新人だった。

第7回 「伝えたい」「表現したい」という思い

2013.10.28更新

 こんにちは。
 今年はいつまで半袖を着ていることになるのだろう、と思っていたら、急に寒くなりましたね。
 それと同時に台風が幾つも日本列島を襲って甚大な被害をもたらしました。
 今なお大変な状況にある方に改めてお見舞い申し上げます。

 日本は四季の国だったはずなのに秋はいったいどこにいってしまったのだろう。
 秋、好きだったんだけどな。

 さてさて。
 最近では「私、ブログ開設してます」なんて意気込まなくても、twitterやFacebookを始めとするSNSを利用すれば誰でも日々のあれこれを表現することができますよね。
 アカウントを幾つも使い分けている人もいるし、既にSNSは多くの人の生活にすっかり定着したのではないかと思われます。
 このSNS。便利で面白いのは間違いない。
 けれど、一方で店舗を閉鎖に追いやったり、脅迫したりするなど、一歩間違えると「えっ、そんな使い方もあったのか」と驚くような使われ方をしてしまっている例も出てきました。
 これは残念なことです。

 本来は、twitter、FacebookといったSNSなどでは、自分が今食べた美味しいものを家族、友人に伝えたい。綺麗な景色を見た感動を伝えたい。怒りを共有してほしい。哀しみを伝えたい。自分の考えを誰かにわかってほしい。など、感情や経験を誰かとシェアしたいということがほとんど。
 半分くらい自慢が入っていることだってあるかもしれない。でもそれだって表現したい、伝えたい、という点では同じです。

 ところが、たかだか10年、20年前はこういったものがなかった。
 それまでは、人々はこの「伝えたい」「表現したい」「シェアしたい」願望をどうやって処理してきていたのだろう。登場したばかりの頃、後にこれだけの存在感を発揮することになるなんて想像しえただろうか。

 でも、人の心には伝えたい願望がぐるぐると渦巻いていたのだ。
 突如としてふつふつと沸いてきたわけではなくて。
 わかりやすいメディアの登場でいつでもどこでも誰でも手軽にできる時代になったというだけなのだ。

 自分がこの「伝える」ことを専門にする仕事を目指したのは、こうして考えてみると何となく腑に落ちる。たぶん伝えたい願望が人一倍強かったのだと思う。

 誰かに何かを伝えてわかってもらえる喜びに初めて出合ったのは、大学時代の家庭教師というアルバイトを通じてだった。
 勉強はもちろんのこと、多くの雑談も交えていろんな話をした。
 自分の思いを相手と共有できる貴重な経験をさせてもらったのが、この家庭教師という仕事だった。
 「あ、はいはい、カテキョーね」と言われると軽く聞こえてしまって、自分としては何となく嫌悪感を覚えていたのを覚えている。
 アルバイトとして、というよりもっと一生懸命生徒と向き合っていたつもりだったから。
あくまでも自分としては、ですけど。

 初心を忘れることなく、一生懸命伝えていく仕事をしていかなくてはなあ
 と思ったのでした。友人のtwitterの美味しそうな写真がアップされたのを見て。
 ではまた!

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倉野麻里(くらの・まり)

上智大学数学科卒。2002年テレビ東京入社。WBS6年、夕方ニュースMC5年担当するなど、入社以来報道畑を歩む。座右の銘は『何かを始めるのに遅すぎるということはない』うどん、鶏肉、奈良漬が好き。趣味は散歩、料理、旅行。

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