特集

大人買いしたくなる図鑑たち(前編)

2010.04.05更新

竹内さん

竹内耕太さん ネコ・パブリッシング
大学院ではインド哲学を専攻(自称「キング・オブ・役立たず」)。泣く子も笑うルックス通り、無類の趣味人・こだわりぶりを発揮し、同社の図鑑出版物の自然科学系の編集を取り仕切る。まさに「ミスター図鑑」の編集者。

小さい頃に、図鑑を読んでワクワクした記憶はありませんか?

昆虫図鑑、鳥類図鑑、人体図鑑、地球図鑑・・・。無限の広がりを持つ宇宙の神秘から、森に住む小さな虫たちの生態まで、壮大な自然科学の世界を、図鑑は私たちに覗かせてくれました。しかし成長するにつれて、図鑑を開くことも少なくなっていきます。気づけばもう十年以上図鑑に触っていない、そんな人も多いのではないでしょうか。

しかしそれはあまりにもったいない。
図鑑のページを開けばいつでも、幼き日々の想像力をかきたててくれた感動が蘇ってきます。

この特集では、二回にわけてそうしたステキな図鑑の作り手の方々にお話を聞きました。
前編では「人類大図鑑」「地球大図鑑」など、豊富なビジュアルと解説が人気の「ザ・図鑑」シリーズを発行する、ネコ・パブリッシングの名物図鑑編集者・竹内さんを訪ねました。図鑑ワールドをぜひご堪能ください!(聞き手:森王子)


図鑑づくりは、自然科学のバイヤーです。

竹内ミシマ社さんの本、チェックしてることが多いんですよ。

――ありがとうございます!! 僕も図鑑が大好きで、ネコ・パブリッシングさんのDKブックスシリーズをよく読ませてもらっています。

竹内ありがとうございます。

――図鑑って、改めて読んでみると、とっても面白いと思うんですよ。まず、タイトルが面白い。

竹内「地球」とか「宇宙」とかありますもんね。

図鑑

ーーそうそう。この1冊に宇宙が詰まってるわけじゃないですか。すごい本ですよね。そうそう出せるもんじゃない。早速なんですが、そもそも図鑑ってどうやって作るんですか?

竹内いろんな作り方がありますね。たとえば学者の先生や専門のライターさんにお願いして、写真素材も自分たちで集めて作ることもあります。でも、うちの図鑑は、基本的に海外のものを輸入しているんですよ。国際共同出版という形ですね。海外の版元さんと代理店を通して契約して、翻訳と監修を通して出版します。

竹内さん

――このDKブックスシリーズですね。「動物大図鑑」「宇宙大図鑑」「人類大図鑑」といろいろなジャンルがありますが、どれも写真とデータの量がハンパじゃないですね。

竹内このDKブックスシリーズの図鑑群を出しているイギリスの版元は、 200人ぐらいのカメラマンを抱えているんです。そのスケールのデカさは、国内の出版社一社ではとても太刀打ちできない。このクオリティのものを作ろうとしても、国内の市場だけではペイできないですから。

――たしかに。このスケール感はまさに「大人買い」に相応しいです。

竹内あとは他社との差別化ですね。たとえば大手の出版社さんで、図鑑をいっぱい出している歴史ある会社と、後発のうちでは、同じ土俵で戦っても仕方がない。海外から面白い切り口のものを見つけてきて、日本版を出すというのがうちの役割なのかなと思うんですね。つまりバイヤーみたいなやり方です。面白い図鑑を探しに、実際に海外に足を運ぶこともあります。

――なるほど。日本だけで作ろうとしていないわけですね。

海外目線で広がる「珍図鑑」の可能性

図鑑

竹内海外の図鑑は、日本のこれまでの図鑑に無い写真が載っていたり、動物の赤ちゃんだけを集めた図鑑があったり、切り口が面白いものが多いですね。代理店に紹介してもらったイギリスの出版社や、フランクフルトのブックメッセに行くと、丸ごと一冊ホロコーストの図鑑や、奴隷制度の図鑑が、子ども向けのシリーズで出ていたりするんです。

――子ども時代に見たら、トラウマになりそうですね・・・。日本だと「昆虫図鑑」とか「魚図鑑」とかが普通なのに。

竹内おそらく教育に対する考え方の差なんでしょうね。他にもかなりヘビーなネタの図鑑があります。1冊まるまる「糞」の図鑑もあって、これはやりたかったんですけど・・・。

――糞ですか?

竹内そう、糞です。

――クソ図鑑ですか(笑)。いやぁ、面白い。

竹内まぁ糞は残念ながらできなかったんですけど(笑)、うちはけっこうホビー・趣味の本をたくさん扱っているので、図鑑においてもマニアックさでは常にオンリーワンでありたいと思っているんです。たとえば「動物大図鑑」でも、ツメナガフクロウマウスなんていう動物を紹介していますけど、こんなのは基本的に知らなくてもいいというか、まず知ろうとする人がほぼいない。どうでもいいネズミですよね。

――ははは。

竹内でもそれがアリであることが、ひとつの価値であるっていうのが、うちの考え方なんですよ。

――なるほど。なるほど。

サメの図鑑

竹内で、今回、サメの図鑑を出したんです。

――サメですか!

竹内そう、サメです。図鑑丸ごと、めくるめくサメワールドなわけです。あと「世界カエル図鑑」というのも出してるんですけど、こういう本って実際、誰が読んでるんだろって思うでしょ?

――そうですね、きわめて予想がしにくいです(笑)。

世界カエル図鑑

竹内でも、読まれるべくして読まれてるんですよ。読者の問い合わせなんかを見ていると、小学生が、何だか分からないけれど、とりあえずカエルが大好きで読んでいたりね。大人からすると、「子どもが好きなのはこの分野だろう」っていう先入観があるんですけれど、一定の比率で「カエル大好き」という子がいるんですよね。サメのことしか興味がない、という子どももいるんです。ちょっと大人からすると心配しちゃうかもしれませんが、それは個人の知識欲の表れなので、「図鑑の前では皆平等」と考えています。興味さえあれば子供でもこれぐらいのレベルの文章を読みこなしますよ。

――そういえば、僕も小さい頃、そういう誰にも譲れない知識欲ってあった気がします。


深海生物が女子にウケた!

深海生物図鑑

竹内この『深海生物ファイル』は、ウチで企画から編集まで、全てやったものなんですよ。

――深海生物ですか。これはまた・・・ニッチなジャンルですね(笑)。読者が限定されそうです。

竹内そう思うでしょ。実はこれ、女子のウケがかなり良くて人気なんですよ。

――えっ? 女子にウケてるんですか??

竹内なかなかこの分野の本で、これだけカラー写真をたくさん使っている図鑑がなかったんですよね。なのでウチで出すべきだろうと思って、作ったんです。海外でも日本でも、あまり見たことがない写真をたくさん使いました。

――なるほど、なるほど。

竹内担当したのも女性編集者なんですが、スラッとした感じの普通の子で。でも「どうしてもやりたい」っていうことで生まれたんですよね。

――担当編集者の情熱で生まれたわけですね。

竹内タレントの中川翔子さんも、キモカワイイ的なノリで深海生物が好きだそうですが、そういうブームがあって女性にウケたみたいですね。購買の4割が若い女性だと聞いています。これは嬉しい誤算でした。

――人の興味って、いろいろですね。なんだか、図鑑から一番見えてくるのは、人間の面白さだったりします(笑)。

サメの名づけ親になることも

竹内このサメの図鑑がきっかけで、新しく和名がついたサメが17匹もいます。

――へー!

竹内実はこのあたりが図鑑づくりでは難しいところで、たとえば英語で「タイガーシャーク」というサメが、日本で言うところの「トラザメ」かというと、そうではないんです。和名でタイガーシャークを指すのは「イタチザメ」なんです。

――そうなんですか。

竹内ラテン語で表記される学名は世界共通なんですが、それを英語でどう言うか、日本語でどう言うかは、その国に任されているんですね。だから図鑑に載せるときに、和名をつける必要がある動物が出てくる。命名というのはとても重要なんです。監修されている先生の名前も出ますし、図鑑の流通先って図書館などの教育機関が多いですから。

――責任重大ですよね。

竹内よってまあ、サメの名づけ親になることもあるわけです。

――造物主並の権限ですね(笑)。

竹内誰かが一番に宣言しちゃえば、ローカルな呼称である和名は簡単についちゃうんですよね。ただ、みんながそれぞれバラバラに命名すると大混乱になってしまいます。図鑑の場合だと、監修する先生がその分野の専門家ですから、名づけに重みがある。このサメ図鑑の場合も、やっぱりサメ研究の第一人者の先生にお願いしています。

――なるほど、なるほど。

恐竜は絶滅していない!?

竹内さん

竹内図鑑を作っていると、自然と科学にも詳しくなります。実は恐竜って、絶滅してなかったりします。

――えっ!

竹内恐竜の一部の種がそのまま鳥類に進化したという学説が有力で、今そのことをテーマにした図鑑を作ってますよ。

――それは多くのSF映画や小説が困ることになりますね!!

竹内そそうなんですよねー。一応、6500万年前に僕たちのイメージする大型恐竜の数はぐっと減ったんですが、獣脚類という羽毛をもっていた恐竜たちが、そのまま今の鳥類に進化したという学説があるんです。あと、昔は分からなかった、恐竜の正確な皮膚の色の情報も、明らかになってきたんです。

――僕らが見てきた標本の、あの黄土色っぽい色は間違ってたのですか?

竹内完全に間違いではありませんが、最新の恐竜の復元図などを見ていると、なんと羽毛や羽まで生えているんですよ。色ももっとカラフルです。どちらかというと、巨大な鳥のイメージが出てきていますね。

――たぶん僕は今日ここに来てお話してなかったら、そのことを全く知らずに死んでいましたね(笑)。

竹内興味を持って調べなければ、知り得ませんもんね。でもそれが自然科学の面白いところです。新しい発見も次々ありますし、学説も常に変化していきます。図鑑がそうであるようにね。またサメの話ですが、サメって実は、軟骨でできてるんですね。

――あ、普通の固い骨じゃないんですか。

竹内軟骨なんです。サメとエイの仲間は軟骨魚類って言うんですよ。

図鑑の良さは、質と切り口

――最近だと、インターネットでもかなりの情報を得ることができますよね?

竹内ネットだと、たとえばさっきの恐竜が実はカラフルだった、という情報なども、トピックとして話題になったりすることはありますが、重箱の隅をつつくような充実した情報や、1冊に体系化された知を伝えることはできません。最近はWikipediaも量的に充実してきてはいますが、その仕組み上、分類の基準などが曖昧ですし、間違った情報も沢山載っていますからね。個人と会社の責任を持った記述で作り上げる図鑑は、質的な価値から見れば、インターネットの比ではありません。

図鑑

――大人にとっての図鑑の魅力って何でしょう?

竹内そうですね、やはり図鑑ごとのテーマ、切り口じゃないでしょうか? とくにうちのように海外のものが多いと、日本とは全然違う切り口があることに驚きます。さっきの「糞の図鑑」もそうですが、そういうテーマで1冊の図鑑が成立すること自体がすでに魅力であり、面白みだと思います。 図鑑の編集者は、おそらく、知識を本にするときの根本的な考え方が違うんですね。必要なもの・不必要なものっていう分類をあまりせず、その選択を読者に委ねる形で全部載せる。だから圧倒的な文字量になるし、常にいかなる分野でも過度な追求をしていきます。非効率だけど、オンリーワンの深さ。そんな本作りです。趣味人の出版なんですよね。

――今日は知られざる図鑑の編集について、いろいろ教えていただき、ありがとうございました!

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