仕事で少し傷ついた夜に

第10回 あなたは「勝利に貪欲なタイプ」ですか?

2013.09.13更新

 スポーツの世界では、勝ち敗けを分けた要因として「勝利への貪欲さ」「勝利への執念」などの表現を使うことはそんなに珍しくないですよね。オリンピックのメダリストたちが称えられるときも、彼らの勝利に対する並外れた執念とそれに向かって不断の努力を行ったことをいわゆる"美談"として語ることが通例となっています。では仕事において、「勝利への貪欲さ」について熱く語る人がいたならば、あなたはどう感じるでしょうか? 多くの人は「なぜ仕事くらいでそんなに熱くなってんの?」と醒めた視線を送るのではないでしょうか。

 目標を掲げ、それに向かってチームで協働しながら、目標達成のために日々の行動を行う―――この一連の流れは、オリンピック選手も会社員もほとんど同じです。目標達成することを勝利と置き換えれば、オリンピック選手でなくても「勝利への貪欲さ」は普段から求められて然るべき。しかし、会社員で「勝利の貪欲さ」を持った人がたくさんいるように思えませんし、むしろ「そんなに成功したいの?お金持ちになりたいの?」などと揶揄される対象となってしまいそう。まぁ、出世競争に勝ち抜くタイプの人は、その揶揄すらも力にしていくのでしょうが。

 そもそもあなたは仕事を含めた日々の生活で、「勝利すること」を求められていると感じたことはあるでしょうか。誰かと競争し、その中で優勝劣敗を競い合っている意識を持っているでしょうか。

 優勝劣敗を競い合う―――大げさな表現に思われるかもしれませんが、残念ながら現代の資本主義に生きている限り、自由競争が基本的な原理であり、競争することによる利点を人間はこれまで享受してきたわけです。その一方弊害もたくさん生み出し、金融市場など行き過ぎた競争原理についての批判は後を絶たない。どちらにせよ、「個人や集団を競わせることで物事が良くなる」という考え方自体は、現代に生きる我々のベースになっているのは事実で、この"競争原理"にどのようなスタンスで立ち向かうのかを僕たちは日々問われているのです。

 「じゃあ、そんな偉そうなこと言ってるお前は、どんなスタンスなんだよ」という声が聞こえてきそうなので僕自身の話をしておきますと、僕はこの"競争に勝ち抜く"マインドがあまり強くないタイプだと思っています。「競争があることは認めるが、自分が気持ちいいと思える場所で、そこそこの成果を出せていればいい」といったスタンスが根底にあります。あんまりガツガツしたくない、他人を蹴落としてまで勝つのはなんか嫌だ、みたいなカンジです。なので、成果や利益などの数値的な目標達成に対して淡泊な部分があり、どんな環境でも数値的結果を出し続けられるタイプの人との力の差にコンプレックスを持っています。結果を出せるタイプと自分との大きな違いに「勝利することの貪欲さ」があることを、くやしいながらも認めざるを得ません(最近は、「そこそこの成果を出す」ためには「そこそこの目標達成意欲」では足りず、「目標達成へのあくなき執着心」があってようやく"そこそこ"の成果につながる。それほどまでに、仕事における世の中の環境は厳しくなってきていると感じています)。

 さて今回も、前回と同様、会社員の3つのステージ「メンバー時代」「リーダー時代」「組織長時代」に分けて、それぞれに求められる競争へのスタンスの違いとその磨き方について、自分の経験を交えて記していきたいと思います。

■「メンバー時代」の競争へのスタンス

 僕は情報誌の編集者としてメンバー時代の大半を過ごしてきました。当時求められていた数値的な成果は、チームでは「販売部数」、個人では「読者支持率」「号あたり制作ページ数」「ページあたり制作原価」などがありました。「販売部数」は事業の業績を左右する重要なファクターではあるものの、ダイレクトに事業の売上や収益に直結していなかったため、僕自身は「読者に面白いと思ってもらえる記事を作れば、事業の業績にも貢献できるだろう」と漠然と思っていた程度。同期入社のほとんどが営業に配属され、日々、個人目標と戦っていたのに比べると、ずいぶん淡泊なものです。

 会社の部門によって、プロフィットセンターとコストセンターという役割の違いがありますが、いわゆるプロフィットセンターは収益を上げる部門(販売や営業部門など)、コストセンターはできるだけ少ない費用で効果を上げる部門(製造や管理部門など)とされます。僕が属していた編集部は、コストセンターの色が強かったため、コスト削減意識はかなり求められていましたが、収益について個人のミッションとして求められることはほとんどありませんでした。若いうちにプロフィットセンターで揉まれた経験がないことも、僕自身の「勝利への貪欲さ」が薄いことにつながっていると思われます。

 配属先によって個人に求められる業績目標の質が変わるものの、メンバー時代の競争心として共通しているのは「まずは会社からの期待を超えることを目指す」です。メンバー時代の業績目標は、会社から個人に与えられるケースが多い。そして同期で入社した同僚にはほぼ同じような目標設定がされている。会社からの期待を超えることを目指しつつ、似たような環境の同期の中で自分がどの程度の位置にいるのかをチェックする(同期が少ない企業に入社した場合は、少なくとも3年目までの先輩を含む同職種のメンバーでの競争を意識することになります)。それを数年間繰り返す中で、自分自身の"競争へのスタンス"が嫌でも磨かれていくわけです。

 ときには運・不運で業績が左右されることもありますが、それでも数か月にわたり連続して安定した業績を出せる人がいるはず。その人の"競争へのスタンス"が自分とどう違うのかを観察し、真似できるところは取り入れてみるなどの工夫をしていけば、メンバー時代の差はそれなりに埋められるはずです。

 そもそも、その企業の"競争へのスタンス"に違和感を覚える場合は、あなたにとって向いていない企業文化を持つ会社なのかもしれません。石の上にも3年、なんとか続けてみてもその違和感が変わらなければ、きっぱり転職を考えることをお勧めします。"競争のスタンス"は、企業ならばその企業文化を、個人ならばその生き様を反映しますから、多種多様なスタンスがあって当然です。その企業のスタンスに相容れなくても、別の企業ではしっくりくる場合もありますので。ひとつの企業で合わないからといって社会不適合者になるわけではありません。絶対に。

■「リーダー時代」の競争へのスタンス

 リーダーになる頃には、自分の個人成績はある程度安定的に出せるようになり、かつ会社から教えられた方法だけでなく独自のやり方も身に着けており、それなりに自信もある状態になっているはず。会社からは、個人だけでなくチームでの成果を意識させられる要望が増え、部下や後輩の指導・育成のミッションが追加されることになります。

 メンバー時代は、自分の個人業績が達成できるかどうかが最も重要でしたが、リーダーになれば個人業績を達成したとしてもチームが達成できなければダメ、という評価になります。チームの業績目標は、チームに所属する個人業績を足し合わせたものになる(もしくはチームの業績目標を各個人に振り分けたものになる)のですが、チームのメンバーの誰かが業績を下回った場合は、その分を誰かが補填しなければ達成できません。リーダーは日々の進捗をチェックしながら、Aさんが下回った分をBさんに補填してもらおう、とか、Bさんも苦しいからここはリーダーである自分の業績を積むことで補填しよう、とかを考えることになります。

 このとき優れたリーダーは、チームの中に「個人だけではなく、チーム全体で結果を出そう!」という風土を醸成するのがうまい。会社から与えられたチームや個人の業績目標をうまくチームとして自発的に掲げた目標のようにすり替えたり、メンバー同士がライバルとして競い合うのではなくお互いを支援し合うような行動に向かせるように誘導していったり。わかりやすい例で言えば、「営業部のチームでNo.1になる!」「過去の最高売上実績を上回る!」など、チームが目指す業績目標を超えてでも達成したくなるような目標を自ら設定するなどがあります。

 2010年のロンドン五輪で過去最高のメダル数を獲得した日本の競泳チームは、個人競技でありながら高いチーム意識を持っていたことが成功の要因であったと分析されています。「競泳は27人でひとつのチーム。27人のリレーはまだ終わっていないです」―――これは背泳ぎ200mで銀メダルを獲得した入江選手が、自分の競技が終わった直後に発したコメントで、日本競泳陣のチーム力の高さを象徴する言葉でしょう。アトランタ五輪で史上最強と言われながらメダルゼロに終わった日本競泳陣は、どんなに個人の力が秀でていようが五輪のような大舞台ではプレッシャーで本来の力を発揮できないケースがあることを学び、個人種目といえどもチーム力の強化、お互いを支え合う風土の醸成に力を入れていったと言われています。

 ちなみに、「チームとして結果を出すこと」に"競争のスタンス"を移すことは、言葉ほど簡単なことではありません。自分のスキルに自信がある人ほど「オレがなんとかする」という力学が働き、口先ではチーム力といいつつ、仮に目標達成結果できたとしても本質的な意味でのチームの成果と言えないケースもよくあります。人を理解し統率する能力というのは、一朝一夕では身につかない。僕自身、いまだにその能力がないことで、傷つく夜を迎えてしまうことが多々あります。。。それでも失敗から学びながら、人を理解し統率する能力を磨いていくしかありません。

■「組織長時代」の競争へのスタンス

 直接メンバーを持つリーダーから、リーダーを通して組織を統括する立場になることを、ここでは組織長としています(大企業の部長クラス以上をイメージしてもらえるとわかりやすいかと思います)。組織長は雇用者側よりも経営者側に近い立場で、組織長の中からゆくゆくの経営幹部が生まれていく、というのが一般的な企業かと考えています。

 組織長時代は、リーダー時代よりも管轄するメンバーの数が必然的に増えることになるので、多種多様な考え方や働き方をする人を統括するだけのメッセージ力が必要となります。
 単に業績目標を掲げるだけではなく、「何のためにその業務を行うのか」「業績を達成する先に何を実現したいのか」「我々が社会的に何の役に立っているのか」など、日々の業務と連続した先にある世界観をいかに語れるかが重要になってきます。さらに経営幹部に近づけば近づくほど、マーケットを多面的に捉え、顧客ニーズの変化や競合プレイヤーの動向などをいち早く掴み、自社が抱える課題とその打ち手について的確に絞りこむ能力を併せ持たなければなりません。

 「目標を掲げその達成にコミットする」ことを通して、「世の中にどんな価値を提供したいのか、世の中にどんなポジティブな変革を起こしたいのか」を自らに問い続け、その実現に向かって折れない心で邁進していく―――経営のトップに昇っていく組織長は、こういった圧倒的な"競争へのスタンス"を持っている人です。トップアスリートと優秀な経営者に共通項として「どんな厳しい競争環境になっても結果を出し続ける人」であることが上げられますし、事実、トップアスリートとトップ経営者の精神構造はかなり似ていると思います。会社員の組織としての頂点は、社長ということになりますが、一流の社長になれる人は、オリンピック選手になるのと同じくらい"競争に勝つことに研ぎ澄まされた人"だと言えるのではないでしょうか。そういった人物が経営トップにいる会社は強いと思います。経営という競技のトップアスリート、と呼べる人物が。


 最後に、トップアスリートの勝負強さを考察した『<勝負脳>の鍛え方』(林成之/著・講談社現代新書)の中で、著者が日本競泳陣にアドバイスした必勝理論をご紹介します。

■勝負脳を発揮するには
・ライバルに勝とうとするのではなく、自己記録の更新にこだわる
・常に、自己ベストの3割増の力を出そうとする
・疲れた、大変だというような否定的な言葉を使わない
・調子のいい時は休まず、アグレッシブにやり続ける
・最後まで「勝った」と思わない
・プールと自分が一体化するイメージを持ち、自分の世界を作る

 我々はトップアスリートではありませんが、資本主義の競争原理の中で生きる上で、結果を出すために必要な要件を知っておくことは無駄ではないでしょう。特に競争に疲れたり、敗れたりしたことで落ち込んだときに、上記のアドバイスを思い出してみるとよいかもしれません。あなたの傷ついた夜を少しでも癒してくれる効果があれば幸いです。

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藤井大輔(ふじい・だいすけ)

1973年 富山県生まれ。1995年 株式会社リクルート入社。

以来、編集・メディア設計職に従事し、主に『ゼクシィ』『ABROAD』『ダ・ヴィンチ』『住宅情報』『都心に住む』等に携わる。

2003年9月『R25』を立ち上げ、編集コンセプト・ネーミング・コンテンツラインナップを立案する。2005年4月『R25』編集長に就任。2012年3月まで『R25』フリーマガジン・デジタルメディア戦略担当。

現在はシニア向け温泉予約サービス『ゆこゆこ』の経営企画室長。著書に『R25のつくりかた』(日本経済新聞出版社)。

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