特集

平川克美さん×中島岳志さんトークイベント(前編)

2012.03.01更新

平川克美さん著の『小商いのすすめ』は、発刊と同時に大きな反響をいただき、発刊から1カ月たたないうちに4刷と刷りを重ね、さまざまな世代の読者の方から共感の声をたくさんいただいております。

「最後に登場する駄菓子屋のおばあちゃんのように、『それ』だけでは家計はまわらないかもしれませんが、お金のためにサラリーマンをせざるをえない・・・と考えるよりも、駄菓子屋をやりたい! ではどうやって生きていくか? を考えていく方が、大変だけど健全でおもしろそうだと感じました」
(26歳女性より)

「自分も迷っていた治療院を開業しようと思っていた気持ちを後押ししてもらった気がします。まだ開業はしていませんが、迷ったら、小商いに立ち返ってみようと思います」
(37歳男性より)

「『いま、ここ』に責任を持つ生き方(P193)に、大いに共感しました。徹底的にこの本に書かれている『おとな』に脱皮したいと思います。『おとな』になる!!!」
(56歳サラリーマン、男性より)

「地に足のついた肉体的感覚を大切にしたいと考えています。ささやかでも社会的に意義のある自分で納得できる仕事を人間的なつながりを大切にしながら続けています。そんな私の生き方を勇気づけてくれる書物として読みました」
(71歳零細企業経営、会社役員)

そんな「小商い」フィーバーが、ミシマ社ならびに日本全国で冷めやらぬ2月5日。池袋コミュニティカレッジにおいて、気鋭の政治学者である中島岳志さんを対談のパートナーにお迎えし、本書の刊行を記念したトークイベントが開催されました。

初顔合わせのお二人ですが、以前より、日本の政治や社会に対する考え方についてお互い共鳴するところがあったそうです。最初からアクセル全開で、今後の日本社会のあり方について、大変示唆に富む濃密な対談になりました。

(文:足立綾子)


長期的な歴史や文明史を語る言葉を失った日本人

『小商いのすすめ』(平川克美、ミシマ社)

『小商いのすすめ』(平川克美、ミシマ社)

中島どうもはじめまして。中島と申します。そして、平川さんです。

今日は、『小商いのすすめ』の執筆の動機や内容について、少しずつお話を伺いたいと思います。もう一冊、同時期に平川さんは『俺に似た人』という本を出されていて、僕も一気に読ませていただきました。

『小商いのすすめ』と『俺に似た人』は対になっているような本ですね。そして、その前に『移行期的混乱』という本を出されていますけれども、ずっとつながった問題意識が、平川さんのなかにおありなんだろうと思います。

そして、僕自身の考えている、ある政治的な動きとも僕と平川さんは非常に共鳴するところがたくさんありました。その点についても平川さんにお伺いしながら、これからの日本社会のあるべき姿というものを考えていけたらなと思います。


『俺に似た人』(平川克美、医学書院)、『移行期的混乱―経済成長神話の終わり』(平川克美、筑摩書房)

左:『俺に似た人』(平川克美、医学書院)
右:『移行期的混乱―経済成長神話の終わり』(平川克美、筑摩書房)

平川そのー、僕は、仕切りをやっていただけるなんて思ってもいなかったので、ありがとうございます。

(場内大爆笑)

中島仕切りをいきなりほめられるというカウンターパンチがありましたが・・・。

さっ、『小商いのすすめ』なんですけども、非常におもしろく拝読いたしました。前作の『移行期的混乱』から流れる問題意識のひとつは、「人口減少」の問題ですね。

2006年ぐらいから日本は、人口が減ってきている。「人口減少」という問題に注目して、そこの要素から考えると日本は経済成長が難しいのではないか。とするならば、経済成長しなくてもなんとかなる社会をどういうふうに構想すればよいのか、というのが問題意識としておありだと思います。

まず、「人口減少」に対して、経済的な認識を示され、その問題の出口をどういうふうにやっていけばよいのかというのを『小商いのすすめ』でお書きなのかなというふうに拝読したのですが、まずはそのあたりから少し平川さんのお考えをお伺いすることはできますか?

平川えー、おっしゃるとおりで・・・。

中島・・・以上です(笑)。

(場内大爆笑)

平川『移行期的混乱』を書いたのが二年ぐらい前。その時点では、あまり人口減少については言っていなかったんですよ。最近、新聞とかで書かれていますけど、当時はあまり書かれていなかった。なんで人口が減るのかということに関して、まともに誰も考えていないんですね。

あの当時になんとなく言われていたのは、「将来に対する不安」だとかで、それは違うだろうと思ったわけです。というのは、歴史上「将来に対する不安」があった時代はいくらでもあったわけで、長期的にドラスティックに人口が減っていくのは、歴史上、日本ではじめての現象なわけです。

どうも私たちは、非常に長期的なスパンで起きる出来事、文明史的な出来事に関して、考えることができなくなっている。それを考えるターミノロジーというか、言葉を失っているという気持ちが非常に強かったんですね。ですから、いろんなマスコミやテレビの番組でいわれている言葉づかいが、この二十年ぐらいにつくられた、あるいは特にアメリカを中心にして入ってきた言葉でしか語られていない。

僕は、そのこと自体が大きな問題だろうと思っていまして、日本にも数千年の言葉の歴史があるわけだけれども、歴史を語る言葉を、歴史家を含めて失っているんではないかというのがありましたね。『小商いのすすめ』では、それをやってみようということです。

「人口減少」は、大きな歴史上の流れの結果

平川克美さん×中島岳志さん

中島いまはだいたい三人で一人の老人を支えていく「騎馬戦状態」なんですけれども、それが2040年ぐらいになると、一人が一人の老人を支えていく、いわゆる「肩車社会」になるというふうに言われています。人口を、若い世代を増やさないといけないとしたら、どういう施策をとったらいいのか、政治家や私も含めた政治学者というものは考えるわけです。

平川さんが先ほどおっしゃったように、若い世代はいろんな不安を抱えている。子育てをしていくなかでの不安が出生率の低下につながっているのならば、不安を抱かないような施策を整えていきましょう。たとえば、保育園を増やしていきましょうとか、子ども手当てもそうだと思うんですが、平川さんはちがうとおっしゃる。

つまり、本当にその不安が出生率の低下につながっているのか、その因果関係は疑わしいのではないか。だから、政治的なある政策をやっても、実は人口が増えることにはつながらないんじゃないかとおっしゃっていますよね。

平川なぜ、2006年を境にして人口が減り始めたのか、わからなかったんです。いろいろと調べていたら、『小商いのすすめ』でよく引用しているエマニュエル・トッドさんたち、ヨーロッパの人口学者のグループが、「民主主義的な社会が進展していくと、あるところから出生率が下がりはじめる。文明の進展と関係があるのだ」と言っているわけです。

人口が減っているのは、なにか原因があるわけではなくて、なにか大きな歴史の結果として起こっている。その歴史の結果というのは、直接的なひとつの原因があったわけではなくて、私たちが歴史のなかで、よかれと思ってやってきたことが、自分たちの意思とは裏腹な結果として出てくる。つまり、なにかやろうと思った時に、多くの人が考えているのは、「こうすれば、ああなる」というんですか、橋下さんなんかがよく言っている。

中島いきなりきましたねー(笑)。

平川そういうふうに理解したい気持ちはわかるんですよ。ところが、だいたいのことは、自分たちが思った結果とはだいたい違う、わからないような結果が出てくる。人口が減るというのもそうで、これは長期的なスパンのなかでの出来事ですが、私たちはよりよき、民主的な快適な社会をつくろうとしてきた。快適な社会をつくれば、どんどん人が増えて・・・と思うんだけれども、快適な社会になれば、人口は減る。女性が自立して、結婚年齢が上がってくる。

個人が自由に生き方を選択するという時代が訪れ、これは私たちの目的でやってきたけれども、この目的で出来上がった社会が、それほど素晴らしい世界じゃなかったというのがわかってきた。社会全体としては、かならずしもうまく機能しなくなってきている。そういう歴史のパラドックスを配慮できないイデオロギーなり、思想はまったくだめだと思っているんです。

日本のイデオロギー的歴史観に対する違和感

『中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義』(中島岳志、白水社)

『中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義』(中島岳志、白水社)

平川中島さんのご著書を読ませていただいたんですが、これがまた、いいんですよ。

中島いやいやいやー(笑)。

平川『中村屋のボース』とか、いいですね。もちろん、論文としてものすごく丹念に手入れをされていて、精度が素晴らしいんですけれども、そのこと以上に、いいと思ったのは、インドの独立運動の革命家であるボースが、よかれと思って、いろいろやっていくんですが、最終的には日本の大東亜共栄圏という思想に加担するようなかたちになる。個人の意思とは裏腹に、歴史のなかで結果として自分のポジションができあがっていってしまうというのが、見事に描かれているのがいい。

自分たちがやろうとしていることが、ストレートに結果として出ない。人間の社会というのはそんなに単純な社会じゃないんだよというのが、この間の僕のテーマであるわけです。

中島その考え方は、まったく僕と同じですね。まさかボースの話をするとは思わなかったのですが、ボースを書いたときに、日本のイデオロギー的な歴史観に問題があると思っていたんですね。それは、左も右もでした。左の方の歴史観からすると、中村屋に来て、亡命をして、インドの1910年代のテロリストだったボースが、日本に亡命するんですが、それをかくまったのが、日本の頭山満をはじめとした右翼の人たちだったわけです。

そして、ボースは紆余曲折ありながら、当初は、日本のボースを助けてやると言っている人たちが、しかし、一方ではなぜ朝鮮半島を支配するのを肯定的にするのか。ダブルスタンダードじゃないのかというふうな批判をしていたんですけれども、満州事変ぐらいから、ボースの思想は変わってくる。日本の帝国陸軍を使って、インドを独立させるというリアリティの方に彼は舵をきっていくんですね。

この舵を切れば切るほど、彼の悲しみ、葛藤、懊悩が、どんどん加速していく、そんな男の物語で、最終的にうまくいかないわけです。大東亜戦争がはじまって、彼は、マレー半島のところにインド人の傭兵のような人たちがたくさんいたので、イギリス軍に寝返って日本側に付いた人たちをまとめて、インド国民軍というのができるんですが、そのトップに立つんですけれども、インド人たちから見放されていく。そんな人物で、最後、1945年、戦争が終わる間近に原宿でぽつんと亡くなった、そんなインド人の話なんです。

左の歴史観からは、ボースは日本の帝国主義に寄り添った中途半端な革命家という捉え方をされました。一方、右の歴史観は真逆になるわけですね。アジアの独立運動の闘士がこれだけ日本の大東亜共栄圏というものに期待した。だから日本のあの戦争は、アジアの解放の聖戦だったという論理のなかでボースという人は使われるわけですね。

これは両方ともおかしいと思ったんです。このような物語を設定してしまうことによって、ボースの非合理的な悲しみ、葛藤、苦悩といったものが全部そぎ落とされてひとつの物語に回収されてしまう。そうすると、僕にとっては重要な人間の歩みというものが捨象されてしまう。「右も左もきらいだー!」と思って、『中村屋のボース』という人間の非合理的な側面を含めたボースの葛藤というものを描くことによって、あの1920、30年代、あるいは40年代に至るアジアという空間の政治というものを描きたいと思ったんですね。

「小商い」は、モデル思考から生の思考をいかに取り出すかの試み

平川いまもおっしゃった、右と左の歴史観、これはイデオロギーですよね。このイデオロギーというのは、いわゆる「ビジネスモデル」、「縮減模型」なわけです。さまざまなプロセスをそぎ落として、縮減された模型をつくるわけですね。

このモデル思考というものが、この二十年ぐらいの日本人の思考法の非常に大きな特徴になっているんですよ。モデル思考から生の思考をどうやって取り出すか。「小商い」は、それの試みだったわけです。

たとえば、橋下さんの話でいえば、「教員を罰すれば、君が代を歌うようになる」というのは、単純なモデル思考ですよね。圧力を加えれば、それに対して、このようなアウトプットがでると。ところが、歴史がいっていることは、ある種のインプットに思いもかけない結果が出てくる。そのことに対する配慮が為政者のなかになかったとき、こわいんですよ。

中島おっしゃるとおりですね。

平川たとえば、まさに大東亜共栄圏に突っ走っていって、一般民衆の死体の山を築いた戦争に突き進んでしまったわけですよね。そのときに、一歩立ち止まって、自分たちの思考が、歴史のなかでどういうふうに動いていくんだという想像力、あるいは、いったい自分はなぜこんなことを考えているんだと、自分自身に対する配慮を生のまま取り出してくる。

これは、なかなかつらい作業なんです。日本人は欧米合理主義にくらべて、そういう作業がわりと得意だったはずなんですが、どこかでそういったものをやめてしまった。

僕は、大学でビジネスを教えていて、MBAの教授にも関わらず、「ビジネスモデルはクソだ!」と言っているわけですよ。「戦略」とかね。

中島やな言葉ですねー(笑)。

平川なんなんだ! と(笑)。大方、アメリカ人が書いたビジネスモデルをありがたがって、それでやればうまくいくんだと考えているんだけれど、そんなものはうまくいくわけがないと経験値としても知っている。理論的にもビジネスは人間の活動ですから、自分がやってこうやろうと思うと思ったような結果にならないわけですよ。

それはなぜかというと、自分もそこに絡んでいるから、お互いに影響を与える。カール・ポパーが歴史の再帰性という言葉で説明したことですが、媒介変数が無数にできてしまうわけですね。いろんな人がなにかをやろうとしたときに、それぞれ相互に影響しあうわけですから、そこからリニアな(線状の)物語を抽出するなんてこと自体が意味がないわけなんです。その全体をとらえなければならないんですけど、ビジネスはとりあえず時間を短縮しろっていう非常に大きな要請があるので、そのために簡単な縮減モデルをつくるわけですね。人間っていうのは不思議なもので、模型をつくると模型のように世の中が進行するんじゃないかというふうに思いはじめるんですよね。

本当の「保守思想」の中核にあるもの

平川克美さん×中島岳志さん

中島その通りだと思いますね。僕がそう思ったのが、二十歳ぐらいのときだったんですけれども・・・。

平川すごいね!

中島いえいえ(笑)。そのとき、なにに出会ったかというと「保守思想」というものだったんです。近代保守の問題って、やはり同じような人間観を持っていると思うんです。僕は西部邁さんの本を読んで、非常に感化されました。

どういうことかというと、近代保守は、「合理主義、理性の無謬性を疑う」ところからスタートするわけです。フランス革命のように、ある革命をやれば、合理的によき社会ができる。進歩的な未来が確実なよき社会、人間の能力によってつくることができるということに対して、保守は、「ほんとかよ?」と疑うわけですね。

人間の能力には必ず限界があり、人間は倫理的にも技術的な能力にもおいても、必ず不完全な存在である。不完全な人間がつくる社会は、不完全な社会にならざるをえない。とするならば、過去・現在・未来においても、人間社会は不完全なまま推移せざるをえないと考えるわけですね。

ですから、本当の保守というのは、復古主義もとれません。昔に戻ればいいというような右翼や原理主義のような態度もとれない。未来というものに対しても絶対をおくことができない。現在というところに対する反動主義といわれていますけれども、現在だって、不確かだから、これもとれないわけです。

だから、世の中が徐々に変わっていくことに対して、漸進的にグラジュアルに変えていくしかない。では、なにに依拠していけばいいかというと、理性というものを越えた存在です。つまり、常識の体系、集合的な知、歴史的に蓄積した経験知とか、こういうものに依拠しながら、徐々に変えていきましょうというのが、保守の考え方の中核にあるんです。

こういう考え方をとればとるほど、今の日本の保守って、だいたいどれもでたらめだと思うんです。僕はどう考えても、なんで保守って言っている人が橋下さんを応援できるのか、まったく理解できないんですけれども。真逆にある対極的な考え方ですね。

つまり、こういう施策をとれば、必ず未来はこうなるんだというような人間観および社会観、こういうものを、実は保守は徹底的に、懐疑的に見ているわけです。世界すべてのことを把握することはできず、確実な未来を予告することは、人間の能力を超えたものです。なぜなら、人間が非合理的な存在だから、ですよね。

そんな非合理的な人間が集合的に集まって社会をつくっている以上、「こうやれば、こうなる」といった確実な未来なんて予測できないわけですね。予測できるとしたら、過去の蓄積から「だいたいこうなるんじゃないでしょうか」ということぐらいしか言えないと思うんです。

「人口減少」を政治的に扱うときに生まれる危うい思想

中島平川さんの最初の人口の話に戻しながらと思うのですが、たとえば、人口減少という現象を食い止める政策をいろいろ出そうとするのは、ちょっと見方を変えると、この思考様式そのものが、僕は実はものすごく危うい思想につながっていく可能性があると思うんですね。

人口という問題を政治的に扱うのはものすごくデリケートな話でなければならないということをちゃんと歴史から学ばないといけないと思います。なぜかというと、人口の問題は、生殖や性の問題だからです。

この問題を徹底的に考えたのが、『性の歴史』を書いたフランスの哲学者であるミシェル・フーコーという人ですね。産業革命のときに人口が足らず、労働者をつくらなくてはいけない状況になった。ということは、どんどんとたくさん産み育ててくれるようなイデオロギーというものが必要になったんですね。そのために、なにが排除されたかというと、「産まない身体」というものです。あるいは、工業化にあわせた労働力に足らない身体というものは不必要であるというイデオロギーが出てきました。

そういうところから、障害をもった人たちが排除され、同性愛が非常に異端のものとして社会規範のなかから外されていく。そして、健全な男女の愛が正しい愛であるという観念が近代社会のなかに生まれてきて、いろんなところに権力的な作用を及ぼし、それのもっともグロテスクなかたちとして「優生学」という考え方が生まれてくる。そのことにフーコーは、やはり大きな問題として脱構築しようと考えたんだろうと思います。

つまり、人口減少というものを考え、それに対して、政治が介入しようとしたときに働く、ある見えない権力とはなにかというところに、僕たちはやはり繊細になっておかないといけない。労働力にならない、老人たちを支えることができない人間というものに対する非常に冷たい態度ですね。そこから、そういうものに対する排除の論理が生まれてくる可能性がある。としたら、僕たちは政治というものの在り方そのものを、もう少し捉えなおした方がいいんじゃないかと僕自身が考えていることなんですね。

日本の政党が掲げるマニフェストは、スーパーのチラシのようなもの

中島僕は「マニフェスト」というものが、だいっきらいなんですけれども、さっさとやめたほうがいいと思うんですね。マニフェストというものは、ざーーーっといろんな項目をあげてですね、「これそのままやったら、未来こうなりますよ」と。そんなわけないっていうのが、この二年間で証明されたわけです。

平川マニフェストでいいのは、「シュールレアリスム宣言」、それから「ダダ宣言」とかはいいんですよ。まさに芸術家が自らの身体を賭けて「世界をぶちこわすぞ!」という宣言だったんですけれども、今のマニフェストはマニフェストじゃないよね。

中島マニフェストって、英語でふたつあるんですよね。"manifesto"は、「共産党宣言」など、理念とか、「こういう世界にしていくぞ!」という宣言文です。で、いま、民主党や自民党がいっている、あのマニフェストは、"manifest"で、船の積み荷リストとかで使う言葉なんですね。インドの貨物列車に"manifest"とペターっと貼ってあるのを見たことがあるんですけれども・・・(笑)。

平川ああ、パッキングリストなのね。

中島たぶん、いま、民主党とかがやっているのは、パッキングリストの方の"manifest"なんですよ。理念なんて、なんにもなくて、「子ども手当いくらですよー」とかやって、全体的な統合的なモデルがないですね。

民主党のマニフェストで不思議だなと思ったのが、「縦に結びつく利権社会ではなく、横につながり合う『きずな』の社会をつくりたい」といったことがマニフェストに書いてあるんです。けれども、民主党のマニフェストは、教育に詳しい人が教育のところをつくり、福祉に詳しい人が福祉のところをつくるという縦型なんですよ。だから、優先順位もわからないまま、ばらんばらんになって、全部やらないという方向になってしまうわけですよね。

つまり、大切なのは、統合的な社会をこういうふうなモデルで考えていきましょうということです。たとえば、平川さんのように、経済成長しないのならば、小商いとかですね、別のモデルを考えていきましょうというのが本来の僕はマニフェストであって、スーパーのチラシみたいなものじゃないんですね。こういうところに、政策モデルの胡散臭さというものを感じてしまうんですよね。

平川そもそも、「人口減少が悪いことだ」っていうところから出発しているんだけど、これはプロパガンダなんですよね。人口が減少することは、いいとか悪いとかいう問題じゃないんですよ。

歴史認識をするときに、それをすぐにいいか悪いかという問題設定にしてしまう。たしかに経済成長しないと社会も活発にならないし、これは悪いよねと思いがちなんですね。でも、成長しない社会、人口が減少する社会って、僕らはぜんぜん経験したことがないわけです。わからないですよね、いいか悪いか。

わからないものに対して、バツだというレッテルをね、すぐに貼ってしまう。そもそも、いまの日本が悪い社会なんだということにも、ちょっと疑問を感じるんですね。いつの時代にも自分たちの生きている社会はよくないと人々は思うわけですよ。今の社会がいいとか悪いとかっていうのは、それを言うためには、歴史的な比較、あるいは空間的つまり他国との比較をして、どこに対して、いいとか悪いとかいう話になるだろうと思うんですね。そういうふうなことでいえば、いまの社会は全然悪くないと僕は思うんですね。アメリカよりはいいだろうし、中国やロシア、あるいは韓国なんかと比較しても、より悪いとはいえないでしょう。

ただ、なにかそこに社会の問題があるとすれば、僕がいま考えているのは、僕らが本来持っていたもの、歴史のなかで息づいてきた野生というものが、現代という時代は非常に希薄化しているんじゃないかなと思っています。

後編に続きます)

お便りはこちら

バックナンバー