特集

武道のススメ

2009.12.24更新

ミシマガ読者の皆さん、こんにちは。
編集部のオオコシです。

ミシマ社で働き始めて早2年。
毎日、本を作っています。
テープ起こしを自分でやることも多いし、一日2万字ぐらい原稿を書く日もあります。
ずっと毎日、パソコンに向かい合っていると、肩こりがひどくなります。さらに、もともと痩せ気味だったはずが机に座りっぱなしの仕事のせいか、いつの間にか5キロほど体重が増えていました。

このままではまずい。

「武道のススメ」イメージそんなわけで、いろいろ考えた結果、空手を始めることにしたのです。
子どもの頃から格闘技が好きで、いつかやってみたかった。
しかし、社会人になってからは仕事に忙殺される日々が続き、なかなか時間がとれなかった。30代半ばになって、ようやく始めることができる。
とはいえ、どこに通えばいいのか。
目的からいって、子どもばかりの道場じゃないほうがいい。
しかし大学生や20代の若い人が、試合中心でガンガンやっているところは恐ろしい。
怪我はしたくないけれど、実戦的で護身術にも役立ちそうなところがいいな――。
いろんなところをネットで調べるうちに、「現代空手道研究会」という道場のサイトを訪れました。

短時間で効率よく
安全に
科学的、生理学的に合理的に
武道の本質をわきまえて空手道を追求する

をモットーとしている空手道場で、会員はどうやら社会人が多い様子でした。
なにより、会長の園田先生の文章やエッセイがものすごく面白く、時を忘れて読みふけりました。そして数日後、「ここなら自分でも続けられるかも」と思い、入門することを決めたのです。

それから1年半が過ぎました。
いろいろな変化が心身に起こりました。うまく言葉では説明できないのですが、間違いなく言えることは、今が、これまでの生涯でいちばん体の調子が良いということです。

そして、余計なお世話かもしれませんが、「運動不足気味の編集者、ライターの皆さんに、ぜひ武道をおススメしたい」という熱い思いに駆られるようになりました。

そんなある日のミシマガ企画会議。

「武道のススメってタイトルでさ、松井君に体験してもらうのはどうかな」

という企画が持ち上がり、ライターの松井君がうちの道場に体験入門することとなったのです――。

おはようございます。
編集後記に登場させていただいている松井です。
小中学生の頃はサッカー部に所属し、毎日身体を動かしていましたが、高校、大学、社会人と進むうちに、気づけば私もほとんど運動をしなくなっていました。30歳も超え、こんなに動かないのもまずいかな、と思いプールに通いはじめました。しかし、それも7回ほど通った後、自然となかったことになりつつあります。

昔から、それほど体型に変化はありませんが、明らかに意思が弱くなってきていると感じるこの頃です。とはいえ、いまさら運動を始めるといっても、
「やっぱり、ひとりは難しいよな......。誰かと一緒なら続けられそうな気がする」
夜道を散歩しながら、そんなことをぼんやりと考えていました。

すると、そんな私の心を読みとったのか、編集長オオコシが「空手道場に行ってみないか?」と誘ってくれました。
「お、おもしろそうですね」
空手、武道、その他格闘技の経験はありません。
ただ、ちょうど運動不足と絡めて何かしたいと思っていた昨今。棚からぼたもち? いやいや、思ってもないチャンス。期待と不安を胸に、誘われるまま道場の門を叩くことにしたのでした。

空手道場体験記

10月4日(日)17:40

京王電鉄井の頭線駒場東大前駅でオオコシ編集長と待ち合わせる。
暗くなった夜道をふたりで歩き、道場に到着。一番乗りで皆の到着を待ちました。
武道とは無縁に生きてきた31年。はじめての体験に、正拳突きや回し蹴りを自分なりに想像し、空気に向かって静かに繰り出していました。

「押忍」
「押忍」
しばらくすると、暗闇の中から、一人ふたりと人が集まりはじめました。
挨拶は基本的に拳を脇で締め「押忍」。
慣れない挨拶に、少し戸惑いました。

その後、30人ほど人が集まった頃、車に乗って園田会長が到着しました。全員、会長に向かって頭を下げ「押忍」と挨拶をしました。

道場の鍵が開けられ、電気のつかない細い通路を抜けると広い体育館に出る。何とも言えない懐かしいにおいがする。さっそく隅に陣取り、着替えを始めました。
私は空手着を持っていないため、中学校時代に来ていたサッカー部のユニフォームに着替えました。90年フランス代表のユニフォームとハーフパンツです。場違いな気がして少し恥ずかしくなりました。

18:30〜18:40 園田会長の話

「空手の本質は守りにあります」
約30人の空手家が円をつくるその中心で、園田会長は語りました。
武道とは、理不尽な暴力から自分や家族、隣人を守るためのものであり、直接的な暴力から大切なものを守るためである。そのために、強さが必要となる。
そして、肉体的な強さを獲得して行く過程で、「強さとはいったい何か?」ということをつかみとっていく。そうやって精神的な強さ、他人からの批判に負けない社会的な強さというものを獲得していく。
家族を守る。社会をよくしていく。国や世界に働きかける。その原点にあるのは自分である。まず自分を守れるようにすることからはじまるのである。

18:40〜19:00 ストレッチ

体育館の半分を使って円になり、ストレッチをしました。
私はいままで、空手や格闘技は個人種目とばかり思っていました。しかし、考えてみればそんなことはありません。円陣を組んだときにそんなことを思いました。

手足をブラブラさせる。深い伸脚。股割り。二組になって開脚前屈。
普段つかわないと足は全く開かない。筋が切れてしまわないように、筋肉と関節の可動範囲を無理なく徐々に広げて行く。痛いと気持ちよいを同時に感じていく。
ひとりが相手の脚の内側を支え、どんどん広げて行く。まず普通に広げて10秒。会長がカウント。さらに広げて10秒。
そこからさらに広げると、かなり汗が出てきます。限界を少し超えたところまで広げてテンカウント。
股割ひとつで、雲の上に突き抜けたような爽快な気持ちになりました。
そんな気持ちで天井を見上げたら、ライトの光が目に入り、少しくらくらしました。

19:00 - 19:40 三戦(さんちん)から基本技の繰り返し

「三戦(さんちん)」とは、はじめて聞く言葉でした。
まず、かかとを90度につけて立つ。
園田会長の「三戦(さんちん)用意」の一言で、少し内股に足を開く。
クロスした腕を腰の方へひきながら、声と息を同時に身体の内側から絞り出すように外に出す。出しきったところで無呼吸になり、体中の筋肉を硬直させる。そして、それを一定時間継続する。
三戦三年。三戦は空手の型のひとつで、まずはこれを理解することから空手がはじまるのかもしれない。
その後、号令による基本技の反復練習。
カウントとともに、「せい!」と気合いを入れながら正拳突きを10回繰り返す。
大声を出すことに慣れない自分は少し気恥ずかしい。発声と体の動きがちぐはぐになる。その後、受け、正面蹴り(上中下段)、回し蹴り(上中下段)、後ろ蹴り。と続く。
これを40分ほど繰り返す。やり方がわからず、見よう見まねで必死でしたが、終った頃には汗びっしょりになっていました。

19:45 - 20:40 組み手で、黒帯のIさんを思いきり蹴った。

「武道のススメ」イメージ1分間1本勝負の勝ち抜き戦の時間がやってきました。
拳、脛にサポーターをし、防具をつけて顔面寸止めのフルコンタクト組み手です。
「はじめ!」会長の言葉とともに、試合がはじまります。
両者間合いをとりながら、攻撃を仕掛けます。
ガツッガツッっと鈍い音が響きます。「せいや! せいや!」
すり足で重心低く、綺麗な蹴りを繰り出す姿が見えます。冷静に正拳突きを繰り返す。それを分厚い胸板で受け止める漢の姿が見えます。
私は体験入門のため、後半に一試合、黒帯の先輩に相手をしてもらうという運びになっていました。それまでの間、先輩方の組み手をじっくりと眺めていました。
パンパン。「せいや! せいや!」「上段突き 技あり」
じわじわと、自分の出番が近づいていきます。徐々に気持ちは高まっていきました。少しぽーっとのぼせていたかもしれません。次第に、痛いとか怖いとか、そういう感覚がよくわからなくなっていきました。

「武道のススメ」イメージ何試合か経過の後、黒帯のIさんが勝利しました。そして、自分の番がやってきました。
好きなだけ突いて蹴ってよい、とのことで、
「せい! せい!」と声を張り上げて力の限り突きました。
正拳突き、中段蹴り。蹴りはいい音がする。
しかし、突いても突いても、全く効いている気がしない。蹴っても蹴っても、倒せそうなんていう気持ちはいっさい湧いてこない。

中断して、園田会長のアドバイス。
「正拳突きは、釣鐘を突く棒のように、貫くように撃ちます。こうです」
園田会長の突きを防具の上から喰らう。
一瞬で呼吸が止まり、苦しくなる。
再開。
脇を締め、貫くように。
「せい! せい!」と声を張り上げ、目一杯、Iさんの内臓目掛けて貫きました。突いて突いて、そしてたまに中段の蹴りを加えて、そしてまた突きました。
「いい蹴りしてるねぇ」と会長が言ってくださいました。
必死で蹴りました。
圧倒的な力の差は、今まで自分が描いてきたイメージを粉々にすりつぶす。
もはや別世界の住人と話をしているようでした。
後で組み手の模様を動画で拝見しましたが、なんとも言えない気持ちになります。
黒帯の先輩たちの軽い動き、軽い攻撃。芯のあるなしは、身体にあらわれる。
自分の今日の姿を、10年後に見返したらどんなことを思うのだろうかと、ふと考えました。

20:40 − 20:50 ひとり1分×5人の乱取り。そして稽古終了。

最後は、1分間×5人の乱取りです。目についた近くの人と組み手をしました。
目一杯突いて蹴るも、「もっと もっと」と皆さん余裕です。みんなこんなに強いんだぁ......。肺がぴりぴりし、口の中に鉄の味が広がりました。玉のような汗が出て、最後は、相手に気遣われながら終了しました。

整理体操をして、神前に礼。
防具を返して、モップがけをして終了。

帰りがけ、暗い通路から昇降口に向かう途中、会長がそっと一言語りかけてくれました。
「武道とスポーツは違うからね」
まずは、そこからか。
自分はそこの区別もついていませんでした。

外に出ると、秋の夜風が気持ちよく通り過ぎていきました。列車の走り去る音、稽古をやり遂げた漢たちの姿、電気が消された体育館の静かな佇まい。
「押忍」(おつかれさまです)
会長を見送り、稽古は終了しました。

後日。

「空手をはじめたら強くなれるかな」という気持ちを胸に、道場の体験を終えた次の日、目が覚めると手首が動かなくなっていました。だらんと垂れ下がり、拳を握ることができません。
「おお......、これはいったい?」
昨晩はなんともなかったじゃないですか。と右手に語りかけるも反応は鈍く、言うことを聞いてくれません。
なかなか困ったことになった......。
ペンも握れない。コップも持てない。キーボードも打てない......。
同居人は大爆笑です。
「強くなる」と家を飛び出した男が、返り討ちにされて帰ってきた。
確かに、昨晩の組み手で自分の弱さを痛感していました。
「自分ってこんなに弱かったんだ......」
その思いは、しっかりと胸に刻まれていました。
しかし、これを続けていけば強くなれる、そういう実感も一緒に胸にしまわれていたような気もします。しかし、その次の日、ぷらぷらになった右手は、その気持ちを上回る脱力感を私に与えました。「おおおお......、おおおお......」という、なんとも言えない呻き声。言葉にならない思いがわき上がってきました。

「ここ痛いですか?」 はい。
「ここはどうですか?」 ちょっと痛いです。
「腱鞘炎ですね。右手首痛んでますけど、基本的に腕の筋は首から繋がってますから、全体をほぐしていきましょう」 そうなんですか。
人間の身体って奥が深いんだな。整骨院でマッサージをしてもらいながら思いました。同時に、2、3週間は稽古にいけないな。と静かに思ったのでした。

最初の体験から、2カ月経ちました。
本当は、10月中に体験記を掲載する予定だったのですが、なかなかまとめられず今日に至ってしまいました。
その間、世田谷道場、田町同好会、もう一度目黒道場と、合計4回体験入門させてもらいました。肋骨が折れたのは、4回目の稽古(10月25日)のときです。いつもより激しい乱撃を終えた日の次の日から約2週間後。
「まさかなぁ」
と思いながらも病院へ行くと、左側の第6肋骨あたりにきれいな筋が入っていました。
「やっぱり折れてたんだ......」
なぜか、テンションが上がりました。妙に嬉しくなって帰宅したのを覚えています。
稽古の後は、腕やふくらはぎには青あざができます。しかし、体中痛いのですが、なんともいえない心地よさがあります。身体に刺激を与えるってやっぱり悪くない。

それから約1カ月半後、先日入会し、久しぶりの稽古に参加しました。
やっぱり、最後の5人乱取りは苦しさいっぱいです。終盤は口の中いっぱいに広がる喉の乾きに、唾の配置がしきりに気になります。太ももやふくらはぎからは力が抜け、なかなか立てなくなります。それでも稽古後の夜の空気は、すこやかに疲れた身体を包んでくれました。

稽古後の2部(反省会)も、魅力のひとつです。
ビール片手に、空手や格闘談義がはじまります。
ここにもまた、別の現代空手道研究会があるな、としみじみ思いました。
「今の自分は、空手をはじめる前の自分が3人いても勝てる」
もはや、別人になっていると。
「細く長く続けて行くことがコツですよ」
力まず、あせらず、ゆっくりと。

いろいろな衝撃を受けた2カ月間でした。
大切なことは、できるだけ言葉にしないで伝えたい。
渋谷駅でひとり副都心線に乗り換えました。比較的すいた列車の中で読みかけの本を読みました。信長は今川義元を田楽狭間の奇襲で討ち取った。帰路、小雨が降るなか、缶ビールを一本買いました。寒いけれど、ビールを一本買いたいと、ふと思った空手道場の帰り道でした。

現代空手道研究会は、社会人が無理なく効率的に、限られた時間の中で安全に空手の技と武道精神を獲得できることを目的に作られた団体です。そのため毎回の組手稽古も、防具をつけてライトコンタクトで行っております。前腕部などに軽い打撲を受けることはありますが、人体は衝撃に慣れますので(それも空手の稽古の一つです)、続けるうちに怪我自体が少なくなります。また体験入門者や初心者に対しては、怪我のないよう細心の注意を払っておりますので、安心して体験してみてください。

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