今月の特集1

座談会 「みんなの時代」がやってきた!? Yeah! Yeah! Yeah!!

2013.04.04更新

座談会 「みんなの時代」がやってきた!? Yeah! Yeah! Yeah!!

 4日目

 建築家・光嶋裕介さんと株式会社はてな・近藤淳也さんとの鼎談も、今日が最終日です。
 「思い込みなどによって排除しない」ように心がける光嶋さん。
 「夢を持つことの力で仕事をする」ことの大切さを指摘した近藤さん。
 「面白そう」の直感から「みんなのミシマガジン」を始めた三島。
 対話を重ねるにつれ、少しずつ「みんな」の輪郭が浮かびあがってきました。
 光嶋、近藤両氏が「みんなのミシマガジン」に期待することは何か。
 そこにはきっと、現代という時代が欲している「何か」が反映しているはずです。
 それをしっかりつかみとり、形にせねばーー。
 いよいよ、「みんなの時代」の船出です。

(文:三島邦弘)


身体性が回復するようなメディアを。

三島なんとなく面白そうだから、で突き進もうとするのがミシマ社ではありますが、一方で、ライフスタイル含めた提案をするのが、雑誌じゃないかという指摘もあると思うんです。

光嶋設計でいうと、ライフスタイルを内包するのが難しいですからねぇ。もちろん、意図するんですが、いったんつくってしまったら、予想外の使われ方をしたりしますから。たとえば内田先生に座ってもらおうと思っていたベンチが本棚状態だったり、なんでもない窪みに椅子を置いて座り、「ここ、気持ちいいね」と言われたりする。こっちは、「ええ~」となるんですが、それでいいと思うんです。

三島うん。

光嶋なぜそこを先生が選んだのか。いまはまだ、わからない。微妙に東から差すあの光が心地よかったり、とにかくファクターが多すぎる。それで、今、なんとなくわかっているのは、計画しすぎないこと。

三島それは得意です(笑)

光嶋(笑)。ここにこうしてほしい、ここにもこうしてほしい、という風に計画段階で行動を限定するのは難しい。じゃあ、だからといって、学生が設計課題でよく使う、「ここに、フレキシブルな空間を」というのは絶対ダメ。

一同

光嶋計画しすぎないのもダメ。何も設計しないで、「ここは8畳の部屋です。どうぞフレキシブルに使ってください」と言うのではダメなんです。

三島目に浮かびます。

光嶋余白を残すんです。そのバランスですね。
「みんなの家」でいえば、合気道の道場であるというファンクションがパブリック性をまずつかむ。そこから先は自由なんです。200人という道場を使う門人が母体として存在したら、そこからは、設計者の想像を遥かに超えてみなが建築をつかっていきます。結婚式をする人も、かるた大会やろうと言い出したり、コンサートがしたいという人が出るなんて、設計段階では想像できなかった。秋には、落語まで企画されている。

三島ミシマガジンも同じでありたいです。どう読まれるか、どこで読まれるか。予想もつかないところが楽しみ。
ひとつだけ、「気持ちいい」を共有したいという思いはあります。

光嶋ほ~、気持ちいい。

三島当初、デザイナーの多聞さんと打ち合わせするなかで、身体性を回復するメディアをめざすって言ったんです。

光嶋そりゃまた難しい。

三島よくわからないけど、毎月届いてきたら、何か気持ちよくなっていた、とか。

多聞ずっと仕事をしていた人が料理をしたら、身体がすこし開いた、というような感じで。きっかけですよね。

光嶋眠っていた身体感覚をプロヴォークするんですね。

三島ええ。

ちゃぶ台みたいな雑誌

光嶋なるほど~、今、想像してみたんですが、身体をプロヴォークする雑誌ってどんなものになるんでしょうね? 1巻から10巻までいったらどうなるやろって。
それで単純な疑問なんですが、これまでいろんな雑誌があるなかで、「みんなのミシマガジン」ってどういうもんなんですか?

一同

光嶋プロセスに対するマニフェストであっても、文芸雑誌であるとか、旅雑誌であるとか、軸となるようなコンセプトは・・・

三島総合雑誌です。

光嶋そうごうざっし。それ、まだ答えになってない(笑)

三島国民雑誌。

光嶋こくみんざっし。笑

三島う~ん、ちゃぶ台みたいなもんですかねぇ。
そこで、いろんなことが行われる。高度な議論から、ぼんやりする時間まである。もちろん、ちゃぶ台を囲む世代もまちまちですよね。解釈もバラバラだし。
そういう雑誌でありたいんです。

光嶋ああ~。

三島あと加えると、この一冊でなんとか生きていくには十分な情報が入っている、という本(紙版)でしょうか。

光嶋どう二度おいしくするか(どう紙版を魅力的にするか)、は多聞さん(笑)

三島デザイン面で実現してくださるはずです(笑)

光嶋二度おいしい。サポーター制というのが、今回のミソだと思いますよ。
ネットはタダである。という大前提があるなかで、今回の「みんなのミシマガジン」はネットはタダ、紙版はウェブの運営費を出してくれるサポーターに。
というなかで、いろんな読み方が可能になると思うんです。

ネットは読まない、紙だけという人。ネットでタダなんだからとそれで十分と言う人、ネットではなかったけど紙ではこんなのが、というのを見つける人もいるでしょう。
そういう「みんな」を満足させられる豊かさをどうつくれるか。どうプロヴォークさせられるか。

三島まあ、驚きますよ(笑)。

光嶋おお~。

4月号の紙版は、5月の初旬に。

近藤先日、企画会議に入れていただいたんですよ。

三島来ていただいたんです(笑)

近藤そこで、これがミシマガジンだというのを見ましたよ。
たしかに出てくるのが教養とかカテゴライズするのは難しいかなという感じはします。
が、とにかく、面白かったんです。
楽しい「気」みたいなのがあって、それを毎月届けてもらえるんだろうな、と思うんです。


ミシマ社さんの本は、いつも幸せそうに見えます。
そんな本を作り出すミシマ社さんという会社もまた、自然体で楽しそうです。
みんなのミシマガジンは、そんな幸せを毎日、そして毎月、定期的におすそ分けしてもらえる仕組みなのかな、と感じています。
これからの展開を楽しみにしています!
ーー近藤淳也


応援コメントにこう書きましたが、その「幸せのおすそ分け」の姿を見た気がしたんです。

座談会 「みんなの時代」がやってきた!? YEAH! YEAH! YEAH!!

三島おお~、近藤さん! ありがとうございます~~。

光嶋ところで紙版はいつ届くんですか?

三島5月の初旬です。

光嶋4月号が?

三島はい。

光嶋まったく時代と逆行してるんですね。ふつう4月号は3月に出るけど。は~~。



☆まとめ

 4回にわたって、「みんなの時代がやってきた!?」というお題の鼎談を掲載しました。
 第一回の冒頭で掲げたいくつかの疑問に十分お答えできたでしょうか?
 「みんなの〜」「みんなの時代」の意味は、けっして一面的ではない。
 ということを私自身、あらためて痛感しましたが、鼎談を終え、ひとつだけ確信を持つことができました。

 それは、「みんなの時代」が確実にやってきている、というものです。
 少しだけ説明をさせてください。

 「みんな」には、大きく分けて二つの意味があると思います。
 ひとつは、表面的な意味での「みんな」。世界中みんなが、というときの「みんな」です。
 もうひとつは、一人ひとりの積み重ねの結果として生じる「みんな」。
 前者が、白紙の「みんな」なのに対し、後者は小さな点がいっぱい集まってできた「みんな」。
 白紙の「みんな」には、残念ながら「私」はいません。

 では、これはどうでしょう?

 「世界中みんなが平和で暮らせますように」

 この標語にある「みんな」こそが、今回の鼎談での中心議題でありました。
つまり、この言葉を、きれいごと、形式的な言葉に過ぎないとして斥(しりぞ)けていいのか?
 それとも、人類の希求すべき深遠なる言葉としてとらえるべきか?
 どちらが正解なのか、と考えると、どちらの可能性もあるでしょう。たとえば、戦争で両親を失った少女が、ぼそっと声を絞り出したとき。

 「世界中みんなが~」

 このとき、この言葉を形式的だと見なすことは誰にもできないはずです。
 一字一句たがわぬ言葉が、表面的にもなり、血の通ったものにもなる。
 少女の口から漏れた「みんな」は、不特定多数の白紙でしかない点では、ただの白紙と違いはわかりません。けれど、何かが確実に違う。

 その違いは、きっと輝きの違いです。言葉に血が通ったとき、人を身体レベルで揺さぶるとき、真っ白な紙がぱっと光を放ち、輝くように感じられます。
 もちろん、どちらの紙もつぶさに見れば、小さな点の、ちいさな白い点の集まりなのでしょう。
 ただ、そのちいさな白い点が光を放っているのと、点であることもわからないほど平板な白紙との違いです。

 では、その光った白紙の「みんな」は、点が集まってできた「みんな」と何が違うのでしょう。
 それはきっと集まり方なのだと思います。
 ひとつひとつ積み上げて、というより、強いひとつの光が一瞬にして周りに伝播し、すべての白い点が光りだし、その光の束が集まったもの。それが、光った白紙なのだと思います。
 そして、その光る白紙のあり方は、おそらくマスメディアと呼ばれるものが目指してきたことでもあると思うのです。

 強いひとつの光が大きな全体(「枠」)に伝播する。

 国民的なにか、は初期マスメディアがなければけっして生まれていなかったろうと思います。
 しかし・・・。
 いまも、その側面はありますが、初期の「熱」は薄れ、形骸化した「枠」だけが残ってしまっている。そして、その何十万、何百万という白紙の「枠」に届けることだけが目的となる。その目的を果たすため、強い光(だけど、魂から湧き上がった少女の声なき叫びではない、人工的な光)で、その「枠」を無理にでも光らせようとする。
 そういう面が強くなっているような気がしてなりません。
 あるいは、メディア側の人間たちも、そうすることのむなしさを感じながらも、「他の方法」を見つけられずにいるのでしょう。

 長くなりましたが、今回の鼎談を通して、私がつかんだ確信とはこういうことです。

 何万、何十万、何百万という「枠」ありき、ではないメディアをめざそう。
 そして、サポーターという一人ひとりの方々に向けて、光を発しよう。
 その積み重ねが、血の通った「みんな」となることを信じて。
 目の前のひとりに向けて。

 「みんなのミシマガジン」という雑誌は、そこから始めることにしました。

 ある意味、当たり前ともいえます。
 ただ、その当たり前が当たり前として通る時代がやってきた。

 私は、そのことを確信したのです。

 その具体的方法については、鼎談で、近藤さん、光嶋さんがいっぱいヒントをくださいました。
 それを愚直に実行していこうと思います。
 おそらく、メディア以外のお仕事の方も、「これからのみんな(血の通った個の集まりとしてのみんな)」を実現していくことが求められていると思います。ぜひ、お二人のアイディアを生かしていただければ、これほど嬉しいことはありません。

 「みんなのミシマガジン」――小舟ではありますが、力強く、未知なる海へと漕ぎ出しました!

三島邦弘



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光嶋裕介(こうしま・ゆうすけ)
1979年米ニュージャージー州生まれ。早稲田大学理工学部建築家卒。大学院修了後、独ベルリンの建築事務所ザウアブルッフ、ハットン、アーキテクツに4年間勤務。2008年に帰国し、光嶋裕介建築設計事務所を主宰。2012年より首都大学東京助教。ドローイング集『幻想都市風景』(羽鳥書店)、著書に『みんなの家。』(アルテスパブリッシング)。
http://www.ykas.jp/index.htm

近藤淳也(こんどう・じゅんや)
1975年三重県生まれ。京都大学理学部卒。2000年同大学院中退後、2001年7月に「人力検索はてな」を開始し、有限会社はてなを京都で設立。2003年「はてなダイアリー」サービス開始、2004年2月に株式会社はてなに改組。現在、京都に本社、東京に本店がある。著書に『「へんな会社」のつくり方』(翔泳社)。
http://www.hatena.ne.jp/

三島邦弘(みしま・くにひろ)
1975年京都生まれ。2006年10月に株式会社ミシマ社を設立。原点回帰の出版社を標榜し、現在、東京・自由が丘と京都で活動中。「みんなのミシマガジン」編集長。

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