仕事場のデザイン

第8回 サボテン

2014.10.13更新

 田町から銀座に引っ越した次の日、事務所のドアを開けると男の背丈ほどもあるサボテンが立っていた。カードが添えてあって「祝・事務所移転」と書かれている。事務所移転のお祝いに、アートディレクターの青木克憲さんが贈ってくださったのだった。

 サボテンは、上から見ると星形の断面を持っており、触ると固く、ビロードのような質感を持っていた。ひだの先端に小さな刺があったけれど、本当に小さい刺だったから触っても痛くない。サボテンといえば刺だらけの印象があったから、こんなサボテンもあるのかと驚いた。引っ越したばかりの雑然とした事務所がちょっと華やいだような雰囲気になって、僕はとても喜んだ。

 ちょうどその頃から、妹の直子がマネージャーとして文平銀座の仕事を手伝うようになった。直子は大学で生物学を勉強していて、特に多肉植物に詳しかった。直子はサボテンを見て、「これ、もうすぐ花が咲くかもね」という。実際、それからしばらくして、幹の一部から包茎のチンポコみたいな枝が出て、ひょろっとしたその先端が割れて花になった。

 デザイナーがサボテンの花を設計しろと言われたら、どのような花を考えるだろうか。ロジカルに考えるなら、固い幹からは固い花が咲いた方が整合的だ。たとえば緑色の幹からアザミのような真っ赤なアザミのような花が咲く様子はすぐに想像がつく。はたして、実際に咲いた花は白くて大きなやわらかい花だった。

 固い幹と白くやわらかい花。こう書くと、なんだか文学的な妙があるが、デザイン的見地からいえば、花のやわらかさがサボテンの固さに負けている印象であった。花弁は薄くて繊細だったけれど、構造に対してサイズが大きすぎる。つぼみのうちはまだマシだったが、花弁が開くと自重を支えきずにベロンと垂れたようになって、それがひょろっと伸びたチンポコ的な枝部の先端にぶらさがっているのだった。しかし、それはそれでサボテンという植物の自然な姿のようにも思われて、自分はこういう花をデザインすることができるだろうかと自問した。


 荷物や道具に置き場があるように、眼にも置き場というものがある。なんとなく考えごとをしているようなとき、自分の眼はどこに置かれているだろうか。僕などは、気がついたら女性の胸元のあたりに眼を置き忘れたまま自分の世界に没頭してしまい、相手が胸元を隠す動作でハッと我に還るといったことがよくあった。

 いや、違うんです! なんか眼がそのあたりを向いてただけっていうか、網膜には映ってるけど、脳には入ってきてないっていうか、とにかく僕はソコを見てたんじゃないんです! と思うのだが、そこを言い訳するのも空々しく、なんだか妙な空気になってしまう。

 まぁ、床にドレスを置いちゃいけないし、ストーブの上に毛布を置いちゃいけないし、眼は妙なところに置いてはいけないのである。とはいえ、中空に眼を置くのは安定感がないし、白い壁に眼は置けない。仕方なく部屋の角とか、床のゴミとかに置くわけだけれど、すぐ退屈して眼がウロつきはじめる。

 サボテンはとても良い眼の置き場だった。仕事場の緑には「和む」とか「潤う」とかいった心理的な機能しかないと思っていたけれど、眼の置き場という優れて物理的な機能があったのである。煮詰まった打ち合せの最中も、これからの文平銀座の方向性みたいなものを構想するときも、夏の熱さで「アツィ~」とTシャツをバフバフしているときも、冬の寒い道を歩いて帰ってきてコーヒーを飲んでいるときも、僕の眼はサボテンに置かれていた。


 ある日、直子が「サボテンの様子がおかしい」という。触ってみると、天辺のあたりが、微妙に柔らかくなっている。僕は水が足らないだけだろうと軽く考えていたが、水は適量であげているから、水とか日照時間の問題ではないという。しばらく様子を見ることにしたが、日に日に幹が柔らかくなり、そのうち押すと空気が入ったようなバプバプとした感触になって、縮んで表面に細かいシワが入りはじめた。

 「細菌だと思う」

 直子の調べでは、ふつうサボテンが病気になるときは根から悪くなるのが一般的で、天辺から悪くなるというのは、傷から雑菌が入った可能背が高いという。たしかに、幹の上の方に小さな傷があって、その辺りから悪くなっているようだった。雑菌が中で繁殖していて、放置すればどんどん悪くなるのだそうだ。たしかに、様子がおかしいとわかってから1週間で先端がブヨブヨになり、暗く変色して、腐れたキュウリのようになった。

 このままだと全体が腐れたキュウリになってしまう。そこでサボテンの医者を探すことになった。幸い、銀座にはサボテン治療をしている店があって、連絡したら診てくれるという。店は有楽町駅に近いビルの中にあって、文平銀座から歩いていける場所だった。直子とサボテンを台車に乗せ、倒れないように押さえながら運ぶことにした。

 台車にサボテンを載せ、銀座のマロニエ通りをゆっくり押して歩いた。歩道の段差があるたびに台車の前輪を持ち上げ、後輪が段差を乗りこえるたびに、腐れたキュウリ部分がクタクタと揺れる。ふと、植物をこういう感じで観光させるツアーがあったら、案外みんな植物を連れて出かけるのかもしれないなぁと、どうでもいいアイデアが頭に浮かんだ。

 そういえば、長く使った道具や、今はかぶらないけれど昔かぶった帽子を、いよいよ捨てるしかないような場面がある。そういうとき、それらを連れて思い出の地を旅するお別れツアーがあったら、案外面白いかもしれない。頭の中でツアーの名前とかキャンペーンの方法とかを考えているうちにだんだん面白くなってきて、中央通りの交差点で我にかえった。なんでこんなこと考えているんだろう。そうか、たぶんこのサボテンはもう事務所には戻ってこないのだ、と思った。

 「切るしかないかもしれませんねぇ...」

 やはり原因は細菌で、菌が浸食するのを防ぐには切るしかないという。そうなったら切っても良いですか? と聞かれたので、切ってくださいと答えた。半月ほどして、お店から「切りました」というメールが届いた。写真が添付されていて、ブヨブヨだった幹が切り落とされて半分ぐらいが残っている。うまくいけば、残りは助かるということだった。

 それから半月ほどして、またメールが届いた。やはり菌が広がっていて、もっと根元から切らなければダメだという。写真を見ると、大きな鉢植えに杭の頭みたいなものが突き出ている。これ、もうサボテンじゃねぇな。内心、いっそ枯れてくれちゃっていいんだけどな...という考えが頭をかすめた。

 「枯れました」

 最後のメールには写真もない。根元近くまで切って一度は助かりそうに見えたけれど、もう菌が全体に行き渡っていて、結局根まで腐ってしまったという。「枯れちゃっていいのに」なんて考えたから枯れちゃったのかなぁ......などとは思わなかったが、枯れてホッとしたわけでもなかった。かといって悲しいわけでもなく、「ああ、そう」という妙な無関心だけがあった。

 長く一緒の空間にあったものが無くなってしまうと、そこが真空みたいになって残る。別のもので埋めようとしても、カマイタチみたいに引き攣れるので、放ったらかすより仕方がないような真空である。悲しいですかと言われても、悲しくないし、かといって何にもないかというと、何もないわけではない。

 あれから7年が経って、直子も子が生まれて退社した。気がつけば、消えたサボテンが残した真空の中にいろいろな記憶が詰まっている。それらの記憶によって真空に形が与えられたというか、消えたサボテンがもう一度、自分の中に立ち上がってきたように感じる。こういうのを懐かしいっていうのだろうか。あのサボテンが枯れたことが、今になってようやく悲しい。

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寄藤文平(よりふじ・ぶんぺい)

アートディレクター/イラストレーター
1973年、長野県生まれ。武蔵野美術大学中退。
広告のアートディレクションとブックデザインを中心に幅広く活動中。ミシマ社ロゴの生みの親。

主な仕事に、JTのマナー広告「大人のたばこ養成講座」「マナーの気づき」、東京メトロの企業広告「We are the Tokyo Navigater」、メトロ文化財団のマナー広告「家でやろう。」シリーズがある。主な著書に『死にカタログ』(大和書房)、『元素生活』(化学同人)、『ラクガキ・マスター』、『絵と言葉の一研究』(以上、美術出版社)、共著に『大人たばこ養成講座』全3巻、『ミルク世紀』(以上、美術出版社)、『ウンココロ』(実業之日本社) 、『地震イツモノート』(木楽舎・ポプラ社)などがある。

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