特集

大人買いしたくなる図鑑たち(後編)

2010.04.12更新

「大人買いしたくなる図鑑たち」後編

佐藤勉さん 福音館書店

佐藤勉さん 福音館書店
書籍編集部科学書。自然科学を扱う図鑑から絵本までの編集を広く担当。子どものような好奇心を持って、図鑑の編集を通し、今だに様々な世界の面白さに夢中。どんな話をしていても、必ずどこかで子どものことを考えている素敵なお父さんです。

大人が買いたくなるステキな図鑑の作り手の方々にお話を聞くこの特集。
『図鑑特集』後編は、福音館書店の図鑑たちです。今もなおロングセラーとなっているディック・ブルーナの絵本や『エルマーとりゅう』の版元でもあるこの出版社では、きっと誰もが一度は目にしたはずの『冒険図鑑』や『自由研究図鑑』など、主に子ども目線の図鑑を発行しています。

でも子ども向けだからといって、あなどってはいけません。写真集のような表情と物語をもったビジュアルブックや、今の生活に役立つ知識がつまった1冊など、大人にとっても魅力的な図鑑ばかりです。いくつになっても僕たちの好奇心を刺激してくれる図鑑の世界を、ご堪能ください。


写真が刺激する、自然の神秘への好奇心

図鑑

――今回はよろしくお願いいたします! 思えば『エルマーとりゅう』など、福音館書店さんの本は幼少期の本棚にたくさんあったんだなあと思います。

佐藤ありがとうございます。やっぱり弊社の出版物は図鑑でも何でも、子どもというテーマが根底にあります。

――この『世界昆虫記』は写真がものすごく綺麗ですね。ただ、昆虫を撮ったカタログ的なものでなくて、写真にも物語性が持たせてある。"小さな騎士たち"とセミを紹介をするなどトピックの立て方も、昆虫の世界をイメージしやすくなっている。

佐藤これは写真集に図鑑の要素を入れる、という作り方をしようと思ったシリーズですね。今森光彦さんの写真が本当に素晴らしいので、これはカタログ的な教科書スタイルにはできないなと。写真そのものの物語性を感じる作りになっています。

――図鑑の世界観って、写真の使い方や点数の多さによって違ってきますからね。

佐藤そうですね。このシリーズではやはり昆虫や動物の写真を撮り貯めている方にお願いして、若い頃から撮りためておられたものを集大成しました。そして基本的には情報を伝えるためだけの写真ではなくて、いろんな感じ方ができるものを、と心がけています。子どもたちが最初に見るものになるわけですから。

チョウ図鑑

――そうですよね! 責任重大です。

佐藤子どもはもちろん、大人の読者にとっても何かの折にちょっと見て、想像力が広がっていくといいなと思っています。


動物写真家のことばだから伝わるリアルさ

サバンナ図鑑

佐藤こちらは動物の図鑑です。広大なサバンナの風景を見開きで見せたりと、自然の雄大さと動物の存在を、写真で出してゆく作り方をしています。それに、近い将来、環境の変化でここに載っている風景がなくなってしまうこともあるかもしれない。そういう景色を、しっかりと収めています。

すごい迫力です。大胆なページづかいというか。あと、動物との距離が近いですね・・・。けっこう凶暴そうな動物も多いですが?

佐藤実際の撮影もけっこう近いところで行っているそうです。著者の岩合さんのお話にこんな話があります。あるときライオンの子どもを撮影していたそうなんですが、撮影に集中していると周囲に気を配らなくなるらしいんです。それでふっと振り返ったら、母ライオンがこちらを見ていたそうです。

―― ええ! おそろしい・・・。

佐藤これがまた面白い話なんですが、そのときに、どういう気持ちでそこにいるのかが、向こうに伝わると大丈夫なんだそうです。つまり、『自分は撮影しているだけで、取って食おうってわけじゃない』ことを伝えるわけです。

――そんなことが可能なんですか?

佐藤勉さん

佐藤ビビらないで淡々と撮影を続けていれば、向こうがよっぽど空腹でない限り、手を出すことはないそうです。人間ぐらいなものですよ、どんなときでも食べようとするのは。そんな話を聞くと、ライオンが恐ろしいというイメージもいつのまにか思い込まされていた、と気付くとともに、野生動物の気高さにも気付かされます。文章も、実際に撮影をしていただいている岩合光昭さんに書いていただいてますので、そうした野生動物のリアルな姿が伝わると思います」

――幼い子どもが、自然や科学に興味を持つ、一番最初の入り口が図鑑であることは多いと思います。良い1冊の図鑑に巡り会えるかどうかで、その後の興味の持ち方が大きく変わってくることもあるでしょうね。

生活図鑑に料理図鑑・・・もはや人生の教科書。

生活図鑑に料理図鑑・・・

――こちらの図鑑群は僕も子どもの頃に見てとても懐かしい表紙です。イラストが豊富で、データをいっぱい詰め込んだ本になってますね。

佐藤工作図鑑などはかなりのロングセラーです。1985 年発行で今は40刷ですね。

――「まだあったんだ!」って感動する人も多いと思います。この自由研究図鑑も本当に懐かしい。昔よく夏休み残り僅かで追い詰められていたときに、ここからネタを拝借しておりました(笑)。

佐藤そのとき、実際にやってみていかがでした?

――けっこう難しかったですね。ひとりでできなかったことが多かったように思います。

佐藤お父さんやお母さんといっしょにやってみて、やっとできる、という内容のものもありますね。著者がすごく研究熱心な方なので、シリーズ全般に言えることなんですが、小学校の中学年以上でようやくできる、というレベルの工作が多いですね。

――確かに。詳細な解説があっても、なかなか子どもひとりで再現するのは難しいかもしれませんね。

佐藤『自由研究図鑑』で言うと、カニの標本づくりなんてすごくレベルが高いです。カニの内臓を取り出して、ポーズを決めてレイアウトして、って子どもひとりではなかなか追いつかない。でもクオリティが高いですから、完成した時の喜びは大きいです。

――でも子どもって、そうしたちょっと手に届かないものだからこそ、好奇心を持ってトライするんじゃないでしょうか? 僕なんか、今でもトライしたいものいっぱいですよ。

佐藤敢えて意図して難しくしているわけではないですが、ロングセラーの秘密はそういうところにあるのかもしれないですね。あと、基本的にどんなにレベルの高いものを盛り込んでも、見開き1テーマというのが徹底されているので、実験はしやすいと思います。

図鑑

――そうですね、「生活図鑑」では、衣食住の生活全般にわたる生活テクニックについて詳細に記述されていますが、どこを開いても見開き1テーマなので読み物として楽しめる。"大人買い"ポイントが高いです。小口切りやみじん切り、包丁の使い方と、洗濯物のたたみ方や染み抜きの方法が一冊の本で読めるんですからね。

佐藤その応用で、今、僕が作りたい図鑑に、"男の食事365日"なんて企画を考えているんです

――へー、どんな内容なんですか?

佐藤主婦の生活力に対して、男性の生活力って、極めて低い。僕ぐらいの年齢、世代に限らず、あらゆる世代の男性もそうじゃないかな?って思いまして。

――確かに、キッチンに立つ男性って、昔よりは確かに増えたんでしょうが、それでも少ないですよね。

佐藤そもそも主婦というのは最高の編集者なんですよね。冷蔵庫の残り物でとにかく何かしらの食べ物が作れる料理力があるし、さまざまな家事を同時並行で進めながら1日を過ごせるというのが、男性にはない「生活編集力」です。その秘訣に、男性目線で迫るというものです。

――それは面白い!!

佐藤そして、それを子ども向けにもスケールダウンして、図鑑にできるとも思います。子どもがひとりでもやっていけるための生活の知恵、もちろん子どもをそういう状況に直面させないことがそもそも大切なんですが、両親が共働きだったりで直面せざるを得ない子どもたちはいますし、今の時代、決して少なくないと思うんです。でも、作りおきをチンしたり、ましてやコンビニ弁当で食事を済ませるよりは、実際に料理を作ったほうがカラダにもいい。作る楽しみもありますし、ひとりで食べる寂しさも少しはまぎれるのではないか? なんて思います。

――なるほど。図鑑の企画ってそうやって生まれるんですね。他にも進行中の企画があるのでしょうか?

佐藤まだ具体的には進んでいませんが、日本の伝統工芸を中心にした工作図鑑の続編も考えています。まだ話だけのレベルですが、日本の暦にまつわる生活の知恵を、1冊にまとめ上げるという企画もあります。

――伝統工芸も、子どもたちが幼いときに図鑑によって存在を知って、興味を抱けば、後継者が生まれる可能性だって大きくなりますもんね。

感動のスイッチを押そう。

佐藤勉さん

――この図鑑群は大人にとっても大変有益な情報が盛りだくさんですね。

佐藤そうですね、料理図鑑なんかは、これを全て知っていたらコックになれる、というぐらいの知識を詰め込んでいます。だから編集者も、作る前は知らないことのほうが多いんです。著者との仕事を通して学ぶことはとても多いですね。私も『植物記』という1900枚の写真を使った植物の本を編集したのですが、担当するまでは植物にあまり興味はなかったんですよ。

――そうなんですか!?

佐藤ええ、でもこの植物図鑑の編集を通して、著者の方といろんなお話をして、いろんな植物を見るようになると、やっぱり日常にも変化が現れます。家の前に空き地があるんですが、そこにはたくさんスミレが咲いているんです。スミレは種が実ると、ポンと弾けて種を遠くに飛ばすのですが、大分県のほうではそれを"ぴっちん"と言うそうです。その飛距離は5メートルとも6メートルとも言われています。遠くへ飛んだ種が根付いて、やがて芽が出る。それがなんとも不思議で面白くてね。それにそんな小さな花の一生に、この歳で感動してしまったことも、本当に不思議で。いやはや、それはすべてこの植物図鑑があってこそでした。

カエル図鑑

――素晴らしいことです。

佐藤『たねそだててみよう』という絵本を担当したとき、種を自分で蒔いて実験してみたんです。すると、芽が出るまでもうドキドキで。それで芽が出たらもうほんと、嬉しくなっちゃって(笑) 。

――素敵ですよね。そういえば小さいころ、「まだかな、まだかな」って毎日植木鉢をのぞき込んでいました。それで、芽が出たらもう大騒ぎ(笑)

佐藤そうですよね(笑)

――もう植木鉢を持って家中の人に報告ですよ。懐かしいなあ。

佐藤僕が育てたのはさやいんげんだったのですが、食べられるところまで育てましたよ。嬉しいですよね。こういう感動って、何かのスイッチみたいなものだと思うんですよ。

――と、言いますと?

佐藤何かが起こるスイッチです。何が起こるか、押したときは分からない。でもポチっと押しておくと、いつか何か素敵なことが起こるかもしれない。それは彼が大人になってからかもしれないし、もっと先かもしれない。でもその感動のスイッチを自分で押した、偶然にも押せたからその何かが起こる。それってとても貴重で、素敵なことだと思うんです。

――なるほど。そうですね、そのスイッチを押したか押していないかで、ひょっとして人生が大きく変わることもあるかもしれない。面白いですね。図鑑から広がる、素敵なお話をありがとうございました。「感動のスイッチ」を探して、読者の皆様もぜひ、図鑑の世界を楽しんでください。

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