仕事で少し傷ついた夜に

第9回 「仕事で弱ったときに出る、自分の心の本音と向き合う」

2013.08.23更新

 「人間はできるだけ楽をしたい生き物である」――唐突ながら、こんな書き出しから今回は原稿を始めたくなりました。1週間ほど休暇をもらったので気分をリフレッシュするつもりでしたが、なぜか自分自身の面倒くさがりで自己中心的な性格が原因で起きた過去の嫌な出来事が頭をぐるぐる回って地味に落ち込んでしまう、そんな期間を過ごしたからかもしれません。TVを観ても音楽を聴いても本を読んでも、何気ないフレーズやキーワードがきっかけで、「ぐわっ」と胸が締め付けられたかと思うと、ここ何年も思い出すことのなかった「嫌な記憶」で頭が突然支配され、それを振り払うために大声を出してしまうような、そんな1週間でした。ちょっと疲れているのかもしれません。

 自分を正当化したり、自分を保身したり、自分の手を抜いたり、自己満足を優先したり。「嫌な記憶」には、そういった"自分が楽をしたいから"に起因する振る舞いがセットになっていることがほとんどです。ああもうホントに自分は小っちゃい人間だなぁ、と思いつつ、いやいや人間ってものは元来そんなものだよ、とか慰めてみたりするのですが、せっかくですから今回は"仕事で弱ったときに出る自分の心の本音"に向き合って、もう少し「嫌な記憶」を深堀ってみようかと。

 そもそも仕事で弱ったときとは、どういうときか。
 僕の場合は、「達成感」「貢献感」「成長感」の3つのどれかが欠けてしまっている、もしくは不安定な状態であることが原因で、精神的に落ち込んでしまうことが多いように思えます(もともと僕の仕事の価値観が、「自分がワクワク仕事をすれば、みんなもワクワクさせられる仕事ができる」といったタイプなので、特に若い頃は気分がのっているかのっていないかでずいぶん仕事の質にムラがあっただろうと、恥ずかしながら反省しております)。
 調子のよいときの自分よりも、そうでないときの自分の方にフォーカスするのは、それこそ気分がのらない作業ですが、会社員としての3つのステージごとに"仕事で弱ったときの自分の心の本音"を振り返っていきたいと思います。

<メンバー時代の心の本音>
・なんで僕がそんな面倒くさいこと、やらなくちゃいけないの?
・業務量が多すぎて仕事が回らないのは、会社のせいだ
・やってもやっても結果がでない。終わりが見えない
・誰のために何のためにやっているのかわからない
・自分にしかできない仕事しかしたくない
・自分の得意な仕事を自分のペースでしたい
・同じことの繰り返しで、正直あきてきた
・上司や先輩の指示が理解できない。厳しすぎる
・同僚よりも自分の方がいい仕事をしているのに、なぜ評価されないんだろう
・自分には才能がない。上司や先輩のようにすごい仕事ができる気がしない

 こうやって本音を書きだしていくと、まだまだ果てしなく続きそうな勢いですが、いったん10個で止めておきます(笑)。メンバーの時期というのは、会社員として個人の業務の質を高めることで業績貢献することを求められます。まずは個人の成長を促されるステージで、不等式で表せば「個人>組織」となります(とはいえ、組織を蔑ろにしろとは言っていませんのでご注意を)。

 最初は簡単なミッションからスタートし、クリアする度に少しずつ難易度が上がっていく―――典型的なロールプレイングゲームのように、会社からは仕事を与えられ、それを納期までに期待値通り(もしくはそれ以上)に仕上げることを繰り返しながら人は成長していくのですが、この"期待値"というのがなかなかやっかいもの。上記の"弱ったときの心の本音"の大部分が、自分と上司(会社)の期待値とのギャップから生まれてきているのではないかと、僕は考えています。

 期待値は小さいと物足りなく、自分は組織で認められていないんじゃないかと不安になり、逆に期待値が大きいとプレッシャーになり、自分の責任の重さに押しつぶされそうになる。また、上司や会社の期待値(他己評価)と自分自身の期待値(自己評価)がズレていることにより、「あいつはたいして出来もしないのに生意気だ」「あいつはもっと出来るはずなのに臆病だ」と思われたり、「こんなにちゃんとやっているのに認めてくれない」「まだまだ自信がないのにいきなり責任が大きすぎる」と感じたりする―――自己評価が過大なタイプと過少なタイプで、心の本音の表現が強気になるか弱気になるかの違いこそあれ、仕事がうまくいかないときの背後には"期待値のギャップ"が間違いなく存在しているはずです。では、どう対処すべきか。どうやって期待値のギャップをなくせばいいのか?

 残念ながら"期待値のギャップ"はなくなりません。なぜなら多くの人間は"他人には厳しく自分にやさしい"からです。仮に相手の期待値を上回って成果を出しても、次回はさらに期待値が上乗せされるだけです。上司や会社からの期待値のハードルをコントロールすることは不可能ですので、メンバーのステージではどれだけ"期待値のギャップ"に向き合うかが重要。他者からの耳の痛い評価に真摯に向き合い、他己評価を取り入れながら自己評価を随時アップデートして磨いていくことができた人は、次のリーダーのステージへの転換がスムーズにできるのではないかと思います。

 ちなみに僕は、耳の痛い話を聞くのが大の苦手。褒められるのは好きですが、諭されたりするのが嫌いだったので、"期待値のギャップ"を埋めるべく他己評価に真摯に向き合ったタイプではありません。上手くいったときは自分の手柄、上手くいかなかったときは他人の責任―――そんな風にして肝心な部分をできるだけ避けてメンバー時代を過ごしたことのつけが、次のリーダーステージでまわってくることになります。

<リーダー時代の心の本音>
・自分の仕事で手いっぱいなのに、メンバーの面倒まで見なきゃいけないの?
・メンバーが成果を出せたのは、自分が細かく指示したからだ
・メンバーの育成とか言われても、そこまで手が回らない。自分も教えられたことないし
・会社からの厳しい要望を、メンバーに伝えて動かすのが面倒くさい
・こんなに上にも下にも同僚にも気をつかって仕事してるのに、それでもまだ文句言われなきゃいけないの?
・別に偉くなんてなりたくない。自分の好きな仕事を極める方がいい

 リーダーになると、個人だけでなく組織としての業績責任も求められるようになります。個人の仕事と組織の仕事をバランスさせ相互に補完しながら相乗効果を出す、「個人⇔組織」のような状態が理想ですが、そんなにうまくはいきません。

 メンバー時代は、そうはいっても上からの指示や評価が最も大事で、上を見て仕事をしていればなんとかごまかせていたことが、リーダーになると下からの要望や評価が加わるのでごまかしが効かなくなってきます。特に下からの評価は、上からよりもさらに厳しい。自分もそうでしたが、メンバーは上司のことはよく見ていますし、良いところよりも悪いところに目が行きがちです。また、リーダーになると組織間の調整ごとも任されることが増えますから、同じ立場のリーダー同士の評価もくっついてきます。つまり、上下左右、360度から自分が評価されることになるのです。

 僕は耳の痛い話が嫌いと言いましたが、さすがにリーダーの立場になると、嫌でも360度あらゆる方向からの他己評価を聞かされることになります。自分ではリーダーの役割を精一杯演じているのに、「あいつはメンバー育成ができてない」「彼は自分の主張ばかりをごり押ししてくる」「あの人は人の話を聞いてくれない。できない人に冷たい」とか言われるわけです。メンバー時代に他己評価と向き合った人は、おそらくリーダーの立場になっても周囲の声に冷静に対処できるのでしょうが、僕のような自己中心的なタイプは人間不信になりそうなくらい落ち込んでしまうこともありました。

 ちなみにリクルートでは仕組みとして360度評価の機会を作っていました。自分自身の仕事のスタンスやスキルについて、約50問ほどの設問に5段階で答えるサーベイ(調査)が実施されるのですが、上司・同僚・部下からの採点と、自らの採点を比較することで、自己評価と他己評価のギャップがどこにあるかを"見える化"していきます。僕はこのサーベイを見るのが嫌でしたし、なんでこんなことするの?と思っていましたが、逆にこういった機会でもないと向き合うことができないのも事実ですので、今では良い機会と思ってあきらめています(笑)。

<管理職時代の心の本音>
・会社が決めたことだから仕方ない、と言えると楽なのに
・耳の痛い話や都合の悪い話は、できるだけ遠ざけてしまいたい
・ごまかすわけではないけど、できるだけ「うまくいっている情報」にして報告したい
・そんなところまで、自分の責任範囲なの??
・ここまで景気が悪ければ、業績が達成できなくても仕方ない
・あきらめて逃げ出したい

 管理職になれば、メンバーに直接指示を出す機会が減り、リーダーを通して間接的に関与するようになります。たとえば組織の全体会議で方針や目標や戦略について話すことでメンバーに働きかけたり、報告される数字や事象によって組織やメンバーのコンディションがどうかを判断したりといった感じです。不等式で表せば「個人<組織」となります。

 管理職もリーダーと同じように360度の他己評価と向き合うことは引き続き必要ですが、それ以上に自組織に対する強いコミットメントを持てるかどうかが重要になってきます。
 ちなみにコミットメントを三省堂の辞書サイト(http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp/)で調べてみると、以下のような説明が記載されていました。
・「かかわりあい」「委任」「言質(げんち)」
・コミットメント(commitment)は英語からきており、「かかわりあうこと」、「ゆだねること」「委託」「委任」、また「言質を与えること」「公約」「誓約」「約束」などを意味します。つまり、責任をもって関わること、責任をもって関わることを明言すること、責任を伴う約束をさします。
 管理職になると、他己評価と向き合うだけでは足りず、自らの責任を明言し、その強い決意や覚悟を示さなければいけません。とはいえ、管理職も人間ですから「これは大変なことになった。もう無理だ。どうしよう」と悩むときがあります。むしろ、権限が大きければ大きいほど日々そういった悩みだらけになります。その度に、自分がどれだけ強いコミットメントを持っているのかが試されているわけです。さきほど管理職は「個人<組織」と書きましたが、組織を率いる責任の大きさと比例して個人に必要なコミットメントの強さは大きくなっていきますので、自分自身の胆力や大局観を磨くことの努力は、当然ながらメンバー時代よりもはるかに大切になります。

 今回の原稿の冒頭で「自分自身の面倒くさがりで自己中心的な性格が原因で起きた過去の嫌な出来事が頭をぐるぐる回って地味に落ち込んでしまう、そんな期間を過ごした」と書きましたが、それは最近ようやく僕自身がコミットメントの意味を理解し始めたからかもしれません。管理職の役割を演じる、ということだけでは足りず、強いコミットメントを持って仕事に取り組むことで組織を成長させ高い成果をあげるのが自分の職責なのだ、と遅まきながら感じることが増えました。その度に、自分のコミットメントの弱さに「ああ、自分は本当に小さい人間だなぁ」とげんなりしてしまうのですが、そうやってまずは自己の弱さを正直に見つめつつ、その先にある胆力や大局観を獲得していくための努力をしていきたい、していくしかない、と思っています。

 おそらく「できるだけ楽をしたい」という心の本音は一生消えないでしょう。それを打ち消すだけの強いコミットメントや使命感を持った人間でありたい―――と言いつつ、ときには自分の弱さを受け入れるだけの余白も持っていたいとも思っているのですが。

 次回は、"仕事のアスリート力"について書いてみたいと思います。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

藤井大輔(ふじい・だいすけ)

1973年 富山県生まれ。1995年 株式会社リクルート入社。

以来、編集・メディア設計職に従事し、主に『ゼクシィ』『ABROAD』『ダ・ヴィンチ』『住宅情報』『都心に住む』等に携わる。

2003年9月『R25』を立ち上げ、編集コンセプト・ネーミング・コンテンツラインナップを立案する。2005年4月『R25』編集長に就任。2012年3月まで『R25』フリーマガジン・デジタルメディア戦略担当。

現在はシニア向け温泉予約サービス『ゆこゆこ』の経営企画室長。著書に『R25のつくりかた』(日本経済新聞出版社)。

バックナンバー