仕事で少し傷ついた夜に

第1回 嫌な記憶の"心の落とし前"のつけ方

2013.04.15更新

はじめに

 「自分に正直でありたい」と同時に「他人に誠実でありたい」。
 言葉にするとシンプルなのですが、日々実践しようと頑張ってはみても、なかなかうまくいかない。特にビジネスの現場では、ちょっとした判断や対応で結果が変わったりすることも多く、「ああ、あのときこうしておけばよかった」と帰りの電車やバスルームで、少し落ち込んでしまう―――お恥ずかしながら、これが僕の日常です。

 もちろん仕事がうまくいって、美味しいお酒を飲み、「オレ、ちょっとすごいかも」と自己陶酔してしまう夜もあったりしますから、いつも落ち込んでばかりではありません。そんな夜は、楽しいこと嬉しいことの記憶が新鮮なうちに、美化したいだけ美化して、満たされた気持ちで布団に入って寝る。その一方、悲しいこと悔しいことの記憶が脳を支配する夜は、"どう心の落とし前つけるか"によっては、眠れない夜になる可能性もあります。

 行動経済学では、「人は利得以上に損失を嫌う傾向がある」ことを損失回避性と定義しています。利得のうれしさに比べ、損失のショックは2倍~5倍ほどあるとされています。つまり他人にはたいしたことのない小さな失敗も、本人には大きな傷になることもある。だからこそ人は損失を回避すべく、できるだけ"傷つかない"選択をしたくなってしまう。しかし、"傷つかない"選択というのは往々にして、保守的で、周りに従順で、波風を立てないものになりがち。そうなると、冒頭の一文「自分に正直でありたい」「他人に誠実でありたい」の実践からどんどん離れていき、「ああ、オレ、なにやってんだろ」と、さらに落ち込みが増幅されてしまう―――傷つかないための選択をして、結局さらに傷を大きくするような"悪いループ"に嵌ってしまった過去も、僕にはあります。

 そんな"悪いループ"に引きずりこまれそうになったとき、なんとかして脱出を試みてきたわけですが、いろんな試行錯誤を繰り返す中、僕の脳内でいくつか"心の落とし前の定義"が生まれていきました。この連載では、事例を交えながら、僕が実践してきた「仕事と向き合う方法」についてご紹介していきたいと思います。(ちなみに"心の落とし前の定義"と書くと、ものすごく高尚なもののように思われるかもしれませんが、「脳をだます」とか「視点をずらす」とか「足元を確認する」とか、とくに小難しくも目新しくもない定義ですので、予めご了承ください。。。)

定義 その1

「仕事の自分」と「普段の自分」を分けて考えてみる

 突然ですが、あなたは「仕事の自分」と「普段の自分」は近いと思いますか? かなり違うと思いますか? 以前、僕が編集長をしていたフリーマガジン『R25』にて、次のようなアンケートをとったことがあります。

Q.「仕事の自分」と「普段の自分」はどのくらい違いますか?(回答はひとつ)
 a.かなり背伸びしている
 b.ちょっと背伸びしている
 c.ほとんど変わらない
 d.ちょっと楽をしている
 e.かなり楽をしている

 あなたは、どれを選択しますか? 僕は、20代はc、30代前半はbで、30代後半はa、40歳になった最近はまたbに戻ってきました。どちらにせよ、基本的には会社では普段より「背伸び」をしている状態です。ちなみに、当時(2008年頃)の『R25』読者の回答は以下になりました(有効回答333人)

 a.かなり背伸びしている 12.2%(103人)
 b.ちょっと背伸びしている 34.8%(293人)
 c.ほとんど変わらない 43.2%(364人)
 d.ちょっと楽をしている 8.0%(67人)
 e.かなり楽をしている 1.8%(15人)

 『R25』は25歳から34歳の主に男性ビジネスマンが対象なのですが、「ほとんど変わらない」か「ちょっと背伸びしている」という人が主流のようです。しかし、この2つは微妙ながらも明確な差があるように僕には見えます。今回は、「ほとんど変わらない」を考察していきたいと思います。

 「ほとんど変わらない」に答えた人は、"仕事で無理を強いられていない"とか"自然体で仕事ができている""自分らしい仕事をしている"などを理由に挙げていました。うらやましい状態とも言えますが、2つの側面で「悪いループ」に嵌りやすい人たちだとも言えます。1つは、「仕事と普段の区切りがあいまい」であること。もう1つは「自分らしさ、という罠に陥りやすい」ことです。それぞれ詳しく説明してみたいと思います。

①「仕事と普段の区切りがあいまい」な場合
 好調が継続できれば、仕事での達成や充実がそのまま普段の生活へもポジティブな影響を与え、両輪がうまくまわっていることで「微熱」っぽい高揚感に包まれることでしょう。しかし、いったん歯車が狂いだすと、仕事も普段の生活も同時に沈んでいってしまう危険性が高い。むしろ、仕事も普段も"両方が好調"な時期が継続するなんてことが、人生のレアケースであり、どちらかと言えば、毎日何か嫌なことが自分のせい/他人のせいで引き起こされる確率の方が圧倒的に高いわけです。そういう意味では「仕事の自分と普段の自分の区切りがない」のは、ある1社の株に全財産を注ぎ込んでいるようなもの。お金と同じく、心にもリスク分散をすべきです。

 加えて「区切りがない」ことでの危険な別パターンとしては、"できるだけ期待値を下げる"ことでやり過ごすことを覚えてしまうこと。仕事も普段も、そこまで期待しないし期待もされたくない。目の前のことをコツコツやって、特に一喜一憂はしない―――それはそれでリスク低減といえますが、僕個人としては、そうやってやり過ごすには"人生は長すぎる"と思います。「知らなかったことが、わかるようになる。できなかったことが、できるようになる」から得られる喜びや嬉しさの魅力から、人は逃れることができないと思うのです。なので、必ず挫折や困難はセットでついてくる。一喜一憂しても大丈夫な状態に、心を退避させる場所を持っている人は、僕は強いと思います。

②「自分らしさの罠に陥りやすい」について
 普段の自分とほとんど変わらず仕事に取り組めているのは、自分らしく仕事ができているからです―――とても模範的な回答に思えるかもしれませんが、僕には危険な匂いがぷんぷんします。この言葉の裏側には、"自分らしさ"が自分自身でわかっている、そして、仕事で与えられている役割・職務が自分の能力値とほぼ同等である、の2つの前提があります。

 まず"自分らしさ"って、これはものすごく哲学的な言葉ですよね。自分の得意なこと・好きなこと・周囲の人からよく言われることは、ある程度事実としてわかると思いますが、それを総合して"自分らしさ"は作られているし、人はちょっとずつ(もしくは突然)成長してしまうので、"自分らしさ"の状態は非連続で変化していきます。つまり、"自分らしさ"はあらゆる主観情報と客観情報と掛け合わせで、ものすごく定義が難しい上に、変化も激しいもの。それなのに無理やり固定して「自分らしさ」と語ることは、自分の成長や変化の可能性を自ら否定している状態だと言えます。

 また、「自分らしく仕事ができる」というのも、「自分」≧「仕事」を意味しています。「仕事」は職責が大きくなっていけばいくほど、「自分」の許容量を超えていきます。だから組織やチームが必要だし、マネジメントという概念が出てきます。自分らしく仕事ができている、と感じている状態は、おそらく与えられた業務が自分の好きなことに近く、得意だから成果も挙げられている、という極めて限定的な状態だと言えます。

 その業務をずっと収斂していく職人的な仕事も世の中には確かにありますが、変化の激しい現代では与えられた業務や職務は日々変化していくのが当然(ITに置き換えられるリスクが一番大きい)で、その変化にある程度対応できる適応力がなければ、仕事を続けることは難しいのが現状です。「不得意な仕事の中で、新しい自分を発見していくことを楽しむ」くらいの余裕(?)がほしいと思ってしまいます。この考え方も不確実性に対するリスク分散と言えそうです。


 仕事で少し傷ついた夜に、「仕事の自分は別人格。仕事の自分は、まだ勉強中だから仕方ない」「仕事の役割を全うするために、経験や技術が不足していたってこと」と思うことができれば、普段の自分の否定にはなりませんし、かといって仕事から逃げているわけでもない。悔しさや悲しさの感情はすぐには解消されないかもしれませんが、自分自身の全否定にはなりにくいですし、「仕事は仕事」と割り切れるしたたかさは、長い人生を乗り切る上では重要な要素だと思います。

 別にいいんです。失敗しても。向いてない仕事はあるし、頑張ってもできない仕事はある。ただそこで何を学ぶか、次にどう活かすか。転んでもタダでは起きない、という考え方を持っている人は強い。自分の知らない自分がわかる、そういった機会を提供してくれるのが仕事であり、自分が変化したり成長したりすることが結果的に仕事への貢献(売上や利益)につながっていくはずですから。


次回は、「ちょっと背伸びしている」人が、「悪いループ」に嵌ってしまうパターンについて書いてみたいと思います。キーワードは、「理念や理想に走りすぎてしまう」「できないことを他人に言えない」です。

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藤井大輔(ふじい・だいすけ)

1973年 富山県生まれ。1995年 株式会社リクルート入社。

以来、編集・メディア設計職に従事し、主に『ゼクシィ』『ABROAD』『ダ・ヴィンチ』『住宅情報』『都心に住む』等に携わる。

2003年9月『R25』を立ち上げ、編集コンセプト・ネーミング・コンテンツラインナップを立案する。2005年4月『R25』編集長に就任。2012年3月まで『R25』フリーマガジン・デジタルメディア戦略担当。

現在はシニア向け温泉予約サービス『ゆこゆこ』の経営企画室長。著書に『R25のつくりかた』(日本経済新聞出版社)。

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