仕事で少し傷ついた夜に

第7回 「会社員のステージと、壁にぶつかったときの対処」その1

2013.07.26更新

 前回、「会社員であるかぎり、リーダーになることは宿命」と書きましたが、この場合のリーダーは、"人の集まり"をある単位で統率し動かす役割を示しています。どんな小さな組織単位であろうが社長レベルであろうが、「みんなで気持ち良く仕事ができる」「人の能力を引き出し、伸ばすことができる」といったリーダーに必要な根源的な能力は不変で、"責任範囲や統率する集団の数が変わるだけ"と僕個人は捉えています。

 とはいえ、"責任範囲や統率する集団の数が変わる=ステージが変わる"というのは、結構大変なことで、その度にリーダー的役割の担い方や求められる当事者意識の深さが変わります。さらに、これまでの経験や事例では対処できないようなことが起こり出します。つまり新たなステージに立つ度に、誰もが壁にぶつかり、仕事で傷つく夜を迎えるようになっているのです。

 ステージの変化は、移動手段に例えるとわかりやすいかもしれません。歩く→自転車→自動車で一般道→自動車で高速道路→電車→新幹線→飛行機と移動手段が高度になるに従って、移動距離は伸び、かつ時間は短縮されるわけですが、その移動手段を実行するために求められるスキルや判断力もどんどん高度になっていきます。飛行機のコクピットにはさまざまな計器がところ狭しと並んでいますが、それだけパイロットには必要な情報が多く、小さな変化が起こる度に正しい判断を行う必要があるのです。会社組織においても、大会社の社長レベルになるとパイロット以上に大小さまざま情報を駆使して、適宜経営判断を下していると言われています(変革の激しいIT業界の経営は、時速300kmで首都高速を運転するレベル、なんて例えもあるくらいです)。

 リクルートの関連会社である(株)リクルートマネジメントソリューションズでは、トランジション・デザイン・モデルを提唱しており、会社員の役割ステージを8+2種類に規程。それぞれ「社会人」「ひとり立ち」「一人前」「主力」「マネジメント」「変革主導」「事業変革」「企業変革」の8つと、「専門家」「第一人者」の2つ。トランジションとは、新しいステージに"転換"することを指し、各トランジションに必要なスキルや当事者意識について細かく定義をしているのが特徴です(僕は人事の専門家ではないのでこれ以上は説明できませんが、もっと深く知りたい方はリクルートマネジメントソリューションズのサイトをご覧ください)。

 僕個人の会社員ステージを振り返ってみると、3つのトランジションで大きな壁にぶつかった苦い記憶があります。ひとつは「一人前」→「主力」への転換、次は「主力」→「マネジメント」への転換、最後に「マネジメント」→「変革主導」への転換です。それぞれ具体的にご説明したいと思います(あまり積極的に思い出したくないのですが。。。)

■「一人前」→「主力」への転換でぶつかった壁

 僕のリクルートでのキャリアは、30代中盤までは基本的に編集者で歩んできました。結婚情報誌『ゼクシィ』でキャリアをスタートさせ、その後海外旅行情報誌『AB・ROAD』や書籍情報誌『ダ・ヴィンチ』に携わりました。編集者として「カスタマー視点でメディア価値を高める編集記事を作る」ことに関しては、ある程度任せてもらえていましたし、それなりに面白い企画を作ることには自信を持って取り組んでいました。

 あるとき雑誌の編集記事を書籍化する話が持ち上がり、その担当に任命されたのですが、そのとき書籍を作った経験はまったくありませんでした。見よう見まねで企画書を作り、書籍編集部の責任者に持っていったところ、企画書を一瞥され、次のように言い放たれました。「お前、これでメシ食っていく気あるの?」
曰く「どのマーケットを狙っているのか、さっぱりわからん」「想定される部数の根拠が見えない」「最低限利益を出すために、もっとコストを厳しく精査する必要がある」などなど。つまり「本気で利益を出す気があるのか」と問われたわけです。雑誌の編集者であれば、雑誌の収益はある程度担保された状態で、「面白い企画を作る」という自分の役割に没頭すればよかったのですが、書籍の場合はイチからビジネスモデルを作っていかなければならない。企業が利益を出すための仕組みについて、僕はそこまで真剣に考えたことがなく「よいものを作れば、自然と売れる。あとは時の運」と漫然と思っていました。与えられた予算の中で企画を運営することはできても、新たな利益創出のための事業を運営することはできない―――そう思い知らされた機会でした。

 その後、『ダ・ヴィンチ』から『住宅情報』に異動になったのが、28歳のとき。これまでのメディアと比べて編集ページよりも広告ページの比重が大きく、単に記事を作るだけの編集者のままではかなり役割が限定されることが想像できました(リクルートのメディアでは標準的なことですが、僕はたまたま編集記事の影響力の大きいメディアでキャリアを積んでいたので戸惑いました)。同じメディア系部署の中には、カスタマーマーケティングやブランドプロモーションを行うチームがあり、僕はそちらを担当させてもらうことになり、まったく経験のないマーケティング調査やTVCMの制作などに携わることになりました。おかげでこれまでよりも視点が上がり、『住宅情報』を単なるメディアではなく事業として少しずつ見ることができるようになってきました。

 あるとき『住宅情報』の別冊である『都心に住む』というムックのリニューアル話が出ました。当時のメディア系部署の責任者が「もっとライフスタイル提案のあるメディアにしたい。たとえばマガジンハウスの『カーサ・ブルータス』みたいな」との発言を聞き、「ぜひ僕にやらせていただけませんか?」と手をあげたところ、任せてもらえることになりました。せっかくのチャンスなので、これまでのページを埋めるだけの編集者から、『都心に住む』を事業と見立てて、より多くの販売部数と広告効果を生み出すために何をすればよいか?を考えられる編集者になろうと思ったものの、正直、当時の自分ではあまりにもスキル不足。直属の上司や部署を跨いだ先輩たちの助言をもらいながら、売上シミュレーション/効果予測/原価の見立てなど収益シミュレーションをする一方、「都心の高級マンションが載っているだけなく、都心でのライフスタイル提案があるメディア」にするため、ダ・ヴィンチ時代につながりのあった作家の角田光代さんや写真家のホンマタカシさんに連載を依頼したり、のちのち『R25』でアートディレクターを務めてもらうこととなるスープデザインの尾原史和さんにデザインをお願いしたりと奔走する日々。
「編集者としてメジャー出版社に負けない記事を作る」
「これまで以上に効果の出るメディアにする」
の実現に向け、かつ20代の集大成の仕事にすべく、最大限の力で取り組みました。今から思えば、2カ月でかなり強引にリニューアルを進めたので、社内の調整不足やシミュレーションの甘さが多々あったはず。当時の上司やその上の部長にはいろいろ影でご協力いただいたのだろうと思います。

 リニューアル号が発売され、企画内容や誌面デザインに対して賛否両論。販売部数や広告効果も、それまでと特に変わらず(悪くもなりませんでしたが)、なんとも微妙な結果に終わりました。ある大手クライアントからは「編集方針が変わりすぎ。次からは広告掲載を見合わせるかもしれない」と言われ、社内の上層部からも「1億円のマンションを買う人のライフスタイルとは思えない」との声が出ました。正直、ヘコミました。その一方「お前のチャレンジを信じる」と応援してくれる同僚や営業マンが声をかけてくれるようになり、もっと多くの人の意見を取り入れ、次号はもっとよいものを作ろうと奮起しました。話をしたことのない営業部長に自らアポイントをとって媒体の方針説明を行ったり、当時華々しくオープンした六本木ヒルズを手掛けた森ビルの社長・森稔氏への取材を行うために社内・社外に掛け合ったり。これまでの自分なら、"周りに迷惑を掛けたくないばかりに、自分ひとりでできるだけ解決しようとしていた"もしくは"難しい状況になったら上司に判断を任せて自分の職務範囲を限定していた"はずですが、『都心に住む』のリニューアルを通して、自らの仕事に自負を持ちつつ、周囲を巻き込んで仕事をする経験を積むことができたのです。

 ちなみにリニューアルによる『都心に住む』の事業的な成果については、劇的な改善、とはいかず、可もなく不可もなくというのが正直なところでした。とはいえ、「新しい都心のライフスタイルを提案していく」コンセプトは、その後も受け継がれ、10年後の現在も続いています。

「一人前」から「主力」への転換では、"個人よりも組織"の意識を求められることでの壁があります。上司からの細かな指示がなくても業務がこなせるようになり、個人業績が安定して出せるようになると「一人前」ですが、「一人前」には次のような落とし穴も存在します。
・仕事の難易度が上がっても、全部自分で抱え込もうとする
・自分の業務さえしていれば問題ないと、受け身の対応をしてしまう
・偉い人や周囲の意見に左右され、自らの判断基準を持とうとしない
・目の前の仕事ばかりにとらわれ、先を予測することができない
いずれも、個人から組織に意識を転換することがうまくできていない状態で、自分に期待されている役割に対し「理解できていない」「向き合っていない」「スキルを持っていない」からこそ引き起こされる状態であると言えるでしょう。

 僕の場合は、書籍を担当することで、これまで雑誌編集者として「一人前」でやれていると思っていた自負心がへこまされ「あれ? このままじゃ、俺ダメかも。。。」と気づかされたわけですが、"個人よりも組織"への意識転換ができるまでは、それから2年以上経過した『都心に住む』のリニューアルまで待たねばなりませんでした。しかもリニューアル当初は、仕事の難易度が上がっているのにそれでも独力で奔走することが多く、すぐには周囲の協力を取りまとめながら推進していくスタイルに移行することはできませんでした。新しいステージへの機会にすぐに対応できる人もいれば、僕のように何度か細かな失敗を積み重ねてようやく獲得できるようになる人もいる―――自分の業務で周囲に迷惑を掛けたくないと思っている人ほど、もしかしたら"転換"には時間がかかるのかもしれません。

 過去の仕事で成功体験があると、その成功したときと同じやり方を踏襲したくなってしまうものですが、会社員としてステージの階段を登っていくときは、実はその逆で、これまでのやり方を否定して新たなやり方を獲得してく必要があります。このときに壁にぶつかるわけですが、少なくとも「一人前」から「主力」への転換では、"個人よりも組織"を意識することが求められていることを理解し、その要求から逃げずに向き合えば、おのずとスキルがついてくるようになる。そう信じて、仕事で傷ついた夜を癒していただければと思います。

 次回は、「主力」→「マネジメント」への転換でぶつかった壁、「マネジメント」→「変革主導」への転換でぶつかった壁について、それぞれ僕の体験談をお伝えできればと思っています。キーワードは、"逃げない、めげない、面倒くさがらない""自分ですべて手を下すことの限界"です。

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藤井大輔(ふじい・だいすけ)

1973年 富山県生まれ。1995年 株式会社リクルート入社。

以来、編集・メディア設計職に従事し、主に『ゼクシィ』『ABROAD』『ダ・ヴィンチ』『住宅情報』『都心に住む』等に携わる。

2003年9月『R25』を立ち上げ、編集コンセプト・ネーミング・コンテンツラインナップを立案する。2005年4月『R25』編集長に就任。2012年3月まで『R25』フリーマガジン・デジタルメディア戦略担当。

現在はシニア向け温泉予約サービス『ゆこゆこ』の経営企画室長。著書に『R25のつくりかた』(日本経済新聞出版社)。

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