新人だった。

第1回 真っ白だった

2013.04.25更新

今どき珍しいくらい、まっさらな新人だった、12年前の春。
専門学校でアナウンス技術の基礎を学んでいたわけでもなく、
雑誌のモデルか何かでカメラの前に立つことに慣れていたわけでもなく、
理工学部所属の普通の女子、今で言うリケジョだった私が
アナウンサーとしてテレビ東京に迎え入れてもらえたのは、奇跡に近いと思う。
そのくらいアナウンサーとしての下地は何もない「まっしろけ」だった。

入社してから受けた専門研修は数カ月にわたり、その間みっちり基礎を教わった。
しかし当然のことながら、身につけることのできる知識は、
その先ずっと仕事をしていく上で必要な量の一部でしかない。
画面にデビューしてからも恥をかき汗をかき、何とか一人前のアナウンサーに
なろうと必死にもがき続ける。
今はもがき終わったのかというとそんなはずもなく、進行形だ。
何に対してもがくか、その対象は少しずつ変わって来たものの、
溺れないように必死だという点で何ら変わっていない。

でも、それでよかったのだと思う。
苦しみながら何年も仕事をしてきた今だからこそ悠長に構えていられるだけかもしれない。
でも当時の自分に声をかけられるとすれば、
今のうちに思う存分もがけばいいし、恥も汗もかけるだけかいておくといいよ、
と声を大にして言いたい。

自分で言うのも何だけど、学生時代の私は超優秀な学生ではないものの、
まあまあ優等生な方だった。
少なくとも再試や追試だらけという経験は無いし、あまり親をハラハラさせるような
展開はなかった。
先生に怒られた経験もあまりなく、何かができなくて困るとか
泣きたくなるようなことはそれほど多くはなかった。

ところが、だ。
まったくこれまで何も基礎のなかったアナウンス職に就いたものだからさあ大変。
自分では懸命に努力しているつもりでも、飛んでくる言葉は
「さっきと何も変わってない」とか「なぜあなたが採用されたのかわからない」。
内定してウキウキだったのもつかの間、自信喪失するのに時間はかからず、
鈍感力に自信のあるさすがの私も焦った。
「これでも充分頑張ってるつもりなんです」
「なぜ私が採用されたかなんて、私も教えて欲しいです」といった言葉を
飲み込むのが精一杯だった。

でも、どうやら赤っ恥も青っ恥もかける時にかかないと、
その後時間が経てば経つほどかけなくなってしまうものらしい。
とにかく年を取れば取るほど、周りの人が自分に対して教えてくれる機会は減る。
社会人生活を10年以上もやっていると、その間に先輩の数と後輩の数のバランスは
当初とは劇的に変化している。
周りが皆先輩だった頃はとうに過ぎ、自分を見てくれる先輩の数は圧倒的に減っている。
知らないことに対して胸を張るのはおかしいし、
一度してしまった過ちは二度としないようにすべきだけれど、
知らないこと、経験不足なことを後ろめたく思う必要など何もない。
よく、若いうちに大いに恥をかくべしとは言うけれど、これは本当だった。

社会人10年生程度なんて大先輩からしたら、ひよっこもいいところなのに
既にこんな風に感じているのだから、私よりはるかに若い皆さんは
今のうちに大いに恥をかくべし、失敗すべしと思う。
なぜ失敗したのか考え、出来うる限りのフォローをする、
二度と同じ間違いをしない。
そうやって失敗から学ぼうとする姿勢を見せていれば大丈夫。
きっと隣のデキる先輩がなんとかしてくれるから!

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倉野麻里(くらの・まり)

上智大学数学科卒。2002年テレビ東京入社。WBS6年、夕方ニュースMC5年担当するなど、入社以来報道畑を歩む。座右の銘は『何かを始めるのに遅すぎるということはない』うどん、鶏肉、奈良漬が好き。趣味は散歩、料理、旅行。

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