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「いま、地方で生きるということ」を書いてみて 西村佳哲(後編)

2011.08.15更新

いま、地方で生きるということ

前回、「物事に『いつか』はないんだ」という思いで『いま、地方で生きるということ』を書くことを決めたとお話くださった西村さん。

今回はご自身が住む場所へ思うことのお話をお届けします。

(文・大越裕 聞き手・三島邦弘 取材場所/efish


「いま、地方で生きるということ」を書いてみて 西村佳哲(後編)

「地方で生きる」人の話を通して、真摯に考えた続けた一冊

いま、地方で生きるということ

―― 本書に登場する方々は、どういう経緯で取材されることになったんですか?

西村最初に頭に浮かんだのは、ひとつの流れに乗って、一筆書きみたいな勢いで書かないと、この本はできないなということでした。RQの活動に3月からかかわっていて、そこで彼らの素早い動き方を目の当たりにして。震災が起きて、翌日からもう支援に動き始めていた。北海道の自然学校の人は、もうその日にハイエースに物資を積み込んで、フェリーが渡れるかわからないのに函館まで行って、最後の一台で乗り込んでいて。東北に行ってもガソリンが給油できるかどうかすらまったくわからないのに、とにかく駆けつける。そして現地で機能してゆく。それがすごい。

―― 鍛えあげられてますよね。

西村別に、災害支援の専門家でもないのにね。話を聞く中でわかっていったんですけど、彼らも行ってみるまで何ができるかはわかっていないんですよ。とにかく行かないとわからないから行く。その物事への近づき方はすごくいいな、と思いました。で、宮城を抜けて岩手まで行くなら、秋田にも会いたい人たちがいるなと思って。

―― このお二人の話は大きいですよね。都会から向かった人ではなく、ずっと地方で魅力的な生き方をされている方の話が聞けたことで、この本の広がりがぐっと大きくなりました。

西村後半の九州篇でも、色んな人にお話が聞けて面白かったですね。鹿児島にある障害者支援センターの「しょうぶ学園」にもいつか行ってみたかったし、鹿児島の吹上町でイラストレーターをしている大寺聡さんは、同じ大学の後輩の方でした。いろんなインタビューをしていって、それを最後に整えてみるまで自分でもどういうところに落ち着くかわからなかった。最終的に、こうして通して読んでみても、『いま、地方で生きるということ』というお題にど真ん中で答えているかどうかはわからない。このタイトルに関心を持って、本を手に取る人が、たとえば「どうやって地方に移住すればいいのか」「どうやって家や仕事を見つけたらいいのか」というハウツー集を求めているのであれば、この本はその期待に答えていないと思います。でもまあ、自分がどういうふうに生きて、世界の中で存在し続けるかという問いには、ひとつの正解があるわけじゃない。三島さんがくれたこのタイトルに十全に応じているかどうかは不安ですが、いま地方で生きている彼らの事実はあるな。

―― ハウツーを載せることと、真摯に問題に向きあうことは別だと思うんですよね。『いま、地方に生きるということ』について、真摯に西村さんが考え続けた軌跡を読者にも追体験してもらえたら、それだけでも本書の価値はあると感じます。

西村真摯かな・・・。真剣にきいたし、書いたけど。地方に移住することを促進するベクトルでは書いていないからね。それはこの本の良いところだと思います。田舎暮らしの素晴らしさを訴える本では決してない。地方で生きていくということを巡って、他の本とは光の入れ方が違う本にはなったと思います。

20年前から抱いていた「地方で暮らしたい」という思い

―― まえがきを読んで、西村さんが「いつか地方で暮らしたい」という思いを20年来、想い続けていたとはじめて知りました。

「3月11日以降の時間を通じて、『どこで暮らしてゆこう?』『どこで生きてゆけば?』ということをあらためて考えている人は、多いのではないかと思う。一方『どこで生きていても同じだ』という気持ちになっている人も多いかもしれない。どこでも構わなくて『要はどう生きるかでしょう?』とか。

自分の中では、こうした自問と欲求が絡まり合っていて、足場が定まらない。東京に自宅があるにもかかわらず「どこへ?」と移住先を求めつづけている自分が恥ずかしくさえある。

いろいろ思いあぐねて、最後はやはり「東京から離れたところに場所を持ちたい」という気持ちに至るのだけど、それがなぜだかよくわからない。なら、確かめてみようか。」(本書10ページ「まえがき」より)


西村そうなんですよ。会社員だった20代の頃から、どこかへ出張で行く度に、そこの土地を見てたりしていた。「ここに住めるかな」と考えてるんですよね。自分でも理由はわからないんですが。それがずっと続いた20年でした。わけもなく自分が繰り返していることには、きっと何かある。どこかに移り住んだ人の話や、新たな土地で暮らしをつくった人の話しは、どうも他人事ではないな、と昔から感じていて。あのね。僕は30歳のときに会社を辞めたんですけれど、その前の数年間、自分はどうすればいいんだ? と無茶苦茶悩んでいた時期があって、毎日書き出すようにして考えていたんですよ。

―― へえー。

西村でも頭で考えたことって、良さそうだけれど、感覚が伴っていないから行動に移せないんですよね。その頃僕はサーフィンをやっていて、「いつか海の側に暮らしたい」と思っていた。で、29歳ぐらいのときに、葉山の海の側に都会から引っ越して暮らしている人に話を聞く機会があったんです。その人に「僕もそうしたいと思っているんです(海の近くに引っ越したいと)」と言った、その瞬間に自分が情けなくなった。「僕も」なんて言ってるけど、「も」じゃない。その二人の間には深い溝があるんですよ。遠いの。

―― うんうん。

西村ちょうどその頃に、ビートたけしの番組で、イギリスで老夫婦が飛行機会社を始めた、という話をやってたんですよ。65歳過ぎてから、イギリスとオランダの小さな空港を結ぶ短いフライトの航空会社を立ち上げた夫妻がいるんですよ。おじいちゃんは昔、空軍のパイロットをやっていて、おばあちゃんはおもてなしが好きで美味しいご飯を出したりするのが好きで。その二人が「飛行機会社をやろう」といって実際に始めちゃったという。飛行機も小さいからスチュワーデスも身長160センチ以下しか乗れない、本当に小さな会社なんですけど、本物の飛行機会社なんですよ。世の中に「飛行機会社を立ち上げたい」と思っている人がどれぐらいいるかわからないけれど、空想するのと実行するのには、明らかなジャンプがあるんですよね。たとえばその老夫婦は、ある日、銀行にお金を借りに行ったりしているんですよね。

―― そうですね。

西村見えている結果だけじゃわからない飛躍を、どこかでしてるんですよ。無茶を。それよかずっと小さい話だけど、都会から離れて海の側で暮らす、ということでもジャンプが必要で。生き方を変えるということですからね。ジャンプには、カラダが動くことが必要で。だから頭で考えたことより、気がつくと自分がしちゃってることとか、思わずやってしまっていることのほうが、パワーがあると思うんです。そっちを信頼して生きたほうが、結果的に無駄がない。この20年間僕も、ずっと僕もなぜか土地を探し続けているのは、何か突き動かされるものがあるんでしょうね(笑)。だから本書は、僕自身にとっても、「地方で暮らすということ」について改めて深く考えるいいきっかけになりました。

東京と地方という構図を超えて

いま、地方で生きるということ

―― 僕はこの本を読んで東京で暮らすことの良さを改めて感じました。

西村そう、僕がずっと東京で暮らしていて感じていたのが、「自分が生まれ住んでいる場所にコミットしていない」という劣等感だったんですね。それが秋田で矢吹史子さんに会って、彼女の話を聞いたことでハッキリしたことがあって。生まれ育った杉並区永福町を、自分はけっこう好きなんだな、ということを再確認できた。東京って、東京以外からやってきた人たちの勢いに呑まれちゃっているところがあって、元からいた住人はけっこう肩身が狭い。地震が起こって東京も大変になったことで、「東京というのはずっとお祭りをやっていた場所だったが、そのお祭りが終わった」と言った人がいたみたいなんだけど、僕らからすれば、「お祭りしていた」のは外からきていた人でしょ? というのがある。僕らはずっとその脇で暮らしながら、お盆と正月の間だけ「人がいなくなっていいなあ」と羽を伸ばしていた(笑)。

―― たしかに東京の盆と正月は気持ちがいいです(笑)。

西村そう、だから東京もこの地震で「終わった」とか言われるけれど、そうではないよね。「東京から田舎へ」という感じで、ざくっと「東京」を一括りに扱うことに対して、慎みを持たなければならないと思った。

―― 今日はお忙しい中、ありがとうございました。

西村佳哲・著『いま、地方で生きるということ』(ミシマ社刊)は、8月11日より全国の書店さんに並びます。

店頭で見かけたら、ぜひお手にとってみてくださいませ!

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