特集

思春期(後編)

2010.07.28更新

「思春期」後編 ―思春期 in my HEAD!!―

本日のおしながき

イシダ「スカートコンプレックス」
カヤハラ「ガンダムと安部公房」


イシダ「スカートコンプレックス」

イシダの写真

ふりふりシャラシャラスカートのコスチューム。小学生の頃は、練習帰りなどにコスチューム姿のまま、平気でコンビニに行ったり、外食したりしていた。今考えると恐ろしい・・・。

青春時代の思い出『コスプレ』。・・・・・・。では、ありません!!

一瞬セクシー系コスプレと見紛うこの衣装、あなたも見たことがあるかもしれない、フィギュアスケートの衣装でございます。なーんでこんなものが青春時代の思い出の品かというと、何を隠そう(隠してないけど)私はフィギュアスケーターだったのです。

トリノオリンピック以降、すっかりメジャースポーツとなったフィギュアスケート。その昔、巷でのフィギュアの認知度は、「あのクルクル回るやつ? 伊藤みどり? トリプルアクセル?」くらいのものでした。

私がフィギュアを始めたのは1989年。伊藤みどりさんがアルベールビル・オリンピックで銀メダルを取る3年前です。6歳でスタートし、12歳で練習のために実家を離れ、17年間続けたフィギュアスケート。当然、その間に反抗期もやってきます。

両親のいない環境で、私の反抗心の対象がどこに向かったかというと、なんと、なぜか、このピロピロとしたスカート。本当に、なぜスカートだったのかは今でもわかりません。しかし、誰にも相手にされることのなかった反抗心は、確実に私の心に「スカートきらーい」という傷を残し、今でも癒されることなく残っています。

こんなところでカミングアウトしちゃいますが、スカートが苦手です。スカートの苦手な編集&ライターです。就職活動も、出版社の入社式も、すべてパンツスーツでした。

そんな、思春期のほろ苦い思い出です。それと文字を書く仕事についたことは、何の関係もありません。

カヤハラ「ガンダムと安部公房」

カヤハラの写真

ほぼ20年ぶりに手にとった「ガンダム」と「安部公房」。この間、僕は大人になったのだろうか? 人間の中身は、あの頃とあまり変わっていないような気がする。

思春期。

ポータルサイトgooの国語辞典によると、「児童期から青年期への移行期。もしくは青年期の前半。第二次性徴が現れ、異性への関心が高まる年頃。一一、二歳から一六、七歳頃をいう。春機発動期。青春期」(提供元:大辞林 第二版)のことだという。ちなみに、「春機」とは「性的な欲情。男女間の欲情。性欲。色情」(goo国語辞典)となっている。性欲も、学術的には実にいかめしい。我が溢れ出る欲情を正当化せんと試みた学者先生が、苦悩の末に搾り出した言葉だろうか。

性の目覚めは、人並みに訪れた。だが、内気で言葉少なな少年にとって、異性と関わりを持つことは、とても勇気の要ることだった。いわゆる「甘酸っぱい思い出」とは無縁の思春期を送った。少なくとも、そうした出来事を覚えていない。当時の思い出がないわけではないが、どれも鮮やかさに欠ける。感受性に難があったのか、記憶装置に欠陥があり、情念の記憶が削ぎ落ちたのかはよくわからない。総じて、無色無臭の味気ないものばかりだ。苦々しい思い出に満ちていた、というわけでもない。

思春期の記憶を必死で呼び覚ます。浮かんだのが、ここに挙げたいくつかの本。

「ガンダム」は、アニメ版の再放送をいつだったかに見て以来、熱烈なマニアというわけではないが、心の中でずっと気になっていた。あるとき、この3冊組みの小説を見つけた。アニメとは設定も展開も結末も随分と違っていた。その違いに衝撃を受けたのか、小説の世界観に惹かれたのか、アムロのナイーブさに自分を重ね合わせたのか、それは全くもって定かではないが、試験前の勉強が手につかないときに、何度も読み返したのを覚えている。

「安部公房」は、高校に入学した頃から著作にのめり込んだ。星新一の作品をこむずかしくしたような、と言ったら、双方の関係者・ファンからお叱りを受けるかもしれない。「前衛文学者」として評価が高い。

砂丘の穴の底の一軒家に閉じ込められた男と、そこに生きる女を描いた『砂の女』、ダンボール箱をかぶった男の、箱の中と外との関係・物語を描く『箱男』、事故で顔を失った顔を覆い隠し、他人の顔を装着して生きる男が主人公の『他人の顔』など、凡人には思いもつかない独創的な設定・展開の作品の数々に惹き込まれた。

中でも好きだったのが、『R62号の発明・鉛の卵』に収録された短編「鉛の卵」だ。冬眠機の故障で80万年後に目覚めた「古代人」の男と、光合成の能力を手に入れ、食べること、すなわち労働から開放された緑色の肌を持つ植物のような「現代人」と、「現代人」の生活に必要な一切(といっても、いくつかの栄養素と退屈を凌ぐためのもの)を供給する「古代人」そっくりの「どれい族」と、三者の関係を通して文明や社会、人間について描いている。

安部公房は、自分が見た夢を毎日書き留めていて、人に会ったときも、「最近どんな夢を見たか」と他人の夢も頻りに訪ねたという話を聞いたことがある。それが、作品の発想の源泉になっていたのだという。僕は、夢を滅多に見ない。いや、人間は誰しも睡眠中に夢を見ているというから、起きたときに覚えていないだけだ。ここでもまた、我が記憶装置の性能の低さに愕然とする。

「ガンダム」と「安部公房」。二つの共通点は何だろうか?

思春期。

性の目覚めは、同時に自分自身への関心を強烈に呼び覚ました。その時期に出会った「ガンダム」と「安部公房」は、いまも自分の中で息づいているに違いない。

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