仕掛け屋だより

第1回 お手紙が届いて

2009.07.07更新

ミシマ社には、毎日読者の方から読者葉書が届きます。
それは、わたしたちにとって何にも変え難い読者の方との大切な繋がり。
あるときから、お返事を書くようになりました。

暫くしてからのこと。
驚いたことに、そのお返事に対して、またお手紙が届くということが起こり始めました。
当たり前ながら、そこには様々な方々のドラマが存在しています。
いつしか、すこし前まで知るよしもなかった読者の方の日常を、ふと思うときが増えて来ました。
それは、ミシマ社にとって、とても幸せなご縁だなと思うのです。
そしてぜひ皆さまにも、様々な方のお話を知っていただきたく、毎月この日は、読者の方のお声をご紹介していきたいと思います。

さて、最初にご紹介する読者の方は、新名きよみさん、という方です。
内田樹先生の『街場の教育論』をご購入いただき、読者葉書を送っていただきました。
お返事を書いたら、またお葉書が届いたのです。


「前略
ごめんくださいませ。
生まれて初めてのカワイイカードでした。
ありがとうございます。
・・・・・・
内田樹先生のメッセージで、心がやわらかくなったような気がしています。
感謝の気持ちをお伝えしたく、ペンを執りました」


お葉書には素敵なハンコで、「コーヒー一樹(いちじゅ)」とありました。
このお葉書から伝わる温度はとても心地の良いもので、ちょうどミシマガジン創刊、読者の方との企画が持ち上がったときということもあり、わたしは新名さんに会いに行こうと心を決めたのでした。

そして雨のふる六月のある日、わたしは足立区の竹ノ塚駅に降り、お葉書にあった六月という住所までテクテク歩きました。
六月に六月という街を歩くのは、それだけで心弾むものです。
駅から地図を握り締め、しばらく歩いて行くと、素敵な佇まいの喫茶店「一樹」はありました。

静かな店内はあめ色の照明で、カウンターには上品なおばあちゃまが座っておられます。
とつぜんにお邪魔するので、ドキドキしながら店内に入り、カウンターに立っておられる女性の方に
「新名きよみさんでいらっしゃいますか?」
「はい、わたしです」
「ミシマ社の木村と申します」
「・・・え? あの、手紙の?!」

歩いてきたのと、興奮で、わたしは暑くて暑くて、アイスカフェオレをお願いしました。
ミシマガの読者さまご紹介ページを説明すると快諾いただき、新名さんのお話を聞かせていただけることになりました。
ほどなく、なんともおいしい、まろやかなお味のアイスカフェオレと、これまたおいしいバニラアイスまで出していただいて、失礼ながら、ごくごく、もぐもぐしながらお話が始まりました。

新名さんと内田先生の本との初めての出会いは、『ひとりでは生きられないのも芸のうち』(文藝春秋)だったそうです。
「内田先生の言葉はね、とっても身近な言葉だから、すぐに引き込まれたんです。先生のお名前は、一樹っていう店名とも、ちょっと似ているし。わたし、どんなに高尚な言葉でも、伝わらなければ意味がないと思っているんです」
「それと、タイトルが本当にいつも素敵でしょう。街場、とか、寝ながら学べる、とか、こんなタイトルつけるの?! って驚きながら読みたくなる」

満面の笑みでそうおっしゃる新名さんの言葉ひとつずつは、こちらがうれしくなるものばかり。
カウンター内の棚には、内田先生の本をはじめ、池田晶子さんの本などが積まれていました。
「読みたい本はたくさんあるけれど、もう時間が限られていると思うと・・・。沢山読みたいから、目のために、最近はテレビを観るのを堪えて、その分、本を読んでいるんです。今『街場のアメリカ論』(NTT出版)を読み始めたんですけど、あんまり面白いから勿体無くてちょっとお休みして、小説読んで、でも気になるからまたちょっと読んで・・・ってしているんです」

新名さんは宮崎県のご出身。
幼いときには体を動かす方が良いと思うところがあって、本を読むということはなかったそうです。
しかし小学校のときの担任の先生が、本を読むのはいいよ、と教えてくれます。
あるときその先生が、
「人間は食べるために生きるのではなくて、生きるために食べるんだ」
とおっしゃって、
「どういうことだろう? 生きるって、食べるって、どういうこと?」
と考えるようになったのだとか。
「わたしは、この田舎を出て行かなくてはいけない。決めた、東京へ行こう。」
なぜか突然思い立ち、なんと中学2年生の14歳で、おばあさまの暮す東京へひとりで出て行かれます。
ちなみに当時の小学校の先生と新名さんは、今でもご交流がおありなんだそうです。

「還暦をすぎたいまでも、心もとなくなったり、かすかな不安を抱えたりすることもあるのだけれど、内田先生の本を読んで、あぁいいんダこれでって、安心したんです。それこそ本にもある、成熟は葛藤を通して果たされるって。そうそう、こういう言葉を待っていたの! って思いました」

喫茶店「一樹」を開店されたのも、14歳で東京にひとりで出てきた行動派の新名さんらしい、ひょんなキッカケから。
「通っていたお店のオーナーが、お店やってみないかと言ってくれて」
わたしにはなにができるだろうと思っていた頃だったそうで、チャンスのような気がした新名さん、48歳にして突然喫茶店を始めることを決意。

ご主人様にご相談すると、最初は反対されたそうですが、最終的には大きな心で応援してくれることとなり、何もわからないながらも新名さんの計画は始まりました。
「ただひとつ、北海道で飲んだコーヒーが、とってもおいしくて、そのコーヒーがMというメーカーのものだったことだけは覚えていたんです」

その名だけを頼りに営業所に電話をし、右も左もわからないながらも事情を説明、お豆を分けてくれませんかと言うと、メーカーMのご担当者に、
「じゃあ、あなた、コーヒーの淹れ方とか、喫茶店を開く準備はまだなんですか?」
 と聞かれ、
「はい」
 と答えた新名さん。
するとそのご担当者が、荒川区の有名な喫茶店で一月修行をする手はずを整えてくれ、新名さんはそこで一カ月修行を積み、晴れてMのお豆を使ったブレンドコーヒーだけを携えて、喫茶店を開店することになります。

「それで、さあ、お店の名前どうしようってなるでしょ?それでわたし、辞書をアから見ていったら、『一樹』って言葉に出会ったんです」 

「一樹の陰一河の流れも他生の縁」
 見知らぬ者同士が同じ木陰で雨宿りするのも、また、同じ川の水を飲み合うのも、すべて前世からの因縁であり、人の出会いは大切にしなければならないという仏教の教え。

これだ!と思った新名さんは、識者に相談をした上でお店の名を「一樹」と決め、晴れて開店、今年は開店12年目になるそうです。
このMのお豆を使ったブレンド、さっそくお願いをして、淹れていただくことに。
とっても香りがよく、ブラックでいただいても後味まですっきり心地よい、それはそれは美味しいコーヒーでした。



新名さんのお話はとっても魅力的で、コーヒーは美味しいし、店内は落ち着くしで、夢のような時間がすぎ、気がつくと外はうす暗くなっていました。
映画「アメリ」のサントラが流れていたのに、それもいつの間にやら止んでいて、わたしは営業中に随分長居しすぎたのだと感じ、帰宅することにしました。

「きっとまた来ます。今度はホットケーキセット食べに来ます!」
と、わたしが言うと、
「これ、会社の方たちとお飲みになって」
 と、そのMのコーヒー豆をひいた袋を二袋、それに
「これはご主人とね!」
 と、桃をふたちお土産にいただき、雨のなかを、おなかも心もほっこほこで帰宅したのでした。

本から与えていただいたご縁で、読者の方とこんなにお話することができて、とても幸せです。
新名さんと本とのお付き合いだけでなく、色々な方との出会いをうかがって、人生の先輩には素敵な方がたくさんいらっしゃると再確認。
突然の訪問にも快く迎えいれていただき、様々なことをお話していただいた新名さんに、心からの感謝を申し上げます。

いきなりとっても長くなりましたが、ある日の読者の方と仕掛け屋のことをお届けいたしました。
これからこのコーナー、どうなってゆくのでしょう。
わたしもよくわかりませんが、形を決めず、読者の方のその時その時に寄り添ってお届けして行けたらよいなと思っております。
では、これから月一度の更新を、どうぞ、お楽しみに・・・。

仕掛け屋 木村拝

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