今月の特集1

 今回の特集「ちゃぶ台インタビュー」では、『考える人』編集長の河野通和さんにお話をうかがいました。
 どうして他誌の編集長がミシマガに? と思われたかもしれません。
 ごもっともな疑問です。
 裏を返せば、そこまでしてご登場いただきたい理由が、あったのです。

 その最大の理由は、2015年冬号の「家族ってなんだ?」という特集。
 とりわけ、山極寿一先生へのロングインタビューはあまりにもすばらしいものでした。一読して、「これは全国民必読だ!」と迷いなく思ったのでした。


 「共同体だけがあっても家族ではない。
 家族だけあっても人間ではない。
 その二つがなければ、人間性を発揮することはできない ―― 山極寿一」

 ゴリラ研究の第一人者の口から出てくる言葉。これを「みんな」のものにしないでは、「みんなのミシマガジン」を名乗れない。
 そう感じると同時に、河野さんに直接、どうしてこの企画を立てたのですか? という素朴な疑問をぶつけずにいられなくなったのでした。
 1月19日、ミシマ社自由が丘オフィスのちゃぶ台を囲んで、実現したのが本インタビューです。全3回でお届けします。

(構成:三島邦弘、写真:池畑索季)

『考える人』編集長・河野通和さんインタビュー 「考える人」はこう考える

2015.02.16更新

 「根源的な力」としての音楽を伝えたい

三島いきなりですが、この企画をやろうと思われたきっかけは何でしょうか?

『考える人』2013年秋号(新潮社)

河野そうですね。結構遡りますが、前々号の「オーケストラをつくろう」に萌芽がありました。

三島ほう〜。

河野2008年にエル・システマ(*)として知られるベネズエラのシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ(指揮・グスターボ・ドゥダメル)の初来日公演があったんですね。私自身はその時行けなくて、後日YouTubeに映像が上がったのを見ました。もうびっくり。アンコールにスタンディング・オベーションの嵐が巻き起こり、それがずっと続いて、ステージに誰もいなくなってもまだ続いていたといいます。クラシックの演奏会であんな光景は前代未聞だと聞きました。それで興味を持ったんですね、「ベネズエラで一体何が起こっているのか?」と。

* エル・システマとは、1975年にベネズエラのホセ・アントニオ・アブレウ博士によって始められた子どもや青少年のための音楽教育プログラム。政府支援のもと、主として貧困層の子どもたちを対象に、無料で楽器を提供し、演奏を指導し、オーケストラ活動への参加を通じて、子どもたちに忍耐力、自律性、他者との協調性、自己表現力を学ばせ、健全な市民に育てていこうという社会教育の一大プロジェクト。現在、ベネズエラ国内で参加者40万人、世界では35ヵ国に導入されている。(『考える人』2014年秋号より)

三島それはぜひとも見てみます。

『考える人』2014年秋号(新潮社)

河野実態は、『世界でいちばん貧しくて美しいオーケストラ』という翻訳書などを読むとよく分かります。で、一昨年の夏前に、「人を動かすスピーチ」という特集(『考える人』2013年秋号)の準備をしている段階で、エル・システマの生みの親であるアブレウ博士のスピーチ映像を見たんですね。TED賞を受賞した際のものです。彼のことは「ネルソン・マンデラに匹敵する革命家だ」という人もいますが、私はマイクロ・クレジット事業(後のグラミン銀行)を立ち上げたムハマド・ユヌスさんをイメージしています。

 ともかく、経済学者であり政治家であり音楽家でもあるエル・システマの精神的支柱で、今から40年前に、貧困層の子どもたちに楽器を提供して無料で音楽教育をしながら、それによって社会変革を促し、新たな国づくりをしようという、壮大な実験を始めました。最初はガレージを借りて、11人の若者が集まったところからでしたが、みるみる大きな運動に発展していき、やがてそこから生まれたオーケストラが国際音楽祭に参加し、評価され、目覚ましい勢いで発展します。指揮者のグスターボ・ドゥダメルという世界的スーパースターも誕生します。

三島なるほど〜。

河野その背景をTEDのスピーチで博士は語っていました。放置すれば、子どもたちが犯罪に巻き込まれ、社会的にドロップアウトしていく危険性が高い国で、音楽に触れ、一緒に合奏することで、子どもたちが希望や誇りを持つ。演奏技術を学びながら向上心に目覚め、オーケストラという集団の一員になることで社会性を身につけていく。それが上からの押しつけではなくて、彼らの自発的な情熱や喜びに火をつけることによって、実に楽しげに実現されている。

 みんなと一緒に音楽を作ることがこんなにもウキウキ、ワクワクすることなんだという、音楽の根源的な力を考えさせられると同時に、日本に来たエル・システマが、なぜあれほどの感動――それまでのクラシックの演奏会ではおよそ目にしたこともないような聴衆の熱狂を引き起こしたのか、ということの背景が見えたような気がしました。なので、これはいずれ特集にしたら面白いだろうな、と思い、頭の引き出しにストックしておきました。1年足らずでそれを引っ張り出して、オーケストラの特集を作ることになりました。

三島とてもおもしろかったです。特集記事の中でも、ドゥダメルのインタビューには感動しました。指揮者である自らを、オーケストラの中心ではなく、音楽家と作曲家をつなぐ「主観的接点」ととらえるところなんか、33歳とは思えない言葉です。すべては音楽への「奉仕(サービス)」だと。こういうふうに、人物の側面からも、オーケストラやクラシック音楽に興味をもつことができる特集だったと思います。

河野いま一度、音楽の力や魅力を考えたい。特定のクラシック・ファンのための音楽論ではなくて、人間の根源的な部分に働きかける音楽の力を読者とともに確認したいと思いました。その意味では、アマチュア・オーケストラもジュニア・オーケストラも、オケ老人の演奏にも、それぞれの物語があり、感動があります。言い換えれば、デジタル機器で好きな時に好きな場所で好きな曲をひとりで楽しむのもいいけれど、生身の人間が演奏しているライブ空間に出かけて行って、自分がさほど関心を持っていなかった音楽に触れるというのも、貴重な人間的体験だぞ、ということを改めて伝えたいとも思いました。

三島実際、特集がオーケストラ? ととても新鮮に感じました。

河野東日本大震災後、「エル・システマジャパン」というのが福島に生まれて活動しています。間もなく3月29日に、なんとドゥダメルが来日して、この相馬子どもオーケストラ&コーラスとロサンゼルス・ユース・オーケストラの共演がサントリーホールで実現します。

三島それはたまらないですね! 


 「音楽」から「家族へ」

河野まぁそういうオーケストラの特集をやりながら考えていたのが、共感力ということでした。とりわけ録音再生技術の誕生以前に、人の集まる場所で聞かれた音楽は、人間あるいは人間社会にどういう影響を及ぼしていたのだろうか、ということですね。

 そんなときに、今回の特集の主役である山極寿一さんと何度かお会いする機会がありました。先生のゴリラ学に触発されて創られた、ゴリラの子育てをテーマにした「ゴリラ楽(がく)」という狂言を一緒に見たり、ある賞の選考会や授賞式などです。山極先生の顔を見ているうちに、「ゴリラはなぜ歌うのか」とか、「実は子守歌が言語のもとになった」とか、「言葉がわからなくても感動を共有できるのが、音楽などの非言語的コミュニケーションだ」といった、これまでお聞きしたいくつかのフレーズが頭の中を飛び交いました。

 山極さんがおっしゃるように、言葉というのは非常に便利な道具で、これによって人間の共通認識の領域は広がり、情報伝達のスピードは加速しました。そしてわれわれはいまインターネット時代の渦中にいるわけです。しかし、人類はそもそも言葉が誕生する以前から、食べ物を分け合って一緒に食べたり、子守歌などの音楽で気持ちをひとつにするといったコミュニケーションを大切にしてきました。それによって他者を思いやる心の働きを発達させてきたわけです。

三島なるほど。オーケストラの特集で共感力について考えられた後で、「共感」の原点とも言うべき家族というテーマに自然と目が向いてきたということですね。

河野そうなんです。
 家族というと、やれ崩壊だとか危機だとか、ネガティブなことばかりが言われますよね。1952年生まれの山極先生は、高校時代がちょうど学生運動のいちばん盛んな時期にぶつかります。当時は親の世代と学生たちとの「断絶」ということがしきりに言われ、親というものは旧世代のシンボルであり、家族といったしがらみは否定しなければいけないものだ、という考え方が一種の流行病みたいになっていました。私は少し年少ですが、それでもそういう空気を吸いながら、非常に悩ましい時期を過ごしていたわけです。

 山極さんはそんな青春時代を送った後、東京を離れて京都大学に進み、やがて人類進化論に関心を寄せていきます。そしてアフリカへ行ってゴリラの生態研究に明け暮れます。「ゴリラの群れの一員になって一緒に暮らし、人間とは何かをじっくりそこで考えよう」と思ったそうです。そして、ゴリラの生態を見るうちに、家族っていいものだ、というコペルニクス的転回が彼の中で起こった(笑)。私には、山極さんのようにゴリラとの出会いがなかったので......

三島いや、普通はないですよ!(笑)

河野あはは(笑)。とにかく、そんな山極さんに、人間本来のありよう、心の原点のようなものを一度しっかり聞いてみたいと思ったわけです。きっとそこから始まる家族の物語というのは、われわれがステレオタイプで考えている家族像や、近代の家族制度といったものとは違って、現在や将来の人間を考える上で貴重なヒントを示してくれそうだと思ったんです。


 「家族は人間のアイデンティティである」

三島ヒントどころか、現代人が失ってしまい、失っていることすら無自覚でいることへ、ものすごい揺さぶりをかけてくださっています。たとえば、「個食」というのは、人間が人間であることをやめサル化しているという指摘。食物を前にしても、奪い合いにならずに、食物分配が可能だからこそ、「卓を囲む」ことができる。それこそ人間固有の能力と言われて、はっとしました。

河野いまの時代に山極さんほど確信を持って、「家族というのは人間のアイデンティティであり、価値なのだ」と言い切る人を他に知りません。

三島本当にゴリラと過ごしていたから、おっしゃることにブレがないですよね。

河野そうなんですよね。
 作家の小川洋子さんが山極さんとの対談で面白いことをおっしゃっていました。ある会合で20人くらいの関係者がホテルの部屋にいたんですね。小川さんは、それまでまったく面識がなかったにもかかわらず、なぜか山極さんに目が留まったというんです。そして、「もし今、ここで大きな、例えば地震のような一大事が起こったら、この方についていけば安全だという本能的な直感が働いた」(笑)といいます。「私の遺伝子の中に眠っている、アフリカの熱帯雨林で暮らしていたころの記憶が呼び覚まされるような、不思議な体験」だった、と(『新潮』2014年5月号)。そういう山極さんの人間的な魅力も伝えたかった。ちなみに、私もそのホテルの一室にいたはずなんですが、小川さんの目には素通りされたみたいです(笑)。

三島家族論は世の中にいろいろありますけれど、この特集を経ずして語ることはできなくなるように思います。日本中の人たちに届けたい。こんな特集をやっていただけて、もう、ありがたいとしか言いようがないです。


   

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『考える人』編集長・河野通和

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