今月の特集1

 ここまで3回にわたり、『「消費」をやめる』(6月20日発売)の内容をご紹介してきました。

 ここからは、平川克美先生と、『いま、地方を生きるということ』(ミシマ社)の著者、西村佳哲さんの対談をお送りします。

 西村さんの『自分をいかして生きる』(ちくま文庫)の解説を平川先生が書かれたというご関係はありながら、お二人がじっくりとお話されるのは今回が初めて。
「消費すること」「働くこと」をめぐるお二人の対話を、どうぞお楽しみください。

(構成:星野友里、構成補助:赤穴千恵、写真:池畑索季)

「消費」をやめる 銭湯経済のすすめ 対談編

2014.06.20更新


*前編はこちらから

お金は門をこじ開ける鍵のひとつ

平川価格なんていうのも本当はよくわからないものなんです。事実、インドでは路上でそれぞれ値段交渉して決めていく。あれが市場原理なんですよ。ところがそういうやり方でやっていると、時間がかかってしょうがない。今はみな、即決したいんですね。

西村時間を短縮化したいモチベーションはなんですか?

平川株主利益を最大化させるためには、同じ資本を一回転させるあいだに二回転させたほうが二倍になるという単純計算です。

西村そういう社会のなかで育った子どもたちがね、結局モノには定価がついてるという感覚で生きている。そのお金がないと、何も獲得してゆけない。そういうなかにいるなって感じますね。お金足りなかったら、別の方法で手にいれればいいのに。たとえばイベントに参加したいけど、お金がない。相談すればいいのに、相談しない。全部お金にいってるのかなぁと。値札がついているというか。

平川本末転倒なんですよね。お金はいくつかあるうちの、門をこじ開ける鍵のひとつなんですけど。それ以外にたくさんあるんですよ。

西村たいていのイベントは行ってみればなんとかなるというか、なんだけどそれ知らないんですよね。お金がないってことが、ものすごく自信のなさになってしまう。もったいないなって思いますね。


自由が丘と「従業員」が苦手

西村たとえば、僕は自由が丘が苦手なんです。自由が丘ってもともとはわりと個人商店が多いところだったと思うんですよ。それがあるころから人気がでてきて、プライベートブランドがあたかも個人商店のようなふりをしてお店を出しているんですよね。だから行くと、一見ここにしかない誰かのオーナーショップ風なんだけど、店にいるのは従業員っていう。自由が丘にかぎらず、社会にいる人の大半が従業員みたいな状況は、ほんとにつまらないなって思います。

平川なるほど。自由が丘はニューファミリーがどっと増えたんだよね。それが大きいんじゃないかな。

西村下北沢もそういう危機に瀕している。吉祥寺はまだ大丈夫かな。でもそうなっていきますよね。そうなると、何がつまらないかっていうと、「平川さん」という前に「従業員」って正体不明な感じになってしまって、面白くない。

平川「顔のない消費者」と同じだよね。





仕事とはたらくことと労働

西村ゲラを読ませていただいて、ひとつ聴いてみたいなと思ったんですけど、平川さんは「労働」という言葉をどんなふうに捉えているのかなって思ったんですよね。「生きることが労働から消費にかわった」という記述があって、それは「労働」をポジティブに考えているということですよね。

平川そうです。

西村「労働」という言葉に紐付いているニュアンスが、僕ら以降の世代の感覚とはずいぶん違うなって思ったんです。

平川昔ね、ドラマで「娘さんをください」と男の子がお父さんに挨拶にいく。お父さんは友禅の職人で、「何もいわなくていい。お前がやった仕事を見せろ」と言うシーンがあって。そういうことだと思うんですよ。仕事というものが人間の表現のすべて、仕事に全部でるということだと思うんですよね。それくらい仕事っていうものが、本人を語るある種の身体と同じような意味での重要なものだったんだけれど。どこかから、仕事がいかにして楽にお金儲けができるかっていう手段に変わったんです。これは180度の転換で、それがどうして起きたのかというのが僕のテーマなんです。

西村お話を聴いていると、働くこと・仕事・労働という三つの言葉が平川さんの中では同じ感覚で使われている。で、僕にとっては仕事と労働の間に切り取り線がある。それはニュアンスの問題なのかもしれないけど、僕の場合労働は「言われてやる」という感覚で、仕事の方は個人に従属している。働くことはもっと個人に従属していて、自分が働くというか。

平川おっしゃりたいことはよくわかります。たぶん西村さんが、仕事と労働にこだわる、もしそこに線をひくとすれば、労働っていうのは賃労働ですよね。お金を稼ぐためにやるわけであって。仕事というのはもうちょっと内在的な、自己表現とも言えるような。僕の分節というのもたしかにあって、そこに踏み込んで書いたこともあるんですが、今はっきりとした断絶というのは、消費と労働の間にあると思います。消費も仕事になっちゃってるから消費と仕事でもいいんだけど。





あいつらなんで楽しそうなんだって寄ってくる

西村家業的な会社は増えてきているような、とくに若い人たちの間では増えてきている気がするんですよね。企業の中で個人で生きていくというよりも、自分たちの界隈を広げていくというか、そういうビジネスのあり方は増えているという気がします。

平川僕の場合はやけっぱちだけどね(笑)最後は楽しくやりたいと。いろんなことやってきたし、最後は自分たちが楽しいことをやろうやと。啓蒙的なことを言っても意味がないんですよ。こうしなきゃいけないとか、人間って当為では動かないから。ここにすんごい楽しそうにやってる人たちがいると、なんであいつら楽しそうなんだって、俺も真似してみようって。

西村なにかに夢中な大人の姿が減ってる、というのはありますね。夢中で「わーっ!」てやってると、まわりの人が寄ってきてのぞき込もうとするんだけれど。趣味の雑誌も減りましたよね。昔は天文とか釣りとかいろんな雑誌があって。

平川月刊ヘラブナとかね。

西村ええ!? 月刊ヘラブナは知らないですけど(笑)。昔の趣味の雑誌は、たいてい自作にいくんですよ。望遠鏡も自転車も釣り竿も自作しよう! って。でも今の趣味の雑誌はカタログで、また消費を促すようになっている。見事にすべてがそうなっていますね。

平川企業がしかけてくるいろんな戦略は、だいたいがまやかしだと思ったほうがいいと思ってるんですよ。自分たちが置かれている文脈だとか価値観だとか、そういったものを、もう少しありのままに捉えるというか、そういうことがすごく大事で。

西村平川さんはそれを実践されていると。

平川今回の「銭湯経済」は、あとからわかったんです。つまり実践してみたらこれいいわ、というのがわかったんで、いいわと思ったら人にも薦めたいじゃないですか。やるときは思いつきだったんですけど。思いつきがね、これほど上手い具合にスパンとはまったことは最近めずらしいんですよ。ずーっと外れてたから(笑)

西村うれしそうですね。タイミングよかったんですね!

・・・いかがでしたでしょうか?
『「消費」をやめる~銭湯経済のすすめ』、いよいよ6月20日に全国書店に並びます!
 ぜひお手にとってみてください。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

平川克美(ひらかわ・かつみ)

1950年東京生まれ。1975年、早稲田大学理工学部機械工学科卒業。渋谷道玄坂に翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを内田樹らと共に設立、代表取締役となる。現在、株式会社リナックスカフェ代表取締役。立教大学特任教授。著書に『小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ』(ミシマ社)、『ビジネスに「戦略」なんていらない』(洋泉社新書y)、『株式会社という病』(文春文庫)、『経済成長という病』(講談社現代新書)、『移行期的 混乱―経済成長神話の終わり』(筑摩書房)、『俺に似たひと』(医学書院)などがある。


西村佳哲(にしむら・よしあき)

1964年、東京生まれ。武蔵野美術大学卒。建築設計の分野を経て、つくること・書くこと・教えることなど、大きく3種類の仕事に携わる。
働き方研究家としての著書に『自分の仕事をつくる』『自分をいかして生きる』(以上、ちくま文庫)、『ひとの居場所をつくる』(筑摩書房)など多数。

バックナンバー