今月の特集1

ボクは悩める坊さん。〜ミッセイ和尚、2冊目を書きあげることができるのか?

2013.05.09更新

   


第3回 お客さん、和尚救出に立ちあがる!

 寺子屋ミシマ社 in城陽――。著者と編集者の打ち合わせを公開の場でおこなうイベントである。2013年3月31日、「書けずに悩める坊さん」こと白川密成和尚(『ボクは坊さん。』著者)が来られた。編集者ミシマとの公開打ち合わせにより、少し動きだしたかに見えるミッセイ和尚。しかし、編集者ミシマの力だけでは、この巨大な山を動かすには無理がある・・・。
 こうして、この日、和尚を救うために参集した一般読者たちが、立ちあがる。ミッセイ和尚にさしのべる手は、はたして、救いの手や否や!?

(文:三島邦弘、構成:新谷ゆり)


お遍路さん事件簿

ミッセイこの間の『ボクは坊さん。』の反響からも思ったんですが、仏教をポップにというかわかりやすく説明するということや、仏教そのものへの需要・仏教へのご要望というのは潜在的に減っていないなという印象があるんですよ。
 檀家さんのお寺だとそうでもないところもありますが、巡礼の方が来る四国遍路はもともとぱっと来れるという、誰をも受け入れる場所ですしね。塀もないですし。夜中でもお参りに来られますし。山伏は来るし。もともとそういう場所でもあるんですよね。

ミシマえ、山伏も来るんですか?

ミッセイ来ますねえ。

ミシマすごいですねえ。

ミッセイ酔っぱらった山伏が暴れだしたりもねえ。

ミシマ酔っぱらった山伏が来るんですか!?

一同(笑)

ミッセイうちのじいさんが生きてるときに、山伏が来て、「祈祷してやるから金くれ」って言うてくるんで、じいさんが「酒に消えるようなお布施は渡せない」って言ったら、チクショーみたいな感じで暴れだして。

ミシマほんまもんの酔っぱらいやないですか!

ミッセイめっちゃ怖かったですからねえ。でも、まあそういう意味で特に四国遍路のお寺なんかは開かれていますしね。
 それに、お坊さんは寺社仏閣めぐりが好きじゃない人が結構多いんですけど、僕はお寺・神社巡りが大好きなんです。妻からは変わった坊さんと言われますが(笑)。でもそういう場所を訪れることで、なんだか古い人たちに助けてもらってるような気がするんですよね。だから僕の本を通じて、そういう場所もあるんだよっていうことを知っていただけたらいいなあと思いますね。要するに、僕はこれからもポップ担当だということですね。

ミシマそうですね。そこがミッセイさんかなあ。

ミッセイたしかに、そのポップな部分を取り戻して、もう一回ギアチェンジして、書こうかなと思います。なんとなくね、今日からボク書けるような気がしてきました。・・・って今まで、制作過程でこの言葉3回くらい言ってますけど。今日はほんとに!

ミシマ(笑)。今日はほんとに。

ミッセイほんとに(笑)。一日一編で、なんとなく今書けそうな気がするんで。

ミシマじゃあ一気ですね!


こんなお坊さんはイヤだ!

ミッセイあの、僕からもちょっとお客さんに質問させてもらってもいいですか。

ミシマどうぞどうぞ。

ミッセイこれは単純な僕の興味なんですけど、こんなお坊さんいたらいいな、こんなお坊さんいたら嫌やなっていうのってありますか。ぜひ教えていただけたら。

お客さん嫌なのは、言ってることとやってることが違うお坊さん・・・。


ミッセイドキッ(笑)。たしかにそれはお坊さんだけじゃなくて、人間論として嫌かもしれないですね。
 同級生とかからたまに「白川、うちの近所にいるああいう坊主になるなよ」とか言われたりするんです。そういうとき結構世間の目は厳しいんだなあって思いますね。世間のお坊さん像というか。
 四国ではそんなことないですけど、都市部だとそもそもお坊さんに会う機会自体少ないんですかねえ?

ミシマ京都は多いですが、東京は少ないですかね。東京には14年住んでましたけども、都市部の真ん中で袈裟姿のお坊さんを見ることは、まずありませんでした。

ミッセイたしかに、銀座あたりの書店さんを袈裟つけて回ったら結構びっくりされましたもんねえ。

ミシマええ。僕はミシマ社Tシャツ着て、ミッセイさんは袈裟姿でね。二人並んで銀座歩いてたら、あれは新手の芸人か! って感じに見られてましたねえ。

一同(笑)

ミッセイ袈裟つけてるといい意味で仲間意識を感じることがあるんです。実は今日も京都駅にいてたら、おじさんのお坊さんが声をかけてきて「息子が佛教大学に入学することになりましていまから行くんですが、近くにホテルありませんか?」って聞かれまして。

一同(笑)

ミッセイ「いや、僕四国からなんで」って言うと、「何宗ですか? あ、真言宗ですか。私は浄土宗です。真言宗には私親しいお坊さんがおりまして・・・」っていう話をしだして。「富山から来たんですけど、今後ともよろしくお願いします」って言われました。いや、たぶん会うことないと思うんですけど、って思いながらね。

ミシマそれ、めっちゃおもろいですねえ。

ミッセイでも、袈裟つけているだけで、別れるときはハイタッチ、とまではいかないですけど、同じものを背負ってるねっていうのを共有できるんですね。それは、いいなあって思うんですよ。そういうゆるいつながりが全国規模である。そういうお坊さんたちという存在がなんとか残ってほしいなと思いますね。

ミシマそういう職業間のゆるいつながりってほかの職業にもあるといいですねぇ。たとえば、コンビニの店長ってそんなつながりないんじゃないかなあと思うんです。

ミッセイ店長会みたいな?

ミシマいや、そういうのはあると思うんですけど、道歩いてて、「どこの店長さんですか? 僕、富山で」なんてないと思うんですよね。

ミッセイたしかに。

ミシマミッセイさんが感じられたような、そういう全然知らんもん同士がなんとなくつながってる感覚がある社会っていいなと思うんです。話がずれましたが。


会社にお坊さんが必ずいるといいのでは

ミッセイあらためて、みなさんこういうお坊さんがいたらなあっていうのはありますか?

お客さんあの、この間ツーリングで関西から四国に行ったんですが、本とか読んでると、お寺って、駆け込み寺とかいって、行くと入れてもらったり泊めてもらえたりするって聞いたんです。無料でお寺に泊めてくれたりとか・・・ないんですかね? 仏教のお勉強とか関係なしで、身近なお坊さんがいらっしゃったらいいなと思うし、会ってみたいなと思うんですけど。

ミッセイああ、全部無料は難しいとは思いますけど、それは活かせそうな話ですよね。この日は間違いなくお坊さんがいて会えるよっていう日をつくるとか、いいかもしれないですね。

ミシマそれって先ほどの山伏の話なんかともつながってくると思うんですけど、そのあたりのエピソードも書いていただけませんか? いま、お寺をどれくらい解放するのかって結構問われていると思うんです。

ミッセイはい。泊めるという話になると結構火の扱いの問題なんかがあって気を使うんです。木造建築が多いんで、火事がね。もちろん宿坊をされているお寺も多いですが。お寺がどれくらい開かれているかっていうところかぁ。

お客さんあ、思いつきで言うんですけど、会社の中に一人お坊さんが働いてるっていうのは無理なんですか? ミッセイさんが書店員をされてたときのように坊さんの資格を持って普通に働いているというのじゃあなくて、坊さんとして袈裟着てレジ打ってるみたいな・・・。

ミッセイ要するに、会社の中に一人カウンセラーがいるような感じで、坊さんがいるってことですよね。

お客さんそうですそうです。

ミッセイたしかに、お坊さんってこういうことができるよっていうことが社会の中で認知されてくれば、それはあり得るかもしれないですよね。お寺の中に活動を限定させなくても。お寺っていうものがなくなっていくと、もしかしたらお坊さんは外に出るかもしれないですね。

ミシマお寺の外に出るっていうのは、面白いですね。僕自身、ミッセイさんの言葉を聞くことで、詰まっていた日常のことが流れ出すことがあります。そういうのが、もっともっと日常の中にあるといいですよね。仏の教を考え抜いて生涯を閉じた人がたくさんいて、その蓄積があり、それを学ばれたお坊さんっていうのがこんなにたくさんいるんですから。
 お坊さんと俗っぽいこと含めて話したり聞いたりして、ああなるほどって思ってまた歩き出すっていうことがもっとあったらいいのになと思います。


*確かに、お坊さんってなんだか遠い存在の気もします・・・そう思うと、ミッセイさんは身近なお坊さんになれる大きな存在ですね。さてさて、ミッセイさんに救いの手は現れるのか!? 明日、最終回をお届けします!

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白川密成(しらかわ・みっせい)

1977年愛媛県生まれ。栄福寺住職。高校を卒業後、高野山大学密教学科に入学。大学卒業後、地元の書店で社員として働くが、2001年、先代住職の遷化をうけて、24歳で四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所、栄福寺の住職に就任する。同年、糸井重里編集長の人気サイト『ほぼ日刊イトイ新聞』において連載を開始。著書に『ボクは坊さん。』(ミシマ社)、『空海さんに聞いてみよう。』(徳間書店)がある。


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