新人だった。

第9回 声で表現するということ

2014.01.30更新

 こんにちは。新しい年があけてひと月たちますが、皆さま今年も変わらず、お付きあいくださいませ。 
 今年もお節を食べ、お雑煮を食べ、といつもととくに変わらぬ年の初めではありましが、たっぷり心の充電ができました。何なのでしょうね、この変化は。
 私、昔はお正月があまり好きではなかったのです。それなのに、年をおうごとに好きになる。日本のお正月っていいなあ、と。家族そろって時が止まったような数日を過ごすことのありがたみが、年をとることによって身に染みてわかり始めたからなのでしょうかね。特に今年はお節をわが家でも用意したので、余計に特別感がありました。

 さてさて。少し頭を仕事モードに戻していかなくてはと思い、色々と考えを巡らせていました。
 そもそも2014年の目標は何にしようか。表現者として、より技術を磨いていかなくてはいけないなあ、などなど。こうして文字にするとかたいけれど、要はもっとうまくなりたい、シンプルにただそれだけ。
 はっきり言って、そのためにはやらねばならぬことが目白押しなのは、身に染みてわかっているんですが、それらを尻目に全然関係ないことに身を乗り出してしまうのもまた人間の性。私だけですかね。

 そんな折、三島さんから「そろそろお願いします〜」との連絡が。
 あわわ、もうそんな時期だった!そうだ、この"追われ体質"を"追う体質"に改善するのも今年の目標だ、などと思いつつ、私がいったい何に熱中(逃避とも言います)しているのかというと、ミュージカルものの海外ドラマ、です。

 こんなふうに唄で表現できたらどんなに気持ちがいいだろう、と思いながら、その世界にどっぷりと引きずり込まれているのであります。ストーリーもさることながら、とにかく俳優陣の唄が素晴らしいんですよね。
 まず文句無しに上手なのは言わずもがなで、声量たっぷりに唄われるとこちらに訴えてくる度合いが、それはもう凄まじいものが。
 実際の唄は別撮りに決まってるじゃん、とかそういう現実的なことは抜きにして、演じながら唄うのは、想像するだけでとても難しいですよね。感情を込めて唄わなければならない上、演じ続けなければならないなんて、なんと大変な!

 そんな彼らを見ていて、改めて思い出したのが、「声量を自由に操れるようにする」ことも重要な技術の一つだということ。
 今しばらくそういった術を実践する場から離れていますが、自分にも経験があります。どちらかというと、成功体験というよりは、うまくいかずに失敗してしまった経験が。
 どこでどういうタイミングで息継ぎをするかで、感情の途切れ具合はまるで異なります。 それはつまり、結果として伝わり方はまったく異なることを意味します。
 だからこそ自分の意図する表現をするためには、声量を思うがままにコントロールし、意図する表現と合致させなければならないわけです。 

 思い起こせば新人だったころに発声練習をしたり、活滑練習の研修があって講師である上司にもなぜそういった練習が必要なのか教わったはずなんですが、だんだんとその記憶も曖昧になってしまっていた。
 ところが年次を経れば経るほど、当初はやらされていた研修の意味に加えてありがたみも増すってものなんですね。
 さしずめお正月のありがたみと同じということ? となると、今年の目標は声量を増やすためにもお腹を鍛えよということになるのかしら。
 副産物に引き締まった美しいお腹が付いてくるならやらない理由はありませんね!
 ひええ。

 それではまた。

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倉野麻里(くらの・まり)

上智大学数学科卒。2002年テレビ東京入社。WBS6年、夕方ニュースMC5年担当するなど、入社以来報道畑を歩む。座右の銘は『何かを始めるのに遅すぎるということはない』うどん、鶏肉、奈良漬が好き。趣味は散歩、料理、旅行。

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