションとブックデザインを中心に幅広く活動中。ミシマ社ロゴの生みの親。

主な仕事に、JTのマナー広告「大人のたばこ養成講座」「マナーの気づき」、東京メトロの企業広告「We are the Tokyo Navigater」、メトロ文化財団のマナー広告「家でやろう。」シリーズがある。主な著書に『死にカタログ』(大和書房)、『元素生活』(化学同人)、『ラクガキ・マスター』、『絵と言葉の一研究』(以上、美術出版社)、共著に『大人たばこ養成講座』全3巻、『ミルク世紀』(以上、美術出版社)、『ウンココロ』(実業之日本社) 、『地震イツモノート』(木楽舎・ポプラ社)などがある。

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