特集

『謎の会社』のその後

2009.07.27更新

話題のベンチャー企業、エニグモ。携帯電話ひとつで世界中の人々が誰でもバイヤーになれるサービス「バイマ」をはじめ、「世界初」の画期的なWebサービスを次々と生み出し続けている。 彼らの起業前夜からサービスの成功までを、須田将啓氏と田中禎人氏の創業者二人が詳細につづった『謎の会社、世界を変える。エニグモの挑戦』は、多くの若者の心に火を点け、ベンチャーの起業本としては異例のロングセラーとなった。発刊から1年4カ月。その後のエニグモ、そして創業者二人は、どこへ向かうのか――。

トライアスロンと柔道をはじめたわけ

――『謎の会社、世界を変える。エニグモの挑戦』の発刊が、去年の3月14日。それから一年以上が経ちましたが、いまでも読者の方々から熱い反響をいただいています。

田中早いですねえ。

――あの本が出たときって、社員は30人ぐらいでしたか。

須田そうですね。今年に入ってから17人、去年の4月以降に7、8人採用してますからね。刊行から20数人増えている。いまは67人です。

――社員の方は皆さん、『謎の会社』を読んでますよね。

田中読んで無かったらちょっと問題ですね(笑)。まあ別に聞きませんけれど。

須田採用面接のときに「読みました」って言ってくださる人もいますよ。

――田中さんは今、アメリカでの仕事がメインになってるんですか?

田中これからですね。僕が日本にいなくても、日々の会社の業務は周っていくという状況にここ数年でなってきたので。詳細はまだ発表できないんですが、いよいよ今年の秋から本格的に新たな海外事業も進めていきます。

――国内では大阪支社もできました。

田中はい、東京から二人行って、三人体制で頑張ってますね。

――大阪支社を作った狙いは。

須田氏

エニグモ共同最高経営責任者 須田将啓 氏

須田そこに市場があるからです。プレスブログフィルモが作った口コミ広告市場が、向こうではまだ成熟しておらず、これから来る空気がある。不況によって大阪から撤退する会社が増えて、市場が手付かずの状態にある。また大阪は、顔が見える距離にいたほうが仕事がしやすい文化らしいので、行かないとダメですね。

――会社はますます攻めてますね。個人的にはなにか変化がありましたか? そういえば、須田さんが最近、経営者の方々のトライアスロンチームに入られたという噂を耳にしました。

須田お、よくご存知ですね。田中も昨日、練習に初参加したんですよ。

田中いきなり10キロ走りました。走る前は、「まあだいたい須田と一緒かな」と思ってたんですが、思ったより早くて、見えないぐらい引き離されて、非常にくやしかった(笑)。新入りということでしごかれたのかな。「我々をなめるなよ」的な空気を感じましたね。

――田中さんは最近、柔術を始めたとか。

田中「柔術」はちょっとだけやってやめて、「柔道」を始めたんです。

――おお。それはなぜまた。

田中柔術は寝技が中心なので密着度が高過ぎて(笑)。もともと空手はやってましたが、やはり立ち技だけでは駄目だと思い、投げの方を学びたいなと。

――近くの町道場みたいなところに通ってるんですか。

田中そうです。まさに町道場です。

――しかしトライアスロンといい柔道といい、なぜみんな経営者の人たちは体を鍛え始めるんでしょうかね。

田中30半ばって、そういう年齢なんじゃないですかね。英語で「ミッドライフ・クライシス」という言葉があるじゃないですか。「自分の人生はこんなはずじゃなかった」とか、「もっと達成しているはずだった」とか中年になって感じる人が多い。それと似ている感覚で、歳をとってきた自分が、「まだまだ若い者には負けねえぞ」というところを確認したいがために、体を鍛えるというのがあるんじゃないかと思うんですよね。トライアスロンも、やってる人はみんな30代後半ですよ。

須田あまり若い人はいないね。最初に自転車を買ったりスイムのウェアを買ったり、スイムを習ったりするのにも多少まとまったお金がいるから。始めちゃえばそんなにかからないけれど。

――柔道ははじめてですか。

田中まったくはじめて。完全に初心者ですね。受身の取り方からやってますよ。ただそういう立場に身を置くことって、僕は経営者にとってすごく大事だなと思っています。何も肩書きがない一番の下っ端でいる経験は、非常にいいと思うんですね。会社を作って上司がいない立場になって、年とともにある程度、組織や社会の中で偉そうなことを言うようになってくると、謙虚な気持ちを見失いかねない。初心に戻るのはすごくいいと思いますね。

――道場って、入った順に偉いですもんね。僕も合気道を習い始めて、いつも道場でタタミの上げ下ろしを一人でやってまして。誰か手伝ってくれようとすると、先輩が「一人でやらせろ」って(笑)。でもそれが新鮮で得がたい体験になってるなと。仕事でも何でもそうですが、誰かにやってもらっていると気づかないところが出てくる。いわゆる雑用を全部やると、見えなかったところに気づいて、「こういうところを気を使うと良くなるな」と思うことがよくあって。

田中そうなんですよ。武道の場合は、「上達するためには何をすればいいのか」ってすごく考えますよね。「何がこの人と違うんだろう」とか、「どうすればワザがかかるんだろう」とか。そもそも技を形から覚えて行かなければならないので、そういう意味では、トライアスロンは、フラストレーションが少ないような気がするな。「走り方がわからない」とかは無いじゃないですか。

須田俺もまだ一回しかレースに出てないから、まったく偉そうなことは言えないんだけれどね。その一回の体験からも言えるのは、トライアスロンは頭を使うところが面白さなんだと思うな。どこでタイムを短縮しようとか、どういうトレーニングをしたら早くなるのかとか、心拍数を計測したりして自分の今の課題を見つけ出したり。そこに知的な楽しみがある。プールから自転車に乗り換えるときにも、工夫する人は自転車に靴をゆわえていたり、コースのどの辺でスパートをかけるかとか。そういう作戦と駆け引きが楽しい。そんなの最初はまったく考えずに無我夢中で泳いだり走ったりしてたんですが、だんだんわかってくるんですよね。スイム、自転車、走り、全部得意な人はいない。レースは極限状態になるから、どこでエネルギーを使うかが非常に大切。三日ぐらい前から炭水化物を体に蓄積しておいたり、いろいろと自分の体を知っておかなくてはならないのも、また面白かったですね。

仕事も酔いも「迎え撃つ」姿勢が大事

――しかしお二人とも、激務の中で、仕事の合間によくそういう時間がとれますよね。

田中いや、でも、結局は時間をいかに効率的に使うかだと思うんですよ。仕事とプライベートを僕は基本的に分けない。分けてしまったら、仕事する時間は週に5日間、プライベートは2日間しかない。そのように固定してしまうと、突発的なことにうまく対応できないですよね。だから仕事とプライベートを柔軟に混ぜてしまう。土日だって普通に仕事をするし、平日でもプライベートの楽しみを入れる。「週7日働くし、週7日プライベート」と割り切ってしまう。でもそれだけでは足りないから、睡眠時間を削ってますね。

――今は何時間ぐらい寝てます?

田中氏

エニグモ共同最高経営責任者 田中禎人 氏

田中12時間ぐらい。

須田削ってないじゃん(笑)。

田中本当を言うと、先週は3時間、4時間睡眠が続いてました。基本的なスタンスとしては、「寝る間を削ってでも遊ぶ」という姿勢です。会社に1時ぐらいまでいると、家について寝るのは3時ぐらいになっちゃいますね。飲むともっと遅くなりますけど。

――エニグモさんは飲みがアグレッシブですからね。『謎の会社』の打ち上げで、ミシマ社とエニグモで飲んだときは、翌日、ミシマ社の男は全員一日、使い物にならず、一人病院送りになってますからね(笑)。

田中マジですか。

――はい、クボタという男が。まあ大丈夫だったんですが。それに対してお二人は、「もう一軒、行くか!」と言ってハシゴしたというのを聞いて「化け物だな」と(笑)。

田中いやー慣れですよね。飲みも武道もトライアスロンも、大切なのは「辛さに慣れる」ということだと思うんですよ。辛いけど、そこに対して何というか、鈍感になって免疫をつける。「酒飲んだら二日酔いになって辛いじゃないですか」と言われたら、「俺も辛いんだよ」「でも、やるんだよ!」ってね(笑)。

須田マインドですよね。トライアスロンも別に歩いても怒られないけれど、あえて辛くても走るじゃないですか。二日酔いも一緒で、休もうと思ったら休めるし、飲まなくてもいいけど、飲みたいから飲むという攻めの姿勢が大事。マインドで体調はある程度コントロールできます。あと、めちゃめちゃ楽しい飲み会は、二日酔いにならない気がするんですよね。二日酔いを迎え撃つ姿勢でいれば大丈夫です(笑)。

本と現実とのギャップ

田中そろそろ、ぶっちゃけトークをしましょうか。

――おお、ぜひ。

田中本が出てから、実はあんまり変わってないんですよ。そこがやばいと思ってます。本が出たと同時期に『シェアモ』がスタートしましたが、それ以来、新しいサービスを出せていない。既存のサービスが伸びてはいても、新しい展開はあまりなかった一年だった。今後はそこをテコ入れしていかないといけない。こういう取材って、景気のいい話とか、聞き心地がいい話に終始することが多いけれど、それを社内の人が読むとギャップを感じかねない。社外に対するブランディングよりも、社内の人たちに対する気持ちとかモチベーションを、昔から大事に思ってましたけれど、最近はとくに気になってますね。

須田それは大きいな。たしかに本が出たことで露出が増えて、人材採用の応募も増えて、サダもモテモテになって。

田中なってねえよ!(笑)

須田現実と、本に書かれた内容に、ギャップが出てきた気はしますね。

田中それこそ本を読んで入社してきた人たちは、「あれ? 自分が抱いていたイメージと違う」と思っているかもしれない。

――あの本の3分の2以上が、社員数人の時代の話ですしね。

田中そうなんですよ。そもそも今と企業体としてまったく状況が違う。本を出してから会社自体が変わっていないのに、耳に心地よい話を我々がメディアに話しても、それを社員が読んだら「ぜんぜん違うのに」とか「わかってくれてないな」と思われてしまう。社員が感じているギャップや、会社に対して抱いている不満などを、僕らもわかろうとしているし、ある程度わかってもいる。それを社内に伝えることも、すごく大事だなと思うんですね。そうしないと「経営陣はぜんぜんわかってないな、このまま改善しないのか」と思われてしまう。ということを最近考えているのを、いま初めてこの場で言ってしまった(笑)。

――「本を出すという行為は株式公開に似ている」ということを言った経営者の人がいましたが、たしかにそういう側面はありますよね。『諸刃の剣』というか。

田中そうですね。昔、冗談で「本を読みました!」という人と会うと、「ガッカリして帰っていくんだよね」という話を須田と話していたんだけれど、完全な冗談でもないなと。本から伝わっていくイメージと、実態には絶対にギャップがある。個人的にはあまり目立ちたいという欲求は無いんですが、本がきっかけで『プレジデントオンライン』で連載が始まったり、会社が色んなところで紹介されたり、すごく良い面も沢山ありました。

ベンチャー企業エニグモ創業者二人須田あの本によって、どういう経緯で会社ができたのか、黎明期にどういう役割を役員や社員がそれぞれ果たしたのか、流れが全部わかるじゃないですか。あの本で初めて明らかになった部分がかなりある。逆に、間違って伝わっちゃったところやフォーカスすべきことをし忘れたところも実は結構ある。

――本が出たことで「これはちょっと困ったぜ」と思ったことってありますか。

須田うーん、本を読むと、なぜかだいぶ「すごい人」に見えるらしいんですよ。それには若干戸惑いますよね。

――最初からリスペクトの念があるというか。

須田そういうモードで来られる方は、僕に実際会って、たぶん戸惑って帰って行くんだろうなと(笑)。あの本に入らなかったいろいろな馬鹿な話がありますが、僕としてはどっちかというと、そっちのキャラクターで行きたいんですよね。でも本を読むと「語っちゃうキャラ」「挫折したけど立ち上がるキャラ」みたいに思われる(笑)。

良いコンテンツは開放したほうがいい

田中三島さんに会ったときに、「この本は現在進行形の話でいいんです。結果を出した人が語るというよりは、今結果を出そうとしている人たちがいると。それをみんなが知ることで、俺もやろうかな、と思ってくれればいい」ということを言ってくれました。ベンチャーの立ち上げのときの苦労や、どうやってそれを乗り越えたかを記録しておくことで、その知識がシェアされて、あとに続くベンチャーの人に役立つって。

――うんうん。

田中そういう意味で言うと、今はあの本を「できる限り多くの人にシェアしたいな」という思いがあるんですよね。新書や文庫にしてもいいんじゃないか。あるいはミシマ社の人に怒られるかもしれないですけど、無料で配信しちゃってもいいかなと思うんですよね(笑)。印税とかいらないから。一人でも多くの人に読んでもらうことが、コンテンツの価値を高めると思うんですよ。いいコンテンツほど、みんなに読まれるべきだから。

――たしかに良いコンテンツはどういう形であれ、一人でも多くの人に読んでもらうことが大切なので、それは仰るとおりですね。

田中僕はミシマ社の『街場の教育論』を読んで、「この本は日本人みんなが読むべきだ」と思った。『街場の教育論』を、どこかの雑誌やウェブで連載のかたちで全部読んでいたとしても、僕は絶対に一冊の本のかたちで買いますね。それでもやっていけるのは、オンラインで無料で配っても、気に入った人はアルバムを購入するという形で、音楽業界で証明されているじゃないですか。もちろん無料のコンテンツを読んで満足しちゃって、買わない人も沢山いるだろうけれど、無料にした方が結局は多くの人に伝わるから、めちゃめちゃ共感してくれる人の絶対数も増える。結果的にふつうに本を売るよりも売れるんじゃないかと思います。それは良いコンテンツだという自信がないとできない手法だけれど、内容に自信がもてるものは、有料で売った後で、無料で解放することが正しい気がするんですよね。

――なるほど。本を出すという行為の根底もそういうことかもしれませんね。「他人のファインプレーを紹介するのがライターの仕事」だとあるジャーナリストの方が書いていますが、この著者のすごさ、面白さを少しでも多くの人にシェアしたい、知ってもらいたい、というのが本を作る原動力ですからね。

田中氏田中多くの人の魂を込めて創られたコンテンツが、ほんの一部の人たちにしか届かないとか、大量に印刷したのに戻ってきて破棄しているとか、単純にもったいないですよね。だったらそれをもっと安い値段で、その価値をインターネットで提供した方がいいんじゃないか。根本的にそういう考えかたが好きなんです。でもこれはミシマ社さんのような出版社や、書店さんのことを考えていない、思いつきなんですが。

須田紙とデジタルで別バージョンを作るとかね。いろいろカットしたところを入れた、フルバージョン。テレビの取材を受けてみて特に思うのが、カットされたところに本当の面白さがあるということ。3日間張り付いて撮影しているのに、流すのは30秒だったりしますから。カットされた部分にこそリアリティがあるのに、番組側の都合で一つのストーリーにまとめざる得ないから、色んな面白いエピソードや視点が捨てられてしまうのはもったいない。あの膨大なフィルムの中に面白い部分が埋もれていると思うんです。だから全部を開放して、視聴者が編集しなおしたり、全部見られるようにすることって、これから絶対必要だと思うんですよね。100人の編集者がいれば100個のストーリーができあがるはず。それは本でも同じことが言えるのかも。映画で言うとメイキングが見られれば、本編の価値も上がっていくのではないでしょうか。

田中映画のDVDを買うと、特典映像で監督のコメントがついていたりするじゃないですか。本でもそういうのがあるといいかもね。

須田エニグモの本のような起業本であれば、毎年新しい版を出して、その一年間分内容を更新していくというかたちだっていいと思うんです。20年後に読み返すと、壮大なドラマになっているかもしれない。そういう新しい本のかたちが出てくると面白いですよね。

今後はアジアでの展開も視野に

――次のエニグモの展開はどんな予定ですか?

田中今年の秋には、次の新しいサービスが出ます。全く新しい領域ですね。

――それはまた世界初のサービス?

田中はい。今、スピード命で作ってます。市場を調べると、すごく動きのある分野であることが分かって、早めに出さないと商機を失いかねないので。

須田あとは「社員発」のサービスをいかに作るかというのが、今後の重点ポイントかなと思っています。アイディアの段階から、ローンチまで、すべて社員が生み出すサービス。会社という組織として、新しいものが生み出されて、それがちゃんと立ち上がっていくというサイクルを作り出さないといけない。いつまでも役員主導では、若手の社員のモチベーションが上がらず、リアリティを感じられなくなってしまうので。

――新規事業を社員から集めることもあったんですか。

須田はい。ぶっちゃけ、社員が考えたいいプロジェクトが一つあったんですが、市場のスピードと社内のリソースがうまくマッチせずに実現することができなかった。今では他社が似たサービスを始めてしまい、うちが今からやっても市場をとることはできない。

――ネットの業界は早いですね。

田中本当に早いですよ。

――会社の中で、新サービスのプロジェクトチームはどういう風に結成するんですか。

田中そこがまた肝ですね。スピーディにやるにはまず少数精鋭。そしてプロジェクト内容は社内でも非開示。でもプロジェクト自体は社内で認知されてたほうがメンバーは仕事がしやすいし、モチベーションも上がります。そのあたりのバランスをとろうとしていますね。

――今後はアメリカで社員採用をするんですか。

田中しますね。状況を見ながらですけれど、向こうは向こうで事業体として成立する体制にしようと。

須田新たな展開で言うと、シェアモは今年の7月にPC版が本格スタートして、また課金サービスが10月に始まる予定です。

田中それから今後、アジアが市場としてあるんじゃないかと思ってますね。これまでは具体的なタマが無かったんですが、新サービスはアジアでも事業として展開できるんじゃないかなと思ってます。一カ月前にはアジアでやれるかもなんて、まったく思っていなかったんですけれどね。すぐ先がどういう展開になっているか、わからないから面白いですね。

第二の創業期を迎えて

――最後に、お互いに聞きたいことを聞いて欲しいのですが。

田中うーん、何を聞こう。......あの彼氏とはその後どうなってるの?

須田そう来たか(笑)。誤解されるから。

――(笑)須田さんは何か聞きたいことないですか?

須田アメリカでどこに住んでんの?

田中知ってるじゃん(笑)。

須田いや、もしかすると、近い将来、向こうに本社を置くこともあるかと思って。

――へえー。

田中そうなんですよ。冗談半分、マジ半分みたいな話ですけれど、須田もいつかは海外に行く予定でいるみたいで。

須田自分の中では何歳までに行くという目標がありまして。

田中この間、「役員や我々が、海外の支社にそれぞれ行ってるというのも面白いよね」という話をしたんです。日本はいまいる役員以外の人たちに任せて、役員は世界中に散らばっているのも面白い。あるいはいっそ海外を本社にしてしまって、日本法人を支社にするとか。

須田氏須田ネットビジネスは営業が絡まなければ、わりとどこの国にいてもできるじゃないですか。いまいる社員でも海外勤務が希望ならば、海外本社に吸収してしまう。日本は日本で働きたい人だけがいる。もしかして海外勤務を希望する人が多くなって、日本支社の希望が少なかったら、日本撤退もありうるかなと(笑)。

田中須田が海外を志向していたというのは意外でしたね。

――国で言うとどこに行きたいんですか?

須田やっぱりニューヨークかなあ。

田中なんで? アイラブ水戸の須田が。

須田水戸が好きというより、自分が生まれた町や国が好きなんだよね。それで、日本発で、世界を巻き込んで事を成すには、世界のトップと渡り合わねばならない。そう考えるとニューヨークかなと。

田中やっぱりニューヨークには会社を出さないとね。あそこは世界の中心ですよ。今のところですけど。

須田海外に行くのは通過点でその先も当然あるじゃないですか。そう考えると、いついつまでに海外でネットワークを広げないといけない。そのためには、いつからいつまでに滞在して、どういう仕事をすべきかを逆算していくと結構時間がないですね。

田中そうか、それで英語部を作ったのか。

――だいぶ英語は上達しましたか?

須田ええ、かなり。

田中うそつけ(笑)。こないだシリコンバレーの会社の社長が来たとき、めっちゃ寡黙な人間になってたじゃん。

須田ま、英語のことも含めて、行っちゃった方がいいなと。行けばブロークン英語でも喋るしかないから。言語をつかさどる脳の神経ネットワークは、環境にどっぷり浸らないと変わっていかないらしくて。言葉以上に、ボディランゲージとかで意味を吸収できる。そう考えると、コミュニケーションは直じゃないと駄目だなと。体が動くのは50歳までだと思って、そこまでに成し遂げるとしたらいろいろと今からやっていかないとな、と。

――じゃあ本当に数年以内の話ですね。

須田目標ですが、明確にある。

田中とかいって旅行でしょ。

一同(笑)

須田一週間ぐらいのね。

――それでは田中さんの目標を。

田中仕事に関しては本当に、海外で成功することですよ。エニグモも全然これからですが、海外で通用する会社にしたいですね。本当にそれだけです。いまはアメリカで、第二の起業をしているという感じです。オフィスを借りて、社名を新たに考えて、備品をそろえて。色々な業者との交渉なんかも自分でやってます。でもそれを全部一人でやることで、勉強になる部分がありますね。

――ますます今後のエニグモとお二人の活躍が楽しみです! 今日はどうもありがとうございました。

須田将啓(すだ・しょうけい)

1974年茨城県水戸市生まれ。慶應義塾大学院理工学研究科計算機科学専攻修士課程修了。2000年博報堂入社。 2004年博報堂退社、同年に株式会社エニグモを設立。現在、エニグモ代表取締役共同最高経営責任者。

田中禎人(たなか・さだと)

1974年生まれ。青山学院大学法学部卒業後、1997年オンワード樫山入社。その後、外資系PRコンサルタント会社のシャンドウィック(現ウェーバー・シャンドウィック)を経て、カリフォルニア大学経営大学院で経営学修士(MBA)を取得。2001年博報堂入社。須田とともに博報堂を退社し、株式会社エニグモを設立。現在、エニグモ代表取締役共同最高経営責任者。

お便りはこちら

バックナンバー