今月の特集1

タルマーリ

 今週、ミシマ社が「編集協力」として携わった1冊の本が全国で発売になります。
 『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』(講談社)。

 著者の渡邉格(わたなべ・いたる)さんは、岡山の山間の町・勝山で、奥さんの麻里子さんとふたり、「パン屋タルマーリー」を営んでいます。スタッフや原材料をつくる農家の方々、町の人たちの力も借り、自然の素材と天然の菌にこだわり、手間ひまかけてパンをつくっています。
 今回の特集では、制作に関わったミシマ社編集チームが、イタルさん・マリさんにお話を伺い、この本の魅力をお伝えします。

 イタルさんの成長物語に焦点を当てた第1回、タルマーリーならではの「発酵」と「菌」の世界観に浸った第2回に続き、第3回は「経済」の話をお届けします。
 ビジネスには〝つきもの〟とされる「利潤」が、どういうカラクリで生まれるのか。私たちの給料っていったい何なのか。経済学の偉人の考えをもとにイタルさんが語る経済の話は、私たちが「常識」だと思っていることの盲点を教えてくれます。
 資本主義の〝次〟を探る「腐る経済」の話です。

(取材・構成:ミシマ社編集部)

『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』 刊行記念インタビュー

2013.09.28更新

タルマーリ

「腐らない」からおかしくなる

おカネは、時間が経っても土へと還らない。いわば、永遠に「腐らない」。それどころか、投資によって得られる「利潤」や、おカネの貸し借り(金融)による利子によって、どこまでも増えていく性質さえある。
これ、よく考えてみるとおかしくないだろうか? この「腐らない」おカネが、資本主義のおかしさをつくりだしているということが、僕がこの本で言いたいことの半分を占めている。

(本書074ページ 第Ⅰ部第五章 腐らないパンと腐らないおカネ)

―― この話をはじめてうかがったとき、目からウロコが落ちるような思いがしました。たしかに、おカネだけが時間が経っても減らないし、むしろ増えていく性質を持っています。この「腐らない」おカネという発想は、どこから得られたんですか?

タルマーリ

イタル最初のきっかけは、大学4年のときに卒論を書くために読んだ『エンデの遺言』(NHK出版)という本です。
 昔は「金(Gold)」だったおカネがいまや紙幣になり、さらにはコンピュータでやりとりする数字だけのおカネになっています。おカネは、理屈のうえでは無限に増やすことができるようになっています。
 ところが、この地球上であらゆる資源は有限ですし、あらゆるものは時間とともに劣化して土へ還ります。その自然の摂理に反するおカネが経済をおかしくしていると、『エンデの遺言』で繰り返し語られています。僕にとってもそれこそ目からウロコで、この本がずっと心に残っていました。

―― エンデというのは、ドイツのファンタジー作家ミヒャエル・エンデのことですよね。「時間どろぼう」で有名な『モモ』がいちばんの代表作でしょうか。

イタルおカネと対極にあるのが、前回お話しした「菌」の働きです。「菌」は、自然界のあらゆるものを分解し、土へと還します。これが「腐る」ということです。
このように、「腐る」という言葉を大きな意味で「菌」の働きととらえれば、「発酵」というのは「腐る」ことそのものです。「菌」があらゆるものを分解する働きのうち、人間に有益なものだけを「発酵」と呼んでいるだけなんです。つまり、パンもお酒も醤油も味噌も、発酵食品は、あらゆるものが「腐る」自然の摂理に則っています。
 パンをつくっていてそのことに気づき、『エンデの遺言』で、おカネは「腐らない」というようなことを言っていたな...と思い出しました。「腐らない」のがおかしいなら、その逆をやればいいのかな、というイメージだけはなんとなくあって・・・。

マリでも、「腐る経済」という言葉が先にあったわけじゃないんです。タルマーリーの核は「菌」なんだということを、私たちふたりがはっきりと自覚したのは、店を開いて3年ぐらい経ってからのことです。本をつくる過程で「腐る経済」というキーワードが出てきて、それで私たちがやろうとしてきたことが、するするとひとつにつながった感じです。


パンを「正しく高く」売る

タルマーリ

「えーっと、『くるみと干しぶどうのパン』が720円、『ミルクチョコとピーナッツ』は500円、『赤ワイン漬けイチジクとクルミ』は700円・・・」
「え? マリ、ちょっと待って」
「何? 何か計算間違えてる?」
「そんな高いパン、誰が買うの? ここは白金や麻布や青山じゃないんだよ。まわりはほとんど田んぼと畑の田舎だよ。人間よりカエルのほうが多いようなところだよ」
「でも仕入れ値から原価計算したらこうなるでしょ。足して100になるものを50で売ったら原価割れ、赤字、お店がつぶれちゃうよ」

(本書021ページ 第Ⅰ部第2章 マルクスとの出会い)

―― これは、千葉でお店を開かれる直前、おふたりの経営会議のシーンですが、イタルさんの驚きが理解できるような気がします。

マリ「常識的」なパンの価格を考えてしまうと、そうかもしれません。でも、算数を無視して経営は成り立ちません。私たちが、心の底から信じられる素材を仕入れて、手間ひまかけて完成度の高いパンをつくる。それは、開店当初から目指していることです。素材の価格に、私たちの労働を足したら、どうしたってこの価格になります。パンをつくるのがイタルの仕事なら、パンを売るのが私の仕事なんです。
 いまの時代、私たちみたいな小さなパン屋でも、ブログとかSNSとか、世の中に発信する道具を手にすることができますよね。私は、タルマーリーのパンの意味を丁寧に発信することに全力を費やしてます。

―― マリさん、かっこいいですね。本では、「正しく高く」売ると表現されていますね。

マリものを安く買えるのは、生活者として一見嬉しいですが、それはまわりまわって給料を下げ、労動者としての自分の首を締めることになります。

―― なぜそうなのかということを、この本でイタルさんが、経済学の偉人・マルクスの考えにもとづいて説明されています。

イタル僕がマルクスを読んでいちばん驚いたのは、150年前のロンドンのことが書かれているはずが、僕の身の回りで起きていることと何も変わらないじゃないか、ということなんです。
 マルクスが生きた19世紀のロンドンには、「安売り業者(アンダーセラーズ)」と呼ばれるパン屋がありました。そこでの1日の仕事は、前の日の夜11時から始まって、終わるのは早くて午後1時、遅いときは夕方6時まで働かされます。途中仮眠をとる時間がありますけど、パンを捏ねる作業台みたいなところがベッド代わりです。意味がわからないですよね。

―― あまりにすさまじい世界で、驚きました。

タルマーリ

イタルでも、僕がパンの道に進むと決めて、はじめて働いたパン屋も似たようものでした。夜中の2時から働いて、仮眠もなく食事休憩もなく、立ちっぱなしで夕方4時か5時まで仕事が続きます。ご飯は作業の合間にスキを見て食べます。店のパンをまかないで食べさせてくれるようなこともなく、おにぎりか何か片手でつまめるものを持ってこいと、そんな世界でした。パンの道に進んだときはもう31歳でしたから、正直しんどかったです。

マリいまの日本にこんな世界があるなんて知らなかったから、ホントにびっくりしました。

―― いま、「ブラック企業」の問題も社会問題化していますね。

イタルその背景にあるのが、労働がどんどん単純化されていることだと思います。誰でもできる仕事は給料が安くなるし、替えがきくから雇われているほうの立場が圧倒的に弱くなります。それで、労動者が使い捨てにされたり、こき使われても逆らえなくなったりするんだと思います。

マリしかも、そこのパン屋は添加物を使っているのに「無添加パン」をうたっていました。仕事のさせ方もおかしければ、商品そのものもおかしい。これが、生活者が「安さ」を求め、企業が「利潤」を追い求めた結果なんだと思います。

イタル「正しく高く」売るのは、この悪循環から抜け出すためなんです。高い価格を納得してもらえるには、それだけの技術が必要です。何でもかんでも手間をかければいいというわけではないですが、手間をかけなければつくれないものがあると思っています。

マリそういう真っ当な経済を広めていくために、パンの原材料も「正しく高く」仕入れています。農家が丁寧につくってくれた素材を、私たちの技術でパンに変える。「正しく高く」買うから、足し算で「正しく高く」売ることになりますし、「正しく高く」売るから、「正しく高く」買えることになるんです。

―― それにしても、パン屋がマルクスを紹介するというのは、前代未聞ですよね。

イタル学者だった父の影響かなと思ってましたが、第1回の「パンク魂」の話をマリとしていて、パンクの影響もあったんだろうと最近思い始めています。何せ、マルクスの『共産党宣言』をモチーフにした『先天性労動者』って曲にはまってましたからね。

マリマルクスも、「パンク魂」のかたまりだったかも!? パンクな「パン屋タルマーリー」は、これからもっとより良いパンを作りながら、「静かな革命」を目指します!

―― この本が「静かな革命」の後押しになればと思っています。どうもありがとうございました。

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