今月の特集1

インド映画を観に行こう!


 デザイナー・矢萩多聞さんに出会ってから、インドへの興味をむくむくと育てつづけているミシマ社一同。先日、多聞さんが「ここ20年でいちばん好き」とおっしゃるインド映画 『きっと、うまくいく(原題:3 idiots)』を観に行ってまいりました。

インド映画を観に行こう!

ⓒVinod Chopra Films Pvt Ltd 2009. All rights reserved

 インドのエリート大学を舞台に、3人の学生が巻き起こす珍騒動や恋愛を描いたヒューマンコメディー。インドでは、歴代最高の興行成績を記録したとか。あのスティーブン・スピルバーグも3回観たらしい・・・。

 第1回では、その上映後にこなわれた、興奮の座談会をお届けいたしました。
 第2回の今日は、ご一緒に映画を観に行ったけれども座談会には参加できなかった(残念・・・。)、フリーランスのエディター・ライター、青山ゆみこさんに『きっと、うまくいく』エッセイをご寄稿いただきました!
 青山さんは、ミシマ社メンバー+多聞さんでインド映画を観に行くことを知り、飛び入りで参加してくださったのです。お互い、映画館から出てきたときは目が真っ赤で鼻水ぐずぐずさせながら、けれどもなんとも言えない高揚感で包まれていました。
 このエッセイがまた、最高です...!

 では、どうぞ!

インド映画を観に行こう! 第2回 インド、ごめん。

2013.06.04更新


 インド、ごめん。
 『きっと、うまくいく』を見終わって2〜3日が経った頃、わたしはふっとインドに謝っていました。

 皆さんはインドにどんなイメージを持っていますか?
 洗濯も炊事も行う川に死体さえも流してしまうというような、現代の日本社会に生きる身には理解しがたい宗教観・倫理観、多すぎる人口の密集する埃っぽい街の風景や、四肢が欠損した物乞いが地面に座り込んでいるスラムとか、もろもろごちゃごちゃごみごみうじゃうじゃかさかさぐちゃぐちゃさつばつ...っていうか、あんたそれ、いつそれ見たんや!と自分に突っ込まずにはいられません。

 前近代的に感じるカースト制を人権的に捉えて批判しているその心には、「インドって文化的に遅れてる...」とか? あとはなんですか、無抵抗という武器しか持てなかったマハトマ・ガンジーの思想に過剰な「崇高さ」を押しつけて道徳の時間の課題的に考え込んだり?
 インドのことをいつからそんなふうに、「人間として大切なこととは何かを考えさせられる」ジャンルの、とりわけハードなコーナーにカテゴライズしていたのだろう。インドはまるで、わたしの中でそのために都合良く存在しているようでもありました。

 いやほんと、日本ではことさら「インド=現代社会が抱える問題の凝縮された国」の刷り込みがテテンコ・モリすぎて、それ以外の側面に目を向ける前にいろんな意味で距離を感じていた。なんて人、わたしだけではないはず。
 もちろん、娯楽に富んだインド映画については噂に聞き囓っていて、『ムトゥ 踊るマハラジャ』なんて作品を見聞きはしていたものの、それすら「不条理な階級制度と貧困に苦しむ庶民のストレスを発散させるためのもの」と理解していた、ってもうこれ重症です。
 そんな病を発症した若者の多くは自分を探しにインドに出かけて、わたしの友人の一人は数年後、日本の都会の交差点なんかでイラン人の彼氏とビーズのアクセサリーを売ってました。それが探していた自分なんでしょうか。なぜインドに行ってイラン人の恋人と帰ってきたんだろう(いまだに謎です)。

 きっとあれですよ、藤原新也さんや沢木耕太郎さんの罪は重い(人のせいかよっ)。

 それにしても、わたし自身はいったいインドに何を求め、どんな役割を押しつけていたのだろう...と『きっと、うまくいく』のサントラを聴きながら、この文章を書いているのですが、邦画タイトルにもなっている「All is Well~」(きっとうまくいく)という部分でノリよく叫んでしまうし、気づけば体が横に揺れて腰さえ振る勢いで、正直、難しいことがあまりよく考えられません。

 Don't think, feel.
 ブルース・リーと同じことを、『きっと、うまくいく』主演のランチョー(アーミル・カーン)が、わたしに歌いかけてくるのです。

 しかしアーミル・カーンよ、わたしは何を感じたらいいのさ。

 なんてごちゃごちゃ悩んでいるのは、この文章を書くためで、映画を見終わった直後に浮かんだのは涙、そして笑顔。さらに「むちゃむちゃおもろい〜」という絶叫。なんだかもう顔がニマニマとにやけて仕方がなかったら、一緒に観ていた約7〜8名の仲間の表情がみな同じで、誰も本当の自分はどこかにいるはず、といった悩みを抱えているようには見えませんでした。約3時間どっぷりインドに浸っていたのに。

 物語や展開については他の人が書いたり座談会で話されるだろうから割愛するけど、生活の一部として本を読むように映画も観るわたしですが、『きっと、うまくいく』はここ数年で断トツに観て良かったと感じた作品のひとつだったことは報告します。

 わたしにとって良い映画の定義は簡単。ただただ無性に心が震えて、その震えがわたしに何をもたらすのかはわたし自身にさえ分からない、でも、いつかそれが必ず訪れてわたし自身を助けてくれる。そういう確信が持てて、それはわたしだけに言えるのではないと感じる作品。『きっと、うまくいく』は、まさにそんな映画だと観た人の多くが感じるから、その幸運を誰かと共有したくて、口コミでどんどん広がっているでしょう。

 『きっと、うまくいく』にも、インド社会の抱えるかなりシリアスな問題提議が数多く含まれています。というか、作品は問題の連続でジェットコースター的に展開します。しんどい、キツい問題の連打。なのにわたしは、わははと笑って涙をこぼしてぐずぐずと鼻水すすって笑ってと、1秒も休む暇なく感情をかき乱されながらめちゃめちゃ楽しんでいて、鑑賞後は妙にすっきり。インド好き! インド人めっちゃ好き! いや、周りにいる人も、もうみんな好き〜。わっしょい!

 矢萩多聞さんがミシマガジンの連載で書かれていたように、まるで生まれ変わったような清々しい気持ちにさえ包まれていたり。これってまるで輪廻? とまたこちらの考えを押しつけるより前に、幸福感に押されてわっしょい! わっしょい! と踊り出しそうな。
 祭の余韻がようやく引いたのが2〜3日後、しかし胸の奥の方にじんわりと温かいものが残っている。それがわたしに「インドごめん」と謝らせたのです。

 いえ、正確にいうと、そうではない。先にインドに赦された気がしたて、だから謝りたい気になった。というのも、意固地な潜入感を持ってインドを見ていたわたしは、まるで映画の登場人物の「あかんヤツ」そのもので、「権力」の側に立った人間のような奢りすら持っていた。その自分を、映画を通してインドに赦されたと感じました。こんなわたしを、バカみたいな潜入感に凝り固まっていたわたしのために3時間弱もかけて、長い長い物語を話してくれたんだ。これはわたし自身の物語でもあるんだ。
 そして、こんな深い愛に満ちた物語が愛されて映画史上最大のヒット作になる国、それがインド。インド人なんだな。じんわり。小さくわっしょいと叫びました。

 実は、『きっと、うまくいく』という作品は『The Hangover』『ブルース・ブラザーズ』などに連なる「バカな男子がつるむと必ず事件が起こる」作品だと書こうとしたのですが、全然違う話になっちゃいました。どちらにしても、きっと言い足りない。だって、こんな奥行きのある作品を、またこの映画が生まれたインドという国をひと言でどうっていえるわけないもん。

 そうして開き直るわたしの前に、悠久のガンジス川がただ滔々と流れ、すぐそこでは沐浴する老人の腕が黒光りし、遠くでは死んだ家族に捧げる祈りの声が響いています。それらすべてを飲み込む流れこそインドそのものなのです...なんて語っちゃうインドエッセイ、もう読まないようにしよう。はい。この先のわたしのインドは、『きっと、うまくいく』から始めたい。
 そうすれば、きっとうまくいく気がする。

青山ゆみこ(ライター、エディター)


インド映画を観に行こう!

『きっと、うまくいく』

 舞台は日の出の勢いで躍進するインドの未来を担うエリート軍団を輩出する、超難関理系大学ICE。未来のエンジニアを目指す若き天才が競い合うキャンパスで、型破りな自由人のランチョー、機械よりも動物が大好きなファラン、なんでも神頼みの苦学生ラージューの"三バカトリオ"が、鬼学長を激怒させるハチャメチャ珍騒動を巻き起こす。彼らの合言葉は「きっと、うまくいく!!」
 抱腹絶倒の学園コメディに見せかけつつ、行方不明になったランチョーを探すミステリー仕立ての"10年後"が同時進行。その根底に流れているのは、学歴競争が加熱するインドの教育問題に一石を投じて、真に"今を生きる"ことの素晴らしさを問いかける万国普遍のテーマなのだ。

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青山ゆみこ(あおやま・ゆみこ)

フリーランスのライター・エディター。神戸の女子大を卒業後、アパレルに就職。販売・事務・デザイナー職を経て退社。ひょんなことから出版業界に流れ着き、『ミーツ・リージョナル』誌副編集長などを経て、退社。現在は、フリーランスとして単行本の執筆・構成、雑誌の企画・編集をはじめインタビューのライティングなどで活動。また、立ち上げから関わっている編集集団140Bの一員でもある。

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