今月の特集1

ボクは悩める坊さん。~ミッセイ和尚、2冊目を書きあげることができるのか?

2013.05.07更新

   

第一回 悩める坊さん、やってくる。

 一冊の本を書きあげる――。それはときに、登山家がエベレスト級の山に挑戦するのにひとしい覚悟と苦難を要する。それでも人は本を書こうとする。いや、書かねばならない。そこに、「山」ならぬ、「読者」がいるかぎり。すべてをわかったうえで、命を賭(と)して書き上げようとする存在、それが書き手、作家というものだろう。

 今ここにひとりの悩めるお坊さんがいる。
 その名を白川密成という。齢(よわい)34にして、四国は愛媛の今治・栄福寺住職であり、一児の父でもある。若き住職、31歳のまだ独身だった時代に、一冊の本を書きあげた。題名は、『ボクは坊さん。』。その名の通り、自身の坊さん体験をつづった内容である。24歳で突然住職になったミッセイ和尚は、ずっと、坊さんライフを坊さんだけが独占するのはもったいない、と思っていた。その積年の思いを、ポップソングのような言葉で伝えようとした。
 幸運にも、話題になった。発刊直後から話題になり、即重版。現在、すでに7刷を数える。映画化の話まで進んでいるほどである。
 発刊時、住職は「著者インタビュー」のたびにこんなことを述べていた。

「一冊目の本は、それまでの人生を詰め込んだベストアルバムのようなもの。すべてを出し切ったあとの二枚目のアルバム、つまり二冊目以降がむずかしいと思うんです」

 和尚の言葉に偽りなし。
 自らの説法に説得力をもたせるかのように、その通りのことが彼の身に起こる。

 書けない・・・。

 一冊目から2年後に、『空海さんに聞いてみよう』(徳間書店)という本を出したものの、それは『ボクは坊さん。』の流れには位置しない一冊。
 彼が一冊目に切り拓いた世界をさらに豊かにする「次」の一冊が、どうしても書けない・・・。

 2013年3月31日――。
 『ボクは坊さん。』刊行から3年以上が経ち、本来なら「次」がもう出ているはずの時期である。
 その日、「坊さん」は京都の南のはずれ、城陽市の一軒家にやってきた。
 「寺子屋ミシマ社」と称するイベントにゲストとして招かれたのであった。
 招待文には、こう記されていた。

「悩める坊さんをみんなで救おう(笑)」。

 ゲストを誘う文句としては、なんとも失礼な言い方である。いくらなんでも、(笑)はないだろう。
 穏やかな和尚として慕われているミッセイ和尚も、このときばかりはさすがに・・・。
いいえ。
 キレる、どころか、手を合わせて感謝すらしたという。

「どうか私を救ってください」

 いつも懇願される立場の住職が懇願する立場になっていた。
 そうして神か仏か、それとも何かにすがりつくような気持ちで、(たぶん)、会場である「ミシマ社の本屋さん」へとやってこられた。
 そこには、20名ほどの衆人が待機していた。「ミッセイさん再生」を願うファンや一般の方々が・・・。
 呼びかけ人は、『ボクは坊さん。』の編集者であるミシマクニヒロ。
 果たして、彼、および寺子屋参加人たちは、和尚を救うことができるのか?

 2013年3月31日14時――。
 音のない鐘の音とともに、寺子屋ミシマ社編集編の幕は開けた。
 しかし、このとき誰ひとりとして、ミッセイ和尚の身に何が起こるか、知る由もなかったのである。

(文:三島邦弘、構成:新谷ゆり)


大幅に書き直した一冊目



ミシマいま、2冊目をご執筆中ですが、 実をいうと、一冊目の『ボクは坊さん。』も難産だったんですよね。

ミッセイええ。最初は、「ほぼ日」に連載していたものを並び替えたもので出そうと思ってたんです。

ミシマそうですよね。で、読ませてもらって、たしかに面白いのですが、それがどうも断片的というか、一冊を読み通してのものではないように感じたんです。それで、そのとき大幅に書き直しをお願いしました。決死の覚悟で。
で、結局文体そのものから変えようということに行き着き、語尾を「ですよね?」みたいな感じで書いてらっしゃったところから、「である」調になったりというふうに変化していって今の形になりました。


 戸籍に登録された名前が突然、変わる――。
 そんな経験が自分の身に降りかかるなんて、多くの人は想像もしないだろう。もちろん、僕だってそうだった。
 だけどそれは、実際におこった。白川歩として生きてきた僕の二十四年間は、ある日、突然終わり、新しい名前で生きることになった。
 二〇〇一年十一月。
 僧侶であった祖父が他界した数日後、僕は改名手続きをするために裁判所を訪れた。
 帽子をかぶったまま、「あの、突然ですが名前を変えたいのですが......」と要領を得ない僕に、職員のおばさんは、「あなたねぇ、名前って、そう簡単に変えられるものじゃないのよ」とため息をつきながら、少し不機嫌な表情だったけれど、僕が宗教者だとわかると、おばさんの口調は微妙にやわらかくなり、あっけないほど簡単に手続きは進んだ。(『ボクは坊さん。』はじめにより)

ミッセイ僕は書くのがすごい遅いので、結構チャレンジングな作業だったんです。もともと原作のあるものをゼロから書き直していくという作業だったので、相当苦しいんだろうなあと。でも頭から書いていくと、24歳の自分の文章がそこにあるけれど、30歳の自分の身体にフィットしたものが出てくるんです。やっぱり文章ってその人のある意味で身体的なものだから、今の自分のものが出てくるんですよね。ので、書いていて具合がいいというかちょっと気持ちよかったんですよね。

ミシマたしかに。これ書かれたのは30歳くらいのことですよね。最初、無理して24歳のミッセイさんの文体で書こうとされていたから、あれ~? これミッセイさんが今思ってることと違うのでは!? っていう感じがありました。あと、こんな語り口じゃないはずなのに、やたらと女子高生を意識したような口調で。

ミッセイははは。24歳の僕は、めっちゃ「じゃん」というのを使ってました(笑)。

ミシマ(笑)。「じゃん」を使う坊さん。

ミッセイなんか、どうも若者ぶってる感がすごく強くて。そういうのも全部取っ払って、いま使っている言葉を使って書いたというのがありますねえ。

ミシマで、そうやって出来あがってもらった原稿が本当に素晴らしくて、ページを繰る手が止まらなかった。深みもあるし、面白さ、ポップさもあって。とにかく非常に感動しました。最初にいただいたライトな感じの文体から一冊の本になるものとしての伸びが飛躍的にあって、そこにミッセイさんの中に眠っている書き手としての潜在力を感じました。これはすごいなぁ、と思ったのがいまだに印象に残っている。

ミッセイああ、そうですか。ありがとうございます。
そのときに、文体を変えただけでなくって、仏典の言葉や弘法大師の言葉とかを僕たちの生活に生かせそうな活かせそうな形で、全然とってつけたような形にならずに散りばめていけたというのが、そのときよかったなあと思いますね。
で、出した後に、すごく評価いただいたんです。
よくミュージシャンが前の作品を否定すると新しいのが作れるといわれるんですが、僕はいまだにこの本を読むたびに、あっ面白いなあと思ってしまいます。

ミシマあ、自分で言った(笑)。

ミッセイ自分で読んで、この人ここんとこ説明上手やなあって思ったりとかね(笑)。般若心経の「空(くう)」句をラーメンに例えているんですが、これなかなかいい例えだなあと思ったりして。ぼーっとしてるときなんかは、なんかこの作者に会ってみたいなあとか思ったりね(笑)。

ミシマ(笑)

ミッセイこの本にうっとりしているうちはあかんなあとは思うんです。だから、ずっとあかんあかんと否定しようとしていたんですけど、でもそれを変に否定すんのはもうやめようと思ってるんです。少なくとも前の作品で、自分がこの本ほんまに好きやなあっていう本をミシマさんと作れた、それだけ達成感のあるものを作れたというのはひとつの共同作業としての達成だし、むしろ次のステップにせなあかんなあと思いながらも、その中で次の本は...ねえ? はははは。

ミシマでも、ミッセイさんがおっしゃったようにこの本、いいですよねえ。

ミッセイ(笑)。そうですね。

ミシマたとえば、「宗教は自分の中の物語を呼び覚ますものというふうに感じている」とかいうさりげない一言とかが、あ、たしかに、というふうに目を開かせるような一言がぽんぽんとさりげなく入っていて。

ミッセイ流れがきれいに、ストーリーがうまいことできたんですよねえ。っていうふうにこの達成感を引きずっている(笑)。


企む坊さんに、ブレイクスルーを!

ミシマこれだけのものを書けるミッセイさんなので、すいすい書いていただいたらいいんじゃないかと思っているんですけど、ここに来てミッセイさんの筆が止まってしまったというのがここ1年くらいあったんですよね。

ミッセイうん、そうですね。でも、このイベントがあるということもあって、ある意味ちょっと追い込まれています。

ミシマそういうの重要ですよね。

ミッセイ重要ですよね。僕が思うに、『ボクは坊さん。』では仏典を青春小説の中に埋め込むということ自体が、とても斬新で実はあんまりないことだったと思うんですよねえ。

ミシマたしかに。

ミッセイでね、だからそれとおんなじようなアイディアで、ロックとかポップとかの歌詞を盛り込んでいくのはどうだろうって企んだこともあるんです。なんか新しい立体感が生まれるんじゃないかな、と思って。

ミシマいろいろと企む(たくらむ)お坊さんなんです。ほんと企むの好きですよね。Tシャツつくったり。

ミッセイバッグ作ったりね。まあ、企んでるときはいいんですけどね。

ミシマで、それで、そんな2冊目を出そうとしているミッセイさんが、じゃあこれからどうしていくのかというのを、今日ここでみなさんと一緒に考えていきたいと思っておりまして。この本のときもそうやって打ち合わせさせてもらって文体を変えようとか仏教の言葉を入れようとかいうことがブレイクスルーになって、ぐっと完成に近づいたというのがあったんですが、今日、その瞬間が起きればなあと思っております。

ミッセイみなさま、僕にブレイクスルーをください。懇願!


*和尚自ら「懇願」の合掌! はたして、ブレイクスルーは起きたのか? 公開編集会議、いよいよ動き出します。明日は、「原点回帰だ、ミッセイ和尚!」をお届けします。

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白川密成(しらかわ・みっせい)

1977年愛媛県生まれ。栄福寺住職。高校を卒業後、高野山大学密教学科に入学。大学卒業後、地元の書店で社員として働くが、2001年、先代住職の遷化をうけて、24歳で四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所、栄福寺の住職に就任する。同年、糸井重里編集長の人気サイト『ほぼ日刊イトイ新聞』において連載を開始。著書に『ボクは坊さん。』(ミシマ社)、『空海さんに聞いてみよう。』(徳間書店)がある。


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