今月の特集1

タルマーリ

 今週、ミシマ社が「編集協力」として携わった1冊の本が全国で発売になります。
 『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』(渡邉格著、講談社)。
 著者の渡邉格(わたなべ・いたる)さんは、岡山の山間の町・勝山で、奥さんの麻里子さんとふたり、「パン屋タルマーリー」を営んでいます。スタッフや原材料をつくる農家の方々、町の人たちの力も借り、自然の素材と天然の菌にこだわり、手間ひまかけてパンをつくっています。
 今回の特集では、制作に関わったミシマ社編集チームが、イタルさん・マリさんにお話を伺い、この本の魅力をお伝えします。

 ただ、はじめにお断りしておきます。この本は、ひとことで説明するのが難しい。なぜなら、いくつもの要素が折り重なった、盛りだくさんのとても欲張りな本だからです。
 この特集では、この「ひとことで語れない本」をあえて大づかみにとらえ、3つの側面から、この本の面白さをお伝えしていきます。
 1つ目は著者・イタルさんの成長物語、2つ目は、パンのつくり手だからこそ語れるパンや「発酵」の話。そして3つ目が、タイトルにもあるパン屋ならではの「経済」の話です。

 特集第1回は、イタルさんの成長物語・・・、ですが、さすがにすべては語りきれません。そこで、昔のイタルさんがどれほどダメダメだったか、その人生どん底の苦しい状態を、イタルさんはどうやって踏ん張って乗り越えたのか、その秘訣を伺います。
 いま人生苦しい時期にある人も、イタルさんの過去を知れば、きっと勇気が湧いてくるはず。それほど、イタルさんの人生は、ツッコミどころ満載です。イタルさん、マリさんの絶妙な掛け合いとともに、お楽しみください!

(取材・構成:ミシマ社編集部)

『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』刊行記念インタビュー

2013.09.26更新

タルマーリ

こんな人と何で結婚したのか、いまだにナゾです。

こんな年齢(とし)で、まともに雇ってくれるところなんてあるはずがない。
そう思っていた。なんとか高校を卒業したものの、その日暮らしのフリーター生活をすること7年。一念発起して大学にいったけれど、卒業する頃にはもう30歳。今さら就職しても仕方がない。そもそも僕は「田舎」で暮らす農家になりたくて農学部で勉強したのだ。

(本書011ページ 第Ⅰ部第1章 何かがおかしい)


―― ツッコんでくださいといわんばかりの本文の書き出しですが、マリさんにお聞きします。どうして、こんな、というと失礼ですが、イタルさんと結婚されようと思ったんですか?

マリそれが自分でもナゾなんです。イタルと出会ったのは、私たちが新卒で同期入社した有機農産物の卸販売会社ですが、そもそも最初に会ったときから、「この人はなんで新卒なのにもう30歳なわけ?」と、意味がわかりませんでした。

―― 出会いからして、ナゾだったんですね。

マリ社員20人ぐらいの小さな会社に同期が2人。というか、もともと新入社員は私ひとりだけの予定だったのが、会社の偉い人が知り合いの大学の教授に頼まれたとかで、イタルが急遽入社することになったんです。

―― それが、本書の冒頭部分に続く、「こんな年齢を食った人間が入れる会社があるなら教えてください」という、イタルさんが大学の先生に食いついたくだりになるわけですね。

マリ私は最初「何だろ? このお兄さん・・・」ってまったく恋愛対象には程遠かったんですけど、どこをどうしてこうなっちゃったんだか・・・。結婚する両家顔合わせの時も「これからパンを修業します」とか言って、イタル無職だし。私の父が「まあイタル君、人生なんとかなるよ!」とかフォローしたりして。私も家族も親戚も、イタルがこんなふうにパンを作れるようになるなんて、まったく想像してませんでした。それがいまや、「パン屋タルマーリー」を支える大黒柱ですからね。私の直感、すごいと思いません?

―― と、マリさんは仰ってますが、イタルさん。

イタルあはは・・・、マリさんの言う通りでございます。とても人に自慢できるような人生じゃありませんでした。

タルマーリ


タルマーリーは、「パンク」なパン屋です。

僕は、東京郊外の多摩地区にある公団住宅で少年時代を過ごした。1970年代、80年代の多摩地区は、「田舎」でも「都会」でもない、むしろ自然のない「田舎」とでも言うべきか・・・。あったものと言えばパチンコ屋ぐらいしか思いだせないほどのなんとも冴えない場所だった。そんなところで育った僕が、「田舎」を目指すことになったのは、紆余曲折を重ねてのことだ。

(本書152ページ 第Ⅱ部第三章 「田舎」への道のり)


―― イタルさんは、高校時代に随分とヤンチャをされていたようで・・・。

イタルヤンチャっていうほどのもんじゃないです。根性もなくて、勉強についていけなくてムシャクシャして・・・。

マリだからって、学園祭つぶしのバンドジャックとかやんないですよね、普通。

イタルうん、まあ、普通はね・・・。

マリちょっと面白いことに気づいたんですけど、この人がバンドでやってた音楽のジャンルは「パンク」なんですけど、実は、私が過去に付き合ったことがある人はみんな、って言っても数人ですよ、高校時代に「パンクバンド」をやってた共通点があるんです。
 そのころの私は、パンクっていうのがよくわからず、「あり余るエネルギーを叫んで発散してるのね」ぐらいにしか思ってなかったんですが、その極めつけがこの人です。いまも「よし気合入れていくぞ!」とか言って、パンクをBGMに仕事してたりします・・・。

―― ちなみに、お好きな曲はどんな?

イタル有名どころでは、セックス・ピストルズ(Sex Postols)がイギリスの国歌を茶化した『ゴッド・セイブ・ザ・クイーン(God Save the Queen)』とか、反体制思想全開の『アナーキー・イン・ザ・UK(Anarchy in the UK)』とか。歌詞が強烈なんですよ。日本のザ・スターリンっていうバンドの『先天性労動者』って曲も、マルクスの『共産党宣言』をモチーフにした歌詞が激しくて最高です。高校生でそんな音楽にはまったから、頭がおかしくなったのかもしれません。

―― そこでマルクスが出てくるわけですか!? すごいつながりですね(その意味については、本ならびに特集第3回にて!)。とにかく、そういう激しい音楽を、パンの仕込みのときのBGMにされていると・・・。

イタルさすがに、いまの勝山の店ではあんまり大音量にはできないですけどね、すぐ隣に家があるので。勝山に移転する前の千葉の店は、田んぼの片隅に家がぽつんとあるようなところだったんで、近所迷惑とか気にする必要がなかったし、開業直後でいろいろしんどかったんで、気持ちを盛り上げるために・・・。

マリ私が事務仕事をしている母屋から、納屋を改装した工房へ行くと、イタルが大音量でパンクをかけながらパンの仕込みをしてましたね。あんまり音楽的には共感できなかったけど・・・。でも最近になって、自分にも昔から「パンク魂」があるってことに気づいたんです。

―― 「パンク魂」っていうのはどういうことですか?

マリ権力に抗うというか、自分自身をそのまま表現したいというか。原発事故以来、社会がどういう仕組みで動いているかをあらためて勉強しなおして思ったんです。私とイタルは、この状況に立ち向かう! パンで「静かな革命」を起こすんだ! って。けっこう前からそう思ってる気もしますけど・・・。

イタルそんな話をふたりで飲みながら話していて、それって「パンク魂」だよね、って。

マリそんなわけで、「パンク魂」を持ったふたりが経営する「パン屋タルマーリー」も、パンクなパン屋です。パンもパンクを聞いて育ってますし。私がこの人と結婚したのも、私たちが持っていた「パンク魂」が共鳴したからなのかなあと、最近では思ってます。でも、繰り返しますけど、当時はただ叫ぶだけのダメダメな人でしたけどね。


何者にもなれなかった自分を認めたから、パン屋になれた

あのとき、僕がなすべきは、自分が心から打ちこめるものを探すことであったはずなのに、髪型を変えたり、奇抜なことをしてみたり、手っ取り早く、「人と違う誰か」に見える方法を追いかけていた。そんなフワフワとした状態で10代と20代を過ごしてしまい、ハンガリーで大恥をかき、30歳でようやく気づいた。僕は何も身につけていない、何者にもなれていない、と。

(本書205ページ 第Ⅱ部第五章 次なる挑戦」)


―― ほかにもイタルさんの人生はツッコミどころ満載で、それをご紹介できないのは残念ですが、イタルさんがどん底の時代を乗り越えたのは、何が決め手だったんでしょうか?

イタル 最初の話に戻りますが、僕は30歳までまともに働いたことがありません。それでもずっと、「自分はいつか何者かになれる」とどこかで信じていました。その思いというか妄想ですね、それを捨てたんです。

―― 思いを捨てた、というのは?

タルマーリ

イタルパン屋になると決めたとき、友人や両親からは、「またイタルがプーになる」とさんざん冷やかされもしました。
 そこで、「自分は何者かになれる」という思いを捨てたんです。30歳を過ぎて、僕は何者にもなっていない。その現実を、自分ではじめて認めたんですね。
 パン屋修業時代の労働は過酷でしたし、いま僕らがやっているパンづくりも、違った意味での大変さがあります。それでもパンをつくり続けてきたのは、自分にはもうパン以外の道が残されていないことを自覚したからです。何者にもなれていない自分を認めることができたから、僕はパン屋になることができたんです。

―― 面白いですね。

イタル最近、「職業選択の自由」が気になってます。選択肢は無限にあるというのはまやかしですよね。むしろ、すべての選択肢を捨てて打ち込まないと、ひとつの技術を身につけることはできません。それには時間もかかります。その辛抱もしないで、可能性だけを追い求めても、かつての僕のように、何もできない不自由な人間になってしまう。人生ギリギリのところで、そのことに気づけたのが大きかったと思います。

マリ昔の人は、生まれた家で仕事が決まって不幸だったと、私たちの世代はさんざん教育されてきましたけど、必ずしもそうとは言えないんじゃないかな。宮大工の小川三夫さんの『棟梁 技を伝え、人を育てる』(文春文庫)という本のくだりを、イタルの本で何箇所か紹介してますけど(第Ⅱ部第五章)、生まれながらにして技術と触れ合う環境のなかでしか継承していけないものがある。職人・イタルの仕事ぶりを見ていてそう感じます。

イタルそういうことを、この本で少しでも伝えられるといいなと思っています。


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 イタルさんのことを、「この人、ホントに大丈夫か?」と思った方もいるでしょうが、最後でようやく、面目躍如のコメントをいただくことができました。
 次回お届けするのは、パン職人が向き合う奥深き「発酵」と「菌」の話。タルマーリーにしか語れない世界が、ここにはあります。お楽しみに!

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