仕事場のデザイン

第6回 コピー機 その2

2013.10.01更新

 コピー機が来て、人も来るようになった。そしてどうなったかというと、僕は太りだした。ほとんどの時間を事務所で過ごすようになったために、運動量が激減したのである。ちょくちょく「少し大きくなりましたね」と言われるようになって、最初は「何が大きくなったのかな? もしかして、事務所もできて人間が大きくなったってことかな? グフフ・・・」などと内心喜んでいたが、そのうち、それが「太った」という意味だと気づいた。これが大人の気遣いというものか。言われてみると、地面に落ちる自分の影が妙に太いような、やけに短いような感じがする。半年もすると、明らかにシルエットが太くなったのだった。

 もうひとつ、事務所に一人でいる時間が増えて、妙に余っちゃったような時間ができた。電話もなく仕事も一段落すると、なんか手持ち無沙汰である。床に座って、窓から入る日差しの中をホコリが俟って、それをなんとなく見つめていたのを思い出す。微細な粒子が、右へ行ったり左へ行ったり、たまに舞い上がったりして、フッと息を吹きかけるとスクリュー状の渦を作って見えなくなる。そっかぁ、よく見ると、ホコリっていろんな形があるんだなぁ・・・ん? なんなんだこの感じ。それまで、博報堂の大きなフロアーの一角にいたから、空いた時間というのは「休憩時間」であって、こんな意味不明のホッコリタイムではなかった。なんかすごく気持ち悪い。そわそわして、誰かに電話したいような気持ちにさせられる。

 狭いワンルームだったから3分の1はコピー機に占領されていて、机に向かうと背中の後ろはもうコピー機だった。背もたれにもたれて伸びをすると手がコピー機に当たる。今のコピー機はだいぶ静かになったけれど、当時のコピー機は相当な音がした。ヴゥーというモーター音と、ヒューンというファンの風切り音と、キーンという得体の知れない超高音をブレンドしたような音である。印刷中は、ガチンガチンという音が加わって、ボリュームをかなり大きくしないとラジオも聞こえない。待機中でも、ファンの音とキーンという超高音だけは鳴っていた。

 最初はそんなに気にならなかったけれど、寝ても覚めてもその音と一緒だと、だんだん気が狂いそうになってくる。主電源を落とせば音は消える。音が消えると空気まで澄んだように感じた。ところが、静かになったらなったで、先ほどのホッコリタイムがやってくるのである。仕事は忙しかった。床で寝て、目が覚めたらそのまま仕事して、明け方になるとまた床で寝る。ただ、そんなに苦痛ではなかった。一人前になっているという実感があって、むしろうれしかった。厄介なのは仕事の隙間に入ってくるホッコリタイムのほうだ。

 そんなある日、仕事が終わってそのまま床で寝ていたら、変な夢を見た。

 僕は長野の実家にいて、夜中に自転車で走っていた。そこは通学路だった。小学校だったはずの場所が湖になっていて、夜空が湖面に映っている。周囲の林から鈴虫の声やキリギリスの声が聞こえて、そこに自転車をとめた。湖をのぞくと底が深く、岩が月明かりで白く光っている。キレイだけど魚はいねぇなぁ。気がつくと昼になっていた。真夏だ。伊那の緑は濃い。良く晴れて、両側の仙丈ヶ岳と駒ヶ岳がよく見えた。そこへ隣のマサキ君がやって来た。マサキ君は真っ黒に日焼けして、手にギラギラ光る大きな魚を持って笑っている。眼がやさしい。歯が真っ白だ。いいなぁマサキ君。すごいカッコイイよ。マサキ君は魚をこちらに差し出して「文ちゃん。」と言った。

 そこで目が覚めた。目の前に、コピー機の脚が見える。・・・そうだった、ここは東京だった。コピー機の電源は落ちていた。窓の外からゴウゴウという何の音だかわからない都市の音だけが聞こえる。「文ちゃん。」というマサキ君の声が耳に残って消えない。真夏の仙丈ヶ岳や、月明かりの湖が、夢とわかっても消えない。こんな湾岸のワンルームで、寝転がってコピー機の脚を見つめているのは、はたして本当に俺なのか。マサキ君が「文ちゃん。」のあとに続けようとしていた言葉が、僕にはわかっていた。「こっちへ来なよ。」だ。
 ちくしょう。厄介なもん見ちまったぜ。手を伸ばしてコピー機に電源を入れると、いつもの喧噪が部屋に満ちて、夢から覚めた。

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寄藤文平(よりふじ・ぶんぺい)

アートディレクター/イラストレーター
1973年、長野県生まれ。武蔵野美術大学中退。
広告のアートディレクションとブックデザインを中心に幅広く活動中。ミシマ社ロゴの生みの親。

主な仕事に、JTのマナー広告「大人のたばこ養成講座」「マナーの気づき」、東京メトロの企業広告「We are the Tokyo Navigater」、メトロ文化財団のマナー広告「家でやろう。」シリーズがある。主な著書に『死にカタログ』(大和書房)、『元素生活』(化学同人)、『ラクガキ・マスター』、『絵と言葉の一研究』(以上、美術出版社)、共著に『大人たばこ養成講座』全3巻、『ミルク世紀』(以上、美術出版社)、『ウンココロ』(実業之日本社) 、『地震イツモノート』(木楽舎・ポプラ社)などがある。

Bunpei Ginza

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