特集

小田嶋隆さん×木村俊介さんトークイベント(後編)

2012.06.19更新

6月3日、三省堂書店神保町本店で行われた『小田嶋隆のコラム道』発刊記念のトークイベントの後編をお届けします。前編では、文章の書き方や、道の究め方、話芸に近づくウェブのコラム、と話が展開しました。後編では小田嶋隆さんの読書法や言葉を持っているインタビュイーの話、言葉との距離の取り方へと話は移ります。

(文:松井真平)

前編はこちらから


言語から離れた言葉で語る

小田嶋隆さん×木村俊介さん

木村小田嶋さんが書くものをすごくおもしろく読んでるんですけど、小田嶋さんがいま読んでいる本で、何かおもしろいものはありますか?

小田嶋えっとね、私はそんなに読書家じゃないんですよ。

木村もちろんお仕事とかありますからね。なかなか時間もないでしょうけど。

小田嶋いや、仕事も大してしてないんですけど。なんて言うんでしょうかね、読んで面白いなと思っちゃうのはすごく難しいものだったり。だから、それこそ海外のアメリカ文学の難しいものとか、が一番。で、わかんないものを読むのが好きかもしれないですね。

説明しにくいんですけど、例えば、読んでみたけど半分くらいしかわからないと。だけど、半分しかわからないものを読んだときって頭をものすごく使ってるわけですよ。理解は届いてないんですけど、その届いてないものに頭を使ったということの余韻でものを書けるということがある。だから、スラスラ読めてスイスイわかっちゃうものっていうのは。

木村位置が変わってないんですね。

小田嶋そうそう。こっちの立ち位置が変わってないんです。だから、泳ぐときに水をかかないでも進めるプールがあって、寝っ転がってても長時間泳いでいられるというのでは、体力がつかないというか、何も得ることがない。だけど、例えばすごい急流でちょっとウカウカするとすぐ溺れて死んじゃうぞ、というところで、たった20秒でいいからその急流を渡ったとかね。そういうのって、命からがら渡ったことの何かが残る気がするんですよ。

木村本当にそれも読書の面白味ですよね。

小田嶋だから、わかんないものとか難しいものが好きですね。

木村なるほど。だからこそフィリップ・ロスとか。

小田嶋そうそう。ソール・ベローとかね。『キャッチ22』のジョーゼフ・ヘラーですか。あの辺が好きですね。しかも英語のものを英語で読んでみるとかね。これのわからなさとかまた。

木村また立体的になりますもんね。

小田嶋で、こないだ誰と話してたんだか。村上春樹さんの小説、私も好きですけど、彼の小説はすごく翻訳をやった人の文章じゃないですか。彼に限らないけど、翻訳をやったり外国語を他に何か持ってる人が日本語に立ち向かうときって、一回離れたところから日本語を見ることになるんですよ。

木村そうですね。

小田嶋そうすると、日本語に対して自覚的になるじゃないですか。そこから組み立てた文章というのは独特ですよね。村上春樹さんの文章って少し日本語として不自然ではあるけれど、日本語に対して自覚的な人間が書いてるにおいがする。

木村しますね。

小田嶋何かそれがすごく大切な気がするんですよ。この本に書いてないことを言えばね。

木村不自然なんだけど、でもそのなかでは全部リズムが自律的に動いているというか。

小田嶋外国語に一度も触れたことのない人間はああいう文章って絶対に書かないですよ。文章がうまい人でも、日本語だけを知ってる人が書くとやっぱり日本語で綺麗なリズムとか日本語固有の世界とか日本語ならではの構文構造のなかでしかものを書かない。

木村村上春樹さんのものってどこか抵抗感があったり気持ちが悪かったり、逆に目が開かれたりするような気がするのは、あの人の文章は英語を翻訳した文章の何かを持ってるからじゃないかという気がする。

仕事で違う言語感覚

小田嶋隆さん×木村俊介さん

小田嶋木村さんが書いていらっしゃった『仕事の話』(文春文庫)で、佐藤卓さんのインタビューを僕はおもしろく読んだんですけど、形だとか色を扱ってる人たちの言語感覚っておもしろいですよね。

木村おもしろいですよね。「あ、そこ見てたんだ」って思いますよね。

小田嶋昔、インタビューをさせてもらったデザイナーさんがおっしゃってたのは、「我々は形で何かを表現する商売をしている」と。何か自分のなかにあるものを形にしないと人に伝えられないという商売をしている。だけど、考えているときは我々だって言葉で考えてるんだと。

木村うんうん。論理なんですね。

小田嶋「だから、自分たちがつくった形は人に言葉で説明できないとダメだと思ってる」というふうに言ってたんですよ。

木村そこもすごくおもしろい話で、佐藤卓さんも、説明できない仕事、センスだけでやった仕事は継続できなくなってしまいがちと言ってました。成功した場合はいいけど、失敗したときは理由をみんなが点検できないから次の仕事が来なくなる。だけど、ちゃんと具体的な理由を納得した上で市場に出した場合は、成功した場合でも失敗した場合でもお互い仕事としてフィードバックできると。感性以外の言葉で「なぜ、このデザインが必要なのか」ということを説明できることが、デザイナーが社会で機能するためには必要なんだ、ということを言っていました。おもしろいですね。

小田嶋あと、その佐藤さんのインタビューを見てておもしろいなと思ったのは、「もともとデザイナーは匿名性の強い仕事で、商品と顧客をつなげる方法を見つけることが役割なんだ」っていう話をなさってたじゃないですか。ああいう言葉ってね、やっぱり、我々みたいな言葉ばっかり考えている人間からは出てこないんですよ。言葉を形だとか違うところから探しに行っている人たちは、何かそういう言葉が思いついてくるんですよね。

言葉そのものを扱う人間が言葉について話しちゃうと自家撞着というのか、自己言及というのか。やっぱりね、他の分野で何かやってる人たちの言葉っていうのは、それはそれでおもしろい。

伝わってないけどおもしろい

木村前にイチローさんの語録(『イチロー262のメッセージ』(ぴあ))をまとめた本をつくらせていただいたことがあって、その本を宮里藍さんも読んでいてくださってたんですね。おもしろかったのは、宮里さんは「自分の力を完全には発揮できない時は、それを相手に悟られないようにしないといけません。」という、そういう駆け引きのところが一番おもしろいと言っていたんですよ。要するに、我々がおもしろいと思うところとは違うところを吸収してるんだなと。

小田嶋イチローという人のインタビューを時々見て驚くんですけど、7割ぐらいは伝わってないですよね。

木村そうですよね(笑)。最近ではイチローさんか本田(圭祐)さんか。それの両極ですよね。

小田嶋あの伝わらなさ加減というのは普通の人はできないですよ。だって、もっとわかるように話しちゃいますもん。全然違う球が返ってくるんですよ。ああいう方は。

木村というか、質問には基本答えない(笑)。

小田嶋そうですよね(笑)。こっちが質問することと関係ないこと言ってるでしょ。あれすごいですよね。

本田の場合は真面目だから、聞かれたことについて真正面から答えるんだけど、彼の伝わらなさは表現が下手なのもあるんですけど、予定調和の答えは絶対にしないんですよ。聞かれた言葉について必ず自分で考えて、自分の組み立てでしゃべる。だから、あれでも3割くらいしか伝わらないですよね。

木村予定調和にしない人は僕らインタビューアーにとっては助かるんですよ。伝わらないからおもしろい。というか、わかっちゃう人はおもしろくない。

小田嶋そうそう。「ここではこういう答えをして欲しいんだな」ということを察知して言葉を投げてくる人たちって、いっぱいいるじゃないですか。

木村いますいます。すごくいます。

小田嶋「あ、これ、ここはこう答えるところなんだな」「それじゃ、15秒でこれ言えばいいの?」みたいな、そういう職人みたいな人たち。あれはね、本当に扱いに困るというか。

木村現実を見ての言葉じゃなくて、用意されたものになっちゃってるから。

小田嶋ですよね。

木村本人だって、何でそれ言っちゃってるのかわからない話が聞きたいんですよね。なんか、もっと口ごもったりするほうがおもしろいわけですし。

小田嶋例えば、本田とかって、「どうしてあそこは逆サイドにパスじゃなかったんですか?」っていう質問について20分くらいしゃべるでしょ。

木村素敵ですよね(笑)。

小田嶋普通じゃないですよね。

木村だって、文脈があるわけですからね。

小田嶋あいつにはあいつの論理がある。「そこで逆サイドじゃないでしょ」っていうところで簡単には結論にいけない。そんな一言で話せるような短い話じゃないっていうのが彼のなかにある。だから、彼にライターになれって言っても無理ですよね。「なぜ逆サイドじゃないんですか?」で20分語っちゃうやつって、要約能力がないわけですから。 でも、おもしろいかどうかっていうのは、わかるかわからないかじゃなくて、それだけの内実があるかどうかですよね。

木村うん。ほんとにそうで、僕も自分の地の文で勝負するんじゃなくて、人の話を聞きたいのは、小田嶋さんもそうだし、料理人なんかもそうだけども、みんな奴隷の様にその場で働いてて書いたりする時間なんて絶対にない。だけど、すごく輝いてて。

小田嶋料理人の話はすごくおもしろかったです。あの人たちってあんなに考えてるんだなって。

木村そうそう。書き言葉は持ってないんだけど、ご本人は言葉を持っている。

小田嶋我々が想像している料理人の生活とか思想じゃないんですよね。なんだかとんでもないことを考えてるんですね。

伝えるために距離をとる

小田嶋隆さん×木村俊介さん

小田嶋誰だったかな、昔、本のなかで読んだのか誰かが言ってたのか、「人間はね、どんなに聞かれて嫌なことでも、本当はしゃべりたいんだ」って。

木村うん。それおもしろいですね。

小田嶋自分にとって一番深いトラウマや傷は誰にでもホイホイ話したくはないけど、どこかわかってくれる人がいて、ちゃんとした形であるなら話してみたいという願望はどこかで持ってるんです。

木村そこがおもしろいんですよね。その人がかなりの時間を割いているわけですから、自分の人生のなかで。

小田嶋そうですね。実は一番考えている。コラムを書くときもね、自分のなかにアイデアという程のものではないですけど、「自分が何を考えてるのか?」ということって、普段の自分のなかからは出てこないものがあるんです。

木村はい。

小田嶋だから、「え、おれはこんなこと考えてたの?」っていうことが出てきたときは、ちょっと成功なんですね。

木村それもおもしろいですよね。コラムを書く緊張感。試合みたいな。インタビューなんかもそうなんですよ。その時間の本番感から出てくるものがある。

小田嶋そうですね。だから、自分の奥深いところにあったずっと抑圧していた気持ちみたいなものが出てくるときがある。何かに触発されてね。

木村日常からはなかなか出てこないですよね。

小田嶋ただ、それを出すときの力加減があって、例えば、自分が「どう思ってるか」と、「どう書くか」は少し違うことで、わかりやすい例で言うと、原発をね「私反対です」と。

木村はい。

小田嶋で、「どれぐらい反対ですか?」っていうのにはグラデーションがあるでしょ。「全然反対です」って言うのと、「まぁ、若干反対な方です」とかね。

木村「長い目で見れば」みたいな意見もあれば。

小田嶋それで、政治的な問題だとか、なんて言うんでしょうね、争点がすごく熱くなる問題については、私は大体真ん中よりにすることにしてるんですよ。「まぁ、推進派の人たちの言うこともわかんないでもないけどさ」くらいの書き方をします。

木村わかります。それ、たぶん一人称の設定と似てる問題ですよね。この文は割とニュートラルにしておかないと、かえってわかってもらえなくなってくるとか。

小田嶋そうですね。最初に「原発はとにかくなくさないといけない。あんなものは人類にとって〇〇である」って言っちゃうと、それを読んだ瞬間に、いろんな人がひいていく図が見えるじゃないですか。だから、最終的にそっちに話をするんでも、なんか歩み寄ったような書き方をする必要がある。やり方としては汚いと言えば汚いんですけど、言葉の出し入れの仕方としてはそうですよね。

木村その書き方おもしろいですよね。小田嶋さんよりすこし上の年代の方々は、僕文体を使うから、最初から自分の意見をかなり衒いもなく出して、でもその流れのなかの文章の面白さで読ませるところもあるんですけど、今の話は、そういう書き方ではないですもんね。

小田嶋それを岡(康道)が言ってたんですけどね、広告の方では、論理で考えたものは、感性で説明する。感受性で感じたものは論理で説明すると。「これ綺麗だね」っていう話は、綺麗だっていうことで攻めてもしょうがないから、「あと15秒しかないところで5回言わないといけません」とか、「ここにこの主張を持ってこないとこのプレゼンは落ちません」とか、そういう論理の話をするらしいんですよ。自分が綺麗だと思ってつけたコピーはね。だけど、論理でつくったコピーライティングなり、シナリオがあったら、そこはね「おもいっきり綺麗さを推していきましょうよ」っていう推し方をするらしいんですよ。

木村それはコラムでも言えますよね。

小田嶋そうそう。だから、なんか自分が「こっち側を信じちゃってるな」と思うことについては、なるべくニュートラルな言い方をしています。

木村そうですよね。やっぱり、「書く」ことって距離、大事ですもんね。

小田嶋自分がどっちでもいいことについては割と極端に言ってみるとかね。それはしょっちゅうやってます。

木村やってますよね(笑)。

小田嶋実は「本当はどっちでもいいんだ」というね。いろんなことについてどっちでもいいんですけど。だから、「おれがどう思うか」ということと、「どう書くか」は全然別の話ということですね。まぁ、それが結局、政治家やジャーナリストじゃなくてコラムニストだ、というところだと思うんですけど。これがジャーナリストだったりすると正直にあくまで自分の主張を書いていくんだとか、そういうふうじゃないといけないのかもしれないけど。私はそういうことはあまり。

木村面白いですね。やっぱりあと、いろいろな職業の方が成熟の方向に向かうなかで、ずっと特異なことを続けてる方って僕すごくいいなと思って見てるんですね。小田嶋さんはずっとコラムをやって来られて、いまもずっとやられている。その面白味って、この本に書いてあることなんですが、どういうところが。

小田嶋でもね、コラムを書くことそのものはそれとして面白いわけじゃないかもしれないな。

木村あぁ、なるほど。

小田嶋例えばコラムニストじゃなくても、一回、いろんなものを短い文章の形に直すという手続きを踏んでから世界を見ると、整理がつきやすいかなという感じがする。

木村やっぱり、一個一個短編の世界なんですね。

小田嶋うん。そう。だからといって、必ずしも整理はつかないんですけどね。

木村というところで、そろそろ時間ですね・・・。

三島あっという間に1時間が過ぎてしまいました。コラムとインタビュー。一見すごく違う形式のものなのかなと思っていたんですが、締切りや限られた時間のなかで、いろんな角度から言葉を引き出していく技術や、わざと違う表現をしたり、振り幅をつくったり。そういうところも案外近いところがあるのかもなということを初めて思いました。では、ここで少し質疑応答の時間に移りたいと思います。

質疑応答「ツイッターは上手な返しができるリプライだけ返してます(笑)」

小田嶋隆さん×木村俊介さん

Q 評論というと「固いもの」というイメージがあるんですけど、コラムとエッセイってどう違うのかなと?

小田嶋そんなには違わないかもしれないですけど、コラムはきっと枠のなかで文字数が決まっていて、ある程度形式があるものですよね。エッセイはもう少し身辺雑記だったり感想だったり、主題がなくてもいい。読み物としてその人の人と成りが表れてればいいという割と人寄りのものですよね。

だから、コラムはもう少し対象よりのものですよ。「この話題を書いていますよ」というときにはその話題について、あるいは論評するんだったら論評する。政治なら政治、経済なら経済。経済コラム、政治コラム、〇〇コラム、といってコラムには対象に近づいた何かがある。でも、エッセイというやつは、書いた人間に属している。すごく属人的なものですよね。だからこそ日本はエッセイスト・クラブ賞みたいな賞はだいたい女優さんが持っていくんですよ。というのは、どうせ人が書くもので、その人と成りが大切だということは、綺麗な人が一番いいじゃないか、みたいなところがあって、文章がくだらなくても綺麗な人が書いてればいいだろうみたいなところがエッセイにはあると。オレはそう思っています。ちょっと偏見ですけどね。

会場(笑)。

小田嶋でもみんな女優さんが書いたエッセイ好きなんですよ。

木村好きですよね。

小田嶋ああいうものをね、女優さんじゃない人が書いたら全然駄目ですよ。「昨日どこどこで春が来てて、庭の池にカエルがどうのこうの」とかね。

木村この本のなかでも季節に関しては厳しく言ってますよね。季節性で何かに結ぼうとするものに対して(笑)。

Q 小田嶋さんに質問なんですけど、ツイッターで、相手からいろいろ批判的なツイートを返されて、そこに対して割と無視してもいいのかな、というようなくだらないようなことにもわざわざ答えていますよね。僕なんかは、くだらないことに対して気分が落ちちゃったりして、たまに読むのをやめたりするんですけども、それに答えてらっしゃるなかで、気分が落ちないでいられてすごいなと。

小田嶋あれはね、そちらからそちらのタイムラインで見ていると、私がいろいろくだらないなりに真面目に答えているように思うかもしれないけど、上手な返しができるリプライにだけ返してるんですよ。

会場(笑)。

小田嶋だから、本当に痛いところを突かれてどうしようもないときは放置しているわけです。だから、ちゃんと言い返せるやつには一本とってるわけです。だけど、完全にこっちがやられてて、どうにもぐうの音も出ないときは黙ってるんです。

会場(笑)。

小田嶋そうなんです。

木村一本とってるやつばっかりね、「君はもう、どうでもいいから村上春樹のバーテンダーみたいな言い方はやめなさい」とか。

小田嶋ああいうツッコミどころのあるやつはちゃんと相手するんです。

木村あの後何回も相手してましたからね。

小田嶋こいつは美味しいやつだなと思うからどんどん相手をするんですけど、ちゃんときちっとね、痛いところを一言でずばっと突いてくるやつがいるんですよ。これはね、言い返しても変だし、ごめんなさいって謝っちゃうのも格好悪いし。だから、無視しちゃうんです。そういうのもいくつかあるんですよ。だから、勝てる戦いしかしないんです。

木村いや、すごくいい質問でしたね。

三島よい質問でしたね。ありがとうございました。

というところで、時間になりましたので、このへんで今日のトークイベントを終りにしたいと思います。どうもありがとうございました。

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