今月の特集1

タルマーリ

 今週、ミシマ社が「編集協力」として携わった1冊の本が全国で発売になります。
 『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』(講談社)。

 著者の渡邉格(わたなべ・いたる)さんは、岡山の山間の町・勝山で、奥さんの麻里子さんとふたり、「パン屋タルマーリー」を営んでいます。スタッフや原材料をつくる農家の方々、町の人たちの力も借り、自然の素材と天然の菌にこだわり、手間ひまかけてパンをつくっています。
 今回の特集では、制作に関わったミシマ社編集チームが、イタルさん・マリさんにお話を伺い、この本の魅力をお伝えします。

 第1回でお届けしたイタルさんの成長物語に続き、第2回は、パン屋ならではのパンの話、そして、「発酵」の話です。
 パンもお酒も醤油も味噌も、それらをつくる「発酵」の働きは、体長1000分の数ミリ程度の小さな小さな「菌」の偉大な力によるものです。
 タルマーリーは、「菌」とともに暮らすパン屋です。「菌」のために、「田舎」の古民家をパンづくりの場所として選びました。タルマーリーにしか語れない「発酵」と「菌」の世界をご堪能ください。

(取材・構成:ミシマ社編集部)

『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』刊行記念インタビュー

2013.09.27更新

タルマーリ

昔の人にできて、今の僕たちにできないわけがない

黒、赤、黄色、緑――。
さて、どれからいくか・・・。
僕は、蒸し米についた色とりどりのカビのようなものたちを前に、腕組みをしていた。
直感では、きっとこのなかに、麹菌がいるはずなんだけどな・・・。

(本書111ページ 第Ⅱ部第二章)

―― このシーンは、はっきり言って衝撃的でした。米についた「カビ」としか見えないものを食べ比べるなんて・・・。

イタルそうですね、見た目は完全に「カビ」でしたね。

マリあの頃の私は、いわゆる一般的な「カビ」へのイメージしか持ってなかったので、見たら気持ち悪くなって、すべてをイタルに任せました。「無事を祈る」って。

タルマーリ

イタルまあ、普通はそう反応しますよね。食べてみたら、味が変なモノから、殺意を感じるものまで、かなりドキドキしました。天然麹菌の採取に挑戦し始めたあの頃、その具体的な方法について文献を探してみても、見つからなかったんです。
 その時、じゃあ昔の人になりきろう!と思ったんですね。昔の人ならどうするか、昔からあった道具は何・・・。竹や木を使ったザルや麹蓋、そして何より、人間の五感を最大限に発揮してみようと思いました。
 だから、見た目でも糀菌はこれだろうと、ある程度見当はつきましたが、あえてすべてのカビを口に含んでみたんです。顕微鏡もない時代から、お酒や味噌や醤油やら、もちろんパンも、発酵食品が食文化として脈々と受け継がれているということは、人間が五感を頼りに、発酵に適した菌を選り分けてきたからです。
 現代人はかなり感覚が鈍ってしまっていますが、職人として日々菌に向き合うことで、取り戻せるはずだと信じました。昔の人にできて、今の僕たちにできないわけがないですよ。

―― このときイタルさんが何をしようとされていたかは、本でじっくり確認いただくとして、ここではカンタンに、「発酵」について解説をお願いします。

イタル「発酵」というのは、「菌」が食べものを分解することで、おいしさが増したり、保存性が高まったりする作用のことです。「菌」は体長1000分の数ミリから100分の数ミリ程度。とても肉眼では見られませんが、ひとつひとつの「菌」が生きています。
 パンで活躍するのは酵母という「菌」で、糖を食べて二酸化炭素(炭酸ガス)とアルコールをつくり出します。
 じつは、みなさん大好きなお酒も、この酵母から生まれるパンの兄弟みたいなものです。酵母がつくり出したアルコールを飲料にしたものがお酒、酵母がつくった二酸化炭素を活用したのがパンです。パン生地が二酸化炭素を受け止めると、風船のように膨らんで、それを焼き上げるとパンになります。

―― パンもお酒もものすごく身近で、ごく当たり前のように食べたり飲んだりしてますが、この本の編集をお手伝いさせていただいて、「発酵」の奥深さを実感しました。

イタルパンもお酒も、数千年も前から脈々と受け継がれてきた文化であり技術です。昔の人は、目に見えない小さな小さな「菌」の生命の営みを、神様からの恵みのように感じていました。僕たちが食文化を楽しめるのも、昔の人と「菌」のおかげですよ。

マリだから私は、昔の人と「菌」に感謝を捧げながら、毎日お酒を飲むんです。

イタルマリの場合は、ただの飲み過ぎだと思うけどね。


「菌」とともにあるタルマーリーの暮らし

タルマーリ

たとえば、昨日まで元気よく膨らんでいたパンが、ある日を境に突然膨らまなくなることもある。季節の変わり目や、新たに仕入れた素材をはじめて使うタイミングでこういうことがよく起こるけれど、そういうときは、「菌」の声にいつも以上に注意深く耳を傾ける。そうすると、「菌」が問題のありかを教えてくれる。

(本書107ページ 第Ⅱ部第一章)

―― タルマーリーさんとこの本を語るうえで欠かせないのが「天然菌」です。

イタル「天然菌」というのは、自然界に存在するそのままの菌のことです。空気中とか作物の表面とか、自然界のいたるところに「菌」はいます。それこそ無数の「菌」、いろんな種類の「菌」が、競争・共生しながら生きています。
 僕らのパンは、この「天然菌」で発酵させます。酵母なら酵母が活発に働きやすいように場を整えるのがパン職人、つまり僕の仕事です。

―― 「場を整える」というのは?

イタル「天然菌」は繊細というか、自然界に存在しない物質の影響を大きく受けます。僕らが「田舎」にこだわるひとつの理由はそこにあります。空気や水がきれいじゃないと、「天然菌」は健やかに育ってくれません。
 千葉にいたときも、今の勝山でも、住宅を兼ねた店舗として古民家を借りていますが(千葉では築50年近く、勝山では築100年超)、それも同じ理由です。築年数の短い住宅の新建材には、多くの場合、接着剤とか防腐剤とか、人工的な化学物質が使われています。その影響を、「菌」が受けてしまうんですね。古民家の古い木材には、「菌」が棲みつきやすい利点もあります。
 合成洗剤などの化学物質を持ち込まないとか、発酵の容器にもできるだけ竹や木の自然素材を使うとか、パンを作る工房の空間を整えることは勿論ですが、働く人のメンタルも整えることも重要です。人が荒れていると、菌は暴れますね。私もスタッフも、みんなの心が平安であること。レシピを作るときも、仕事が楽しくなるように考えます。
 もっと言えば、パンを作る環境というのは、この工房だけでなく、周りの自然環境(水や空気)も整えなければならない。そうなると、社会や経済全体も考える必要があります。
まあこのように、「菌」が育ちやすい環境をつくることのすべてが、「場を整える」ということです。

―― まさに、「菌」とともにある暮らしですね。

イタル僕はそれを、「金本位制」ならぬ「菌本位制」と名づけました。

マリ出会った頃のカッコつけてるイタルには考えられなかったけれど、やっぱり男の人っていい歳になると、おやじギャグ連発するようになるんですね。この本の中でも、イタルの言葉遊びが、ひとつの読みどころになってますよね。


「内なる力」を高めると、人も社会も「発酵」へと向かう

「木村さんが気づいたように、(略)野山の木や花は、人間が肥料を与えなくても花を咲かせて実をつける。それは、植物を支える土壌に多くの虫や菌類、微生物たちが暮らす豊かな生態系があって、植物はそこで健やかに生きられるからなんだよね。肥料はなくとも、土壌の環境さえ整えれば作物は育つ。外から肥料を与えることなく、作物自身の力で作物が育つようにすることが、『自然栽培』の最大の特徴なんだよ」

(本書125ページ 第Ⅱ部第二章)

―― 「天然菌」とならんで重要な意味を持つのが、無肥料・無農薬で作物を育てる「自然栽培」ですよね。『奇跡のリンゴ』の「木村さん」(木村秋則さん)がメディアで取り上げられて、かなり広く世に知られるようになりましたが・・・。

イタル僕らが千葉で店を開いたとき(2008年2月)にはもう、木村さんはNHKのドキュメンタリー番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』で取り上げられていて、僕らももちろん、「自然栽培」という言葉は知っていました。

マリでも、その本当の意味は、イタルも私も、まったくわかっていなかったんです。

イタル「自然栽培」の本当の意味を教えてくれたのが「天然菌」なら、「天然菌」の本当の意味を教えてくれたのは「自然栽培」でした。この2つは切っても切れない縁にあるというか、まったく同じ考えにもとづいていることに気づいたんです

――その意味を噛み砕いて説明していただけますか?

タルマーリ


イタル「自然栽培」も「天然菌」も、そのものが持っている「内」なる力を最大限引き出すことを目指しています。
 作物は、「外」から肥料を与えられれば、それで大きくなります。でも、じっとしていても生きられる環境では、植物の「生きる力」が弱くなります。
 反対に、肥料を与えられない作物は、生きるために必死で根を深く張ろうとします。自分が「内」にもともと持っている力を最大限に開花させ、懸命に生きようとして、「生きる力」が強くなります。

―― なるほど。


イタル「天然菌」も同じです。いろんな「菌」のなかで懸命に生きようとするから、「生きる力」が強くなります。生命力の強い「菌」で、生命力の強い作物を発酵させる。それが、僕らのパンづくりです。

マリこれっていろんな意味で人間とか社会にも当てはまると思うんです。
 「内なる力」を磨き続けて、人は、人として成長できるわけだし、地域の経済だって、まちおこしだなんだって、「外」からおカネという名の肥料を注ぎ込んで、上がりの部分を吸い上げていくのは「外」の人たちですよね。それよりも、地域の「内なる力」を磨き上げたほうが、地域はきらきら輝いていくと思うんです。人間も地域も、「内なる力」を高めることで、「発酵」に向かうと思うんです。

イタル僕らが「田舎」で目指しているのは、まさにそういうパンづくりです。それが、「腐る経済」ということなんです。


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「発酵」の話をしていたはずが、話題はにわかに「腐る経済」の話へ突入し始めました。
次回、「腐る経済」とは何なのか、それを実現するために、おふたりがどういう経営を目指しているのかをうかがいます。
行きすぎた資本主義の矛盾を乗り越えるヒントが、語られます。

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