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『逆行』特別企画 夢の師弟対談(後編)

2011.03.02更新

自伝的エッセイ『逆行』を上梓した尾原史和さん。同書にも師として登場するASYLの佐藤直樹さんとの、師弟対談の後編。

前編では、尾原さんがASYLで過ごした濃密な10カ月の内幕を語ってもらいました。

今回の後編では、二人の出会いのシーンから始まり、話は仕事論、そして芸術論へ。デザインにかぎらず、仕事をする上での大切な心得が語られていきます。(文:森オウジ)

プロフィール:

尾原史和(おはら・ふみかず)
1975年、高知県出身。印刷所からデザイナーのキャリアを始めるという異色な経歴の持ち主。SOUP DESIGN代表として、『R25』や『TRANSIT』『広告』など質の高いエディトリアルデザインを手がける。2008年よりPLANCTON代表。

佐藤直樹(さとう・なおき)
1961年、東京都出身。1997年に『WIRED(ワイアード)』日本版のアートディレクションおよびクリエイティブディレクションを手がける。同誌はサンフランシスコ現代美術館のパーマネントコレクションに選出。より広範なフィールドにおけるデザイン活動を目指し、1998年に代表を務めるASYLをスタート。

佐藤:すごい無計画感だったよね

そしたら、田舎からいきなり出てきた無謀なやつがスーツ着てたよ。ってな感じがポイントになったかどうか不明だが、(俺は面接といえばスーツ姿としか思ってなかった)すぐ採用が決まった。(『逆行』P28)


佐藤あの状況でスーツはちょっとびっくりした。

尾原(笑)

佐藤とても印象的だった。必要以上にびしっとしている。デザイン事務所は、オシャレな仕事をしていると思われてるから、来る人もオシャレ風。その中でひとり、スーツ! ものすごくびしっとして来たわけだ。経歴見ると印刷会社だし、ポートフォリオを見ても作品は手でつくっている。そのギャップは印象的だった。

尾原面接といえば、スーツでしかなかった。疑う余地がないものでした。ほとんど法律レベルの感覚だった。

三島面接は逆行してないわけですよね。

佐藤いや、建前的にはそうかもしれないけど、現実的には逆行してる。浮いてたよ(笑)。

三島採用の決め手って何だったんでしょう?

佐藤ポートフォリオに仕事と作品両方いれてきたのが決定的だった。仕事で何をやっているかがちゃんと入っていて、自由な時間でつくっているものも入ってて、それもちゃんとしている。文句なしだったね。もうその段階でスーツはどうでもよかった。

尾原そうだったんですか。

佐藤いや、ちゃんとした人だなあと思ったよ。むしろあれだけのもの持ってたら、すっごいラフな格好でも合否には関係ないと思う。

三島尾原さんは面接のときの印象と感触はどうだったんでしょう?

尾原柔らかい感じの方だなと思いました。話す場所も、ちゃんとしたテーブルではなくて、仕事場の端で話していたので、会社というよりか、部屋という感覚で、距離感が近かった。なんかいいなぁとすぐに思った。すぐ来ないかって言っていただいたのは嬉しかったです。

佐藤なんか山から出てきたばっかで大変だろうと思って。すごい無計画感だったよね。慈善事業じゃないので同情だけでは雇えないけど、まだいるんだなーこういう子、とか思った。やってみたらけっこう大変なものですよ。それが15歳も下の22歳くらいの若者でいきなり東京に出てきて、ちゃんと自分の訓練はしてると。普通は不安になるのが当たり前。でもどうやら不安になっているふしもなく。

尾原(笑)

佐藤ちょっといっしょにやったら面白いだろうなあというのはすぐ感じました。そしてポートフォリオを見て、仕事のよりごのみをしていないのは大きかったです。仕事的なことと、クリエイティブ的なこと、そのバランスを持っている人があまりいないんです。どっちかだけではやっていけない。それに早く気づかなきゃいけないんです。とりあえずどこかに置いてもらえば、感覚のいい人はそこで気づきます。そして10年後ぐらいには結果がでてくる。

佐藤:現場とアカデミックな部分を往復できる力が何より大切なんです。

東京で働き始めて気がついたんだ。高知の田舎だけど、あの印刷所のことは、隅から隅まで知ってた。そこでの経験がそうとう強みになっていた。(『逆行』P19)


佐藤さん

佐藤尾原くんが来た頃は僕は30代。まだまだ"駆け出し感"でやっていました。『ワイアード』から独立したばかりで、とにかくネームバリューあげていかないといけない時期でした。『ワイアード』をやってたのは、当時のデザイン的には王道的なデビューではない。まだ評価していいのか悪いのかわからない感じだった。その世界で中心的にやりたいひとはまず来なかったと思うね。

尾原『ワイアード』はすごかったです。衝撃だった。なんで雑誌なのにこんなに色使ってんだろ、っていう体験をさせてくれた。雑誌を買う感じじゃない印象だった。

佐藤尾原くんのように印刷会社で2年間みっちりやれば、それがデザインの基礎になりうる。美大を出たって現場のことは何もわかってないし、何よりプライドがネックになります。ついつい、印刷とかを下流工程だと考えてしまう。そこに指示を出す方に自分がポジショニングされていないと許せない。現場で必要とされる作業をただ嬉々としてやるということができない。これは弱いです。

尾原ああ、わかります。

佐藤素晴らしい作品に接する時間はもちろん必要だけど、その結果としてプライドだけを膨らませてしまうと、「なんでそれを俺がやらなきゃいけないんだ」という考えに頭が侵食されるんです。そうなると、本来頭が使われるべきところに使われない。それは、極めてロスが多いことなんです。僕は大学をやめてまず土方から仕事をスタートさせました。それから東京に出てきて美学校に行って、デザインに興味が出て来たところで肉体労働から離れて版下屋さんに行った。写植文字が扱えて版下がつくれるということになると、すぐにデザインの現場に入れてもらえると思ったんです。でもそこに出入りするデザイナーは上から目線なんですよ。その関係に驚いた。

三島両者は上下ではないんですよね。

佐藤こっちはそう思ってたんです。だからカチンときた。あくまで仕上げ部分にいるだけでデザイナーとは対等なはずなんです。なのに、いかにも態度が上からなんです。そのわりに、大したことない。現場とアカデミックな部分を往復できる力が何より大切なんです。本来的には。事務所をやるようになって、そこにそういう人が来たらいいなと思ってたときに、ちょうど来たのが尾原くんだった。

尾原:やっぱり手仕事はいいですよ。自分でやる分は確保しておかないと。

スープを最終学歴にしてほしい。その後個人でやっていけるだけのことは教える。(『逆行』P95)


佐藤さん、尾原さん

佐藤今事務所は何人いるの?

尾原11人ですね。マネジメントは1人。ウェブ担当は1人います。残り8人はグラフィックですね。

佐藤コミュニケーションぎりぎりでしょう。本当に組織は大きくなったとき、制御できなくなる。

尾原雑誌だと、すべてを細かくみなくても、やってるやつに預けることができるし、それをすることで伸びていく。そこは預けてますね。見ないように見てる感じですね。

佐藤そういう体制に移行するとき怖いでしょう?

尾原そうですね、なかなか預けられない。でも今はだいぶできるようになってきました。最初は気持ち悪かったですね。

佐藤手を動かすことは大事だからね。マネジメントだけになってしまわないための努力をしないと仕事がつまらないものになっていく。でも人に任せるところは任せないといけないし、そこが一番難しいところだと思う。自分が手作業としてコントロールしていく部分を失わないことと組織運営を両立させることの両立というのはね。

尾原やっぱり手仕事はいいですよ。自分でやる分は確保しておかないと。まわすだけになると何やってるかわからなくなる。

佐藤そこは手を離すようにはならない?

尾原ならないですねー。

佐藤確保しすぎると全体の目配りがまた、できなくなるよね。

尾原そうですね。そこはとにかく全体のクオリティーを一定にキープするための努力をしています。

佐藤:現代はアウトプットの装置をいかに洗練するかばかりに走っている

佐藤山部さんの「Vital extra」の話もよかった。(『逆行』P175)マッチで火をつけるところとか、印象的だった。マッチ箱の柄とかもすごいいものがいっぱいあるし、そっちに話が行くと尽きないよね。

尾原ドイツのマッチとかめちゃめちゃカッコいいんですよ。すごい形してて、まずデザイナーがつくってないんですね。マッチ屋のおっちゃんがつくってるんです。これこそプランクトンの考え方である「マルチプル」です。自分でつくらず、そうした、アートになるものを見つけてきたらそれが全体でアートになる、という考え方です。

佐藤それで言うと、きのこの切手とかすごいですよ。各国それぞれにあるんですが、国ごとに、いろんなきのこの"気に仕方"があることが見えてくる。あれだけ種類があって、さらにどの国にもきのこをモチーフにした絵がある。傘の形とか柄とか、襞の種類とか、様々に観察して描いている。人間が、人類として物心ついてからずっと気にしている歴史。食えるのか、毒なのか。しかも、かわいい! という。

尾原(笑)

佐藤切手は一個一個がすごいクオリティーだし、自分なんてプロのデザイナーとか言ってながら、足元にすらおよばないです。感覚がかなり退化している。ああいうものをちゃんと喜んで、リハビリしないといけない。

尾原牧野富太郎とかが描いている植物にも驚かされます。絵を描いているのではなくて記録するために正確に描いている。植物のためにしか描いていない。その関係によって、仕上がりはだいぶちがう。

佐藤今は、アウトプットをいかに洗練するか、しかもそれを自動化する方向に走っている。観察というインプットが弱い。じーっと見つめるというような身体動作がないですよね。チェックとか言って。次から次へとどんどん流し見をして。きのこは生えているものだからそのまるごとに力がある。同じ種類なのにちょっとずつ違うとかどういうこと? って思いますよね。ああいうのは存在の本質のとこにつながっているので、もっと知って、みんなで豊かになっていければと思います。

尾原同感です。

佐藤そういう意味で言ったら、アート周辺の人とかは、もういいです。供給過剰。

一同爆笑

佐藤3月の下旬に、荻窪の6次元というところで「荻窪派 町と本」という展示をやるんです。デザイナーの大原大次郎くんとふたりで。僕が町担当で大原大次郎くんが本担当で。僕は、荻窪を歩いて、描いた絵を飾る、というだけ。荻窪の「なんでもなさ」がすごく気になってるんです。なんでもないところをなんでもなく楽しめたらいいなと思ってて。説明が難しいんですけど(笑)。

佐藤:やらされているっていう感覚は燃費を悪くしている

什器

ずっと昔の什器が今も使われていた!

佐藤でもこの本でひとつ不満があるんですよ。

三島それはぜひ聞きたいです!

佐藤尾原くんが辞めたときに僕があげたお金の、50万(『逆行』P51)。この額を書いちゃうと尾原くん以降の出身者が不満に感じると思うんだよ。Mac1台分というのを基準に考えてきたから。今はどんどん安くなってるんで50万も渡さない(笑)。でもそもそも僕には経営感覚ってないから。あればある分だけ何かに使ってしまう。その時あったからそれを渡しただけ。アホですよ。アホなとこにアホが吸い寄せられてアホが巣立って行ったと。

尾原アホの連鎖!(笑)。辞めるとき、デザインは続けてほしいと言われた覚えがあります。それで、「マックないとできないでしょう?」って(笑)。

佐藤しれっとしてますよねー。下手したら50万使い込まれるかもしれないですよ。

尾原最初ちょっと使ってましたからね。あぶなかったですよ。

佐藤いや、でも僕もケチなことをしてて、尾原くんの時給から昼飯代を抜いたことがあるんだよ。

尾原なんですか、それ?(笑)

尾原さん

佐藤いつだったか、時給で手伝いに来てもらっていたとき。あのときは本当にお金がなかったからすごい細かい計算してて。いきなり仕事が飛び込んでくるような理不尽なことが夜中だろうがなんでもあったし、使いっぱしりとかもあった。でもそのすべてを受け入れられるかどうかが分かれ目なんだと思う。尾原くんはそんななかでも生き生きと仕事してた。辛いことを辛いと思わない精神状態が燃費をよくしていく。やらされてるっていう感覚は燃費を悪くする。これをのちのち笑い話にしていこうくらいの感じがあると一番いいんだと思うね。尾原くんは当たり前のようにそういうことがあった。思い悩んでいるひとも明るくとらえたほうがいいですよ。

尾原明るいとバカっぽく思えることもあるけど、そんなことはない。ちゃんと考えた上で明るければ。

三島そのとおりです。『逆行』がそんなきっかけを与えてくれる本になることを祈っています。ありがとうございました!

3月6日(日)『逆行』発刊記念トーク&サイン会のお知らせ

尾原史和&藤井大輔(&三島邦弘)

「逆行する」生き方

発刊からぞくぞくと共感の声をいただいている本書。
著者の尾原史和さんの「あの規格外のパワー」に触れていただける機会ができました! 対談相手は、プロローグにも出てくる『R25』元編集長の藤井大輔氏。
本書『逆行』を企画・編集した三島も参加し、その制作秘話や「逆行・外伝」まで飛び出す予定!? 面白いのはもちろん、「そう、これ!」と叫びたくなる「感覚」に触れていただけること間違いありません。
多数のご来場、お待ちしております!

日時2011年3月6日(日)13時~14時半
場所青山ブックセンター本店内カルチャーサロン青山
定員先着120名様
入場料700円

申し込み方法
1.ABCオンラインストアにて予約受付

2.本店店頭にてチケット引換券を販売
※電話予約は行っておりません。

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