特集

小田嶋隆さん×木村俊介さんトークイベント(前編)

2012.06.18更新

去る6月3日、三省堂書店神保町本店で『小田嶋隆のコラム道』の発刊を記念して、コラムニストの小田嶋隆さんとインタビュアーの木村俊介さんのトークイベントが行われました。

コラムは、道であって、到達点ではない。
だから、コラムを制作する者は、方法でなく、態度を身につけなければならない。

コラムが運んでいるのは、「事実」や「研究成果」や「メッセージ」のような、「積荷」ではない。わたくしどもは、船そのものを運んでいる。つまるところ、コラムニストとは、積荷を運ぶために海を渡るのではなく、航海それ自体のために帆をあげる人間たちを指す言葉なのだ。

(『小田嶋隆のコラム道』はじめにより)


コラムニストとインタビュアー。ともに「書く」ことを生業にされながらも、少し立ち位置が違うお二方。「書く」ことを通して生き様が見えてくる。流れるようなトークに、時間はあっという間に過ぎていきました。

(文:松井真平)


電話帳を読んでも歌にする

『小田嶋隆のコラム道』(小田嶋隆、ミシマ社)

『小田嶋隆のコラム道』(小田嶋隆、ミシマ社)

小田嶋こんにちは。小田嶋です。よろしくお願いします。

木村木村です。よろしくお願いします。早速ですが、今日はこの本に書いてないところを聞いていければと思っています。なぜかというと、まえがきで、

 

本書が試みたのは、その「手探り」の結果を列挙することではない。「手探り」の方法について、そのメソッドやプロセスを公開することでもない。


と書かれていまして、だからこそ、書かなかったところを聞けたらいいなと思っています。小田嶋さんはこの仕事を始められて28年になられるということで、書くプロセスのなかで転機だとか「書くってこういうことなんだな」と思ったことはいくつもあると思います。

小田嶋そうですね、最初は必要で書いちゃったから、「プロになる」という意欲もなく書き始めてしまったんですけど、2年目か3年目ですかね、「それでは通用しない」というわけでもないんですけど、そういうことを思いました。

誰でも書くネタというものは持ってるものなんですよ。木村さんはインタビューでご存知だと思いますが、料理人の方もみんな話が面白いじゃないですか。

木村はい。

小田嶋どんな人でも自分の仕事だとか、自分の唯一の失恋だとか、とても印象的で深く深く考えてることって一個や二個持ってるんですよね。そういう、経験に切実さのある話っていうのは、おそらく誰が聞いてもおもしろい。

でも、ライターって特に面白くないことでも書いて読ませなくちゃならない。「昼間テレビを見てたらつまらない女が出てきた。なんだこいつは?」と思ったと。「なんだ? と思って、ちょっとカチンと来た」とか、その程度の話を書かなくてはいけないときがある。そんなときは、やっぱり、ものを書く上でのプロの技巧が必要だなと。

木村ほんとですよね。

小田嶋それが3年目くらいですかね。「こんなどうでもいいことを書くのに、ただ書いたんじゃ誰も読んでくれない」と気づき始めて、少しずついろいろ考えてきた結果だと思います。

木村「どうでもいい話」というか、あまり人生のコアじゃないからこそ技巧が必要になってくる。

小田嶋そうですね。いわゆる新聞記者さんだとか毎日のように記事を書いている方の文章というのは割と抵抗なく書かれています。それは、話す内容が素晴らしいからじゃなくて、内容がゼロでも読まれるような文の形というか、語り口がある。昔、シャルル・アズナブールという歌手がいまして、その歌手は「電話帳を読んでも歌になる」と言われてたらしいんですよ。そういうところがないときっといけないんでしょうね。

木村ほんとですね。

小田嶋どんなくだらない文章を書いてもなんとなく読ませてしまうような「文体の力」なのか、「文章の技巧」なのか。ジャズのミュージシャンがただのモードなのかコードなのか、手癖で弾いてるような音楽でもちゃんと観客を魅了できるというのは、その辺のことをよく理解してるからなんだと思います。

文章は一個一個手づくり

小田嶋隆さん×木村俊介さん

木村ご自身のなかでそういう細部の些細なことでもネタにできるようになったと感じられたのはいつぐらいなんですか?

小田嶋いや、いまだにそれはね、「これはまずかったなぁ」と思うことはすごく多いです。だから、読者からの反響があってからじゃないと実はわかんないところがある。そういう自己評価は、私に限らず、ものを書く人間はみんな心細く思ってると思いますよ。

木村わかります。

小田嶋だから、こっちから見れば大傑作だと思っても、書いた後はすごく不安で、だからツイッターなんかで褒められると有頂天になる。

木村あぁ、それ危ない道ですね(笑)。

小田嶋危ない道。というか、怖いことですよね。

木村本書のなかの「モチベーションの話」でもおっしゃってましたが、変に許されすぎてしまうと急に書けなくなってしまうというか。あるんですよね。

小田嶋あと、たとえ多少収入や名声があっても、「ものを書く」という面倒くささと大変さってベテランだろうが初心者だろうがみんな同じじゃないですか。

木村そこが面白いところですよね。

小田嶋工業生産物と違って、人間が一個一個つくんなきゃいけない。浅草でせんべい焼いてるおばさんと一緒ですよね。あまり変わんないですよ。

木村ちょっとでもはやく書こうとするとまたバレちゃいますしね。簡単に。

小田嶋そうそうそう。ベルトコンベアみたいなものがあるといいんですが、粗製乱造すると明らかに質が落ちますから。

「書く」以外の仕事を持たない

木村そういうなかでコラムにだんだん仕事が特化していくと思うんですけど、自分の持ち味がわかってくるというか、その辺りのことは小田嶋さんご自身はどういう感じで捉えていらっしゃいますか。

小田嶋「コラムニスト」というのは後づけの名称で、結局注文生産なんですよ。基本的には「こういうのつくってください」と言われて書くので職人ですよね。始めから自分で企画を持ち込んだり、あるいは「オレはこういうのを書くんだ」とか、「オレのポイントはこれだ」という意識やテーマがあって取材に行くとかそういうものではない。その点が小説家やルポライター、あるいはジャーナリストとはまったく違うところだと思います。

木村そうですよね。だからこそ、その時々にすごいスターが現れては消えていったり、違う業界で活躍される方もいらっしゃいますからね。

小田嶋ただそれは必ずしも消えてるんじゃなくて、ライターみたいな七面倒くさい仕事よりもっといい仕事が来ちゃったということだと思うんですよ。私はコラムニストとして80年代からサブカルチャーとかいろいろな時代を経て唯一生き残ってる、みたいな言われ方をされますが、他の業界に行けないで取り残されてるからというところもある。これでね、名前が売れたり、女優と浮名が流れたり、そういうことがあればそっちに行ってた可能性もある。

木村そうですか(笑)。

小田嶋だからね、30代でひどい酔っぱらいになったのが失敗でしたね。

木村そこもすごく重要で、『コラム道』と同じような本で、スティーブン・キングの『小説作法』という本があるんですが、「書きながら飲んでたんだけど、そのうち飲みながら書くようになって」というような話があるんですね。すごく壮絶な戦いの体験が書かれていて、スティーブン・キングはその体験を経て、またいいものを書かれるようになっていった。

小田嶋さんにとってその体験って先週(2012年5月25日)のビジネスオンラインでも書かれてましたけど、どうなんですか?

小田嶋私にとっては、酒を飲んでも書くことそのものには何の貢献もなかった。なので、誤解している人がたまにいますけど、何か飲むとインスピレーションが得られるとか、そんなことは全然なくて、要するに酔っ払っている間はろくなものが書けないし、しらふに戻ったときに書くわけですからすごく時間が限られる。で、飲んだ酒の付き合いで人間関係が広がるとかいうけど、普通の飲み方してれば広がることもあるでしょうけど、狭まるばかりですよ。

木村そうですよね。ある限度を超えると。

小田嶋ある限度を超えると、そういうレベルの酒飲みとしか知り合いにならないから、ひどい知り合いができるんですよ。一種、足の引っ張り合いみたいな。いいことは何もなかった。ただ、ひとつだけあったとすると、退路を断つことができたということですね。これはとても大切なことで、「もうオレは書くという道以外生きる道はないぞ」と。

普通それは覚悟でできることなんですけど、覚悟するまでもなく、本当に退路がないんですよ。勤めようにも絶対雇ってくれるところなんてありゃしないだろうし、金を借りられるところからはお金借りちゃったし。他にじゃぁ何かひとりでできることはあるかというと、大体みんな電話すると逃げていくし。 となると多少とも10年この「書く」という仕事をやってきたんだから、ここにしがみつく以外にないぞと。そこで覚悟が固まるわけですね。

これでもバブルの頃はね、ちょうど80年代の終わりぐらいですかね。私はコラムニストともうひとつIT関係のテクニカルライターと名乗っていたので、企業の広報誌の仕事だったり、シンポジウムの語り手みたいなかたちで仕事がくることがあったんですね。そういう講演会で話すと、ものを書く仕事に比べて全然お金がいいわけですよ。一回話すだけで、1カ月汲々と書いてた分がもらえちゃう。だから、呑んだくれになってしまったんですが、そういう退路を断つ意味でお酒がすごく役に立っていた部分と、あとは、そこでそっちに行っちゃうと書くことができなくなるということがすごくある。

木村そうですよね。ほんとそこ重要なとこですよね。一見恵まれた境遇にあったり、受け入れられたことがあだになってしまうこともあるんですよね。

小田嶋だから、あまり売れすぎないということと、書く以外の仕事が発生しないということ。

木村そうですよね。

小田嶋大切なこと。

無能か、大家か

小田嶋隆さん×木村俊介さん

小田嶋ピーターの法則で、「人間はその人間が最終的に無能と呼ばれる水準まで出世する」ってありましたっけ。部長になるまでの実力があるやつは、部長にまではなる。部長になってしまうと、部長以上の才能がないから、無能になる。無能の限界のところまで人は出世すると。そうすると企業ってみんな無能なやつばっかりになる。

木村みんなそれぞれ(笑)。

小田嶋そうそう。課長どまりのやつは課長まで行くんですよ。で、課長どまりだから課長としてはもう限界で、その上に行けるような仕事はできないわけですよ。それ止まりのやつがみんな集まることになる。だから、何らかのクリエイティブなことをしたいやつは無能のふりをしていろと。

木村なるほど。上に行かないように。インタビューって、ノンフィクションの世界のなかの一分野だと思うんですけど、それはすごく感じます。ずっとインタビューとかライターですごくいい仕事をされてた方が、小説家になったとたんに、よくあるタイプの小説を書かれたり、もしくは、ノンフィクションでも歴史を探って行かれたとたんに「これは歴史家と比べるとどうなのかな?」みたいな方向に行ったり、やっぱりそういう無能の法則ってどこでもあるんですよね。

小田嶋変なステップアップをするとそこで無能になってることはありますよね。

木村そういうなかで、小田嶋さんはむしろどんどんおもしろくなってますよね。

小田嶋いや、そんなことはないですよ。結局、同じことを30年やった結果は、30年経たないと出てこないということかもしれない。

うちのじいさんがね。これ、すごくいい話みたいなんで話すんですけど、きっとNHKの「クローズアップ現代」みたいなところで話すとすごくいい話になって伝えられるに違いないと思うんですけど。

木村はい。

小田嶋うちのじいさんは、筆をつくってたんです。

木村はい。

小田嶋筆師と言いましてね、ま、不器用な人だったから筆は一生懸命つくってたんです。だけど戦後、戦争で負けたら書道というのは割と日本からなくなりつつあるものになってしまったんですね。そこで筆師はみんな食えなくなって、目端のきくやつはみんな転職したわけですよ。でも、うちのじいさんは不器用だったから食えないのにずっと筆師をやってたわけです。

そうしたら、昭和30年代くらいになって「学校書道」というやつが復活しましてね、急に筆の需要が爆発的に増えたんです。その時点で筆師って筆の世界からいなくなってたから、うちのじいさんはある日、日本でも有数の筆師になっていた。

木村なるほど。

小田嶋死ぬまでの数年間だけだったんですけど、日本一の書道家から注文が来たりして、大先生になった。もう死ぬ前だったから半病人で3時間くらい仕事してまた寝るという生き方だったんですが、それでも当時一日中働いてた親父なんかよりも何倍も稼いでましたね。

そういうふうに、同じことをずっと続けていると、本人の問題じゃなくて時代の方が一回りしてそのブームがやってくるというようなこともあるんですよね。

ウェブがコラムを変えた

小田嶋隆さん×木村俊介さん

木村コラムもそうでしょうね。いろんな見方でずっと試して、何周もまわってらっしゃるから、違う視点、もっと引いた視点でものを見ることができるようになる。

小田嶋それにね、コラムという仕事自体、雑誌のなかで場所がなかったりしたでしょ。雑誌も潰れて「コラムなんかじゃやってけないぞ」という時期も一時期あったんです。けど、ウェブメディアみたいなものができたことで、変な需要ができているということはあるかもしれないですね。

木村なるほど。小田嶋さんのコラムで新しいというか、おもしろいところは、特にウェブで、いま日経ビジネスオンラインで触れられてるものは、原稿用紙でいうと15枚くらいありますもんね。

小田嶋あれはもうコラムではないですよね。コラムって本当は枠の長さが短いからこそコラムと呼ぶべきもので、あれだけだらだらしたものはコラムじゃない。だから、昔から私のコラムを読んでくださってる方のなかでは、何度も「だらだら行ったり来たり長いぞ」と言う人はいますね。「ちゃんとくるっと回ってすたっと着地するように、綺麗に落ちてくれよ」みたいな、「落ちだけじゃなくて、話の運びをトントンストンと起承転結で、600字とか1200字とかで」って、あそこを求めている読者はまだいらっしゃる。

木村そうですか。600字とか1200字で一息で読んでポッというのも気持いいですけどね。CMみたいな感じで。一番難しいんですけどね。

小田嶋だから、あの日経で書いているような、あっちに行ってこっちに行って戻ってきたと思えば違う話になって、根気が尽きたから終わりね、みたいなね。ああいう文章というのは、ウェブだからできたもので、言ってみれば文章の芸というよりは、どちらかと言えば話芸に近い。

木村話芸に近くてしかもおもしろいですよね。寄り道をされたままけっこう長い間もどってこなかったりすることもできるというか、それはコラムだったら許されないことですもんね。

小田嶋で、結局伏線を張っときながら回収してないというかね。そういうこともあるんですよ。本当は、書物ってきちっとできているものですから、昔だったら編集者が赤入れて、「ここの伏線ですがどこで回収してるんでしょう?」「ここ、こっちで『まず第一に』って言ってますが、第二がないんですがどういうことですか?」とかそういう話で必ず言われるはずのものなんです。

だけど、落語を聞かれる方がいるかわからないですが、落語って聞いてみると本当にね、でたらめどころの話じゃなくて、全然話もまとめてないし、戻って終わりで、「え? これで終わりなんですか?」というのがすごく多いんですよ。だけど、話芸ってそれで行けるんですね。

木村そうですねぇ。

小田嶋だから、ウェブみたいなものができたおかげで枠がだらしなくなっちゃったんですけど、いろんなものがアリになっちゃったということでもありますよね。

ツイッターは捨てるのが惜しいから

木村ウェブ時代の書き手ということで、小田嶋さんもずっと書き続けられていて、ウェブがあることで読者の反応がすごくあるというか、小田嶋さんはかなり地雷を踏むようなことをされていますが、あれも書くことの仕事のひとつですよね。ごまかして変なことをやってるわけじゃなく、あるいは変に極端なことだけ言おうとしているわけでもなく、ずっと平熱に感じたことを書いてらしてる。

もちろん書いて精神的に落ち気味になられたりすると思います。そういうのも含めて、ウェブは小田嶋さんのスタイルに影響を与えられているものですよね。

小田嶋だけど、ツイッターは結局、ツイッターに書いたことをまとめるわけじゃないから。あれは、なんでしょうね、とりあえず出てきちゃったアイデアを吐き出しておくものですね。アイデアって出すと減るもんだと思ってる人が多いと思うんですけど、それはおそらく反対で、吐き出すことによってそれに派生して違うアイデアが出てくるということはよくあるんですよ。 思ったときにどこかに書いておくとそれをまた思い出す時があったり、それを違う角度から見ることがあったり、他で使えるんですよね。だから、お金にならないメディアにアイデアを出すのはもったいないと言う人がいるけどそんなことはないんですよ。

木村いつも書いていることがおもしろくて、例えばちょっとしたギャグでも、一行くらいで書くものっていうのはむしろ得する。得し放題だと。みんながよろこんでくれてそれでいいんだって。

小田嶋ツイッターで書くみたいな、一行書いてニヤッとさせて終わりというものは、実は文章のなかに混ぜるとそのなかで浮いたりするんですよ。あまり使えないというか、それはそれでおもしろいんだけど、その一行ネタってキャプションでしか使えなかったりする。だけど、せっかく思いついたのに捨てるのも惜しいからこういうところで笑ってもらうというのは悪いことじゃないと私は思ってますけどね。

(後編に続きます)

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