今月の特集1

「THE FUTURE TIMES」0号(創刊準備号)

 どうしても話をうかがいたい人がいた。アジアン・カンフー・ジェネレーションの後藤正文氏。自費で発行するフリーペーパーの編集長も務めている。
そこに掲載されている言葉の数々に、ほってはおけない熱を感じた。たとえば0号(創刊準備号)の冒頭――。

「僕が知らない間に
いや、知らないふりをしている間に なんだか不味いことになっていた
ひどくこんがらがって 自分で自分を縛っているような
そんな社会になってしまった」

 まさに同時代に生きる人。そう思った。たとえ同じ時代に生きていても、同時代感覚をすべての人と共有できるわけではない。同じ時代を生きることと、同時代感覚をもつということは別の話だ。その意味で、後藤さんは自分にとって、まさに同時代感覚の持ち主だった。

 今回、「僕たちの世代」という特集のなかで、音楽、建築の世界で活躍中の同世代のお二人と話しあいました。
「この時代における音楽、建築、出版そして表現とは?」
 その役割、意味、展望・希望・・・さまざまな角度から「僕たちの世代」が浮かびあがってきたように思います。

 場所は、光嶋裕介さんが設計された内田樹先生のご自宅兼道場「凱風館」(兵庫県住吉)。
 当日蓋をあけると、内田先生、釈撤宗先生が「聴衆」というなんとも驚きの環境で開催されたことをひとこと付け加えておきます。大先輩方の前で、私たちはいったい何を話したのでしょう?
 全3回でお伝えいたします。

(構成・写真:新居未希、構成補助:赤穴千恵)

僕たちの世代 光嶋裕介×後藤正文×三島邦弘 「身体と言葉」

2014.05.20更新

*「世代と時代」編はこちら

「脳も身体も敏感にしておきたい」(後藤)

光嶋この3人は同世代ということのほかに、「ものづくり」を仕事にしているということが共通していることでもありますよね。建築の場合は、その場所やクライアントがものづくりのきっかけになるのですが、後藤さんはいかがですか? 音楽って、無から有をつくり出すので、それがすごく気になって。

後藤音楽にはビシッと決まった設計図があるわけではないので、そこはすこし建築とは違うところかもしれないですね。「こんな家になるかな」と思って作ってると、「あれ?」って時々はみ出るんです。最初とちょっと間取りが違う。でも音楽って、その場その場で判断が変わっていいというか、ぶれちゃっていいんですよ、たぶん。

三島それおもしろいですね。

後藤自分のここ何年かの考え方としては、「音楽だけ聞いてちゃだめだ」と思ってやってます。本も読むし、映画も好きだし、美術館に行ったりもします。僕の中では、なんの疑いもなくぜんぶつながってるんですよね。

光嶋たしかに。自分の体験したものの総体として音楽が立ち上がるんですかね。

後藤脳も身体も敏感にしておきたいっていうのはありますよね。

三島すごくよくわかります。僕は内田樹先生のところで合気道をしているんですが、それが仕事における身体感覚にも、つながっている気がしています。







「バンドの中で、余っている人がいてもいい」(後藤)

後藤僕、身体が動く人にすごく憧れがあるんです。ドラマー、ギタリスト、歌がうまい人も、みんな身体が動くんです。そういう意味では、音楽ってぜんぶ身体に回収されてしまう感じもしていて。もちろん、普段何を考えているかとか、そういう観念的な部分も大事だとは思うんです。でも、技術というのは身体に宿っている気がして。

三島なるほど。音楽の身体性に意識的になられたのは、いつ頃からですか?

後藤インターネットがでてきた98年くらいから、Macを買って、海外の音楽とかを聴いていたんですけど、なんていうか「全部このハコの中にいれようとしているんだったら不気味だな」と思ったんですよね。入りきらないと思うし、情報がどんどん増えていって、ぜんぶ活字に置き換えようとしている感じがするというか。

光嶋ほんとうにそうですね。僕も学生時代にあの魅力的なiMacを買いましたが、どこかツールではあるけど、あれにすべてを還元してしまうことには、不自由さみたいなものを感じたりもしていました。デジタルとアナログの質感の違いを意識した上で、バランスが大事だと思いました。

後藤そう思ったのはほんとうに、ミュージシャンとして、ミュージシャンだから、というだけではないんですけどね。
 なんだか今、作っているものよりキャプションのほうが大事になってきている感覚があるんですよね。音楽ってすごく原始的なものなのに、観念が追い越してしまっているような気がする。でも、それってどうなんだろう? と。最近は歌詞にも観念的なものが多いし、詞もほとんど叙情なんですよね。「1mmも町の風景がでてこなかったぞ」というような曲が増えてきて。

三島うんうん。

後藤これって完全に、自分たちのヒューマニティみたいなものをどこかに置いてけぼりにしちゃってるな、と思いました。そう考えるようになってから、自分のつくる音楽の中でコーラスが増えましたね。

光嶋・三島へぇ〜

後藤とにかく和音を人の声で重ねることが増えたんです。そうすると一気にカラフルになって、メロディーや曲が躍動しますね。でもそうするとメロディーとかが日本っぽくなくなって、洋楽っぽくなっちゃうんです。

三島あ、そうか。和音はそもそも、西洋からもってきたものだからですか?

後藤そうなんです。日本語がもっている正しい音韻で詞を詠んだりメロディーをつけていくと、ハーモニーをつくったときに少し寂しげにのるというか、美しくないというか・・・メロディーが求めてないときが多いんですよね。和音をいれるとただ不気味になったりとか、ただ悲しさとかマイナーの感じが増幅されたりする。

三島なるほど。

後藤あと最近は、演奏するメンバーはなるべくたくさんのほうが楽しいです(笑)。人が余っていてもいいんじゃないかと思うんですよ。

三島バンドの中で?

後藤そう、ちょっと一服してる奴がいてもいい(笑)。そっちのほうが音楽としては正しいような気がします。だから人は余ってたほうがいいんじゃないかって。全員がこっからここは絶対弾かなきゃいけないってガチガチに固まっているよりかは、そのほうが音楽らしいと思ったりもします。

光嶋余ってる人、いいですね! オーケストラの、シンバル的なポジションとかね。1曲に出番が1カ所だけ。やはり、制御可能なものとそうでないもの、魅力的なものには、いつもノイズがありますよね。







「音楽のいちばん大きい入れものは、人間なんだと思う」(後藤)

後藤いろんなメディアの寿命ってあると思うんですけど、音楽ってメディアとしては歴史が浅いんです。レコードも100年くらい。スコアだともっと古くからありますけど、でも本なんて5000年くらいの歴史がありますよね。建築物なんてもっと前からあるわけで。

光嶋建築が大事にされて残っているというのは、それだけのものが未だに残っているということに対して、挑戦している部分もあります。過去(歴史)の姿から考えをスタートし、今の問題を解決すべく、未来の姿を想像しながらつくるんですよね。それが、ずっと残ることを目指して。

後藤建築って、その建物自体が芸術だったりするので、やっぱり強く残りますよね。言葉は何かに書き付けないと残らないし、その書きつける器が寿命にかかわってくるんですけど。音楽なんて一番残らないものだと思いますけどね。どんどん変わっていくものだし。

光嶋記録することが難しいからですかね?

後藤そういうのもあると思いますけど、もう変わっていっていいんじゃないのとも思います。

光嶋記録方法が?

後藤そうですね。その方法は今でも、CDからデータになったりいろいろと変遷していますが、だけどデータになったから一生残るかっていっても、それも逆に危うい気もします。レコードやテープも、繰り返し聴いたらどうしても音が悪くなっちゃいますしね。だから音楽のいちばん大きい入れものは、人間なんだと思うんです。

三島それおもしろいですね。

後藤レコードはまた別で、音楽もはいってますけど、その周りにいる録音する技術とか溝を掘る技術とか、その集積なかんじがします。別のアートというかね。







「人間の身体性は、けっこうよりどころにできる」(光嶋)

光嶋何百年何千年とさかのぼっても、人間は今の我々の身体と基本的には変わらないですよね。頭があって、腕と足が2本ずつあることや、物理的な大きさなどもそれほど変らない。だから僕は、建築を設計する際に、人間の身体性はけっこうよりどころにできるのではないかと思うんです。

後藤うんうん。

光嶋たとえば「人間が洞窟に住んでいたとき、家のありかたってどうだったんだろう」とか、「人間にとってのスケール感は何が一番合理的なのか」とか、空間におけるものと人間のありかたはどうなんだとか考えたりしますね。

後藤僕が音楽の歴史、ヒューマニティの問題、身体について考え始めたのは、ぜんぶ同じ時期なんです。そのときから、いろいろなことを考えるようにしたんですよね。狩猟採取のことや、農業について考えてみたりとか。

光嶋それはひとつのターニング・ポイントがあったということですか?

後藤うーん、どうなんですかね。ひとつあげるとしたら、「土偶」が自分のなかでは大きいんじゃないかなあ。「なんなんだろう、これは?」「どこに捧げたものなんだ」って。

三島なるほど。

後藤僕の中では、音楽も自分が美しいと思ってるところに捧げてるんですけど・・・。それってなんなんだろうな。そういう、僕の中にも、信仰みたいなものがあるんですよね。それを他人に説明するのは難しいです。みんなで演奏しているときにもそれはたちあがるんですけど。

光嶋・三島へぇ〜〜〜

後藤でも音楽や歌うことって、難しくて。言葉ってある種の日本的な考え方とか、そういうなにかが担保してきたものだと思うんですよね。基本的に日本人って、西洋の思想を上手に日本語に訳して、言葉をビルドアップしてきていると思うんですけど。

三島そうですね。

後藤でも明確なことは言えなくて、調べながら感じていくことでいろいろわかっていく気がしています。民族史とか好きでよく読むんですけど、「学校でもこういうこと教えてくれたらもっと勉強したのにな・・・」って思ったり(笑)。

三島民俗学についての本を読まれたり、調べたりすることが、どこかでぽんと後藤さんのなかでつながって、音楽を次の段階にもっていく可能性もあるかもしれませんよね。

後藤まだ身に付いていないことなので、自分の考えていることと話していることがイコールで結ばれていない感じがしてはがゆいですけどね。でも、この知識が身体にすっと身につくといいな、と思っています。

光嶋すべてが自分のなかに地層のようにして積層していくと思うと、楽しみですね〜。

*第3回「未来について話そう」はこちら

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光嶋裕介(こうしま・ゆうすけ)
1979年アメリカ・ニュージャージー州生まれ。建築家。東京・目黒と、兵庫・神戸在住。
2002年早稲田大学理工学部建築学科卒業。2004年、大学院卒業とともにドイツの建築設計事務所で働く。4年後に帰国し、事務所を開設。一級建築士免許取得。首都大学東京・都市環境学部助教。
著書に『みんなの家。~建築家1年生の初仕事~』(アルテスパブリッシング)、『幻想都市風景』(羽鳥書店)、『建築武者修行~放課後のベルリン』(イースト・プレス社)がある。
光嶋裕介建築設計事務所


後藤正文(ごとう・まさふみ)
1976年静岡生まれ。ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル&ギターを担当。すべての楽曲の作詞と、ほとんどの作曲を手がける。また、新しい時代やこれからの社会など私たちの未来を考える新聞「THE FUTURE TIMES」を編集長として発行。2014年4月30日、自身初となるソロアルバム『Can't Be Foever Young』をリリースした。


三島邦弘(みしま・くにひろ)
1975年京都生まれ。京都大学文学部卒業。出版社2社で単行本の編集を経験したのち、2006年10月、単身、株式会社ミシマ社を設立。現在は8名のメンバーとともに、「原点回帰」を標榜した出版活動を行っている。
著書に『計画と無計画のあいだ』(河出書房新社)がある。

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