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それでも、島はやめられない

2010.09.28更新

「なんか最近、島がアツいよね」

と、ミシマガ企画会議のときに突如盛り上がった三島邦弘とライター・モリ。この夏、三島は水中メガネだけを持って伊豆大島へ単独素潜りへ、モリも八丈島で三度の食事よりも潮の満ち干きが気になる生活を送ったりと、偶然にもお互い伊豆諸島で何かアツいものをそれぞれ感じ取ったのだった。一気に意気投合したふたりはまたたく間に、島に魅せられた人々=シマ二ストたち3人を訪ねるインタビュー企画を構想! 島を知り、行き、住み、さらに働く。島解力が一気に上がる満読感でお届けします!!

(聞き手:三島邦弘・モリオウジ)

【第1回】調べることが、求愛行動! 『デザインのひきだし』津田淳子さんのシマ考

津田淳子さん

ウィークエンド・シマライフな編集者

―― 今、僕たちのなかでとにかく島がアツいのです。今回お伺いしたのは、以前、「ミシマガ人」で津田さんが離島で100年続く活版印刷を求めて、長崎の五島列島に取材に行かれ、大の島好きだとお聞きしたことからなんです。

津田ええ。あれは楽しかったですねぇ。島と活版印刷なんて、私の好きなものがあわさっているので、行かないわけにはいかないですよ(笑)。

―― 島がそんなにお好きなんですか?

津田そりゃもう。年に数十回、島へ飛んでいます♪

―― それはプライベートで、ですか? 「ミシマガ人」でもお伺いしましたが、一冊まるごとひとりでつくり上げるという『デザインのひきだし』のハードなスケジュールのなかで!?

津田もちろん、そうですよ。金曜夜とか土曜の早朝に発って、日曜に帰ってくるんです。本をつくる今の仕事はすごくおもしろいんですが、締め切り前なんかは、もう逃げ出したくなるときがあります。そのとき「これが終われば島に行ける! ここで逃げたら、島に行くためのお給料がもらえない!」と自分に言い聞かせて(笑)。島に行くために働いて、島で楽しんで、また仕事です。この10月は出張で日本にいない1週を除いて、全部の週末、沖縄の離島に行く予定です。遊ばないともったいないですよ。日曜しか休めない時とかは、とにかく島に行きたくて、手近の島を探して、横須賀沖にある猿島とかも行っています(笑)。

―― 猿島まで!(笑) 島の何が津田さんをそこまで惹きつけるのでしょうか?

津田どうしてそうなのかぼんやりとしかわかっていないんですが、島にはそれぞれの歴史や自然や文化があって、人がいて。そういうのを見せてもらいに行くのが好きなんですね。行く前も、行った後も、とにかく島の歴史や文化について調べ倒すのが好きなんです。

ーー 津田さん流の調べ方というのは、どういうものなんでしょうか?

津田最近はインターネットでもかなり調べられますが、行く前に、まず本を買いに行きます。大きな本屋に行けば石垣島とかメジャーなところはあるのですが、小さい離島になると、なかなか見つけられない。そうした場合は、沖縄本島の古書店などに行ってみたりして調べます。沖縄は県産本の数では東京の次に多いんですよ。

ーー ほとんど取材ですね(笑)。

津田それで、本のなかでいろいろと気になるものが出てくるわけです。また後でお話しますが、南大東島という沖縄の離島にはシュガートレインという可愛らしい名前の、サトウキビを運ぶための鉄道があった。その鉄道が走っていたとき、沖縄本島には鉄道がなかったんです。なのに、なぜここでは走っていたんだろう、などと疑問を見つけてゆきます。ここで島に行きたくなる気持ちがどんどん強くなっていきます。そして、国会図書館に行くわけです(笑)。国会図書館にはいろんな島の"村史"(それぞれの村の歴史が書かれた本)が所蔵されています。それらを片っ端からコピーしてくるんです。

シュガートレイン、村史

(左)島の名産、サトウキビの運搬に使われたシュガートレイン。歌に出てきそうな響きだ。この本も、知的好奇心から購入したもの。
(右)これが村史。圧倒的な存在感だ

南大東島のマハラジャ、玉置半右衛門との出会い

―― お気に入りの島は、あるのでしょうか?

津田そうですね、たくさんありますが、南大東島もそのひとつです。南大東島はシマダスによるとですね・・・

シマダス

まさにシマニスト推薦図書。津田さんはこの出版元に就職したかったそうだ。残念ながら現在は品切れにつき、古本を当たるしかない。津田さんは沖縄好きとあって、沖縄の部分を切りとってハンディサイズにしている。これぞシマテク。

―― シマダスって何ですか?

津田シマダスは、日本の島1000島以上のさまざまな情報が詰まった百科事典のようなガイドです。人口や面積はもちろん、観光や暮らしにいたるさまざまなものが載っています。

―― こんな本があったんですね・・・。

津田南大東島は、沖縄本島から約400キロ離れている島です。那覇からプロペラ機で入島します。名前を耳にするのは台風情報のときですね。「台風◯号は南大東沖〇〇キロに・・・」とか聞き覚えがあるでしょう?

―― そういえば、秋にはよく耳にします。

津田ここを調べていたときに、面白い人物に出会ったんです。南大東島は八丈島出身の玉置半右衛門という人が拓いた島だったんです。彼はかつて"鳥島"という島で羽毛を取るためにアホウドリを狩り尽くして全滅させたほどの、無人島開拓の鬼です。それで羽毛で大成功した次に、南大東島に目をつけたんです。しかし、南大東島にはアホウドリは残念ながらいなかった。そこで、さとうきびの生産基地にしようと目をつけたんですね。それゆえ、沖縄なのに八丈島の文化が流入しています。今からざっと100年と少し前ですね。それになんと、今からたった数十年前に、島独自の貨幣なんかもあったんです。もはや"玉置王国"です(笑)。そんなのが日本にあったなんて信じられなくありません!?

玉置半右衛門

玉置半右衛門(『南大東島開拓百年記念誌』より)

―― びっくりです。そんな歴史があるんですね。

津田それで、かつて無人島だった頃に、どうやってこの島に上陸して開拓し、さらに生きていく上で不可欠な真水を得ていったのか、それらがすべて村史にかいてあるんです。最初に島に上陸したのは24人でした。彼らは何日も未開の島で水を探してさまよって、仲間割れをしてしまいました。そしてようやくひとりが水を見つけたんです。でもそれを他の人に話しても、みんな信じてくれなかった。そこで、いっしょに島に来ていた若者を連れて行き、彼に証言してもらって、ようやく信じてもらえたんです。この水の存在がみんなをどれほど勇気づけたことか。ちなみにこの池を見つけたのが沖山権蔵という人で、その見つけた池は、彼の名前をとって「権蔵池」と呼ばれています。それがこの島の始まりです。真水がなかったら島で人は生きていけない。この池を見つけた喜びはひとしおだろうなって思いますね。村史読んでるだけでこんなに引き込まれる島ってなかなかないです。

―― 普通にガイドブック見ているだけでは気づかない感動です!! 自分の探究心で自分のロマンを見つけるって素敵ですね。


愛を持って調べるからこそ、感動に出会える津田流

津田淳子さん

津田さらに地形についても調べました。一般的に南の島って言ったら、白い砂浜の美しいビーチを思い浮かべると思いますが、実は南大東島は南の島なのにビーチもなく、断崖絶壁の島なんです。その上波も高い。だから、港に接岸することができなくて、港から数メートルのところに船を留め、港にあるクレーンで、人も食料も車もヤギも、みんなそのクレーンで吊るされて入島するんです。このクレーン作業は一日中見てても飽きない(笑)。そんなのを見ると、この島がなぜそんな地形になったのかを調べたくなるんですね。それで調べてみたら、大昔、海面の上昇に合わせてサンゴが光合成できるように成長し続け、時間とともに海面が下がったとき、そのサンゴがむき出しになって島になったと、そういう理由でした。

―― 島の成り立ちまで・・・。すごいですね。

津田そうした成り立ちゆえ、島の地下は鍾乳洞が多いんです。ひとつだけ整備されている「星野洞」という洞窟があるんですが、他の鍾乳洞と違って、あまり人が入っていないので、鍾乳石の酸化が少なく、白いきれいな鍾乳洞なんです。そこに入ってみて、夜に酒場でその話をしていると「もっときれいな鍾乳洞があるぞ」と、島の人が教えてくれて、おまけに案内までしてくれて。ヘルメットやライトで装備して未整備の鍾乳洞に入って行くと、私の貧困な語彙では言い表せないような美しい鍾乳洞が広がっていました。自分のヘッドライトで照らすと、鍾乳石に含まれる何かが反応して、まるで天の川のようにキラキラ光ったり、手持ちのライトを消すと、まったく光が入ってこないので、いくら時間が経っても目が慣れて周りが見えてくると言うことがない漆黒の世界を味わいました。さらに深く進んで行ったら、地底湖に行き当たりました。島がサンゴでできていることから、石灰が水を濾過するので、もう、怖いくらいに水が青緑で澄んでるんです。耳を澄ますと、暗闇の静寂のなかで水の音が聴こえてきて。本当に幻想的な風景でした。

―― 映画のワンシーンみたいですね。いろいろお調べになったからこそ、出会いが訪れるんですよね。

津田食べ物の出会いもいっぱいありますよ(笑)。南大東島にはインガンダルマという魚がいるんですが、この魚は人が分解できない脂を持った魚なんですよ。よって、これはお店で出してはいけないらしいんです。

―― 体に悪いんですか?

津田人が分解できないというだけで、別に体に悪いわけじゃないらしいんですが、食品衛生法上ダメみたいなんです。・・・でも、食べると、トロみたいに脂が乗っていて、生でも焼いてもとても美味しい。お店では出せないけど、個人的に食べるのは別にいいので私も食べました(笑)。食べるとき、島の人から「三切れだけにしておきなさい。そうじゃないと、明日の朝、脂がでるよ」と言われたので、行儀よく三切れだけ。どうも大量に食べると、消化されないままその脂が体外に排出されるんです。つまり、脂を漏らす感じらしい。おむつしないとダメなくらい出る人もいるそうで(笑)。

―― (笑)面白いですね。津田さんはもう島では知り合いも多いんですか?

津田良くしてもらっています。南大東島は大きくて人も多いですが、別のよく行く島は、島民が40人ぐらいしかいないので、私が来たら、「津田がきたぞ」ってすぐに島全員にわかってしまう(笑)。南大東島へはもう7、8回になりますね。とても親切な方が多くて、あるとき、星空を見に連れて行ってくれるっていうので、夜外に出てみると、「こうやって見るときれいなんだよ」って軽トラの荷台に乗せて走ってくれる。木々の隙間から星が流れてゆくのが本当にきれいで。感動しちゃいます。

シマニストたる者、安易な気持ちで入島するべからず

津田淳子さん

―― 津田さんは、島に住んでみたいと思うことはないのですか?

津田住もうとは思わないですね。大変でしょうし、それ以前に私がやりたい仕事は東京でないとできないので。島には頻繁に遊びに行かせていただくというのが私の楽しみ方です。

―― なぜです?

津田島に住むのと遊びに行くのは全然違うと思います。これだけ調べて、何度も行っていて感じますが、島で生活していくのは、すごく大変だと思います。たとえば沖縄は台風で3日間停電なんて普通だし、稼いでいくことも厳しい。東京での他人との関係が比較的希薄な暮らしから、いきなり小さく密なコミュニティで生きていくのもきっと難しいと思います。
私も沖縄に住みたいと思って、一時は現地の出版社も受けたこともありました。それで受かって、さあ引越しだと思ったときに、はたと「私は沖縄好きだけど、沖縄の本をつくりたくてこの仕事をしてるんじゃない」ということに気づいたんです。紙とかデザインが好きなのに・・・ってやっぱり踏み切れなかった。

―― なるほど、なるほど。

津田それに、住むにも観光にも、ルールがあると思うんです。沖縄の人はすごく親切ですが、それを当然のことだと思って勘違いするのはよくないですね。みな、同じ人間ですから誰でもいつでもフレンドリーなんてことはありません。迷惑じゃないかな? と様子を見ながら、少しずつ関わってゆくというのが大切です。もっとひどいのは、いくら南の島とはいえ、ビーチ以外の場所、例えば畑をたがやしている横なんかを、水着で歩いたりするのはルール違反。少し考えれば非常識だとわかるはずです。

―― そうですよね、農家の方にとって、耕地は職場ですものね。

津田やっぱり島は住んでいる人のもので、こっちは外からの来訪者であるという認識がないとだめです。ゲストハウスなどにダラダラ長期滞在して「自分探し」なんかをしている人を見ると、「なにをやっとるか!!」って思いますね。無目的に行ってダラダラするなんて、島で体はって生きている人に失礼です。もちろん、ダラダラ休みに行くという旅はいいと思いますが、無目的にゲストハウスに沈んでいるのは、そんなものは旅の醍醐味でも何でもない、ただの逃げです。

島研究は、まだ将来の夢に。

津田特に沖縄なんですが、島には妙な本が多くて(笑)この『南の島の物語』では本当に面白い出会いがありましたね。これ、けっこうあやふやなことが書いてあるんですよ。この本と出会ったのは、石垣島から3~40分で行けるところで、島民が4人ぐらいしかいない新城島、通称「パナリ島」という島の民宿です。

南の島の物語

見た目は普通だが、ページをめくれば爆笑必至の島物語が展開

―― 人口4人の島で民宿ってのもすごいですね(笑)

津田ここのおじいは黄色が好きで、民宿を黄色に塗ってしまったという、ユニークな人です。自分のサバニ(カヌー)も黄色。西表島までサバニをこいで買い物に行くんです。その民宿に手書きで「南の島の物語売ります」という看板があって。

―― そりゃあ、買ってしまいますね(笑)

津田このおじいさんの親戚が著者らしいんですが、内容はかなり怪しい(笑)。格言なんかも面白くて、「人と見たらまず鬼と見よ」「慌てるカニは穴にはいりきれない」とか(笑)。沖縄は、戦火で資料がなくなったり、ちゃんとした歴史が残ってないところも多い。だからわからないところは伝説みたいになって、それがあたかも正史のように書かれているものもある。それが面白いんですよ。

―― もう津田さん、いっそのこと研究者になってしまっては?

津田『デザインのひきだし』でやれることを全部やりおえて、東京の出版社でやることは、もう満足! という感じになった後、もう老後になっていると思いますが、沖縄のことをじっくり研究するのが夢です。沖縄のガイドブックに載っている、昔こんなことがあった、と書かれていることにも、なかには正史ではなく伝説を信じて書いてしまっていることもあります。でも、それがどうして真実のように信じられるようになったのか、ということを調べるのもおもしろそうですよね。今は自分で撮った写真を集めて、フォトブックサービスなどで数冊、本をつくって、お世話になった島の人に送ったりしています。これ、とても喜んでもらえるんです。
沖縄に行っちゃ、本を買い、また調べ、また行きたくなり。また行って。その繰り返しですね。

―― いろいろつながって、とても素敵な「シマ考」でした。ありがとうございました!

シュガートレイン、村史

(左)唐獅子と狛犬とシーサーの違いみたいなのを気になって買ったそう。
魔除けとしてつくり続けられてきた。石ころにしか見えないものも古来からの贈り物だ。
(中、右)津田さんがインターネットの製本サービスでつくった本。写真がとても素敵。

次号は、大手出版社を30歳半ばに退社し、隠岐諸島へ移り住んだ藤澤さんの「大人の島移住計画」です。お楽しみに!

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