特集

思春期(前編)

2010.07.23更新

「思春期」前編 ―思春期はレモンスカッシュの味ノ巻―

今月、ミシマガはおかげさまで一周年を迎えることができました。
まだ一周年。ミシマガは、まだまだ、よちよち歩きの幼年期です。幼年期、思春期、青年期・・・と着実に日々成長し、読者のみなさまに向けて、おもしろくて元気になるコンテンツを発信しつづけていきたい! そう気持ちを新たにした私たちは、来るべきミシマガ「思春期」に向けて、まずは自分たちの「思春期」を思い出すことにしました。

「思春期」。淡い恋の思い出、ちょっとしたすれ違いや勘違い、コンプレックス、反抗期・・・・・・。「思春期」のさまざまな経験は、心の中で層をなし、いつしかオイルになって、私たちを突き動かす原動力になっているような気がします。

誰でも一度は通過した甘酸っぱい、あの季節。
ミシマガ編集部スタッフがちょっとだけタイムスリップして、あの頃を思い出してみました。(企画・構成:足立綾子)

本日のおしながき

マツイ「不安」
アダチ「あの日 あの時 あの場所で」
モリ「パーフェクト・プリンセス」


マツイ「不安」

マツイの写真

小中学校が一緒で、いつのまにか好きになっていた女の子と高1の春に付き合いはじめ、夏頃ふられ、その後しばらく彼女への気持ちをひきずって、高2の春「やっぱり好きです」と言いたくてしょうがなくなったときの日記。

この日記を見つけた後、久しぶりに□□の夢を見た。かなり鮮明な夢だった。地元に船取線という大通りがある。その道端の、昔デイリーストアがあった辺りから、ふたりで自転車をこいでいた。駅前の自転車屋に行く途中だった。何を直しにいきたいのかはわからなかったが、とにかく駅前の自転車屋に向かっていた。僕の乗っている自転車はブレーキの効きが悪かった。スピードを出しすぎると急には止まれない。急な下り坂はちょっとこわい。「ついでにブレーキも見てもらおうか」僕はそんなことをつぶやいていた。

□□は判断がはやく、気の強い女の子だった。僕が大通り沿いではない小道を選択すると、「この道は最短距離ではない」と指摘した。もっとはやく行きたいなら、大通りを走るべきだと指摘した。しかし、結局僕らは小道を走ることになった。

ふと、並走する□□を見ると、彼女は途中で何度も服が変わっていた。全身緑色の少し粘土質な制服を着ていることもあった。白く爽やかなセーラー服のときもあった。□□はときどき気持ち良さそうに自転車を立ってこいだ。余力にまかせながら風に吹かれていた。すると、□□の制服が、その風に包まれるようにしてめくれ上がった。通りすがりの少年が□□を見る。

後ろで自転車をこぐ僕は、「ああ・・・服の中が見えちゃうよ」と心配した。声には出さなかったが、ひらひらとはためく制服の下端を眺めながら心配していた。すると□□は「この制服、お腹のあたりがスースーするの。この前、これ着たまま寝たら風邪ひいちゃった」と(あっけらかんと)言った。僕は「あぁ、そうなんだ」と思った。そんなところで目が覚めた。

目が覚めたのは夜中の2時半でした。「オランダ・ウルグアイ戦はもう少しだ。それまでもう少し眠ろう」そう思ったまま、その日はそのまま朝まで寝てしまいました。それから数日ぼんやりと、日記に書いてあったことと、夢の中で見た□□の顔を思い出していました。「なんて夢を見てるんだ」と思ったり、夢とはいえ数年ぶりに□□に会えてうれしく思ったり。日記に書かれた文字を何度も読み返し「わかる、わかるよその気持ち」と思ったり、「あの頃とあまり変わってないじゃん」と思ったり。思春期、いまだに処理するのが難しいところであります。

アダチ「あの日 あの時 あの場所で」

アダチの写真

コーヘイくんが通う高校の制服を着用しご満悦の高3アダチ(左)

高3の秋、はじめて好きな男の子に告白をした。ウルフルズのジョン・B・チョッパーをイケメンにした彼には同性からも好感度の高い、とっても爽やかな彼女がいた。

が、そんなの関係ねー。そう思えるほど、彼への想いはむくむくと、どうしようもなく膨れるばかり。

ええい、どうにでもなれ!

ある日、駅の改札の前で彼をまちぶせた。足がすくみ、腰砕けになるのをなんとかこらえ、勇気をふりしぼって声をかけた。

「コーヘイくん、待って!」

そのあとのことは詳しく覚えていない。確かなのは、彼は想いを静かに受けてとめてくれて、アタシはちゃんと振られた。

失恋のショックから立ち直った頃、想いを伝えられた清々しさだけが残った。

以来、恋をしたら、自分から想いを伝えることにした。想いが実をむすぶこともあれば、鮮やかに玉砕することもあった。人の心のナマっぽい部分に触れる経験は、アタシの血肉になった。

編集の仕事の第一歩は、告白の手続きに似ている。

「この人と一緒に仕事がしたい」
では、この想いを相手に伝えるには、どういう言葉を選べばいいのだろう。

仕事依頼のメールは、ラブレターを書くようなものだし、仕事がしたい理由を相手に説明するのは、告白をするようなものだ。

あの日 あの時 あの場所でコーヘイくんに告白していなければ編集者になっていなかったのかも。なんてね。

モリ「パーフェクト・プリンセス」




モリの写真

青色の紙に緑字、というのが彼女のトレードマークだった。彼女が僕のためにサインペンを取って書いているのを想像するたび、世界が回ってゆくのを感じていた。まさに「世界を変えるほどの力を持つ手紙」である。


この物語は、入道雲が空にそびえる、短い夏にやりとりされた、文字だけの初恋の記憶だ。


彼女の名前はナカジマ・ヨウコ。同じ学年、同じクラスだった。実力テストの成績はいつも学年トップ。体育以外は、本を読ませても、歌を歌わせても、英語でスピーチをさせても、とにかく同学年の他の誰かとは比べ物にならないほどに上手かった。そして何より、比べ物にならないほど美人だった。


そして僕は、彼女とまともに話したことがなかった。

後ろの席に座っているのに。


彼女は、今日も英語の発音がいい。前の席には僕がいる。まさか彼女は、前の席に座っていて何も話しかけてこない僕が実は彼女が好きで、彼女と僕の机の間の空間をクレバスと呼び、さらには何の物語だったか忘れたが、彼女はお姫様で、僕は悪の手から彼女を救いだすべく戦う勇者だという妄想を膨らませ、毎日トランス状態に陥っているとは知る由もなかろう。本当に恋は盲目なのだ。


クレバス&トランスの日々から抜け出せたのは夏休みに入ってからだった。

正直、僕は疲れていた。毎日自転車で長い距離を走った。なぜかその時、僕の騎士物語は終わりを迎えていた。「かなわぬ恋もあるのだ」と。世界は悪の手に落ちたかに見えた。

しかし、40日間は長い。そして、1日とて彼女のことが頭から離れない。この気持ちをどうしよう。そんな時、僕は生まれて初めて暑中見舞いなるものを知った。なるほど! と僕は思った。これを出せばいいのだ。これだけ日本文化に根ざした風習なら、不自然ではないだろう!

ナカジマ・ヨウコさんへ。

夏の入道雲は、ことのほか、その巨大建造物のようなモコモコ具合で、空に浮かんでいます。そっちはどうですか? 最近は、毎日毎日が自由なので、朝から自転車に乗って川沿いを走っています。風を切って走るのはとても気持ちいいです。 暑いですが、どうぞお元気で。

もり


数日後、なんと彼女から返事が返ってきた。しかも、封筒で。世界は、僕のものになった。

母親が「ナカジマヨウコって誰〜」とかなんとかおちょくってきたが、そんなことはもはやどうでもよい。世界は僕を中心に回り始めたのだ。部屋に戻って妹を追い出し、封を開ける。

もりくんへ。

こんにちは。ナカジマです。

暑中見舞いありがとう。まさかもりくんから暑中見舞いが来るなんて思ってもみなかったから、びっくりしました。

毎日暑いですね。わたしはこの間、学校の友達とプールに行ってきました。とっても楽しかったです。夏はやっぱり水のあるところがいいな。だからもりくんが川沿いを走っているというのも、いいなと思いました。わたしも自転車に乗って出かけてみます。

そうそう、もりくん英語の発音うまいよね。どうやって練習しているの? いつも聞こうと思っていたんだけど、もりくんいつも勉強に忙しそうだったから。私は映画で英語を見聞きして、勉強しています。また教えてください。最近見た映画で面白かったのは、ディズニーの「ライオンキング」でした。もう見ましたか?

ナカジマヨウコ


そして僕は、彼女は僕のことが好きだということを、疑いもしなかった。さっそく、僕は返事を執筆し始めた。

僕の英語は、黒人のソウルミュージシャン・スティビーワンダーの直伝であること、
もちろん英語の歌は歌えるということ、
僕の夢は映画監督であること、
3000メートルを準備運動がてら泳げるということ、
夏の甲子園の熱気は最高だということ、
大学生と友達であるということ、
芸能人と会ったことがあるということ。

そしてそのほとんどが、ウソである。1通の手紙を出すたび、レターセットを1セット消費していた。書くたびに彼女から返事が来た。僕たちの間を、文字を乗せた紙が、何通にも渡り往復した。

「もりくんの手紙は、面白い」

夏中、世界は僕を地軸にして回り続けた。その軌道には、寸分の狂いもなかった。入道雲は、どんどん大きくなっていった。

9月になり、学校が始まった。消えたはずのクレバスは、まだそこにあった。「おはよう」と言ってくれた彼女、それに僕は、会釈しただけだった。

目を見た瞬間に、言葉が出なくなった。唾がドロドロになる。

英語の歌は歌えない、
映画監督になるには映画を知らなすぎる、
30メートルだって本気でも泳げない、
夏の甲子園はクーラーのかかった部屋で見ていた、
大学生は宇宙人だと思っていた、
芸能人はテレビの中だけの存在だった。

40日間の埃っぽい教室のにおいが、鼻をくすぐる。その日のうちに席替えが行われ、クレバスは消えてなくなった。それは同時に、僕の王国の崩壊も意味していた。

それからも何度か彼女とは帰り道なんかで一緒になったりしたけど、僕はきまって、挨拶ぐらいしかできなかった。あの夏、僕と彼女の間を往復した数通の手紙は、入道雲のようにふくらんで、秋には消えていった。

それからも何度か彼女のような美人と出会ったけど、誰ひとりとして、ここまで僕の心を捕えた人はいなかった。

彼女は僕にとって、いささか完璧すぎるお姫様だったんだ。そしてそれは、今も変わらない。

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