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理科ハウス訪問記~武田康男さんと南極の空~

2010.11.15更新

ある日、ノンフィクションライターの最相葉月さんから一通のメールを頂戴しました。それは、往復書簡集『未来への周遊券』を発刊した私たちにとって、まさに未来へと誘ってくれる温かい「体験記」でした。ぜひ多くの方々に知っていただきたいと思い、このミシマガジンで紹介させていただくことになりました。

――もう、これ以上の説明は不要ですね。
最相さんとともに、さっそく、理科ハウスを体験してみてください!

理科ハウス訪問記~武田康男さんと南極の空~

理科ハウス。

物理学はいかに創られたか、ビヨンド・エジソン

(左)『物理学はいかに創られたか』(右)『ビヨンド・エジソン』

さあ、なんだと思いますか。昨年の夏、物理の基礎をやさしく説いた岩波新書のロングセラー、アインシュタインとインフェルトの共著『物理学はいかに創られたか』を翻訳して日本に紹介した石原純という理論物理学者について調べていたときのことです。まず誰もが試みるようにグーグルで検索してみたところ、アララギ派の歌人でもあった石原純のとてもくわしい写真入りの伝記が「理科ハウス」のホームページに掲載されていたのです。

やっぱり調べている人はいたのね、と思いながら読み進めていくうちに、あっと声を上げてしまいました。その執筆者で自称・科学あそび伝道師の森裕美子さんは、なんと石原純のお孫さんだったのです。「理科ハウス」は森さんが館長を務める逗子の科学館のことで、科学あそびのワークショップや科学者を招いたサイエンスカフェ、動物のうんち展や化石展など楽しいイベントをたくさん企画されています。ホームページを拝見しただけでわくわくした私は、さっそく『物理学はいかに創られたか』について言及した拙著『ビヨンド・エジソン』(ポプラ社)を森さんにお送りしました。僭越かと思いましたが、おじいさまの訳された本に感銘を受けたひとりとして、どうしてもその感謝の気持ちをお伝えしたかったからです。

未来への周遊券

『未来への周遊券』

その後、森さんから御礼のメールをいただいたとき、一度ぜひ理科ハウスにうかがいたいが、私自身は科学者でもなんでもない、ただインタビュアならできますのでいつでも声をかけてください、とお願いしていたのです。すると今春、ミシマ社から出た瀬名秀明さんとの往復書簡『未来への周遊券』をお送りしていたところ、森さんから、なんともすてきな企画をご提案いただきました。第50次南極観測越冬隊に参加した気象予報士の武田康男さんをサイエンスカフェのゲストにお呼びするので、そのインタビュアを務めてほしいという御依頼だったのです。『未来への周遊券』で瀬名さんから紹介され、私も武田さんが撮影される南極の空や雪の写真に魅了されていました。私は、ぜひぜひやらせてくださいと即答しました。瞬時に交渉成立です。


理科ハウス

理科ハウス

9月26日、待ちに待ったサイエンスカフェ当日がやってきました。京浜急行の神武寺という小さな駅を下りると抜けるような青空とやわらかそうな白い雲が頭上に広がっていました。台風の影響で連日雨天が続いていましたが、今日はまるで武田さんのために青空が用意されたようです。

駅からバス道を5分ほど歩くと、神武寺の敷地を過ぎたあたりに二階建ての小さな建物を見つけました。看板には「世界一小さい科学館 LiCa・HOUSe」とあります。アルファベットは元素記号を用いたものでしょう。ゆっくりとガラスの扉を開け、玄関で靴をぬいでそのまま杉材の床を踏みしめます。スリッパはないので、足裏にやさしい木の感触が伝わってきました。


やかんモビール

やかんモビール
(問題)8つのやかんのうちのひとつにおもりが入っています。さて、それは何番のやかんでしょう? 入っている重りの量も計算できますよ。

入ってすぐ右がイベントホールになっていて、2階まで吹き抜けになった天井には鳥の剥製ややかんでつくられたモビールが吊り下げられています。左手の一角は科学読み物のコーナーで、科学マジック本や宇宙、生物の進化、ファーブル昆虫記もありました。本は新しいのになつかしく思えて、いきなり床に座り込んで見入ってしまいました。

DNAの二重らせんの模型が入った手すりをもって2階に上がり、トイレに入って仰天。

ゾウやコアラなど生き物たちのさまざまな大きさのうんちが並んでいるではないですか。乾燥させてニスを塗ってあるので触っても大丈夫、と説明があります。おそるおそる指先で触れると空気を含んで意外に軽い。うんちが出る道筋をたどった人体模型もありました。

トイレを出ても楽しみが待っています。偏光シートを用いた科学マジックやうるめいわしの解剖コーナー、専門書だけでなく子ども向けの科学実験本を著した石原純の資料展示コーナーもあります。


トイレの展示

トイレの展示

「トイレに行かれた方は、なかなか一階に下りて来られないんですよ」と笑うのは、学芸員の山浦安曇さん。ずいぶん長いトイレと思われてるかなと案じつつ階段を下りたのですが、すっかりお見通しでした。

そのうちゲストの武田康男さんが迎えに行かれていた森さんと到着されました。武田さんは写真で拝見していたよりも背が高く、がっしりとした体型で、さすが極寒の地で過ごした方だなあ、というのが第一印象でした。森さんとも初対面だったのですが、前から知り合いだったような不思議な親しみを感じました。観客も続々集まります。定員30人のうち、ほとんどが小中学生の女の子で驚きました。科学の世界では、女性科学者の少なさがたびたび話題になりますが、近い将来、逆転現象が起こるかしれませんね。

さて、講演は武田さんが撮影された貴重な写真と映像を交えて行われました。今年3月に帰国されてまもなく猛暑が訪れたので、さすがに体調がなかなか安定せず、満員電車の埃や都心の塵も気になるそうです。瀬名さんも『未来への周遊券』に書かれていましたが、年平均気温がマイナス10度前後の南極ではウイルスも生息できないので風邪もひかない、くしゃみも出ないんですね。

世界一空が美しい大陸 南極の図鑑

『世界一空が美しい大陸 南極の図鑑』

武田さんは、南極の写真をまとめた新著『世界一空が美しい大陸 南極の図鑑』(草思社)を出されたばかり。太陽が地平線を出入りする瞬間に見える緑色の光グリーンフラッシュや白夜の地平線に這う太陽の写真を拝見して感銘を受けた私は、うかがいたいことをたくさん準備していたのですが、子どもたちと一緒にオーロラや太陽の美しさ、ペンギンたちの可愛らしさに感嘆の声を挙げているうちに、すっかりメモの内容は忘れてしまっていました。

武田さんが南極に滞在されたのは、2008年末からの1年4カ月。1日24時間のうち10時間は気象観測に従事し、毎日忙しく過ごしていたそうです。その間には、地球温暖化との関わりで議論されているCO2濃度の測定もあります。昭和基地で測定の始まった1984年から武田さん自身が観測した2008年~10年春にかけての推移を示すグラフによれば、CO2が増え続けているのは明らかでした。

「だけど・・・」と武田さんはいいます。「CO2だけでなく、気になるのがメタンなんです。メタンはずっと横ばいだったのが、2007年から3年連続で急上昇している。昔、地球が暑かった頃はメタンが原因といわれていますので、今後はメタンにも注意が必要です」

ただ氷に関しては、シロクマの映像で知られる北極やアラスカとは違い、「南極では氷は減少するどころか増えています」とのこと。「気温も南極半島の一部は暖かいところもありますが、低下している場所もある。50年間の気温変化を見ても、南極では温暖化を裏付ける結果はまだ得られていないんです」と意外な報告です。アラスカの氷河が減少する様子を写真を示しながら、武田さんはこうもいいます。

「ほら、氷が溶ける場所は氷の表面がこんなふうに汚れているでしょう。汚れている場所は黒いですから、白い氷と違って日光を吸収します。だから溶けやすくなるのは当然なんですね。この汚れはさまざまな大気汚染物質だと考えられていて、そのうちのひとつに黄砂があります。ですから、氷河の減少には温暖化よりも大気汚染の影響を考慮しなければならないんじゃないかと私は思うんですよ」

もちろんそれは武田さんの南極での大気観測に基づく科学的知見に裏付けられたものです。南極の地上35キロの空気の汚れを計測してきた武田さんは、北半球から流れてくるゴミや塵で高度10キロ以上が汚れていることを強く実感したのだそうです。

武田さんは今回もうひとつ、大事な現象をとらえました。昭和基地で初めて撮影に成功した「極中間圏雲」です。成層圏のさらに上、高度80~90キロ付近にある中間圏に広がる薄い雲で、人間が放出する汚染物質が含まれているといわれています。写真で見る限り、薄いベールのように美しい雲なのですが、実態はゴミ、らしいのです。

地球温暖化といえばCO2、氷河は気温の上昇が原因で溶け始めた、とはわかりやすい説明ですが、ちょっと立ち止まって、現場で観測にあたる科学者の声にもっともっと耳を傾けなくてはならないと思いました。

後半の質問コーナーでは、子どもたちから次々と鋭い問いかけがありました。ひとりの女の子が「さみしくなかったですか」といいました。私がちょっと躊躇していた質問です。「うん、子どもが3人いるからね」と武田さん。「ぼくは忙しすぎたけど、漫画が壁いっぱいにあって、人によっては全巻そろえて読んでいたみたいですね。テレビは見られないけど、映画のDVDをたくさん持ってきていた人もいるし。ぼくは南極に行きたいことはずっと昔からいっていたので妻は理解していたけど、子どもはね。ただ、あまり考えないようにしていましたね」

医師はふたり同行していますが、何かあったら覚悟してくれ、といわれたこともあるそうです。昭和基地には飛行場もなく、一番近いロシアの基地でも1000キロも離れています。昭和基地は南極基地のなかでもっとも辺鄙な地域にあって、年に一度の交代要員を乗せた船が到着するまでは外部との交流を断たれます。一人ひとりがしっかりと自己管理しなければならない、本当に厳しい仕事なのです。ブリザードが来襲すれば視界は阻まれ、身動きもとれません。最低気温マイナス45度の地がこの温暖な日本と同じ惑星に存在していると想像するだけで身震いしてしまいます。いまや国際宇宙ステーションよりも遠い場所、それが南極なのでしょう。

ただ、そんな極限の日々にも楽しみはあります。そのひとつが、食事です。映画「南極料理人」で話題になった冷凍伊勢エビのフライもあります。「南極の料理は、これまで食べたなかで一番おいしかった」とも。それもそのはず、料理人の篠原洋一さんは豪華客船「飛鳥」の料理人を長年勤めた大ベテランで、南極観測隊へ同行されたのがこれが2度目でした。越冬隊員28人のうち、10人が観測、それ以外が電気通信や空調、水、車両など施設保全にあたる隊員です。一年前に調達した食材を1年4カ月の滞在期間中いかにバリエーション豊かに調理するかは料理人の腕の見せ所なんですね。ただ最後のほうには用意した食材が次々となくなり、帰国が間近に迫った頃には「賞味期限切れのカップラーメンもおいしかった」そうですから、その苦労がしのばれます。

また、気になるゴミ問題ですが、清掃も隊員たちの大事な仕事です。排泄物を含めて焼却できるものはすべて灰にし、その灰を持ち帰ります。過去の観測隊が雪に埋めて置き去りにした机や椅子などの器具類も、掘り返してそのまま持ち帰ります。かつて、南極に置き去りにされたカラフト犬タロとジロと隊員たちの再会を描いた映画「南極物語」(1983)を見た世代には意外な話ですが、今は南極条約によって犬の持ち込みは禁止され、どの基地にも犬ぞりは存在しないのだそうです。生態系の保全のためには当然と今ではいえますが、かつて南極で二匹の犬が生き伸びていたことに多くの日本人が感動したことを知る者としては隔世の感がありました。そういえば当時、世の風潮に逆らうように、星新一が、犬に食われたペンギンの気持ちになってみろと書いたのですが、改めてすごい人だなと思いますね。

ところで武田さんは、帰国後も講演活動で大変忙しく、大好きな空の観測になかなか行けないのだそうです。この時期は全国のどのあたりでどんな空が見えるはずだとわかっているだけに残念だともおっしゃっていました。ただ今日ここに来るときも、「彩雲が見えましたよ」とのこと。彩雲とは、日射しが雲の水滴で回折するために雲のふちが虹色に色づく現象です。彩雲、見たかったなあ、と思わず、「どうすれば武田さんのようにいろんな雲が見られるのですか」と聞きそうになりました。でも、そんな質問はしなくてよかったと今は思っています。たくさんの空と雲、気象の移り変わりを知っていること。知ってこそ観測を通じて予測ができ、今このときに起きている現象に目を留めることができる。それこそが、プロの観測者なのですから。

南極クッキー

南極クッキー。黄色いところは昭和基地だそうです。

途中休憩では、森さんが近所のお菓子屋さんに特注してくださった、南極大陸をかたどったクッキーとオーロラゼリーをおやつにいただき、あっという間の3時間でした。

終了後も武田さんは、子どもたちのお母さんや学校の先生方からいつまでも質問攻めにあっていました。

南極に行きたい。人生も半ばを過ぎ、幼い頃からのそんな思いがこのところ再燃していた私ですが、「1年4カ月の南極生活で一番つらかったことは」の問いに、「短かったですね」と武田さんに即答され、これはなまなかな気持ちではまず無理だなと、思い知ったのでした。

2010.9.29 最相葉月

最相葉月(さいしょう・はづき)
1963年、東京都生まれ。関西学院大学法学部卒業。科学技術と人間の関係性、スポーツ、教育などをテーマに執筆。
97年、『絶対音感』で小学館ノンフィクション大賞受賞。07年、『星新一 一〇〇一話をつくった人』で大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞、日本SF大賞、08年、同書で日本推理作家協会賞、星雲賞受賞。
他の著書に『青いバラ』『いのち 生命科学に言葉はあるか』『ビヨンド・エジソン』『など多数ある。瀬名秀明氏との往復書簡集『未来への周遊券』が 2010年2月にミシマ社より発刊。

写真協力:理科ハウス

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