仕掛け屋だより

第8回 桜の下で

2010.03.09更新

いよいよお散歩にもってこいの春到来。
桜のつぼみもふくらんで来ました。
みなさまいかがおすごしですか。
きょうは、東京都にお住まいの80代の女性Sさんにおはなしをうかがいまいした。
お葉書にはメールアドレスが書いてあって、わたしもパソコンに右往左往なのに、80代でメールのやりとりされるなんて凄いなぁと思って、お会いしてみたくなりました。
「いちどお会いしてみたいと思っておりますが、ご都合よい日や時間帯はございますでしょうか」
というわたしのメールに対して、
「眠くない時間にお会いしましょう」
というユーモラスなお返事。
さっそく指定の時間と場所にうかがいました。
Sさんの眠くない時間は11時。
ご自宅にうかがい、お話をさせていただきました。

通された大きな和室にはお仏壇があって、かすかにお線香の香りがただよいます。
「わたしの愛しいひと。ふふふ。
 ・・・でもいまはね、デートする人はいるのよ。
 先立たれて20年もたったから、お散歩するお相手がほしくって。
 あの人、天国でヤキモチやいてるわね。
 だってね、すごくヤキモチやきだったのよ!
 ほら、きょうは若いお客さん来てくだすってあなた、うれしいわね」
わたしは桜もちと緑茶をいただきながら、笑ってしまいました。

Sさんは18歳のとき、ずっと大好きだった幼ななじみでご近所のお兄さんであったご主人と結婚。
それから45年の間、まいにちまいにち朝昼晩、ご主人のご飯とお弁当を作って、たくさん話をして、それはそれは楽しい毎日だったようです。
お子さんはいらっしゃらなくて、
「みんなに不思議がられたけれど、しようのないことってあるでしょう?
 わたしたちにはこどもは授からなかったけれど、あの人が大きなこどもみたいだった」
ご主人が定年退職された4月1日、夜桜の下でいわれたそうです。

「いままで、ぼくのそばにいてくれてありがとう。
 きみはこどもを通しての友達や、行事がなかったし、切ないこともあったろう。
 だけどきみのそばはいつも向日葵みたいに輝いて、
 ぼくの自慢の、最高の妻だと思っている。
 これからもたくさん、ふたりで笑おうね」

そういって、ダイヤのハートのブローチをプレゼントされたそうです。
実際のそれをお見せいただいたのですが、それはふっくりとした丸っこいハートで、やさしい印象でした。
それから丸3年後、ご主人は急死されてしまったそうです。

泣いて泣いて泣いて、さびしくてさびしくて、体が切り裂かれたように、ふたつに折れたようにうずくまって起き上がれない日々が続いたといいます。

「でも、主人が亡くなったのが4月1日で、定年退職後にハートのブローチいただいた日だったわと気がついたら、少しずつ元気がでてきて」

3年経ち5年経ちしていくうちに、静かだったふたりの生活や思い出だけの生活から抜け出し、Sさんは習い事を始めたり、ご近所の地域ボランティアに参加したりするようになったそうです。
そんなある日、美術館の帰りに寄った本屋さんで、『東京お祭り!大辞典-毎日使える大江戸歳時記』を見つけて、心が躍ったといいます。

「ああ、あの人、お祭りが好きだったなって思い出したの。
 よくいろんな場所に連れて行ってくれたものだから、
 開いたときに懐かしいお祭りがいっぱいでてきてね。
 今のお茶のみ友達(男性)と一緒にいちどあるお祭りに行ってみたんだけど、
 なんかだめなのよ、わたし」

思い出の中のお祭りは、かわりのきかないご主人との大切な思い出だと気がついたSさん。
それからお祭りは、ひとりの遊びとして、『東京お祭り!大辞典』の本をお供に出かけられているそうです。
お昼が近くなったので、おいとましようと思って立ち上がったら引き止めていただいて、一緒にお昼ご飯を作ることになりました。
菜の花のおひたしと、カブのお味噌汁と、きのこの混ぜご飯と、はっさく。
おいしい彩りもきれいな食卓を前に、お箸とお茶碗を持ったSさんが、庭を眺めて言った言葉が心に残りました。

「まいとし春になるとね、夜、そわそわとして眠れなくなるの。
 あの人が桜の下で待っていてくれるような気がするの。
 へんだと思うでしょうね、お若い方からしたら。
 でも、ほんと、ほんとにそんな気がするの」

わたしはお話をうかがっている間じゅう、茨木のり子さんの『歳月』(花神社)という本を思い出していました。
夫婦とは、日々のなかでは喧嘩や小さな争いや不穏な空気の日はあるけれど、おおきくはとても大切に大切に想いあっているものだと感じます。
『東京お祭り!大辞典』がSさんのご主人との、たのしかった思い出を蘇らせるきっかけになったということをうかがえて、本当に幸せをいただいた一日でした。

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