新人だった。

第5回 日々新人魂

2013.08.27更新

 こんにちは。
 本当に毎日暑い日が続いてますね。
 なるべく冷房をつけないようにしようと思っても、この暑さだと生命にかかわりそうでそうもいきません。皆さま体調など崩されていませんか。


 さて。
 8月は私にとってとても特別な月です。
 というのも、高校二年生の時から飼っていた愛犬を失ってしまった月なのです。
 正確には去年7月の終わりに病気でその生涯を終え、
 8月にお骨にしました。
 ・・・はて、犬もこういう表現でよいのかどうか。

 愛犬リオは嬉しい時も哀しい時も、いつも一緒。
 それこそ仕事がうまくいった日も失敗した日も、傍にいてくれた。
 話かけてこなくても、ちゃんと隣で共感してくれていた・・・と思う。
 (そういえば、会社に行く直前に足の指を噛まれて流血の惨事となり、ヒールの靴を履けなくなったことがあったのを今思い出した。その日は仕方なく、スニーカーで行ったのだった)

 倉野家の長女として何かととんがりがちな私も、リオに対しては素直になれるというか無防備に弱みを見せることが出来た。
 またまた、犬相手に何を言ってるんだとお思いかもしれないが、長女というのは意識せずともしっかりしなくては、というような気持ちが芽生えてしまい、家族に対してぺろーんとお腹を見せるのが難しいのです。

 わが家は長女だからこうしなさい、こうあるべきだ、というような教育方針ではなく、長女も次女も同じように育てられた。
 母自身が3人兄妹の末子で、色々思うところがあったようだ。
 そんなわけで私が長女だから甘え下手だというのは、本来は当てはまらないはずなのに、知らず知らずのうちに長女魂が宿っているようだ。
 そうやって育てられていないのに甘えられないなんて「そういう風に出来ている」んだろう。素直に気持ちを出せないまま大きくなってしまった。本当は甘えたくて仕方がないというのに。損だなあと、我ながら思う。

 私から見た妹は、感情表現がストレートで羨ましいなと思うことが多い。
 だってどう考えても素直な方がいいに決まっているのだ。
 年を取れば取るほどその思いは強くなってきた。

 それこそ働き始めたばかりの新人時代は、無駄な鎧を着がちだったように思う。
 自分が小さな存在だという自覚があるからこそ、少しでも大きく見せなくてはという気持ちになりがちでなかなか素直になれなかった。
 しかしそんなガラスでできた鎧なんて周囲の大人から見たら「ぷぷぷ」もいいところなわけで。
 どう考えたって初めからお腹を見せた方がいいに決まっているし、その方が可愛いぞ、と今さらながらに思う。

 最近は昔の自分を思い出すと、懐かしさ半分、気恥ずかしさ半分だ。
 いや、気恥ずかしさが半分以上を占めているかもしれない。
 とにかくあの怖いもの知らずな若い自分が恐ろしくて、どこか誰の目にも止まらないところにしまいこんでおきたい気分だ。
 もちろんその当時は、その時の自分なりに一生懸命で決して何かおかしなことをしていたわけではないのだが、なんだか気恥ずかしい。
 年を取れば取るほど無知を知って一生勉強だなあという気にさせられるし、自分が何者でもないことを痛感し、凹むことが多い。

 新人だった、というタイトルではありますが、今もう一度新人をやり直せたらもう少しマシな新人だったんじゃないだろうかなんて思ってしまうあたり、太々しい「非新人」なんでしょうね。
 でも、日々新人魂で貪欲にものごとを吸収していく気持ちだけは持ち続けていようかと思っております!

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倉野麻里(くらの・まり)

上智大学数学科卒。2002年テレビ東京入社。WBS6年、夕方ニュースMC5年担当するなど、入社以来報道畑を歩む。座右の銘は『何かを始めるのに遅すぎるということはない』うどん、鶏肉、奈良漬が好き。趣味は散歩、料理、旅行。

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