仕事場のデザイン

第5回 コピー機 その1

2013.08.30更新

 大人になったと感じた瞬間を教えてください。
 そういうアンケートにみんなが答えるテレビ番組を見たことがある。一人で寿司屋に入った時とか、海外旅行へいった時とか、それぞれに自分の成長を感じる瞬間があるものだ。自分が大人になったと感じた瞬間はいつだっただろうと考えて頭に浮かんで来たのは、コピー機を買った時のことだった。

 25歳の時、2台のコピー機を買った。カラー複合機を1台とモノクロ複合機を1台。カラーの方がサーバと合わせて450万。モノクロが50万で、合わせて500万ぐらいした。半額まで値引きしてもらったが、少し前まで月3万のボロ屋で暮らしていた自分にとって、それは高いというより、よくわかんない金額だった。

 もしもこれが外車とかバッグとかであれば、「子供の頃の夢を叶えた」的な風情もある。大人になったと感じる瞬間というのは、どこかそういう明るいニュアンスがあるものだけれど、コピー機にそんな明るさはまったくない。そもそも、僕はコピー機が欲しくなかった。

 田町駅の南口を降りると海方面に向かってまっすぐ伸びた道があって、そこを進んで運河を渡り、芝浦工業大学の角を左へ曲がったところにコンビニがある。1998年の秋、そのコンビニの入ったマンションの3階にワンルームを借りた。専用の部屋を借りることを独立というのなら、僕が独立したのはこの時である。

 その時、学生時代に博報堂の先輩の仕事を手伝いはじめて、すでに2年が過ぎていた。学校は退学になり、家も引っ越していた。仕事で報酬をもらっていたので、実質的にはフリーランスのデザイナーだったけれど、事務所は持っていなかった。

 当時の博報堂には同じようなフリーのデザイナーがたくさんいて、そういう外部スタッフのための作業スペースもあったけれど、博報堂がセキュリティーを強化するようになって、外部スタッフは立ち入り禁止になるという話が出ていた。僕は僕で、2年間ほとんど常駐していたので、さすがに「ちゃんと事務所を作りなさい」と言われるようになっていた。

 そんな流れの中でつくった事務所だった。どことなく気持ちが乗らず、とりあえず机やコンピュータなど最低限の設備をそろえたけれど、コピー機を買うのはためらわれた。コピー機を買ってしまえば、この部屋が本当に事務所になってしまう感じがして、それが怖かった。

 仕事は仕事で面白かったけれど、今のまま続けていいものかどうか迷っていた。コピー機を買わずに部屋を引き払って、その資金を持ったまま別の形で仕事をしていくという選択肢もある。しかし具体的なプランがあるわけではないし、そんなことをじっくり考える時間もない。とりあえず事務所は作るけど、コピー機は保留にしておこう。そんな感じだった。

 しかし、絵を描くにもコピー機。ロゴを作るにもコピー機。コンピュータで作ったビジュアルを出力するにもコピー機。企画書を作るにもコピー機。資料を誰かに渡すにもコピー機。ファックスを送るにもコピー機、受け取るにもコピー機。なにもかもコピー機なのである。コピー機のないデザイン事務所など、空き部屋よりも無意味だった。結局、コピー機のある博報堂の制作室に出向くことになって、部屋は借りたものの、何も変わらなかった。

 やっぱ、買わなきゃダメか。

 部屋を借りてから3ヶ月。僕は観念した。博報堂のコピー機に書いてあった電話番号に電話すると、キャノンの営業マンがやってきた。カタログを見せられて、半額近く値引きできるという話をされ、リースにするかどうかを聞いて来た。リースっていうけど借金である。そんなもんしてたまるか。一括で買うと伝えると「マジっすか」という顔をしていたものだ。契約書みたいな書類が開かれて、営業マンの指が動いた先にハンコを押して、よくわかんない保険みたいなのに加入して、あれよあれよと購入手続きが完了した。

 それまでは事務所の維持費というものは0円だった。報酬は丸々貯金になったのである。おかげでコピー機を買えるだけの資金ができたわけだけれど、コピー機を買ったらキレイサッパリなくなってしまった。世の中うまくできていると感心したものだ。経済的な視点で見ると、僕はそれまでの2年間をコピー機を買うために働いたようなものだった。

 支払いが済んで一週間ぐらいした頃、部屋に10人ぐらいの作業員が続々とやってきた。小さな玄関からエッサエッサと巨大な重機が運び込まれ、見る間にコピー機が組み立てられていった。ワンルームマンションの一室に、ピカピカの最新鋭コピー機。しかも2台。その光景はかなりシュールだった。

 俺がこれを買ったのか。そうだ、俺が買ったんだ。

 買うんだったら最速マシンにしてやると思って、ほとんど最高ランクのものを選んだ。これで博報堂のマシンの倍は速い。スイッチを入れるとヒュゥーンというウォームアップの音があって、やがてウォンッという唸りと共に内部のスキャニングドラムが回転をはじめた。スゲぇ。本物のコピー機だ。とにかく、こいつとやっていくしかない。好きで買ったコピー機ではなかったが、このマシンが自分のものになったと思うと、なんだかうれしかった。

 コピー機が来てから人も来るようになった。打ち合わせも事務所。デザインのチェックも事務所。広告代理店の営業の人も、印刷所の営業の人も、保険の勧誘のおばちゃんも、続々と僕のワンルームにやって来るようになった。コピー機が来たとたん、ワンルームの一室がデザイン事務所になったのである。

 事務所があると、世の中が「一人前」として扱ってくれることも知った。同時に、それまで「一人前」として扱われていなかったこともわかった。深夜に依頼されて朝までに仕上げるといった極端な仕事もなくなったし、同じ仕事の報酬でも、それまでの倍近い金額が提示される。そっか、大人の世界っていうのは、こういうもんなのか。僕が大人になったと感じた瞬間だった。

第5回

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寄藤文平(よりふじ・ぶんぺい)

アートディレクター/イラストレーター
1973年、長野県生まれ。武蔵野美術大学中退。
広告のアートディレクションとブックデザインを中心に幅広く活動中。ミシマ社ロゴの生みの親。

主な仕事に、JTのマナー広告「大人のたばこ養成講座」「マナーの気づき」、東京メトロの企業広告「We are the Tokyo Navigater」、メトロ文化財団のマナー広告「家でやろう。」シリーズがある。主な著書に『死にカタログ』(大和書房)、『元素生活』(化学同人)、『ラクガキ・マスター』、『絵と言葉の一研究』(以上、美術出版社)、共著に『大人たばこ養成講座』全3巻、『ミルク世紀』(以上、美術出版社)、『ウンココロ』(実業之日本社) 、『地震イツモノート』(木楽舎・ポプラ社)などがある。

Bunpei Ginza

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