今月の特集1

ボクは悩める坊さん。〜ミッセイ和尚、2冊目を書きあげることができるのか?

2013.05.08更新

   

第2回 原点回帰だ、ミッセイ和尚!


寺子屋ミシマ社 in城陽――。それは、著者と編集者の打ち合わせを公開するというイベントである。著者にとっても、編集者にとっても、これほどプレッシャーのある場面もなかろう。しかも今回は、「書けずに悩んでいる」著者なのである。こんな無茶なイベント、一か八か、としかいいようがない。つまり、特効薬的な効果を発揮するか、むしろ開催しないほうがよかった、という結果になるか。
いよいよ、著者・白川密成和尚(『ボクは坊さん。』著者)と編集者ミシマとの「打ち合わせ」が本格的に始まった。

(文:三島邦弘、構成:新谷ゆり)


ボクは、元書店員。

ミッセイいやあ、そんなこんなで、何をどう書こうかなと思っていまして...。それで第一回の「沈黙」っていう回を書いてみたんですけど、なんか「いいんじゃない?」って自分では思ってるんです。この感覚で書き綴ってみようかと思ってるんですけど、どうでしょう。

***


沈黙
第一回「沈黙の語るもの」

 先日、僕は瀬戸内海の離島で行われた近所の若いお坊さんたちによる、子どもの「お泊 まり合宿」に行ってきました。瀬戸内海の離島の多くには、「島四国」遍路が存在しま  す。これは、四国八十八カ所をモデルにして、島のお寺や祠(ほこら)、お地蔵さんを八十 八の札所にし、ミニ遍路を島の中につくっているものです(島だけでなく、全国各地にも このような存在があります)。この島の島四国は江戸時代(1807年)に創建されたも ので、お坊さんをやめて還俗したお医者さん、修験者、庄屋さんが創建しました。
僕たちも小学生の子どもたちと一緒に、この島四国を五箇所ほどお参りしたのですが、子 どもたちの多くが事前に配った簡単なお経の本を欲しがったのが意外でした。

「これ、くれるん?(くれるの?)」
「おわったら、あげるよ。ほしん?(欲しいの?)」「うん」「なんで?」
「法事のときにお経を憶えとったら、かっこええやん。だから、欲しい」
ということでした。意外とこんなことの連続で、「仏さんを大事にする四国のおばあさ  ん」のような人たちは、どんどん誕生していくのかもな、思ったりしました。
 バスに乗って、海が綺麗に見える山の展望公園まで登っていると、目の覚めるような大 海原の風景が開けてきました。「うぉー、きれいだなぁー」僕は思わず子どもより早く歓 声をあげます。すると島に住む子どもが、「えー、そんなに綺麗?」と声をかけてきまし た。
 
「うん。すごく綺麗!」
「まぁ、たしかに綺麗やとは思うけれど、そこまでは...。毎日、みとるしなぁ。オレら」

 まんざらでもなさそうだけど、あきれたような表情、そして素直な言葉にただ笑ってし まいました。

 仏教のことを考えていたり、また普段の生活の中で"沈黙"ということを、今までに何度 か漠然と考えてきたように思います。
 お寺にいつか「詩碑」を建立したいという思いがあります。それは河合隼雄さんが亡くなられた後、出版された『泣き虫ハァちゃん』(河合隼雄、新潮社)に寄せられた谷川俊太郎さんの「来てくれるー河合隼雄さんにー」という詩です。この詩を本屋で読んだ時は、「人が人に想いを寄せる」そのひやりとするほどのあたたかな温度に、その場所からしばらく足を進めることができませんでした。その中にも「沈黙」についてとても印象的な言葉があります。

「私がもう言葉を使い果たしたとき
 人間の饒舌と宇宙の沈黙のはざまで
 ひとり途方に暮れるとき
 あなたが来てくれる」(部分抜粋)

「人間の饒舌と宇宙の沈黙」
 なんという胸を突く言葉でしょうか。そして僕たちにとっての「沈黙」の意味の大きさを想像しながらも、それをうまく説明できない自分がいます。そういえば、お寺でなにか新しいイベントがするならどのようなものだろう? と考えていたときに「沈黙会(ちんもくえ)」という集いはどうかと思いついたことがあります。沈黙の少ないこの世界に、沈黙を持ち合って、人が集まる。そのことはなにか、とても「お寺らしい」「仏教らしい」と感じたのでした。そのわりには、おしゃべりな自分を自省して、ぷっとひとり噴き 出し、そのままになってしまいました。

 『維摩経(ゆいまぎょう)』というお経があります。
 お坊さんでも仏様でもない主人公が、次々にお坊さんや菩薩などを、論破していくとい う戯曲的な性格をもった面白いお経です。1〜2世紀に成立したであろう、という説があ り、聖徳太子作と伝えられる『三経義疏(さんきょうぎしょ)』の中でも解説されています (ちなみにその他のふたつは『勝鬘経(しょうまんぎょう)』と『法華経(ほけきょう)』で す)

 そこでも大切なモチーフとして「沈黙」が登場します。
 このお経の主人公の維摩(ゆいま)が、そこに集まっている菩薩たちに、(仏の教えの理 想とする)分別も対立するものもない世界<不二の法門に入る>ということは、どういうこ となのですか。と問いかけます。
 それを受けて、徳守菩薩、徳頂菩薩、師子菩薩、妙意菩薩、無尽意菩薩、などなどの菩 薩は次々と自分の見解を述べていきます。このあたりのシーンは壮観です。
 例えば徳守菩薩は「<我>と<わがもの>というのは二つに対立したものです。我があるゆ えに<わがもの>があるのです。もしも我がないならば<わがもの>というものもないので  す。これが不二の法門に入ることです」と応じます。

 そして最後の文殊菩薩が答えた後、文殊は、
「さぁ、あなたがお説きください。不二の法門に入るというのは、どういうことです    か?」
と維摩に発言を促します。

すると、維摩は「沈黙」するのです。(「そのとき維摩は黙然として、言葉がなかっ   た」)
 文殊はその「沈黙」に感動し声をあげます。
「みごとだ。みごとだ。さらに文字や語音も存在しない。これが真に不二の法門に入るこ  とです」
 この議論の聴衆には五千人の菩薩がいましたが、その菩薩、みんなが<不二の法門に入った>と経典には記されています。議論の当事者だけではなく、その無数の聴衆にもインパクトを与えるような、とてもスリリングで圧倒的な議論だということでしょう。

 僕が仏の教えに触れていると、なにかを説くとき、それは「ひとつの真理」を示すというよりは、「両極端のことを同時に心に留めなさい」ということや、「正反対とも思われるなことが、同時におこっていること」を喚起させられることがとても多いです。

 「沈黙」についても同じような印象を受けるのです。
 語りかける言葉を否定するのではなく(なにせこの経典も"言葉"で書かれているのですから)、「世界に現れでた言葉"のみ"で考えてはならない」「そこには同時に、"現れるかもしれなかった"無数の沈黙があることを知りなさい」「沈黙でしか、語り得ないものがあるとしたら、それを静かに耳を澄ませなさい」そのような呼びかけを、感じるのです。これは、僕の個人的な感じ方かもしれませんけれど。

 「沈黙」から悟りを得た五千人の菩薩。そして宇宙の「沈黙」。
 答えめいたものは、今、僕の胸の中にはないですが、せめていつもよりすこし、沈黙というものに耳を傾け時間を積み上げてみたいと『維摩経』から思いました。
(前半部分のみ掲載)

***


ミシマ素晴らしいと思います。と同時に、このようにも感じています。たぶん、ミッセイさんはこの半年間、仏教の部分を深めようとしてらっしゃったと思うんです。でも、仏教のところは、もう、ミッセイさんの中にあるもので十分なんじゃないかなと。

ミッセイおお、なるほど。はいはい。

ミシマもともと、ミッセイさんには「いかにポップに伝えるか」っていうのをめざすということがあったと思うんです。ここで再び、ミッセイさんなりの本音を素直に書くという初めのスタンスに戻られるのがいいんじゃないかな、とも感じています。

ミッセイああ、なるほど・・・。たしかに、「仏教的なものはもうある程度あるんじゃないか」っていうことをミシマさんに言われて、あ、そうかもなとは素直に思えました。おっしゃるように、もっと仏教的に完成度の高いものをつくりたいという野望がありまして。また野望なんですが(笑)。とすると、僕は逆に、仏教というものに引きずられていたのかなあと気づきました。

ミシマ『ボクは坊さん。』の「はじめに」でも書かれているように「自分の言葉で、僕なりの本音を話すこと」というのが、ミッセイさんの原点だと思いますし、それは10年経ってもミッセイさんの中では同じだと思うんです。

ミッセイそうですよね。あと、僕が初めの頃に思っていて、今も自戒として思っているのは、結局本って読者に届けるものなんです。僕が褒められるために書いてるわけじゃあない。僕の思いはもちろん必要なんですが、お客さんにこれが欲しい! と思ってもらうものだと思うんです。

ミシマあ、そう! そうなんですよ。

ミッセイ僕、元書店員なんで、......届かない本ってやっぱり迷惑なんですよね。

ミシマ(笑)

ミッセイ売れ残りますから(笑)。売上至上主義とかとは全く別の話で、売れる本を作っていくっていうのが必要かなあと思います。やっぱり届かないと意味がないので。

ミシマいやあ、そこまで考えるお坊さんってこれなかなかいないですよ。元書店員さんならではですよね。前の『ボクは坊さん。』のときも、一緒に営業で書店さんにいくたびに、書店員さんにかけるミッセイさんの第一声は、「売れてますか?」。

一同(笑)

ミッセイいやあ、昔それでご飯食べていたんでね。やっぱり売れているかどうかは気になるんですよ。


お坊さんの結婚生活

ミシマそれで、この寺子屋で知りたいのは、ミッセイさんの生活からくるエピソードの部分です。前の本から3年が経って、エピソードで言えばまず、ご結婚されましたよね。

ミッセイそうですね。結婚しました。そのあと、娘の「おと」が生まれました。

ミシマそれは本当に大きな変化ですよね。個人としても、宗教者としても。家族ができるということは、非常に俗世間的な部分が入ってきたということでもあります。それって日本の仏教の面白さでもありますよね。

ミッセイそうですね。国際的に見ると、ほとんどのお坊さんは結婚しないです。結婚する前にラダックというチベット仏教国に行ったときに少年僧から「お前結婚するのか?」と訊かれて、「まあ、できたらしようかと思う」って答えると、「Oh..Haaaa」って頭を抱えられましたね(笑)。

一同(笑)

ミシマどうですか、実際に家族生活が始まって。ふつうのサラリーマンの雰囲気とかって夫婦の間であるんですか?

ミッセイまあ、そりゃあ坊さんじゃない人から聞いたら、全くわからない会話もありますよ。僕の妻は、尼僧でもあるんで。

ミシマお二人がご飯食べながら、昨今の仏教界の腐敗ぶりについて語ったりする、なんてことも?

ミッセイああああ、ありますあります。まあもちろん、ふつうの会話もしてますけども。

ミシマいま、おとちゃんはおいくつですか?

ミッセイいま1歳です。「マンマ」と、なぜか疑問形で「おいしい?」っていうのだけしゃべります(笑)。それを最初に聞いたときは単純にすごいなあと思いましたねえ。なんにも教えてないのにしゃべりだすって。やっぱりこういう仕事をしているので、子どもを見ていると本能というものを考えます。こういうときに人間って悲しいんやなあとか、食べるってここまで本質的なことなんやなあとか。生物として人間を見ることができるというか。自分の子を生物として見るっていうのはよくないのかもしれないですけど。

ミシマやっぱりお子さんを見て学ぶことっていうのはあるでしょうねえ。

ミッセイいま保育所にもお世話になっているのですが、保育所からのアンケートに妻が、「譲ること・あげること・一緒にやることを学んでほしい」って書いていて、へえそんなふうに思ってるんやって思いましたね。それは自分もまだできてないことだし、それに母が娘に対してこういう思いがあるっていうことに、「すごいなあ、いいなあ」と。仏教もそういうことだと思うので。

ミシマその絵が面白いですね。奥さんがそれを書いていて、赤ちゃんがそこにいて、ミッセイさんがそれを見て、一番勉強してるのはミッセイさんっていう(笑)。

ミッセイあっ、そういうシーンも次の本に書いてみると面白いかもしれないですね。ちょっとメモしときます。

ミシマ(笑)

*仏教を深めることより、坊さんライフをポップに伝える――。その原点的使命を再確認し、「書く」へ向けて、少し動きだした感のあるミッセイ和尚。
明日は、「お客さん、和尚救出に立ちあがる!」です。

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白川密成(しらかわ・みっせい)

1977年愛媛県生まれ。栄福寺住職。高校を卒業後、高野山大学密教学科に入学。大学卒業後、地元の書店で社員として働くが、2001年、先代住職の遷化をうけて、24歳で四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所、栄福寺の住職に就任する。同年、糸井重里編集長の人気サイト『ほぼ日刊イトイ新聞』において連載を開始。著書に『ボクは坊さん。』(ミシマ社)、『空海さんに聞いてみよう。』(徳間書店)がある。


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